第922話 救出部隊の急行
潜入部隊のカーライルから連絡が途絶えるという非常事態に、俺は全部隊に念話を繋げ侵攻を命令した。全部隊が一カ所にいるとリスクが集中する為、分散して部隊配置していたのだ。作戦通りであればオージェ隊が市壁にとりつき、中の部隊を逃がす為の穴をあける予定になっている。
早速、オージェ部隊のドランから念話が繋がる。
《西側の壁付近にいます! 弓兵と魔導士が市壁の上から攻撃してきました!》
どうやらオージェの隊は敵に見つかってしまったらしい。想定していた事ではあるが、それならば壁に穴をあける事は出来ないだろう。という事で次に考えられていた作戦に移行する。
《反射魔法がしかけられている可能性がある。離れた場所からは攻撃するな! 弓と魔法の射程距離は短いから、距離を取って状況判断してくれ》
《は!》
《あとそのまま敵の意識を引き付けてくれ!》
《は!》
どうやら簡単には取りつかせてくれなそうだ。俺はすぐにグレース隊のルフラに念話を繋ぐ。ルフラと言ってもグレースがルフラを纏っているから、話す相手はルフラかグレースになる。
《聞こえるか?》
《聞こえますよ》
《グレース。どうやらオージェ隊は敵部隊に見つかったらしい》
《了解です。ではこちらの作戦を開始します》
グレースが次にやる事は、ゴーレムを東門に直接向かわせて無理やりねじ込む事だ。もちろんグレース本人とティラ達のゴブリン隊は、離れたところで様子を伺うようにしてある。突破口が見えたら進入する作戦で、それまでは無理に侵入する事はしない。
俺達の場所から、モエニタの北の市壁まではあと五百メートル。俺達なら一気に突破できるだろうが、出来るだけ秘密裏に侵入したいところだ。そして俺はマキーナに念話を繋げた。
《マキーナ》
《は! ご主人様!》
《カナデに伝えてくれ。ドラゴンを王都のど真ん中に入れて暴れさせろと、他はまだ待機》
《は!》
ドラゴンを使役しているカナデが、ドラゴンを都市に侵入させ意識をそちらに向かわせる作戦だ。航空部隊がモエニタ王都に近づくのは危険なため、エミルの部隊はまだ待機してもらう事になる。
そしてシャーミリアが言った。
「ご主人様。市壁の兵の動きを確認いたしました」
「グレースのゴーレムが門に到着したんだろう。西と東に分かれて行ったんだ」
ズズズゥゥゥ! と都市の中から音が聞こえて来る。
「ご主人様。都市内に魔獣の反応がでました」
「よし! カナデのドラゴンが入った! 俺達も行くぞ!」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ》
俺とシャーミリア、ファントム、ギレザム、ガザム、ゴーグ、カララの七人が、市壁に向かって走った。市壁の上に二人の兵士が残されて見張っているのが見える。
「始末します」
シュッとシャーミリアが消えて先に行き、二人の兵士を高い市壁の上から引きずり下に捨てた。ドサリと落ちて来た兵士達の所に俺達が到着すると、一人は全く動かず、一人が這うようにしている。その這っている兵士の頭を、ギレザムがズン! と踏み潰した。
えげつない。
市壁に張り付き他の部隊に念話を繋げる。
《ラウル隊が市壁に張り付いた! これから潜入を開始する》
《《《は!》》》
そして俺達が市壁によじ登ろうとした時だった。咄嗟に異変を感じて皆に言う。
「壁から離れろ!」
六人が咄嗟に壁から離れて壁を見ていると…。壁に大きな円が浮き出て来た。
「円の外に飛べ!」
シュバン! と突然、目の前の壁に綺麗な丸い穴が空く。俺達はギリギリかわしたが、目の前に光の膜のようなものがあった。これは間違いなく光魔法で、それを使っているのは恐らく…。
すると都市の中から、人と馬が飛び出して来た。
「ミゼッタ!」
「ラウル!」
ミゼッタの光魔法で市壁に穴を明けて、自力で出てきたようだ。そしてマコとナンバーズも全員出て来て、俺の顔を見たリシェルとオンジが駆け寄って来た。リシェルが叫ぶように言う。
「ラウル様! 孤児が囚われているのは、西側にある教会でございます!」
「良く突きとめた! あとは任せろ!」
オンジが慌てて言う。
「敵が追ってきます!」
どうやら敵に追われ、緊急でここから脱出してきたようだ。想定では西側のオージェ達が穴を空けて救出する予定だったが、次に想定したここから出て来たらしい。すると市壁の穴の奥から、大勢の人の足音が聞こえて来た。そこで俺は魔人たちに指示を出す。
「全員で手榴弾を投擲しろ!」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ》
俺達は手榴弾のピンを外し、リシェルたちが出て来た穴の中へと手榴弾を投げた。ちょうどそこに兵士達が現れる。
ドン! ドドン! ドン!
次々に爆発する手榴弾に、兵士達はひとたまりもなく倒れ込んでいった。兵士達の後方から声が聞こえる。
「下がれ! さがれええええ!」
後続の騎士達が足を止めたようだ。だがここに俺達が取りついた事がバレたので、すぐにこちらに増援が来るだろう。その前に動かねばならない。
そして、リシェルが俺に紙切れを渡して来た。
「見取り図です。都内のおおよその位置関係を記しました」
「そんなことまでやってくれたのか!」
「少しでも魔人様の被害を減らしたく思いました!」
だがその時、俺は違和感に気が付いた。
「まて、カーライルはどうした?」
するとオンジが言う。
「カーライル殿は、敵のアーティファクト兵をひきつけるために残りました。別々に脱出すると約束をしたのですが…」
あいつはデイジー&バルムスの噴射装置を持っているはずだ。ここに仲間達が来れるのならば、既に突破していてもおかしくはない。
そんな慌ただしい中でマキーナから念話が繋がる。
《ご主人様。ドラゴンが殺されたようです》
《もうか…》
間違いなくゼクスペルたちかフェアラート、もしくは火神の仕業だろう。人間達だけでこんなに早くドラゴンを殺せるはずがない。
《エミルに伝えろ。ヘリをスタンバイ! 俺の連絡が届き次第こちらに向かうように》’
《は!》
そして俺が六人に言った。
「カーライルが危ない。急いで救出に向かうぞ」
「「「「「は!」」」」」
「キリヤは土魔法でこの穴を塞げ」
「はい」
するとミゼッタが言う。
「私も行く」
そう言うが、よろよろとよろめいてしまった。それを見て俺が言う。
「魔力切れを起こしている。オンジさん! ミゼッタを頼みます!」
「わかったですじゃ!」
そして馬だったアンジュが、人間形態に変身して言った。
「あたしは?」
「オンジと一緒にリシェルとミゼッタを守り、出来るだけ王都から離れろ」
「わかった」
そして俺はミゼッタの頭を撫でて言った。
「よくやった! これでだいぶ作戦はやりやすくなった」
「うん」
今度はリシェルに向かって言う。
「カーライルは必ず助ける。だから心配しないでほしい」
「わかりました! お願いいたします!」
そしてマコに告げる。
「ナンバーズと共に、みんなを連れてモーリス先生の所へ向かってくれ」
「はい」
一通り指示を出して、俺達はミゼッタが開けた市壁の穴を見る。向こうから騎士達がやってくる気配はないが、このまま入って行ったら待ち伏せされるだろう。
「俺達は上から行く。キリヤ、頼んだ」
「はい」
キリヤが壁際に行って、土魔法で穴を埋めた。
「みな! 行くぞ!」
俺はシャーミリアにつかまれて市壁に登り、他の連中もあっという間に登って来た。上には人はおらず、都市内の様子が見渡せるようになっている。そしてゴーグが言った。
「焼ける臭い」
どうやら都市の真ん中あたりで火が上がっているらしい。
「あれはどっちだ?」
「美味そうな匂い。たぶんドラゴンが焼けてると思います」
「そうか…」
その時だった、別な場所で空中に向かって火の玉が上がっているのが見えた。俺はそれを指さして言う。
「戦闘が行われている。カーライルはあそこだ。迎えにくぞ」
「役に立ったのですから、生かして連れて帰らねばなりません」
「もちろんだ」
すると西側と東側からも爆音のようなものが聞こえて来る。どうやらオージェ隊とグレース隊も戦闘状態に入ったようだ。
「俺達も行くぞ」
そして下を覗き込むと、ミゼッタが開けた穴を覗いている大勢の騎士達が居た。
「まずはあれを何とかしないとな。銃だと反射魔法が発動するかもしれんから…」
「はい」
「カララ!」
カララを呼んで指示を出す。
「あそこに爆薬を仕掛ける、糸をたっぷり垂らしてくれ」
カララは目に見えるか見えないくらいの蜘蛛の糸を、スルスルと市壁から下に垂らした。それが兵士達がいる場所に、知らず知らずのうちに張り巡らされていく。準備が終わったのでカララが俺に目配せをしてきた。
「よし」
俺はカララの肩に手を置いて、データベースからスマート地雷を選ぶ。これは遠隔で爆発させることができる最新の地雷で、爆発を止める事も自由に出来るものだった。足元にポコポコと地雷が生まれているのに、まだ兵士達は気づかずに右往左往している。すると一人の兵士がそれを蹴ってしまった。
「ん? なんだこりゃ?」
「こんなのあったか?」
「こっちにもあるぞ!」
「なんだあ?」
俺は迷わずに、リモートの点火スイッチを召喚してスイッチを入れた。
バン! ババン! バズン! ババン!
足の下の地面では次々に爆発が起こり、あっという間に爆炎と土煙が立ち上る。あんなにびっしりと居た兵士達は、足を吹き飛ばし体を爆散させ、頭を吹き飛ばして倒れてしまった。大量のスマート地雷によって、全てが行動不能に陥ってくれたようだ。
ギレザムが言う。
「瀕死ですが、生きている者もおるようです」
「放っておけ! 急いで中心に向かう!」
バラバラになった人間の屍の上を走り、都市の方へと向かっていく。あちこちで戦闘音が聞こえているが、ここの爆発も敵に聞こえたに違いない。じきにここにも兵隊が送り込まれてくるだろうが、そこで俺達が内部に侵入したことがバレるだろう。
「シャーミリア! 戦闘の気配を追え!」
「こちらです!」
すると空の上に、火の玉が飛ぶのが見えた。あれが見えているうちは、カーライルはまだ生きているという事だ。そして俺達はジグザグに路地を抜けて、戦いが行われている方向へと向かっていく。
「敵影です」
俺の視界にもそれが飛び込んで来た。どうやらアーティファクト鎧を着た騎士の最後尾が見えて来たようだ。カーライルを取り囲んで逃がさないようにしているのだろう。
「全員自分の得物を使っていいぞ」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ!》
俺達はアーティファクト鎧兵の最後尾へと、真っすぐに飛びかかっていくのだった。