第921話 王都潜入部隊の脱出
想定した時間になっても、カーライルの潜入部隊から連絡がこない。恐らくは俺が出した指示から、逸脱した行動をとっているのだと思う。俺がこれ以上は危険と判断し、モエニタ王都への侵攻を開始する事にした。部隊をモエニタ王都に向けて進ませていると、ようやくカーライルから連絡が来た。
俺は進軍を止めずにそれを聞く。
「ラウル様」
「待ってたよカーライル! ダメだって! さらっと教会の位置を確認したら出て来てって言ったじゃん。想定した状況より、かなり危険な状況になってると思うよ!」
「申し訳ございません。教会の位置を確認しつつ内部に侵入し、怪しい動きが無いかを調べておりました」
「それがまずいんだって! 位置だけ確認したらいいって言ったじゃん!」
「ですが、少しでも魔人部隊にかかる脅威を減らそうと思ったのです」
「それはありがたいが。で、もう出て来れるんだよな?」
「はい」
「じゃあ迎えに行く。すぐさま王都の外に出てきてくれ」
と、俺が言った途端に、ガガッ! と無線が切れたような音がした。
「カーライル?」
「……」
「カーライル! 応答してくれ!」
「……」
無線のスイッチを何度か押してみるも、カーライルからの応答が無くなってしまった。俺はギレザムの顔を見て言う。
「なんかあったよな?」
「そう思われます」
するとシャーミリアが、ピキピキとこめかみに血管を浮かせて言った。
「馬鹿めが、ご主人様の大切な人を危険に晒しおって!」
こっわ!
とにかくそれはさておき、すぐに救出に向かわねば彼らが危険だった。
「行こう。全軍突入だ」
「「「「「「は!」」」」」」
カーライルSIDE
「じゃあ迎えに行く。王都の外に出てきてくれ」
ラウル様の言葉に返答しようと思った時だった。唐突に部屋のドアがノックされたので、念のため無線機の電源を切ってベッドの下に隠した。
「はい」
「失礼します。お客様がいらっしゃいました」
それを聞いて、皆が顔を合わせた。
「マコ…だろうか?」
それに対してリシェル様が答えた。
「ラウル様は帰れと言ってましたので、もしかすると迎えに来たのかもしれません」
「でましょう」
そう言ってオンジがドアを開く。するとドアの向こうに宿の使用人が立っていて、どことなく様子がおかしかった。
「すみません…」
突然謝って来る使用人だが、俯いていて表情が見えない。
「なんですかな?」
「あの…」
するとその使用人を押しのけて、大柄な男が数人顔を出した。
「どけ!」
「あっ!」
「検めさせてもらう!」
まずい。ベッドの下を見られれば、自分らが怪しいものだとバレてしまう。驚いたような表情でオンジがそれに答えた。
「なんでしょう? 我らは普通の冒険者ですが、何かありましたでしょうか?」
「どけ!」
するとオンジを押しのけて、ぞろぞろと大柄な男達が入って来た。恐らくは武術に長けた物であると分かる気配だが、いまのところ腰にぶら下げている剣を抜く気はないようだ。
不遜な顔つきの先頭の男が言う。
「ふん! 白々しい。既に調べはついているんだ。お前ら、教会周辺を嗅ぎまわっていただろう?」
「はて? 教会には礼拝に行くくらいで、嗅ぎまわるなど。協会など嗅ぎまわってどうなるものか」
そう答えると、聞いて来た男が後ろの奴に向かって聞く。
「本当にこいつらか?」
「間違いございません。こんな綺麗な顔をした男と女を見間違うはずがありません」
「そうか…」
すると大柄な男は、リシェル様を舐めまわすように睨みつける。何という無礼な男であろう。
「なるほどなるほど。確かに、美しいな」
リシェル様に手を伸ばそうとしたので、自分が割って入り男に言う。
「ウチの魔導士がなにか?」
「ふん、調べてやろうって言ってんだ」
「何を調べると?」
すると大男が自分の襟首をつかもうとしたので、それを躱してトンっと押してやり足のつま先を少しだけ踏んで、くるりと体をかわすと大袈裟に転げた。
ドスン! そいつが床に這いつくばり、慌てて起き上がって言う。
「この! おまえ! 手を出したな…」
その顔には怒りが張り付いており、今にも剣を抜きそうな面構えになっている。
「いえ。特には」
すると大男は一緒に来た男達に向かって言う。
「こいつらを捕えろ! 屯所に連れて行って調べ上げるんだ」
「「「「「「は!」」」」」」
指示を受けた男達が、狭い部屋の中に勢いよく飛び込んで来た。だが入り口ではオンジが後ろ手に入り口の扉を閉める。自分は鞘をつけたままの剣を握っていた。
「手加減は出来んぞ」
我がそう言うと大男たちは剣に手をかけて行った。
「なんだと? 我らは、王宮づけの…」
全てを言わせる必要は無かった。総勢七人の男の意識を刈り取るべく剣を振る。
ドサドサドサドサ!
全員が倒れたのを見てオンジが言う。
「一瞬で! お見事です!」
「王宮の騎士だ。急いで縛り上げ、すぐにここを出よう」
「ですな」
男らを縛り上げていると、窓の外を見張っているミゼッタが言う。
「いっぱい来たよ!」
窓に行って下を見ると、騎士がぞろぞろと集まっていた。どうやらここに我々が潜んでいるのを嗅ぎつけて、騎士団を送り込んで来たらしい。
するとオンジが入り口から言って来る。
「下からも上がって来るようですな」
「袋の鼠と言う訳か…」
キリヤが言った。
「ここでは土魔法が使えません。外に!」
そしてミゼッタが言う。
「私の魔法で蹴散らしてやる!」
「まて、焦るな」
「でも」
「見ろ」
窓の下に集まっている騎士達の後ろ側の兵が、バタバタと倒れているのが見える。どうやらマコたちが来てくれたらしい。
するとアンジュがバフン! と大きなオウルベアに変身して、ベッドをドアにガン!と押し付けた。入り口の向こうでは、ドンドン! と叩く音か聞こえる。
「開けろ!」
そしてオンジが、無線機を拾い上げて背負子に入れる。
「リシェルとミゼッタは、あたしにつかまれ! 飛び降りるよ!」
「よし、ならば私が先陣を切る」
我が二階の窓から飛び降り、オンジとキリヤもついて来た。リシェル様とミゼッタはアンジュに捕まって飛び降りて来る。それを見た騎士達が騒いだ。
「ば、化物だ!」
アンジュを見て周りから離れて行く。反対側ではマコの小隊が、騎士達を蹴散らしているようだ。
「我に続け! 突破するぞ!」
鞘から剣を抜き去り、騎士を斬り捨て始める。魔人との訓練のおかげなのだろう、まるで紙のように騎士達が斬れていく。どうにか騎士の集団を突破すると、マコが我に言って来た。
「こっちです!」
「わかった!」
マコとナンバーズは、訓練されたような動きで騎士を蹴散らし先を走り始める。するとアンジュが馬になり、リシェル様とミゼッタがそれにまたがった。騎士達が追いかけて来るところに、キリヤが地面に手を当てて魔法を発動させる。
バグン! と土の壁が出来上がり、騎士達の進行を遮る事が出来た。我らはそのまま振り返らずに、マコについて裏通りを走り抜ける。
「なんとしてもラウル様に情報を届けねば!」
「「「「「はい!」」」」」
そのまま路地を抜けようとした時だった。その先の大通りから騎士らしき者たちが、どっと雪崩れ込んで来る。
「曲がれ!」
マコとナンバーズたちが、横道に向かって逃げ道を作る。我々が横道にそれキリヤが再び土魔法で壁を作り防いだ。マコが走り寄ってきて我に告げる。
「いざという時は、彼らを盾にして脱出するよう言われております」
心情的には一人たりとも欠けさせることはしたくないが、ラウル様の最優先は恐らくこちらの仲間達だろう。我は彼らを逃がすために最善を尽くさねばならなかった。
「頼む!」
その路地を抜けると広場に飛び出た。だが…そこには既に待ち伏せしていた騎士団が、四方から駆け寄ってきていた。
ここにも既に追手が…。
そう考えた時ミゼッタが言う。
「わたしが蹴散らします!」
だがそこでマコが言った。
「ミゼッタ様には市壁を破壊する為に力を使っていただきます」
「でも!」
そこで我が皆に告げた。
「ここは我が! マコはナンバーズと一緒に皆の退路を切り開け!」
「はい!」
次から次へと広場に入って来る騎士に対し、我は縮地で距離を詰めて先頭の五人を斬った。倒れる騎士達に足を取られた後ろの者らが転げる。そやつらを足掛かりにして、その後ろの騎士の喉元に剣を突き入れた。すると周りの騎士が剣を振り上げて、我に振り下ろしてくる。
そのまま垂直に飛び上がり、振り切られた剣の上に降りると、騎士達が姿勢を崩したのでコマのように回って首を刎ねる。一気に四人の首が飛び、それでも次々に騎士達が飛びかかって来た。
バシュッ!
デイジーとバルムスが開発してくれた、噴射装置により一気に突進して、一直線に居た騎士の首を全て跳ねた。今ので十人ほどの首が空中に舞う。
だが、まだマコたちナンバーズは、騎士達を突破していない。だが唐突に大きな岩の壁が立ち上がり、それが騎士達に向かって倒れ込んでいく。
「おわあああ」
「にげろ!」
「よけろ!!」
ズッズゥゥゥゥン! と石壁が倒れ数名の騎士が下敷きになり、その上にマコとナンバーズが立った。我が彼らに叫ぶ。
「行け!」
リシェル様とミゼッタを乗せた馬がその上を駆ける。そしてオンジがこちらを向いて声をかけて来た。
「脱出を!」
「こちらは気にするな! 行け!」
「は!」
そうしてオンジとキリヤもそこを抜けて行き、マコが我に言った。
「では単独で脱出を! こちらはお任せください!」
「わかった!」
マコとナンバーズたちは、リシェル様達が向かった方に消え、そこに土壁が現れて騎士達の行方を阻む。そして我を中心に騎士達が囲み始めた。
「一人で残ったか! 逃げ場はないぞ!」
「では、お相手いただこう」
「斬れ!」
騎士達が懲りずに斬りかかって来る。ラウル様の直属の面々の動きから考えると、まるでハエが止まるかのような動きだった。冷静に一人一人の首を刎ね、周りの騎士達がどよめいて距離を置いた。
「つ、強いです!」
「敵は一人だ! やれ!」
次々に斬り落としながら、リシェル様達が逃げる時間を稼いでいた。自分がラウル様から託されていた仕事はこれで間違いない。自分が出来るだけここで時間を稼げば、それだけ仲間が逃げる時間が作れる。
それに人間などは、以前ラウル様と戦ったデモンより弱い。自分の体力が続く限り、この者どもを斬り続けていれば敵の戦力を減らす事が出来る。
そう思って斬り続けていると、唐突に敵の声がかかった。
「引け! 装甲騎兵団が来た!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
騎士達が逃げるように我から離れて行き、その向こうから新たな敵がやって来た。そこに現れたのは黒い魔導鎧を着た騎士団だった。今までの騎士団と入れ替わったそれらが、突進してきたので我が剣を振るう。
ギイン!
斬れなかった。鉄の鎧でも切れるはずの自分の技が通用しない。
「くっ!」
これが…アーティファクトの力…。禁断の技を用いて作った鎧か。
モーリス先生曰く、これはラウル様の魔導鎧のように剣を受け付けないと言っていた。我は仕方なく噴射装置を使って上空に踊り出る。
だがその時だった。
ボッ! 自分に火球が迫って来た。
「なっ!」
咄嗟に軌道を変えて避けたが、近くを通り過ぎただけで自分の体を焼くのが分かった。飛んできた視界の先には、ゼクスペルの一人が立っていたのだった。