第920話 モエニタ王都攻略作戦 その2
王都に潜入している奴らから無線が繋がり、俺が状況を聞く事となった。無線の相手はカーライルで、どうやら何かを掴んだらしい。
「ラウル様。お待たせしました」
「いや、早い方だよ」
むしろ何も掴めずに、退却せざるを得ないと思っていたし。
「そこまで深い情報はまだですが」
「それよりその場所は安全か? 皆は無事なのか?」
「宿を取りました。その一室に全員が集まっております」
「そうか、みんな無事か」
「はい」
大切な仲間達が一人も欠けていないことに、俺はホッと胸をなでおろす。無線を繋げるにも、人けのない場所をちゃんと選んでいるらしい。路地裏なんかで無線を繋げているのが見つかったら、それこそ相手にバレるかもしれないからな。
「それで?」
「アーティファクトの出所は、やはり王宮でした。ですが、それほど頻繁に出回る事が無く、月に何度か闇市や競売に出るそうです」
「そっか…という事は、あまり市内には出回っていないという事だな」
「高級品扱いになっており、金持ちの貴族や豪商などが手に入れるそうです。その中でも何か不具合のあるものや、需要のなさそうなものが市場に出回るらしいですね」
「なるほどなあ…」
「それでも結構な数はあるようで、だいぶ前から出回っていたようですね」
「昨日、今日じゃないと」
「そのようです」
そう言う事か。王都から外に流れていたのは、本当にお古という事なんだな。だが戦った冒険者が持ち出したような、ビトー少年が内蔵されいたアーティファクトは、軍事的に格別の性能を持っているようだった。あれは間違いなく最新技術によるものだろう。
「兵器のような物は、市中には出回ってない? 」
「はい。転用できそうなものもなさそうです」
「という事は、完全極秘で作っているんだろうな。どこで作ってんだろ?」
「それは、冒険者の噂程度で耳にしています」
「おっ? どんな?」
するとカーライルの声が少し小さくなった。もちろん周りに聞かれたくないのだろう。
「魔道具やアーティファクトの流れからは、出所を追えそうにありませんでしたので、もう一つの可能性をしらべました」
「もう一つの可能性?」
「ビトーから聞いた、孤児を使ったアーティファクト開発という話です。もちろん具体的な話は避け、孤児の事を酒場や市場などでさりげなく訪ね回りました」
なにげに、すごくね? 聖騎士にしておくにはもったいない。
「どんな情報を得た?」
「随分前かららしいのですが、孤児が消えているという情報です。一人の冒険者の話では、その子らが成長した姿を見ないという話でした。ほとんどの人が興味を持っていませんでしたが、どうやら孤児出身の冒険者がいるらしく、孤児院で一緒だった子がどこに行ったか分からないと。まあ愚痴のような話っぷりでしたが、保護されてどこかに行ったっきり戻らないと言っておりました」
「保護?」
するとカーライルが確信めいたように言う。
「聖職者…おそらくは教会が絡んでいるかと」
「教会か…」
カーライルは聖騎士でリシェルは聖女だけに、その様な腐敗を面白いとは思わないだろう。どこか言葉に怒りが含まれていると思ったが、そう言う事だったのか。
俺は少し考えて言う。
「いいかカーライル」
「はい」
「感情的になるなよ。そこまで突き止めたら、おおよその検討はつけられる。あとは教会の位置だけを確認して王都を出るんだ」
だがカーライルが少し黙ってしまった。
「どうした?」
「突き止めます。間違いない場所を」
「それは、こっちでやる。その情報だけで十分だ」
「ですが、ラウル様のお役に立っておりません」
「いやいやいや、十分にたったよ。目星がついただけでも大金星だ」
「もう少しだけやらせてください。それにリシェル様にもお考えがあるようです」
リシェルが?
「代わってくれ」
「はい」
「リシェルです」
「考えを聞かせてくれ」
「はい。私はまがりなりにも聖女と呼ばれた聖職者です。まだ敵に顔はバレていません。私が法衣を来て潜入すれば、何かがつかめると思うのです」
「いや! 危険だ」
「そこまで危機な状況ではないように思います。都市内部は警戒態勢も甘く、兵士達は市壁の外を見張っているような状況です。敵の拠点をつかめたらすぐに脱出しますので、どうかやらせてください」
随分熱心だ。俺はリシェルに言う。
「サイナス枢機卿に何か言われたか?」
「もちろん言われておりますが、これは私達の恩返しなのです」
「充分だ。都市内にある教会の位置だけを調べたら出てきてほしい」
「……」
「頼むよ」
「…わかりました。ではカールに代わります」
「分かった? とりあえず、出てきてくれ」
「…わかりました。では教会の位置を確認し、王都を脱出します」
「そうしてくれ」
「報告は以上です」
「了解」
そう言って無線が切れた。俺はちょっとした胸騒ぎを覚えつつ、隣にいるギレザムに言う。
「言う事を聞いてくれるかな?」
「彼らは魔人ではありませんので、その質問には答えられません」
「だよなあ…。だってうちの身内の、イオナ母さんもアウロラもカトリーヌも身勝手に動くしなあ。ミーシャもミゼッタもその傾向がある…唯一忠実なのはマリアくらいだもんね」
「はい」
うん。やっぱりそうだよね。じゃあしょうがない。俺は全軍に念話で告げる。
《全軍突入準備。第一目標は潜入部隊の救出、第二目標はアーティファクト工場に捉われている孤児の救出と工場の破壊、それらが危険に見舞われたら大規模戦闘に移行し王都を制圧する。歯向かう者がいたら全てねじ伏せろ》
《《《《《《《《《《《《《《《《は!》》》》》》》》》》》》》》》》》》》》
《ハイ》
《俺の合図と共に行くぞ》
その号令により、各部隊が臨戦態勢を取るだろう。そして俺はエミルに無線を繋いだ。
「エミル」
「おう」
「カナデを出してくれ」
「わかった」
少し待っているとカナデが無線に出る。
「カナデ、今使役しているドラゴンは失っても大丈夫か?」
「はい」
「ドラゴンを市中で暴れさせている間に、作戦を敢行する。その準備をしていてくれ」
「わかりました」
そう言って俺達魔人軍は、すぐに突入する体制に入るのだった。
カーライルSIDE
ラウル様は、ああ言っておられたが自分とリシェル様は、魔人軍の被害を極力減らすために、敵の秘密工場を特定する必要があると考えていた。魔人達が数か所の教会を廻るとなれば、それだけに危険が高まるからだ。自分達の危険性は重々承知の上だが、自分とリシェル様だけならば他の人らを逃がす事は出来る。そしてリシェル様に聞いた。
「どうされます?」
「そうですね…。ラウル様は私達の身を案じてくださっているようです。ですが、私達も魔人軍を危険に晒すわけにはいきません。やるだけやってみて、危険ならオンジさんに頼んで皆を外に連れ出してもらいましょう」
「はい」
そしてリシェル様と一緒に部屋を出て、隣の部屋で待つみんなの所へ行く。そこでオンジが聞いて来た。
「どうでしたかな?」
「ラウル様は、ここで脱出されよと言ってくださった」
「ですが、まだ秘密工場を確定しておりませんがな」
「そういったのですが、そこからは魔人がやると」
「ラウル様なら…そうおっしゃるでしょうなあ」
「ええ」
「それで、ファートリアの騎士様はどう判断されたのです?」
「教会の位置を把握して出て来いとおっしゃってました。という事は、ちょっと中を見物しながら、教会を周って見ろと言う事かと」
「ラウル様の御意志を遂行するという訳ですな」
「そうです」
間違ってはいない。教会の位置を把握しつつ、中をのぞくくらいは問題ないだろう。一般の巡礼者に混ざって入れば、特に目立つ事もないはずだった。
すると、そこでデメール様がお使いになったアンジュが言う。
「考えてる事は違うだろ?」
「いや。我々はただやるべき事をやるまで」
「あたしはこう言う事もできるんだよ!」
ボフッ! と言ってアンジュが小さな猫になった。
「おお!」
オンジが驚いて声を上げる。するとミゼッタが言った。
「かわいい!!」
「どうだ? 中を見て来てほしいんだよな?」
「だが。アンジュが危険になります」
「猫なんて誰も怪しまないんじゃないかな?」
しゃべる猫の言葉を聞いて、我らが顔を見合わせた。
確かにそうかもしれないが、神の使徒を危険に晒すわけにはいかない。そこでリシェル様が言った。
「敵の神が気づかなければいいのですが、万が一があるかもしれません」
「大丈夫だよ」
するとミゼッタが言った。
「いざとなったら、私が壁に穴をあける。そこから脱出すればいい」
だがそこでキリヤが異を唱えた。
「ラウル様は教会の位置を把握して出ろとおっしゃったのですよね? ではそうすべきかと」
「しかし、この王都に教会は何軒あった? 少なくはないぞ」
「確かに、異様な数でしたね…」
「それらを魔人達が周っていたら危険すぎる。だから、ある程度特定するぐらいは問題ないはずだ」
「ラウル様からは隊長に従うように言われておりますので、おっしゃる通りにいたします。いざとなったら自分が壁を作ります」
「決まりという事で良いかな?」
するとオンジが深く頷いた。
「一度は死んだも同然の身。仲間として救われたのですからな。ここはひとつ魔人様達の被害を少しでも減らすようにしましょうか」
「そうしよう」
話が決まったので、さっそくこの宿を出て教会巡りをすることにした。この国もどこか、自国のファートリア神聖国と似ていてあちこちに教会がある。ある程度対象を減らさねば、有効な作戦がうちようがない。
自分らが外に出ると、マコがナンバーズを引き連れて向こうの通りにいるのが見えた。見た感じは商人の姿をしているが、ナンバーズは元バルギウスの騎士。その雰囲気は隠しきれていないように思う。だが未だに何事もない所を見ると、うまくやっているのだろう。
自分らを確認したマコたちは、スッと路地裏に消えた。
「では」
「はい」
皆が頷いて、自分達は最初の教会に向かうのだった。もちろん対象が一カ所とは限らないので、怪しい場所は全て潜入する必要がある。自分達が総司令官に背いている事は分かっていても、ここにいる皆の気持ちは、魔人達に恩返しをするという事でいっぱいだった。
すでにリシェル様と自分は修道士の格好をしている。ミゼッタに抱かれた、アンジュが化けている猫が、猫らしくピンと髭と耳を立てているのだった。