第919話 モエニタ王都攻略作戦 その1
魔人一般兵を周辺地域の監視に張りつけ、カーライル部隊をモエニタ王都に潜入させた。
まだ北大陸も警戒せねばならず、旧隊長連中や副隊長及び重量級の魔人はそちらにいるため、前線には全く進化していない魔人もまざっている。いくら銃火器を装備させているとはいえ、俺達が撃ち漏らせば一般魔人にも被害が出るだろう。戦地の拡大で戦力はかなり分散しており、少数精鋭の進化魔人に頼らざるを得ない。
そんな状況ではあるが、直属の配下を全て呼び戻し、モエニタ王都攻略に向けて部隊を配備した。
部隊は五つに分けており、状況判断をしながら戦力を投入する形になるだろう。既にカーライル達を潜入させているので、いつ出撃になるか分からない状況だった。
部隊の振り分けは次の通りだった。
ラウル部隊
部隊長ラウル、シャーミリア、ファントム、ギレザム、ガザム、ゴーグ、カララ
戦闘特化型の魔人を集め、戦地を駆け抜けて戦う事になる、恐らくは魔人部隊の最高戦力。
オージェ部隊
部隊長オージェ、トライトン、ミノス、ラーズ、スラガ、ドラン、オージェの補助セイラ
耐久性と対格闘に優れており、突破口を開き退却の時には殿を務める重要な部隊。
戦闘とタンクの役割を担う強靭な部隊となり、いざという時はセイラの強化でオージェが単独突破。
グレース部隊
部隊長グレース ルフラ、ティラ、クレ、タピ、マカ、ナタ
諜報と索敵に優れており、命を守りつつ情報を集める部隊。
敵の配置や出没地点などをいち早く察知し伝達を図る。
エミル部隊
部隊長エミル マキーナ、ルピア、アナミス マリア、カナデ、ケイナ
空を飛ぶ魔人を三人にし、カナデも透明ドラゴンを使って飛ぶ事が出来る航空部隊。
遠隔からマリアの狙撃で、敵の司令官
部隊長モーリス、イオナ、カトリーヌ、アウロラ、ミーシャ、ハルト、ハイラ、ブリッツ
ナンバーズの残りがデメール、死神、雷神を護衛。
後方支援をする部隊。また神々と神子を守る役割を担う。
モエニタ王都攻略は安全マージンが無いため、各部隊がきっちり機能しないと、どこかに被害が出るかもしれない。万が一魔人軍に大きく被害が出た場合は、完全実力行使をするつもりだった。大量破壊兵器による王都爆撃をしてでも、仲間達の被害を最小限に食い止めるつもりでいる。
ラウルSIDE
シャーミリアとギレザムが俺の左右にいる。俺達はモエニタ王都が見える場所にカモフラージュをしつつ陣取り、潜入部隊からの連絡を待っていた。
俺が、誰に尋ねるつもりでもなく言う。
「どうかな…」
だが魔人達は系譜の力により、俺の考えている事が分かっている。そこでギレザムが答えた。
「潜入部隊は上手くやるでしょう。焦らず待つのが良いかと」
「ああ…」
今度はシャーミリアが言う。
「あの不届き者(カーライルの事)は、人間にしてはやると思われます。ご主人様の到着まで、味方を守りきるぐらいの事はやりますでしょう」
「だな」
シャーミリアのカーライルに対しての評価は、ファートリア神聖国地下での決死の戦いで上がった。うじゃうじゃ湧いて出るデモンの群れと、バティンとダンタリオンの挟撃はかなりの脅威だった。あのときカーライルがいなかったら、俺は死んでいたかもしれない。それをシャーミリアは評価しているのだ。
そして俺は皆に言う。
「どうしようも無くなったら、俺は力を最大限に使うつもりだ。だが極力その力を使いたいとは思わない。あの王都には戦争とは関係のない一般市民がいるが、それを全て消し去るような力なんだ。俺がその力を使わないように、みんなの力を貸してほしい。ここをあのザンド砂漠の二の舞にはしたくないからな」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ》
そうか、ファントムも分かってくれるか。
王都内の状況が分からない限り、こちらから無線を繋ぐ事はしない。隠れているところで、無線が鳴ってしまうなんてのは愚の骨頂だ。俺達はカモフラージュされた潜伏場所で、双眼鏡を除きながら無線が鳴るのを待ち続けるのだった。
オージェSIDE
いざという時は俺達の部隊が道を切り開かねばならない。ラウルの部隊をなんとしても無傷で王都に入れる必要があり、その退路も確保し続けなければならないのだ。そのためにラウルは、強靭な最強格の魔人を俺の部隊に配属してくれている。そう考えてみると、その重責に多少緊張して来る。
難しい顔をして真剣に考えている時だった。
「隙あり!」
シュッ!
唐突に俺の首めがけて、三又の槍を突き入れて来るトライトン。俺はそれを難なくかわし、三又の槍をグッとつかむ。するとトライトンが言った。
「隙が無いようですな。わい、安心しましたわ」
「隙があるように見えたか?」
「珍しくだんまりを決め込んでましたので、もしかしたら一撃入るかと思いました」
「おかげで緊張がほぐれた」
「よかったです」
いつものやり取りのおかげで、俺はスッとリラックスする事が出来た。コイツはいつも俺のそう言う所をついて来るが、わざとそうしているのかもしれない。
そして俺よりもデカいミノスが言う。
「オージェ様。ご心配なさらず、我々はオージェ様に傷を負わせないようにと仰せつかってます」
「いや、俺はあんたらにも怪我をしてほしくないがな」
すると普通のおっさんのような顔をしたラーズが言う。
「我々の部隊は守りに比重を置いてます。こいつらならば、容易に敵の突破を許す事はありませんぞ」
そして少年のようなスラガが言った。
「いざという時は巨人化して守りますので」
最後に目つきの悪いスキンヘッドのドランが言う。
「最悪は竜化薬を飲んでオージェ様を乗せて飛びますよ」
うーん。こいつらはマジで、ラウルの言う事なら絶対マンなんだな。だが俺はここにいる一人たりとて欠けさせるつもりは毛頭なかった。するとセイラが言う。
「私の歌で強化すれば誰も怪我などしません」
「よろしく頼むセイラ」
「もちろんですわ!」
何か嬉しそうだ。こんなきれいな人にニッコリ微笑みかけられると、つい緊張感が解けてしまいそうになる。
「隙あり!」
シュッと付きだされた三又の槍を避けて、俺は皆に言った。
「本気出して行こう」
「「「「「おー!」」」」」
どちらかというと魔人軍の中でも、熱くるしい奴らの集まりのようで戦いに向かう気迫が凄い。その気迫にあてられて、俺の戦いの血も湧き上がってくるのだった。
グレースSIDE
僕は南国風の少年少女に囲まれていた。
仲間達の中で自分の戦闘力は断トツに低く、ゴーレムを出して戦うか作業をさせるぐらいしかない。あとは虹蛇の保管庫に手を突っ込んで、触れた物を引き出す能力ぐらい。あとまあ、ラウルさんのヴァルキリーって言う魔導鎧を運ぶぐらいが、僕の仕事となっている。
だが今回は戦力を総動員しなければならないという事で、諜報活動及び伝達という重要な任務をもらった。転移魔法を使う神出鬼没の敵を捕捉するために、このゴブリンメンバーをつけてくれたのだ。また、自分の戦闘力や耐久力が無いためにルフラちゃんをつけてくれている。ラウルさんが言うには、ルフラちゃんに体を包まれるとき、あちこちの穴から侵入して来てなんともいえない感覚だと言っていた。だが幸か不幸か僕の体には穴という穴が無かった…。口や鼻からは入って来たけど、それほど抵抗感は無かったし。
しかしこれの凄さが分かった。なんと魔人と念話で話が出来るという特典が付いていたのだ。ルフラちゃんを纏っているおかげで、各部隊の情報がしっかりと入って来る。イヤーカフをつけて無線を聞くのとはわけが違い、直接脳の中に声が入ってくるのだ。それならばと念話で話をしそうになるが、普段はややこしくなるため口頭で会話をしているらしい。
「ティラちゃん」
「はい」
「作戦の指示はまだかな?」
「中からの連絡はまだないそうです」
「そっか。なら王都周辺を索敵でもしてた方が良いんじゃないのかい?」
「いえ。ラウル様からは不用意に動くなと言われております。どうせ敵は転移魔法を使って来るだろうから、何か動きがあるまではそのままだそうです」
「了解―」
まあ、暇だ。だがラウルさんから一つ言われているのは、ゴブリン隊が危険になったらゴーレムで敵の足止めをしてくれと言うものだ。恐らく僕の仕事はそこが全てのような気がする。いずれ王都内に侵入するだろうが、ゴブリン隊を無事に逃がす事だけに集中して頑張ろうと思う。
エミルSIDE
ラウルに航空部隊をまかされた。空を飛ぶ魔人を三人と、ドラゴンを透明にする力をもつカナデを配置される。ガンナーのケイナは後ろに座っており、マリアさんはずっとスナイパーライフルのスコープで敵陣を覗いている。自分らは一番後方に配備され、ヘリコプターに大テント用のビニールをかけて草木でカモフラージュしていた。ビニールに開いた隙間から敵陣の確認をしている。
ラウルからはRAH-66 コマンチという軍用のステルスヘリを召喚してもらった。これは前世では、試作段階で開発打ち切りになったヘリだ。もちろんこの世界にレーダーは無いので気休めかもしれないが、敵の反射魔法がどう作用するか分からないと言う事で、ステルス機能を持ったこのヘリを選んだようだ。武装としてはXM301 3砲身20mm機関砲だけが取り付けてあり、その他一切を排除して偵察専用にしてある。
このヘリの離陸と同時に、飛ぶ魔人達と透明ドラゴンに乗ったカナデとマリアさんが一緒に飛ぶ事になっていた。
「マリアさん! 何か動きはあるかい?」
「ありません。いまだ内部からの連絡はないようです」
「そっか」
「敵の動きを警戒するのみです」
「この周辺は大丈夫だよ。精霊を飛ばして確認しているからね」
「ありがとうございます」
とはいえ、精霊が少し怖がっている。それはカナデが使役しているドラゴンが近くにいるからだ。透明だから見る事は出来ないが、精霊たちからその気配はびりびりと伝わって来る。むしろ俺のヘリよりも、そっちに乗った方が安全じゃないのかとも思う。
ラウルに言われているのは、反射魔法に注意しつつ制空権を確保する事だ。敵が飛竜などを使ってきた場合に、それを迎撃するのが仕事だ。念のため敵が攻撃してきた場合の対策として、ジンのヤカンを乗せていた。いざという時はオージェの隊に救出してもらう事になるだろう。
モーリスSIDE
ふむ。なかなかに一筋縄ではいかん。フェアラートという奴は、魔法と魔道具だけが得意な奴ではないからじゃ。あやつは元々小賢しいほどに賢くて、用意周到に事を進めていくのじゃ。そしてそれに磨きがかかっておるようじゃった。魔人軍がなかなか手を出せないように、いろんな細工をしておる。
恐らくここまで尻尾をつかませなかったのも、あれやこれやと搦手を使い、自分が矢面に出なかったからであろう。じゃが…ここにきて、いよいよ本人が表舞台に出てきたのじゃった。なぜそうしたのかは分からんが、あれだけの策士が出て来たからには何かあるのじゃなかろうか?
「どうじゃろうな」
「一筋縄ではいかないかと」
フェアラートと面識のあるカトリーヌがポツリという。
「そうじゃな。何か罠を仕掛けておる可能性もある」
「それを避けるための人間部隊です」
「うむ…。まずは連絡を待つしかないのう」
そこでわしはふと気が付いた。同じユークリットに居たのなら、イオナもフェアラートを知っておるはずじゃ。
「イオナはフェアラートを知らんか?」
「すみません。顔を見ればわかるかもしれませんが、名前だけではちょっと分かりませんわ…」
「まあ、当時のイオナは引く手あまたじゃったからのう。たくさんの貴族が声をかけ、すべてを袖にしておった記憶しかないのう」
「まったく興味がなかったので」
「そうじゃったな」
年の頃も近いので、きっとどこかで会っていると思うが、イオナは全く覚えていないらしいのじゃ。
とにかくわしらは後方支援という事らしいが、それはラウルが体裁を整えたまでじゃろ。ラウルはわしらを前線に出したくなかったのじゃ、それにも増してここにいる神たちを守ってほしいという意味合いもある。豊穣神と死神と雷神は、平和に井戸端会議をしているが、ナンバーズとハルトとハイラはピリピリしておるようじゃった。
ブリッツだけが面白そうに神たちの話を聞いて、何かを思案中のようじゃが、万が一魔人達が突破されるような事があれば、わしがここの皆を守らねばならんじゃろう。
「ただ待つだけというのも骨が折れるのう」
「何もない事が一番でございますわ」
イオナはラウルを絶対的に信頼しておる。もちろんわしもじゃが、イオナとカトリーヌとアウロラはラウルを信じて疑わなかった。わしはラウルが大切にしておる者を、命を賭して守るだけ。この大戦で、わしが出来る事は間違いなくそれだけじゃろうと思うのだった。