第918話 偽装冒険者の潜入捜査 ~カーライル視点~
いよいよ自分が役に立てる時が来た。魔王子にこの役割を任された時、心からそう思った。
自国ファートリアを救ってくれた他国の王子に対し、今まで何も返せていなかったと思う。サイナス枢機卿からも、くれぐれも恩を返すように必死に取り組めと言われて送り出された。それはもちろん、ファートリア神聖国としての思惑がある。戦後の国家同士の関係を見据え、此度の大戦で魔人国の役に立って、友好的な状況にしておきたいからだ。
次期教皇候補のケイシー神父は正直当てにならない。ラウル殿とは友達関係を築き上げているようだが、一方的に守られるばかりで役にたったことなど一度もないだろう。
そして、それ以上に自分の気持ちがある。なんとしても魔王子の役に立ちたいと心から思っているのだ。自国を救ってくれた上に、世界平和を望む彼の考えに傾倒している自分がいる。だが正直な所、あの魔人軍のなかで私が役に立てることなど、ありはしないと思っていた。
だがここにきて、ようやく役割を与えられたのである。
「カール。必死でやりましょう」
「ええ」
聖女リシェルも、その事は良く分かっていた。だから私と聖女は命がけでこの任務をこなす事を決心したのだ。しかも、潜入の為の偽装工作まで魔王子が手配してくれた。マコという女を商人の娘に見立て、元バルギウス兵が商人に偽装して潜伏する事になった。自分達はそれを護衛する冒険者に成りすまし、モエニタ王都へ潜入する事になっている。
それ以上に凄いのが、その商人の馬としてアンジュという神の使徒が混ざっている事だ。本当の正体はオウルベアという獣人の一種で、絶滅寸前の種族らしい。彼女も一族を救ってくれた恩を返すために、この作戦に参加している。それと同じように、虹蛇を代々守っていたというオンジと呼ばれる老齢の騎士もついて来た。
そしてもうひとり、魔導士のミゼッタも幼少の頃に、道すがら魔王子からその命を助けてもらったのだとか。それからずっと、その恩に報いたいと考えていたらしい。
さらに何度か一緒に戦った事のあるキリヤだ。彼は異世界の人間であるらしいが、魔王子に心酔し、その身を投げ出さんと身を粉にして働いている。
ここにいる皆が魔王子やその仲間に救われた過去を持ち、その役に立ちたいと集ったのである。
だがそんな私達に魔王子は言った。
無理はしないで、聞き込み程度にする事。危険を察知したらすぐに逃げろと。
戦争とは犠牲がつきものである。この潜入作戦は死を覚悟しなければ成し得ない事だと思っている。私達は非常に難しい仕事をしているのである。だが、魔王子はそこまで望んではいない。魔王子の考え方は、死の危険性から離れたところで戦うというものだ。
ならば私のやるべき事は一つ。情報を得たうえで、自分の命を賭してでも潜入した仲間達を無事に逃がす事だ。誰一人死なせる事無く、この作戦を完了させるのが自分の仕事である。
自分の命ぐらいなら、あの魔王子は許してくれるだろう。他の人らを無事に逃がせば、自分の仕事は全うできる。そんな事を考えていた。
するとオンジが言う。
「カーライル殿、あまり思いつめなさんな。鬼気迫る顔をしておるぞ。本当に聞き込み程度で良いと思いますがの」
「いや。それでは真の情報にたどり着けないかもしれません」
「いや、魔王子はいざという時は、モエニタの孤児の事は斬り捨てるお方です」
わかっている。だが自分はそれを選ぶ事も出来ないのだ。
自分がもっと強かったならと思う。あの魔王子の配下達のように強靭な体を持ち、とてつもない強さを持った者たちであれば、この作戦はもっと簡単だったかもしれない。だが、自分が命がけで修練を積んでギリギリまで高めて来た能力は、魔王子の配下の足元にも及ばない。何年も何年も積み上げて来た技の精度、何百万回と振り続けた剣の技は彼らの力に遠く及ばないのだ。
だから命をかける必要がある。そう思っている。
しかしオンジはそれを見越したように言う。
「思いつめなさるな。あの方はとても器が大きく、わしたちの事も本気で大事に思うて下さっておる。だから、そこな少女を一緒に遣わさったのだ」
そう言ってオンジはミゼッタを見た。
確かに。今までの魔王子ならば、身内を危険な場所に送り出す事は無かった。それなのに、今回の作戦ではミゼッタを我々の隊に入れたのだ。
「彼女も、皆も私が責任をもって魔王子の元へと返します」
「いや。本当に、魔王子が言ったような捜査だけにしときなさいって、むしろギリギリの仕事をすれば魔王軍に迷惑がかかりますぞ」
「えっ」
それは考えてもみなかった。命がけでやる事こそが、魔王子に恩を返す一つのやり方だと思っていたから。
「それよりも今は目の前の事に集中ですじゃ」
とオンジが前を見ると、いよいよモエニタ王都の門が近づいて来ていた。
「わかりました」
「さて、ここを無事に通れますかの。ここで仕事が終わるかもしれませんぞ」
確かに。ここで正体がバレたら終わりだ。私は息をのんで先を見た。
異世界から来たマコという女が商人の娘に扮し、門番に話をしている。だが思いの外すんなりとそこを通り抜ける事が出来た。我々が通って行くのを、門番が手を振って見送っている。いくらなんでも、門番がそんな事をするのはおかしい。
だがキリヤが私に説明をした。
「あれがマコの能力です。門番は何の疑いも持っていませんよ」
そうだった。彼女は人を使役するという驚愕の能力があるのだった。
「それを見越して、ラウル様は彼女をよこしたのですね」
「そうです。殿下が考えたうえでの事だと思いますよ」
そうだ。魔王子はいつでもそうだった。何も策を考えていないような素振りをしつつも、かなり綿密に計画がたてられているのだ。私達は無事に王都内に潜入し、人気のない場所へと移動していく。ひとけのない路地裏に入ると、馬だったアンジュが人の形に戻る。
そしてマコがこちらにやって来た。
「ではアンジュさんは皆さんと一緒にいってください。私達は陰ながら皆さんをお守りするように言われています」
「わかりました。では皆さん、まいりましょう」
するとオンジが私を止める。
「まってください!」
「なんですか?」
「その言葉遣いは冒険者らしくありませんぞ。かくいう私もですが、直さねばなりません」
いきなり難題に直面してしまった。自分はこんな話方以外した事がない。
「わかりました。では冒険者らしく行きましょう」
それを聞いたミゼッタが言う。
「多分それが冒険者らしくないと思う。恐らく敬語は使わないんじゃないかな?」
するとアンジュも同調した。
「そうだと思うよ。あんたは偉い騎士さんだからそんな言葉遣いだろうけど、冒険者はもっと違う」
「それはそうですが、どんな言葉で…」
私が困っていると聖女が言う。
「カール。もっと砕けた話方をしようと言っているのよ」
「リシェル様は随分うまくなりましたね」
「私はカトリーヌ様やハイラ様とお話をするときは、砕けた話方にするようにと言われているわ」
「なるほどです」
するとキリヤが言う。
「パーティーリーダーが仲間に敬語では怪しまれますね。直せませんか?」
「…わかった」
「そんな感じで良いと思いますよ」
「では、そうしよう。むしろ皆もそうした方が良い」
「「「「「はい」」」」」
自分らはその路地裏から出て、ひとまず繁華街へ向かう事にした。行くべきところは三カ所と決めていて、一つは市場や商店街、一つは酒場街、そしてもう一つは裏通りの奥のスラムである。まずはそこで情報を収集する事になっている。
まず最初に商店街へと向かう。王都だけあって人がごった返しており、自分らはそれほど目立つことは無かった。だが道を歩けばあちこちから声がかかる。
「おや、冒険者かい! いいポーションがあるよ!」
「そこのお姉さん! 首飾りはどうだろう?」
「兄さん! 剣を磨いてやるぜ!」
そこですぐさま話を聞く事にした。
「すまんが、魔道具は置いてるか?」
「そんな高級なものは取り扱ってないねえ。滅多に手に入らないからさあ」
「そうなのか?」
「うちも一度取り扱った事があるぐらいで、すぐに売れちまったからねえ」
「そっちは?」
「うちは武器屋だからなー、魔道具は入って来ねえな」
そこで私達は初めて分かった。思っていたよりも、魔道具はそれほど流通していないという事だ。しばらく聞き込みしても、高級すぎてそうそう手に入る物じゃないという事が分かる。
いったん広場に集まって話し合いをする。
「もっと出回っていると思っていた」
「ですわね」
「聞き込む場所が違うんじゃなかろか」
「かもしれないわ」
次に我々は酒場に行くことにした。酒場になら冒険者もいるだろうし、何らかの情報が入るかもしれない。だが時間が早いためか、まだ人はまばらで情報を取るには難しそうだった。
オンジが言う。
「聖騎士さんはこんな場末の飲み屋になんか来ないだろうが、もっと夜にならないと人は来ないですじゃ」
「ならば、他の事をしよう」
そして再び周辺に聞き込みを始めると、他の場所にも市場があるらしいことが分かった。酒場には夜に行く事にして、道行く子供に銅貨を渡し市場に案内してもらう事にする。市場に入りすぐに、最初の店の年配の女に聞いた。
「すまんが、魔道具を探している」
すると女が怒ったように答える。
「あんたらも魔道具かい!」
「他にも求める人はいるのか?」
「そりゃそうさ。あんな珍しいもの、みんなが探し求めているよ」
「何か情報を知らんか?」
「うちみたいな小さい店じゃ分からないよ。大店の商人にでも聞くんだねえ」
「その店はどこにある?」
「あんたらよそ者かい?」
「田舎者の冒険者だ。王都は良く分からん。これで案内を頼めないか?」
そう言って銀貨を目の前に置いた。
「お、そうかい? 待ってな! ちょっとおいでー!」
年配の女が店の奥に声をかけると、奥から若い女が出て来た。
「はい」
「この人達を、ロベルタ商会に連れて行っておやり」
「はーい」
若い女が自分に向かって言う。
「こっちだよ」
「わかった」
「あんたいい男だねえー」
「それはどうも…」
「あら、つれないねぇ」
その女について行くと、それはそれは大きな店の前に着いた。そして女が丁寧に店の奥に声をかけてくれる。
「ごめんくださーい。客を連れて来ましたー」
すると奥からひげを蓄えた中年の男が出て来る。
「はいはい。この人らがお客さんかい?」
「田舎から来た冒険者だって」
すると男は態度を変え、ぎろりと俺達を見て言う。
「何の用だ? 田舎の冒険者なんて、うちで買える物はないぞ」
「魔道具は無いか?」
「あいにく今は無いけど、あったところで、あんたらに買える代物じゃないなあ」
「いつ入る?」
男はフン! と鼻を鳴らして言う。
「知らんねえ。時折大量放出されるが、それも取り合いになるからねえ」
「大量放出?」
「そうだ。そん時は貴族や大店の商人でとりあいだ。まあ出所は誰も言わないけどな! 分かったらとっとと帰んな!」
そう言われて我々は追い出された。だが間違いなく魔道具が流通している気配はつかめた。店を離れたところでオンジが言う。
「なら、闇に流れる可能性もあるでしょうな」
「やはり裏町か…」
「ですが…まだ潜入したばかりです。じっくりと安全な方法で調べるがよいでしょう」
「わかった」
「まずは拠点となる宿を探した方が良いでしょうな」
「そうしよう」
オンジは自らこの作戦に参加して来たが、自分が役に立つことが見えていたらしい。自分自身があまり役立っていない事に気が付くが、そこで聖女リシェルが耳打ちして来る。
「カールはカールの仕事があります」
「わかりました」
そして我々は拠点となる宿を探しに街中へと移動する。間違いなく魔道具は出回っている。その尻尾だけでもつかまねば、魔王子の役に立てない。はやる気持ちを抑えて、私はオンジ達の後ろを歩いて行くのだった。