第916話 アーティファクトの恐るべき正体
神殿基地に戻り、大広間にアーティファクトを広げて俺達は険しい顔をして囲んでいた。その前で技師だというビトー少年がビビり倒しており、ビクビクしながら俺達をきょろきょろと見回している。めちゃくちゃ恐怖の表情をしていて、見ているこっちが可哀想になって来る。
それを見かねてモーリス先生が声をかけた。
「ビトーと呼んでいいのかのう」
「う、うん」
「怖がることは無いのじゃ。わしらはおぬしを取って食ったりはせん」
「ほんと?」
そこにビトーよりも年下のアウロラがトコトコと近寄って、ビトーの手を握る。
「大丈夫だよ。みんなやさしいんだから」
めっちゃかわいいアウロラに、至近距離で見つめられたビトーは顔をぽぅっと染めた。
「うん」
いきなり素直になった。
「だから、いーっぱいお話を聞かせてほしいの」
きゅるるん!
おいおい。アウロラ…いつの間にそんな仕草を覚えたんだ? お兄ちゃんは教えた覚えはないぞ。
「わかった」
ビトー君はほんの少しだけ微笑んで、それからはアウロラから目を話さなくなった。俺は急いでビトー少年の所に行き、スッとアウロラとの間に入る。
「えっと、彼女は僕の大切な妹なんだ。君も心して話をするように、わかったね?」
「は、はい!」
少しだけ柔らかくなっていたビトーが、また殻を閉ざすように俯く。
「お兄ちゃん! 怖がらせないで!」
「い、いや。俺は…」
するとイオナが言う。
「ラウル。大人げないわ、見ていてお母さん恥ずかしい」
泣きそう。
「いや、そう言うつもりじゃない。まがりなりにも、敵地から来ている少年だからね。警戒はしておかないと」
俺の言葉にアナミスが言う。
「ラウル様。デモンの干渉も魅了も受けていません。警戒は不要かもしれません」
「わ、わかった。なら続けて」
俺は渋々とその場を離れた。そしてモーリス先生がビトーに聞く。
「怖い事などありゃせんのじゃ。なぜにおぬしが、こんな機械の中に入れられておったのか聞きたいだけなんじゃ」
だがそう言われると、ビトー少年は体を強張らせた。
「ふむ。それ自体が嫌な事のようじゃな?」
そしてアウロラがビトーの手を握りしめて言う。
「怖かったんだよね? こんなのに入れられて戦いに連れ出されるのが」
だがビトーはすぐに答えずフルフルと頭を振った。
「そうじゃないの?」
「…戦いは怖かった」
「戦いは?」
「でも、この中に入るのは怖くない」
「そうなのね…」
一瞬ビトーは、アーティファクトに向けて優し気なまなざしを向けた。
「ずっと一緒に居れると思ったから」
「このアーティファクトと?」
「うん」
一緒に居れると思った? もしかしたらヴァルキリーのような分体か?
俺が離れた場所から、モーリス先生に向けて聞く。
「分体かなにかですかね? 僕の魔導鎧みたいな」
するとモーリス先生がしゃがみ込んで、ビトー少年の顔を見て言う。
「このアーティファクトとおぬしは、何か関係があるのかのう?」
「…あ、うん…」
顔が曇る。そこでアウロラがもう一度尋ねる。
「言える範囲でいいのよ。どんな関係なの?」
「ともだち」
その言葉に皆が顔を見合わせた。アウロラが聞く。
「友達?」
「うん」
「私にはよくわからないのだけど、どうしてお友達なの?」
「だって、そうだから」
言っている意味が良く分からない。皆がその真意を探るにも、殻を閉ざすのでうまく聞き出せないでいる。
困っていると、アナミスが俺に念話を繋げて来た。
《催眠を使いますか?》
《いや、やめておこう。可哀想な子供に使うと、母さん達に軽蔑されてしまいそうだ》
《はい》
とはいえ、真実を聞きださねば、アーティファクトの謎は解けない。
「友達という事はお話とか出来るの?」
「もう、お話は出来なくなった」
…もう? 出来なくなった?
「前はお話で来たの?」
「うん…」
俺は、ビトーが何を言っているのか理解できていない。というか仲間達も皆が不思議そうな顔をしている。だがそんな中で、モーリス先生が訝しい顔をして言った。
「やはり…そうじゃったか…」
「どういうことです? 先生」
するとモーリス先生は、優しくビトーの頭に手を当てて言う。
「これは友達じゃったんじゃな…。いや、今も友達なんじゃな?」
「…うん…」
「ふうっ。何という事じゃ」
皆がモーリス先生の次の言葉を待つ。すると衝撃の言葉を聞く事になる。
「ビトー少年。”これ”は人間じゃな?」
「うん…」
なんだって? 皆がざわついた。魔人達ですらその言葉に驚きを隠せないでいるようだ。だがシャーミリアだけがモーリス先生に尋ねる。
「恩師様。魂の定着という事でございましょうか? これのように」
そう言ってファントムを指さす。
「恐らくは違うじゃろ。正真正銘、このアーティファクトは、この少年やわしらのような人間だったのじゃ」
俺が聞く。
「どういうことです?」
だがモーリス先生はビトーに向かい、アーティファクトを指さして言った。
「”この子”も孤児じゃったのじゃろ?」
「うん」
「やはりそうか」
訳が分からない。この鉄の機械みたいなものが人間だった? どういうことだ?
「これが人間?」
するとモーリス先生がみんなに向けて言う。
「融合魔法じゃよ。魔道具の魔力伝導性と循環性能を上げるために、人間の子を融合させたのじゃ。恐らくはそれ以上の恩恵があるじゃろう」
「なんです? それ!」
「禁術の一つじゃよ。もちろん伝説の類でしかなかったものじゃが、どうやらフェアラートはその扉を開いてしまったようじゃ」
「そんな馬鹿な…」
モーリス先生は再びビトーに優しく問いかける。
「これは一人じゃないね」
「うん」
「おぬしが乗る事で、よりその性能を発揮するようになっておるのじゃな」
「わからない…」
「うむ」
いきなりの恐ろしい技術を知ってしまった。目の前の着脱式のアーティファクトには、数人の人間の子供が融合されているというのだ。俺は思わず鳥肌が立ってしまい、腕をさすってしまった。どうやら人間達も俺と同じ感情になったらしく、青い顔をしてアーティファクトを見ている。アウロラもミゼッタも震えを抑えられないらしく、肩を抱いて縮こまっており、オージェ達も気分が悪そうな顔をして険しい顔をしていた。
聖女リシェルが怒りを含んだ声で言った。
「冒涜です! 神に対する冒涜ではないでしょうか!」
神と言っても、ここにそろっているけどね。その神々たちが嫌悪しているから、確かに冒涜ではあると思う。
「そうじゃな。人が手を出してはならぬ力じゃ」
そこで俺は思い出した…。
「魔石粒」
俺が呟くと皆が振り向く。そしてオージェが言った。
「ファートリア神聖国のあの石か?」
「ああ。あれはたしか、アトム神の巨大魔石から涙のように生まれた物だった。そしてそれを飲まされた人間は…」
「光の人柱になって異世界から人を呼び寄せた…」
「多分、フェアラートはそれを見たんだ。その原理をみて、人間と魔道具の融合なんてことを思いついたんじゃないか?」
俺を見てブリッツが聞いて来る。
「詳しく聞かせてもらってもいいかい?」
俺がファートリア神聖国で見た、魔石粒を飲まされた人々の末路と、その効果についてブリッツに聞かせる。それを聞いたブリッツが少し考えて言った。
「フェアラートはそれを見たんじゃない。恐らくはそれをやらせた張本人だ」
「張本人?」
「性格と経過を見れば間違いないだろう」
「ケイシーが言っていたアブドゥルではなくて?」
「それは恐らく実行部隊。糸をひいたのはフェアラートの確率が濃厚だね」
衝撃だ。あの時の事件が、ここにきて繋がって来た。人間と魔具の融合という事を考えると、類似している事は多い。
それを聞いてモーリス先生が言った。
「危険じゃ。あやつは、とても危険な事をしておる」
「どうなりますかね?」
「調べて見ねば分からぬが、ラウル達がこちらに渡って来た事もあるじゃろうし、前世から人が落ちて来た事もあった。ファートリア神聖国であのような事をしでかしておきながら、また新たに人命を冒涜してまで、新しい事に手を染めておるのではなかろうか?」
確かに危険だった。フェアラートが何をしようとしているのか分からないが、多重世界の禁忌に触れてしまうんじゃないかと胸騒ぎがしてくる。
それを聞いたデメールが言う。
「なんということ…」
そして雷神のおばちゃんも身を震わせて言った。
「なんや! 神をも恐れぬ不届き者がおるんかい!」
さらに死に神も言う。
「なにやら、均衡が破れてしまいそうなお話」
そう。それだ、俺達が不穏に感じている事を端的に表している気がする。
俺は怒りを感じて皆に気持ちを伝える。
「とんでも無い事になる前に、止めなきゃならないな。それに、今も子供らの犠牲が出てるって事だろ? そんなの放っておくわけにいかない。冷蔵庫やコンロにされちゃ、たまったもんじゃねえ」
オージェが答える。
「ラウルならそう言うと思ってたぜ。何としてもやめさせるべきだ」
グレースも言う。
「ですよ。こんな事、許されていいはずがない」
俺達がそんな話をしていると、アウロラがビトーに声をかける。
「どうしたの?」
するとビトーがアーティファクトを指さして言った。
「あの…この子達も、やめさせてほしいって言ってる」
「話が出来るのか?」
「ううん。感じるだけ。でも泣いてるから…」
「そうか」
俺達は憐みの気持ちでアーティファクトを見た。何も変わらず無機質にそこに置いてあるが、これにはまだ魂が宿っているのかもしれない。
それを聞いてエミルが体から精霊を発した。
「みんな。この子らを癒しておやり。怖い思いをさせて悪かったと慰めるんだ」
ふわりとした光が、アーティファクトに降りて行き、淡い光に包まれていく。
エミルの行為を見てバルムスが言う。
「ラウル様。こちらのアーティファクトの分解は止めておきましょう。技術は進む可能性はございますが、犠牲になった子らが不憫でなりません」
「そうしてくれ。ひとまずこのアーティファクトは特別な部屋を作って、厳重に管理する事にしよう」
「は!」
アウロラがビトーに優しく語りかけた。
「大丈夫よ。こう決まったら、お兄ちゃんは徹底する人だから。あなたのお友達に酷い事はしないわ」
「ほんと?」
「本当よ。だからビトーはもう何も心配しなくていいわ」
するとビトーは突然泣き崩れて、床につっぶしてしまった。心にため込んでいた感情が爆発したのか、ビトーの嗚咽が俺達の耳に悲しく響くのだった。