第909話 火神の目的とは?
駐屯地に戻って、俺はすぐさま雷神をブリッツの所に連れて行く。確率としては残りニ神の内の一人なので、継子の可能性は十分にあるだろう。既に火山の神殿内には数十名の魔人達がおり、バルムスの指示の下で魔導エンジンの組み込みに入っていた。そのドワーフの一人に声をかける。
「作業ご苦労さん」
「は! ラウル様! 遠征お疲れ様でございました!」
「モーリス先生が、どこにいるか分かる?」
「神の扉の前に」
「わかった」
すると雷神が俺に言った。
「なんや? 神の集会所を勝手にいじっとるのか? ここは精霊神がこさえた共同の場所や」
「平和になったら戻しますよ。今はちょっと使わせてもらってます」
「まあ世代が変われば忘れさられるような場所やからな、自由にしてええんちゃう?」
「そうですかね?」
そしれ俺達は深層にあるゴッドゲートの場所にたどり着く。そこでモーリス先生とバルムス達が何やら話をしていた。
「モーリス先生」
「ラウルよ、無事で何よりじゃ」
「何をしているのです?」
「もしかしたらこの扉から、火神が来ることもあるんじゃないかという事になってのう。対策をしておく必要があるんじゃないか、という話になったのじゃ」
「なるほど」
すると雷神が言った。
「精霊の許可が無ければ通れんぞ」
「あ、そうなんですか?」
「招集がかからねば、向こうからの扉は開かんやろ」
俺が魔人国に一時帰還出来たのは、エミルがいたからだったのか。精霊に言われるままに入ってみたけど、ちゃんと帰って来れて良かった。初めてきちんと原理を知っている人が来てよかった。
「どなたじゃろ?」
モーリス先生とバルムス達がポカンと雷神を見ているので、俺は雷神を紹介した。
「あ。こちらが雷神様です」
「な、なんと! このような高い姿勢で申し訳なかったのじゃ。出かけたと思ったら、まさか神様をお連れしてくるとは思いもせなんだ!」
モーリス先生とバルムス達が腰を低くして、雷神に頭を下げた。
「ええで。まあ、わしはこう見えて神やからな、そないな態度になるのもわかるけどな」
「雷神様。という事は、この扉は招かざるものを呼ばないという事じゃろか?」
「そやで。喧嘩なんかしよったら顔も合わせたくない事もあるやろ。まあわしらの世代の神でも、魔神とアトム神は折り合いが悪かったしの。比較的、神々の仲は良かったほうやけどな」
「そうでしたか。ならば取り越し苦労でしたわい」
「火神と喧嘩しとるらしいな。あんたらは魔神の手下か信者かいな?」
それは俺が遮る。
「いえ。こちらのモーリス先生は俺の恩師ですよ」
「ほう。人間が恩師とはのう…せやけど、わしが神を継ぐ前に、そう言う存在はおったな」
「やっぱりそうなんですか?」
「あんたらにとっては遠い昔の話や。やけどずっと記憶には残っとるもんやで、あんたも大事にせえや」
俺はいきなり現実を突きつけられてドキッとする。心の奥では分かっていたが、たぶん俺とエミルはここにいる誰よりも長生きなんだ。という事は、いずれ彼らの死に目に会うという事になる。そんな当たり前のことを言われて、俺はグッと悲しくなってしまった。
そんな俺の表情を見てモーリス先生が声をかけてくれる。
「ラウルや。それは宿命のようなものじゃ、わしは人生の終わりにお主と関われて幸せじゃぞ」
「はい…」
「ほれ、しみったれた表情をするでない。それよりもやる事があるじゃろ」
そうだった。俺はまず雷神をブリッツに合わせなくてはならない。
「えっと…ブリッツは?」
「ん? さっきまではオンジとおったがのう」
「わかりました」
俺達はそこを離れて、オンジとブリッツを探す。神殿内を歩き回っていると、オンジが素振りをしているところに出くわした。だがそこにブリッツはいなかった。
「あれ? ブリッツはいませんか?」
「先ほどまで私と素振りをしておりましたが、何やらミーシャさんの手伝いをと言われて行きました」
「そっか。ミーシャと居るのか…手伝い?」
「そういっておられましたな」
「わかりました」
なんとなく嫌な予感がして、足早にミーシャたちを探す事にした。ミーシャが研究室にしている部屋に向かうと、扉の外に何やら唸り声が聞こえて来る。それを聞いて雷神が言う。
「なんや! 神殿内に魔獣を入れたんやないやろな!」
「そんなはずは…」
念のためファントムに言う。
「開けろ」
《ハイ》
そしてシャーミリアが俺の前に立つ。そして俺の嫌な予感は的中したのだった。ミーシャの前に、龍のうろこを持ったオオカミのバケモノが居るのだ。それを見て雷神が慌てる。
「あ、あわわわ。何でこないなとこに、おっかない魔獣がおんねん!」
するとその魔獣が話し出す。
「あ、ラウルさん。お帰りなさい」
「えっと…ブリッツ?」
「そうです。薬の実験に付き合ってました」
俺がミーシャをチラリと見ると、その不釣り合いなほどの大きな目をぎょろりとこちらに向けて困ったような顔をする。目の下のクマが、また不摂生をしている事を証明していた。
「ミーシャ! ブリッツに何かあったら!」
「す、すみません」
するとブリッツが言う。
「これは僕が頼んだことだから」
「なんで…」
「いや。脆弱な身体だと足を引っ張るなと思っていたら、ミーシャさんが面白い薬があると教えてくれてね。そんな面白いのがあるんなら、ぜひ試させてくれってお願いしていたんだよ」
「でも何が起きるか分からないんだよ…」
「だって僕は神の器なんだろ。このくらいじゃ壊れないんじゃないかなって思ってね」
まあ確かにそうかもしれない。だが何かあったら、神の引継ぎが出来なくなるんじゃないだろうか? そうなったら神の一つ柱が終わってしまう。そんなことになったら、世界のバランスが崩れてしまうような気がする。
今の話を聞いていた雷神が大声で言う。
「この子が継子かい!」
「ええ。雷神様の継子ではありませんか?」
「ちゃうわ」
そうか…。俺はてっきりブリッツが雷神の継子だと思っていたが、違ったらしい。
「そうでしたか…。残念です」
するとブリッツが言う。
「えっ! 神様! 神様が居たんだ!」
「ダンジョンがあってね。そこからお連れした」
「でも、僕が継子じゃないんだ…」
「みたい」
そして俺は雷神に言う。
「しばらくすると彼も人間に戻ると思います」
「なんや…けったいなもの作りよって」
するとミーシャが深々と頭を下げた。
「すみません」
「まあ、ええで。時代ちゅう事やろ」
「はあ」
だがブリッツじゃないとすると、雷神の継子はどこかにいるという事だ。そこで俺は雷神に聞いてみる。
「雷神様の継子じゃないという事は、ブリッツはもう残り一神の継子という事になりますね」
「せやな」
「どうなります?」
「今までおった神をもう一度教えてくれへんか」
「魔神、龍神、精霊神、虹蛇、アトム神、豊穣神、死神ですね」
「ふむ。あとはわしと火神」
「です」
「なら残りは破壊神や。あんた厄介な神さんの継子になったもんやな」
龍のうろこをしたオオカミのブリッツが言う。
「えっ? 厄介なんですか?」
「なんちゅうか、いっちゃん気難しい神さんやで」
「うわあ…」
「まあ、あんたは継子やから、そない悩むことはあらへんで」
「わかりました」
だがこれでブリッツは破壊神だと確定し、雷神と豊穣神と死神の後釜がまだわからない。俺達は順調に引き継いで来たと言うのに、南に来てからは一行に進まない。神を見つけたは良いが、次の候補を見つける事が出来ていない。
「ふう」
「なんや?」
「もしかしたら、火神陣営が何かやってるのかなと思って」
「ふむ。継子を殺せば、百年は新しいのが生まれんからな。神を潰すのが目的ならば、継子を標的にするのが効率がええやろ」
「神様が欠けたらどうなります?」
「しらんがな」
「知らない?」
「わしらの代では欠けておらんのやから」
「確かに」
「崩壊してしまうやもしれん。新しい火神の奴はこの世界を終わらせたいのやろか」
「えっ?」
それは考えてなかった。てっきり縄張り争いをしているもんだと思っていたが、この世界を終わらせるためにやっている?
「なんでそう思うんです」
「いや。冷静に考えたら、普通は神を消そうとはせんやろ。それが積極的に消そうとしておるように見える」
「だとしたら何のために?」
「それも知らん。やはり継いだ奴がおかしなっとるのやないか」
「そうか…」
火神が何を狙っているのか分からなくなってきた。世界を崩壊させたいと思っているなら、今までやってきた事の辻褄もあって来る。
「とりあえず。休んでください」
「せやな。はよ次の虹蛇と会ってみたいねん」
「今、ちょっと作戦で土木工事やってますね」
「そか、楽しみやな」
とりあえず雷神は休んでもらう事にした。あとブリッツは元に戻るまで放っておいて、使用感や副作用などを調べねばならない。俺はミーシャに耳打ちをして、雷神と一緒に部屋を出る。
「わしの部屋があんねん」
「そうなんですね」
「こっちや」
雷神について行くと、まだ行った事のない区画が出て来た。徹底的に調査したはずだが、なぜか新しく空間が出来たように感じる。
「こんなところがあったんですね」
「わしが来たから開いたんや」
「そう言うものなんですね」
「そや」
そして扉を開けるとそこには快適空間が広がっていた。まるで普通の住宅のような内装に、家具もきっちりそろっている。雷神のダンジョン地下にあったあの住宅と似ていた。
「よし。使えるようやな」
「よかったです」
「わしもやる事がある。他の神に会う時があったら呼んでや」
「わかりました」
そうして俺達は雷神をそこにおいて、エミルの所に行った。エミルはケイナと一緒にいて優雅にお茶をしていた。
「エミル。ちょっといいか」
「ああ、どうした?」
そして俺は先ほど雷神が言っていた、この世界を壊す恐れがある事を伝える。するとエミルが言う。
「神を招集する必要がありそうじゃないか?」
「だよね。入れ替わった神五人と前神三人がそろった。俺は数が多い方が有利だと思っていたが、どうやら単純な陣取り合戦じゃない可能性が出て来たみたいだ。俺達はこの世界の崩壊を防ぐ必要がありそうじゃないか?」
「みたいだな。なぜそんなことになったのかも分らんし、皆で対策を考えないとまずいな」
「ああ」
火神の目的が全く分からない。もしかしたら俺達が力づくで強制的に攻めていたら、世界が終わっていた可能性も出て来た。一度、八神を集めて話し合いをする必要がある。俺は急いで外に出ている魔人達に念話を繋ぐのだった。