第908話 雷神の知識を授かる
俺達はエミルにピックアップしてもらう為、モエニタ王都から大きく北に離れた場所へと向かっていた。フェアラートの謎の攻撃で、ヘリを撃墜されない為の策である。まあエミルがジンのヤカンを持っている限りは二人に万が一は無いと思うが、墜落した後でフェアラートやゼクスペルが急襲して来たらまずい。マキーナとカララだけでどこまで持ちこたえられるか分からないし、俺達が到着する前に神の一人であるエミルがさらわれるかもしれない。
そう思いながらも、もし敵が引っかかってくれるなら遠くまで出張ってきてほしい気もする、恐らく敵は容易には出てくる事はないだろうから、逆に出てきた時が仕留めるチャンスなのだ。万が一があるのでガザム、ティラ、ルピア、マリアには警戒を強めてもらっている。偵察中に異変が起きた場合は、川を堰き止めに行っているオージェ達が駆けつける手筈になっている。
「で、悪い奴ちゅうんは、火神の手下やねんな?」
「そうです」
「なんや、わしの知らん間に、なんで神々が喧嘩してもうてんねん」
「仕掛けてきたのは火神ですから」
「そうなん?」
「そうですよ」
「火神は神の中でも穏やかな奴やったんやがなあ。世代交代で気性が荒くなってもーたんやろか?」
「その可能性は大きいと思うんですよね」
雷神はファントムの肩の上から訝し気な顔を見せる、小太りのおばちゃんはなんともコミカルで、本当に神なのかな? って思っちゃう。だがあのバカでかいゴーレムを作ったとすれば間違いなく神なんだろう。
「そんで、なんや? 次の世代が皆、同じ世界から来たちゅうのがようわからん」
「俺達も良く分からないんですよ。とにかく同じ世界から神の代わりが来ちゃってるんです」
「意思を感じるのう」
「ですよね」
やはり前世代の神でも、その理由が分からないらしい。
「まあええわ。豊穣神と死神がまだ世代交代しておらんのやろ?」
「はい」
「あやつらも分からんかったか?」
「知らないみたいでした」
「いずれにせよここ百年もせんうちに、全員が次の世代に変わってまうやろし、もう時の流れに身を任せるしかないんやろな。それが証拠に豊穣神も死神も力が、のうなってしまっとるやろ?」
「そうですね。もっといろんな事が出来たらしいですが、力はだんだんと弱まっているようです」
「それはしゃーない。ワシやてそうなんやからな」
「弱ってますか?」
「ゴーレムもあれで限界やった」
「そうですか。でも、今度の新しい虹蛇のゴーレムは進化してますよ」
「虹蛇も世代が変わってもうたか…もう一度だけ会いたかったの」
「何かあったんですか?」
「わし、虹蛇とはええ仲やったんや」
「といいますと?」
「なんや! 野暮やな! レディに対していろいろ言わせるもんやない」
「すいません」
うっそ。前の虹蛇と、この小太りのおばさんがカップルだった? いや…お似合いと言えばお似合いか。なんとなく趣味趣向が似ている気がするし。
ようやく森を抜けて草原に出た。見渡す限り何もなく偵察隊からの連絡もない。俺達は警戒しつつもそのまま草原を進んでいき、しばらくすると東の空からチヌークヘリが飛んでくるのが見える。
《来たかカララ》
《ご無事で何よりです》
《俺達が見えるか?》
《はい》
すると雷神が空を見上げて驚いている。
「あれはなんや?」
「あれも、俺の力ですね」
「おもろいのう」
チヌークが降りて来てカララとマキーナが俺の所に来る。すると雷神がポツリと俺に言った。
「こういう女達が新しい魔神の趣味なんやろな」
「えっ?」
「神の意思に寄るねんな」
やっぱりそうだったのか。魔人達の見た目はもっと凶暴だったのだが、進化をして今の感じになった。どうやら俺の趣味趣向に近づいてきているみたいだ。
「なんとなくわかります」
「そやろ?」
「はい」
そして俺達が雷神を連れてチヌークヘリに乗り込むと、エミルとケイナが後部座席に来る。
「お疲れラウル」
「来てもらってありがとう。こちらが雷神様だ」
「これは初めまして。俺は次の精霊神です」
「おお!」
雷神のおばちゃんがめっちゃ目を見開いて頬を染めている。
「どうされました?」
「めっちゃ色男やん! 精霊神と言えばなんや分からん空気の塊みたいな奴やったやろ?」
それを聞いたエミルが言う。
「そうです!」
「やはり、変な意思が働いとるな」
「どういうことです?」
そして雷神がしばらく考え込むような仕草をし、ぽつりと言った。
「あんたら前の世界では、そんな見た目ちゃうやろ?」
「「はい」」
俺とエミルの答えがかぶった。すると雷神の瞳が確信めいたような感じに変わった。
「ふーん」
雷神はまじまじと俺達二人を舐めまわすように見る。しばらくそうしていたが、ぽんっ! と手の平をグーで叩いて言う。
「願望やな」
「願望ですか?」
「そや」
「どういうことです?」
「さっきも言うたけどな、あんたらの信徒らが好みの感じになったやろ?」
俺とエミルがコクリと頷いた。エミルなんかは隣のケイナをちらちらと見ている。
「それが俺達の見た目とどう関係あります?」
「わしの推測でしかあらへんで?」
「どうぞ」
「恐らくあんたらは、前世でなりたかった自分になっとんねん」
それを聞いて俺はビビビと来た。
確かに…。俺の能力は武器オタクの願望そのもので、際限なく武器を召喚できると言うものだ。更にショタっぽいとは思うが、白髪の美少年になってしまっている。三十過ぎのおっさんだった俺は、こんな容姿にあこがれていたような気がする。
俺がそんなことを考えているとエミルが先に言った。
「確かに…身長が欲しかった…。あと見た目も、韓流の中性的な美男子に憧れていた気が…」
するとエミルがハッとした顔をする。今、自分で美男子って言った。間違ってはいないが、自分でも美男子だと思っていたのがバレた。
俺とエミルが顔を見合わせて指を指す。
「オージェ…」
「ああ。自衛官だったころから強さを追い求めていたよな。サバゲの他にも格闘技が好きで見てるって言ってた」
「確かに」
「ラウルも本物の銃を撃ちたいって言ってたしな」
「言ってた。エミルももっと操縦技術を上げたいって言ってた」
「ああ」
すると二人の脳内にある一人が思い浮かんで来る。虹色の髪の毛をした美少女のようないでたちで、性別のない可愛らしい奴を。
「ぷっ!」
「グレースってああいうのに憧れてたのな」
「確かに。でもアイツITでめっちゃ成功してたけど、アイツの部屋フィギュアで一杯だったわ」
「それだ…」
めっちゃ辻褄があって来る。俺達はなりたい者になっているのだ。そう考えるとアウロラは金髪のめちゃくちゃ美少女だし、女子高生だった彼女が憧れるのも無理はない。
「なりたい者になってるんだ」
「そやろ?」
確かに。間違いなく、俺はなりたい俺になっている。実弾の武器を使いまくってみたかったし、三十数年彼女が居なかったので美人と仲良くしたかった。それがこの世界に来て一気に実現できている。
オージェは拳法の達人の最上級的存在みたいになって、龍の体の強さを兼ね備えている。自衛隊の頃から体を鍛え、ボディビルダーのような筋肉を身に着けていた。だがこの世界に来て、それが極端に輪をかけて凄くなっている。
グレースはフィギュアみたいな見た目の美少女になってしまっている。しかもフィギュアとも言えるゴーレムに命を吹きかけて、AIでも搭載するように教育を施してたりして。大好きなIT系の技術を、こちらの世界に持ち込もうとしているのだ。
俺達だけじゃなく、みんなもなりたい者になっている。
「ブリッツもきっと何かあるんだろうな?」
「一度聞いてみたい」
「ああ」
趣味趣向が現実となって具現化したのが俺達という事になる。だが次に、俺達の考えが重なった。
「「火神もなりたい自分になっている?」」
「そやろな」
「なるほど。一体前世は何者だったんだろう?」
「しらんけど、何かはあったんやろ」
そこで俺は気になった事を雷神に聞いた。
「雷神様は転生者なんですか?」
「わからん。前世があったとして、その記憶があらへん。他の神もそやったで? 前世があったのかどうかを知ってるものはおらんかった。この地に生まれてそのまま神になったのやから、そこに疑問を持つ神はおらんかったで」
「それなのに俺達は前世の記憶がある…」
「下手をすればそれが争いの種になってるんとちゃうか?」
「否定はしきれませんね」
「やろ?」
俺達はついその場で話し込んでしまった。とにかく急いで戻った方が良い。
「エミル。一度駐屯地へ帰ろう」
「了解」
エミルとケイナが操縦席に移り、チヌークのローターが回り出して空に浮かんだ。
「ほうほう、おもろいやんけ」
「ですか?」
「まあ不便やがな」
「不便?」
「わし雷神やで? 空の雷になって移動できるわい」
うっそ。たしか虹蛇は巨大な蛇になって移動してたけど、雷神は雷になれるんだ。それは凄い。
「人を運べますか?」
「無理にきまっとるやん。わし一人で移動するならの話やがな」
じゃ不便じゃん。まあ雷神一人に限って言えばヘリは不便だろうけど。雷神は意外に負けず嫌いで、ビッグゴーレムやら雷やらで、俺の召喚する乗り物に対抗して来る。よく前の虹蛇は、こんな負けず嫌いを彼女にしてたもんだ。むしろそう言うところが好みだったのかな?
「なんや? いまなんか失礼な事考えよったやろ? 」
「いえいえ。雷の移動って凄いなって思いましたよ」
「まあ…神やからな。でも最初はそんな力を使えんかったで」
「そうなんですね?」
「あんたらも、まだ神の力を使ってへんやろ? 召喚やら精霊術などは魔法の一種で、神の力とはまた違うところにあるんやで?」
「それは聞いてます。どうやらまだ覚醒していないらしくて」
「時間をかけて身につけるもんや、数百年はその片鱗も見つけられんと思うで?」
「そういうものなんですね?」
「そうや」
このおばちゃん…今までのポンコツ神とは違う。こんなに理路整然と推測まで混ぜて話してくれるし、今俺達の身に起きている現象についてぴったりとつじつまが合う。
「神の力を得るにはどうしたらいいんですか?」
「試練やな。神になるための試練をいくつも超えて身に着けるもんや。こう見えてわしも、相当な苦労をしてきたんやで」
「…なんか分かります」
「なんや? わかるんかいな? 新しい魔神はなかなかに見どころがあるで? 案外素直っちゅーんが一番大事だったりするんやで?」
「素直?」
「なんちゅうか、今はまだ教えてやらん」
ガクッ! 聞き出そうと思ったが、教えてはくれないらしい。そしてチヌークが飛ぶ先には、俺達が拠点にしている山脈が見えてくるのだった。