第907話 ギルドに報告して逃げ帰る
俺達が雷神をつれて山を下ると、冒険者達が右へ左への大騒ぎになっていた。山頂付近の巨大ゴーレムとの戦いで、俺がバンカーバスターを使ったのが原因で、麓から見ても爆炎がふきあがっているのが分かったらしい。だが誰もが山脈を登って確認する事は出来ず、ただひたすら待っていたんだそうだ。
「それで君らは無事なのかい?」
冒険者の一人が心配そうに声をかけてきた。
「問題ない。用件は終わったからギルドに戻る」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。山脈はどうなっている?」
「やっぱ危ない魔獣がごろごろいたよ。腕に自信がないなら登るべきじゃない」
「わかった。ところで登っていったのは四人じゃなかったか?」
「いや、五人だ。間違いない」
「…そうか。とにかく怪我がないようで良かったよ」
もちろん雷神の事は伏せておくに決まっている。変な噂がたって敵に情報が漏れたらまずいからだ。あくまでもパーティーメンバーの一人として、いてもらおうと思っている。本人には言ってないけど。
「とにかく山脈には近づかない事だ。下手をすれば魔獣だけじゃなく崖崩れの恐れもあるからな」
「皆に言い聞かせておくよ」
「頼む。それじゃあ我々はここで」
俺達はそのまま森を抜けて道に出た。そこで俺がハンヴィーを召喚すると、雷神がめっちゃ驚く。
「なんや!」
「召喚しました。これが新しい魔神の力だと覚えておいてください」
「こ、これは一体…」
「さあ。乗ってください」
「乗り物かい!」
「そうです」
雷神を乗せ俺達も乗り込んでアナミスが運転席に座った。東に向かって走り出すハンヴィーに、雷神が滅茶苦茶驚いている。
「これは、ゴーレムかいな!」
「違うんですよ。こういう機械なんです」
「どうやって動いてんねん!」
「燃料を燃焼して動力が動いています。それで走っているんです」
「おもろいな」
どう? 一気に文明が進んだ感想は? 一万年もこんな片田舎に住んでいる田舎もんが、一気に数万年も先の文明の利器を目にしたらさぞかしびっくりだろう。
「やけど、わしのビッグちゃんの方が凄いわい」
意外に負けず嫌いだった。
確かにそれは否定できない。あんな怪物を作ったのは素直に尊敬する。まあデカすぎて的にしかならなかったけど。
「アナミス。スピードを上げろ」
「はい」
アクセルを踏み込みスピードが上がると、雷神が目を白黒させた。
「なんちゅう速さやねん。飛んでるんちゃう?」
「ちゃんと地面を走ってます」
「おもろいのう」
それから俺は興味津々に質問攻めされ、挙句の果てには運転させろと言って来た。流石に事故られても仕方ないので、それは後日ゆっくり教えるという。どうやらこういう機械に目が無いらしい。そう言う部分では、前の虹蛇に似ている気がする。
「都市が見えてきました」
「そのまま突っ込んで行こう」
「は!」
俺達の車がそのまま門まで入り、門番の居るところで停まった。
「帰られましたか」
「ギルドに話がある」
「どうぞ」
顔パス状態だった。どうやらギルドが手を回してくれたらしい。俺達がギルドまで走っていくと、市民達が全員驚いて振り返る。
「なんや、気分ええのう」
「そうですかそうですか!」
「特等席ちゅう感じやな」
「そのまんまそうですよ」
ハンヴィーを気に入った雷神は天井ハッチから出て上に乗っているのだ。その隣に俺が座り雷神と話をしている。特等席なのは間違いない。
「つきました」
ギルドの前に到着すると、ハンヴィーはあっという間に人に囲まれてしまう。俺が降りると、すぐに冒険者が聞いて来る。
「これは乗り物なのかい!」
「そうだ」
「首都から来たのかな?」
「まあ…そんなところだ」
「いろんな魔道具が出回っているってのは本当なんだな」
「まあな」
そして俺は後ろを振り向いて言う。
「シャーミリア。アナミス、そこで護衛につけ。俺とファントムでギルドに挨拶してくる」
「「かしこまりました」」
「では行ってきます」
「はよせい。わしゃ気が短いんじゃ」
しらんがな。
とりあえず俺は雷神に会釈をして、ギルドに入る。既に俺達がミスリル級だと伝わっているのか、エントランスの冒険者達がシンとなった。そして俺が窓口に行って言う。
「依頼を済ませてきた」
「少々お待ちを!」
ギルド嬢が引っ込んでいって、すぐにギルドマスターを連れてきた。
「これは、随分お早いですね!」
「俺達にかかれば簡単だよ」
「それで?」
「ちょっとここでは話せない」
「わ、わかりました。では応接間に」
俺達はギルドマスターについて応接間に入った。俺が座りファントムが後ろに立っている。ギルドマスターがファントムをチラリと見て、汗を噴き出させていた。少しは気配が読めるらしい。
「それで、西の山脈はいかがでした?」
そこで俺はミスリルのバッチを見せる。
「ダンジョンを踏破した」
「えっ? は? ダンジョンを調べに行ったのでは無かったのですか?」
「いや。いろいろあってね、踏破せざるを得ない状態になってしまった」
バッジを見てギルマスが目を見開いた。
「本当だ…この短期間に?」
「そうだ」
「えっと。確か四人のパーティーでしたよね?」
「いや五人だ」
「四人でも五人でも大差ないです。通常は十以上の金等級以上のパーティーが集まって攻略しに行くものです。もちろん、それでもダンジョンに入るのが精いっぱいだと思いますけど」
「そうなの? まあちょっと山を破壊しちゃったけど、そこまできつく無かったよ」
「…え?」
「きつく無かった」
「いや。その前…山を破壊した?」
「ああ。成り行きでやるしかなくなっちゃって」
「あなた方は、まだミスリル級なのですか?」
「そうだけど?」
「間違いなくオリハルコン級かと思われますが? 王都のギルドで申請なさってはどうです?」
「いらないいらない。俺達はそこにこだわってないから」
「謙虚でいらっしゃるのですね」
違う。俺達は王都には入れないのだ。みすみす敵の懐に入ってまで、オリハルコン級の認定を受けたいとは思わない。まあここでそんなことを言っても仕方ないけど。
「で、約束の報奨金は」
「ダンジョンを攻略なさったとあれば、破格の報奨金となります。このギルドでは相応の金を用意できませんので、こちらで証明書をお出しします。それを王都のギルドに出してくだされば、間違いなく報奨金が支払われます」
いや…。それはまずいな。
「えっと。もしかして王都にこの事が伝わる?」
「もちろんでございます。パーティーサバゲチームは、おそらく国選級のチームですからな。そもそもこの都市でも凱旋パレードの一つも…」
ギルドのシステムを知らんかった。そりゃまずい。
「いらんいらん!」
そうなれば俺達が神を連れて来た事がバレるかもしれない。ここで金が貰えると思っていたが、そんな事なら金は要らない。だが、どう言って断ろう?
俺がしばらくじっと考えていると、ギルドマスターから言って来た。
「何か不都合でも?」
「あの。ギルドも財政状況大変だろうから、俺達はダンジョン踏破の名誉だけで十分だ」
「そ、そんな訳にはまいりません! きっと国王も喜びますよ」
いやいやいや! 国王にだけは伝えないで。
「君。名前は?」
「ベイドです」
「ベイド君。いいかい? 冒険者達が一人も参加せずに、一パーティーだけに任せてダンジョンを踏破させたとあってはまずいだろう?」
「いいえ」
「えっ? じゃ、じゃあこうしよう。とりあえず証明書だけ書いてもらって、その報告は一月後にしてもらえんかな? 出来ればいろいろと騒がれたくないんだよ。面倒ごとはあまり好きじゃない」
「はあ…。こんな名誉なことを、すぐにでもお伝えしたいとは思いませんか?」
「まったく」
「…わかりました。それでは本部への報告はいろいろと取りまとめ、ひと月後という事に致しましょう」
「悪いね。では証明書を書いてくれ」
「はい」
ギルドマスターがテーブルから鍵を取り出し、壁際にある金庫を開けて何かの証書を二枚取り出した。そこに何やら書き始め大袈裟なハンコを押している。そして俺にペンを渡して来た。
「二枚にサインを」
「わかった」
俺がサインをして返すと、ギルドマスターはその羊皮紙を丸めて封蝋をした。
「一月後、これを王都のギルドに開封せずにお渡しください」
「わかった。いろいろとすまないね」
「いえ。それで西の山脈の魔獣の様子はどうでしょう?」
「西の山脈には強い魔物が多かった。生半可な技量しかない冒険者は近づけないように。たぶん死ぬ」
「わかりました。通達を出しておきましょう」
「頼む」
俺は冒険者達と同じような約束をして、ギルドマスターと握手を交わしギルドを後にした。ハンヴィーの周りには人だかりが出来ているが、俺が登場するとサッと道が開く。俺が近づいて行くと外に降りたシャーミリアがドアを開ける。
「おまたせ」
「それでは参りましょう」
「ああ」
そして俺達のハンヴィーはそそくさと都市を抜け、西門を抜けて出発した。そして俺が言う。
「どこかでハンヴィーを降りて、森を進んだ方が良さそうだ」
「いかがなさいました?」
「ダンジョン踏破を報告したら、王都に伝わるらしい。死神ダンジョンの時と違って今は俺達しかいないからな。状況を確認しにあいつらはやって来るだろう。そこで雷神が見つかったら不味い」
「かしこまりました」
少し街道を進んで、俺達は車を停めた。
「ではここからは徒歩で」
「なんでや?」
「危険な敵から身を隠さねばなりません」
「危険な敵?」
「恐らくは雷神様を襲って来るでしょう」
「えっ? わし何も悪い事しとらんで!」
「雷神様はそうです。悪い事してるやつらが来るんです」
「けったいな話やな」
「すみません」
ハンヴィーを降りてファントムがハンヴィーを丸めこみ、草原の奥に思いっきり放り投げた。
「ファントム。雷神様を担げ」
《ハイ》
ファントムが雷神を持ち上げて肩の上に乗せる。
「なんやこの子。ゴーレムとも違うし、なんや不思議な子やな」
やはり神。ファントムを全く怖がっていない。見た目はこんなにつぎはぎだらけでおっかないのに、それをこの子呼ばわりするとは。伊達に一万年も生きていない。
俺達は草原に入り、すぐに雑木林の中を進んでいくのだった。そこで念話を繋げる。
《ティラ》
《はい》
《王都の様子は?》
《敵に動きはないようです》
《一応西側の街道沿いも警戒していてくれ。じきに動きが出るかも知れん》
《わかりました》
そしてすぐにマキーナに念話を繋ぐ。
《マキーナ》
《は!》
《戻ってる?》
《はい既にバルムス達を連れております》
《エミルとケイナに伝えてくれ。大きく迂回して西にヘリコプターを回してほしい。護衛にマキーナとカララだ》
《かしこまりました》
とにかく雷神を連れてのんびりは出来ない。出来るだけ早く駐屯地迄送り届けないと、何が起きるか分からないからだ。俺達が猛スピードで林を走り始める。
「おお、おお! 速いやん!」
ただ一人雷神だけがはしゃいでいるのだった。