第905話 まともなダンジョン攻略は難しい
ひょろひょろゴーレムの動きは速かったが、シャーミリアはもっと速かった。ゴーレムは全くシャーミリアを捉える事は出来ず、ただただ一方的に破壊されるばかり。五分もせずに全て沈黙し、シャーミリアが俺の所に戻って来る。
「終わりました。ご主人様」
「助かるよ」
マジで楽。
思い起こせば、過去にザンド砂漠のスルベキア迷宮神殿に彷徨いこんだ時は、トラメルとケイシー神父がお供だった。全ての魔獣や迷宮の対応は俺がしなければならず、かつ二人を守りながらだった為、かなり手こずった事を覚えている。
お供がシャーミリアやギレザムだったら、もっと楽だったろうなと思ったが実際にめっちゃ楽ちん。
ひょろひょろゴーレムの残骸を踏んづけながら先に進むと、石の扉が出てきた。
「この迷宮は生きてるな」
「はい」
「深部に何らかの神がいるのは確定じゃないか?」
「そのように思います」
先の死神のダンジョンとは違いここはゴーレムのオンパレードだが、入り口の大型のゴーレムがピークだったように思う。この方式は精霊神が居たナブルト洞窟に似ている気がする。洞窟に入る前が、めちゃくちゃ大変で入ってからはそうでもないパターン。精霊神の洞窟の時は入ってから、ほとんど何もなかった。そしてこのダンジョンは申し訳程度にゴーレムが出てくる。
入学試験が難しくて入ってからが楽な学校みたいな。
「虹蛇の神殿よりはるかに楽だが、それはお前達がいるからであって、組む面子が違えばここもそうとう苦労しただろうな」
「お役に立てて光栄でございます」
スピードならシャーミリア、パワープレイならファントムと言ったところだろう。人間が相手ならアナミスが有効だが、どうやらここには人間はいなさそうだ。
「開けろ」
《ハイ》
ファントムが石の扉を押しあけると、広い空間が現れた。するとシャーミリアが言う。
「お止まり下さい」
「ん?」
「アナミス。調べて」
「ええ」
アナミスが赤紫の靄を発生させると、その靄は床に吸い込まれていった。
「どうなってんの?」
「この部屋は…床がありません」
「うっそ。広いから思わず飛び出しそうになったよ」
「罠のようです」
するとアナミスが羽を生やし、部屋にスッと入って床に潜ってしまった。すぐに戻ってきて中の状況を伝えて来る。
「危うく串刺しになる所でした」
「あぶな!」
「地下深くに古い鎧や錆びた剣がありましたので、古代に人間が忍び込んだようです」
「ここまでこれた人間が居たんだ」
「バルギウス帝国の騎士のようなものであれば来れるのでは?」
「確かに。だけど、そんな強者もここで潰えたって訳か」
見た感じは普通に床があるが、底が抜けているとは思わなかった。
「いかがなさいましょう?」
「人間なら迂回だろうけど、俺らは飛び越えたらいいよね?」
「は!」
俺はシャーミリアに抱かれ、アナミスがその後ろをついて来る。ファントムが廊下の端から走り込んできて、その部屋の反対側付近までジャンプするが床に吸い込まれた。
「ファントム!」
「問題ございません」
次の瞬間、ボッ! と床からファントムが飛び出して来て、部屋の反対側の通路に降り立った。俺達も追うようにそこに降り立ち、奥を見れば通路の先に扉が見える。
「念のため私奴が先行します」
「ああ」
シャーミリアは無造作に、通路を歩いて行くが壁から突然何かが出てきた。シャーミリアはそれを片手でつかみ取って俺に言った。
「弓矢でございます。どうやらここを通れば放たれるように仕掛けられているようです」
めっちゃダンジョンっぽいやん。やっぱダンジョンと言えば罠がつきものだよな。
「危ないな」
「いえ、問題ございません。ファントム!」
《ハイ》
シャーミリアに言われファントムが思いっきり壁にパンチをすると、矢の射出用の機械が丸見えになった。それをがっちりと掴んで引っこ抜く。ゲームをルールごとひっくり返して行く魔人流のおかげで、それこそ全く不安なくダンジョンを進む事が出来る。
俺がそのまま進むと、シャーミリアがファントムに指示を出す。その都度ファントムが壁をぶっ壊して、弓矢の射出装置を引っこ抜いた。反対側に着くと扉があり、そこをファントムが開くと奥に通路が出て来る。
「これで当たりなのかね?」
「わかりません」
そして俺達はその通路を道なりに進んでいく。分かれ道などは無く曲がる一本道が延々と続いた。だがそれもじきに終わりが来る。
「えっ? 行き止まり?」
「そのようでございます」
「そっか。でもせっかくここまで来たし、戻るのは面倒だな」
「はい」
「よっと」
俺は大量のC4爆薬を召喚した。そして奥の壁の周りにそれをペタペタと張り付けていく。壁に爆薬をしかけて信管を差し込み、俺達は手前の曲がり角まで戻った。
「どうかな?」
発火装置を握ると、ズドン! と大きな音がして、こちらに土ぼこりが流れてきた。俺達が進んでいくと、通路の先の壁に小さな穴が空いているのが見えた。穴から先を見渡すと、その先にも通路がある。
「ファントム。ここを広げろ」
ガンガンとファントムが穴を広げ、俺達はそこを潜って先の通路に出た。
「ここが当たりの通路だといいが」
「行きましょう」
そのまま通路を進むと下に続く階段が見えて来る。かなり長い階段を下に向かって降りていくと、再び石の扉が現れた。ファントムがそれを開くと、その先に小さい小部屋が出て来る。
「ここの床は?」
「あります」
俺達はそこに足を踏み入れて先に行くと、何と床に魔法陣がかかれている場所に出た。そこが行き止まりになっており、そこから先には進めないようだ。
「これ…ちょっと転移魔法陣に似てるな」
「もしかするとそうかもしれません」
「うーん」
俺はそれをじっと睨み、足を踏み入れるべきかどうかを迷っていた。だがここにいるのはシャーミリアとファントムとアナミスだ。万が一があった場合でもなんとかなるだろう。
「みんなで乗ってみよう」
「「かしこまりました」」
《ハイ》
そして俺達がその魔法陣に乗ってみる。すると魔法陣が白く輝いて、次の瞬間、俺達は似たような壁の前に立っていた。
「あれ?」
「ご主人様。ここは違う部屋です」
「転移はしたんだ」
「そのようです」
そこに入り口は一つしかなかったので、俺達はその入り口から外に出た。するとまた似たような通路が伸びている。
「迷路みたいだな」
するとアナミスが言う。
「私がマーキングしておりますので、同じところに出ればすぐにわかります」
アナミスの靄はそんな事にもつかえるのね。
「いこう」
それからは分かれ道ありゴーレムあり、罠もふんだんにありの相当バラエティに富んだダンジョンが続いた。二度ほど転移魔法陣にも乗ったが、実際に進めているのかどうかも分からない。
シャーミリアが先行して進み、俺に告げて来る。
「この周辺に毒の罠があります。破壊しますのでファントムを」
「行け!」
シャーミリアが嗅覚で察知し、ファントムがその罠を破壊する。出てきた毒は全てファントムが吸い込み、シャーミリアは全くの無傷だった。
「マジで楽だわ。散歩でもしてるみたいだ」
「それは何よりでございます。やはりご主人様は優雅であらせられた方がよろしいかと」
「そんなこだわりはないんだけどね」
その部屋を超えていくと、更に地下に進む長ーい階段が出てきた。そこを下るうちに、だんだんと気温が上昇してくる。軽く汗ばみ階段を下りきって出たところで俺は目をみはる。
「溶岩じゃないか」
「そのようです」
あちこちを溶岩が流れており、俺達はどうやら山の深部に来ているようだ。温度が上昇し俺とアナミスが汗ばみ始めた。シャーミリアとファントムだけは相変わらずケロッとしている。
「暑い」
「はい」
「だけど間違いなく深部に来てる」
「そのようです」
あちこちを溶岩が流れる道を歩いて行くと、突然溶岩の中からデカいゴーレムが二体飛び出てきた。
「下がれ!」
俺達はそれから距離を取り、じっと様子を伺う。そこには真っ赤に焼けた、二体の金属製のゴーレムが立ちはだかっている。表面が赤々と燃えており、溶岩の中で熱せられていたことが分かる。
「なんで溶岩に入ってて溶けないんだ?」
「近づくのは危険です」
「いや…こういう場合は」
《ファントム! ミーシャの冷却手榴弾を大量に出せ》
《ハイ》
これはグラドラムでデイジー&ミーシャが量産した、冷却物質をいれた手榴弾だった。
「みんなでアイツめがけて投げつけろ!」
「「はい」」
皆が栓を抜いて、ポンポンと鉄のゴーレムに投げた。真っ赤に焼けているゴーレムに、冷却手榴弾があたり瞬間冷凍していく。物凄い水蒸気があたりを包むが、俺達にはしっかりゴーレムの位置が分かっている。
「投げ方止め」
俺達が手を止めると、少しずつ水蒸気が晴れてきた。俺はすぐその場に、M113装甲兵員輸送車を召喚する。十二トンもある重たい兵員装甲車だ。
「ファントム! これをあの二体に向かって蹴り飛ばせ」
ドゥ! と車体をへこませながら、そのM113装甲兵員輸送車が二体の鉄のゴーレムを襲った。次の瞬間そのゴーレムたちはガラスの様に砕けて飛び散り、溶岩の中に沈んでいく。熱し切った鉄を急速冷凍した結果、組織が脆くなって崩れたのだ。
「さすがはご主人様でございます」
「いやいや。ファントムが居たから出来る芸当だ」
そして俺達は悠々と溶岩に囲まれた道を進んでいく。その先に突然広い空間が現れ、その中心にこじんまりとした館が立っていた。
「こんなとこに家がある」
「いかがなさいましょう」
「行くよ!」
そして俺達がその建物に近づいて行った時だった。
「止まれ! 止まれ止まれ! 止まれい!」
唐突に声がする。
「やっぱ居た」
「そのようで」
声は家から聞こえるが、その姿はどこにも見えなかった。
「なんやねん! あんたら! なんでこないな所までこれんねん!」
えっ? いきなりな関西弁っぽい言葉に驚く。
「あのー、ちょっとお尋ねいたしますが」
俺が大声で言うとそれが答えた。
「こわっ! いきなり大声出さんといて!」
いや。最初に大声出したのそっちだし。
「そちらに言っても?」
「なんもせーへんか?」
「しません。まずはお話を聞きたい」
「ほな。ゆっくりとな」
「はい」
俺達はゆっくりと歩き、その家に近づいて行く。するとその声が言った。
「に、兄さん。魔神やおまへんか!」
「そうそう。えっと、世代交代したけど」
「も、もうそないな時期かいな! 忘れとったわ!」
「えっとお顔を見ても?」
「神が来たならしゃーない。ほな、入り口から入りや」
うーん。なんかちょっと変だ。似非関西弁というかなんというか違和感がある。俺達が入り口に行くと、ドアが勝手に開いたのでそのまま入る。外は熱いのに家の中はひんやりと涼しかった。すると正面に、小柄な小太りのおばさんが立っていたのだった。