第902話 まだ見ぬ神がいる可能性
俺たちがあちこちほっつき歩いてきたおかげで、モエニタ国の西部では悪魔が出没すると話題になってる。しかしそれも、西方の山脈間際に近づくにつれて薄まって来た。どうやらまだ、田舎までは俺達の情報が行き届いていないらしい。もちろんファントムは顔が割れている以前に、ふかーくフードをかぶって顔を隠してるけど。
村に入ると俺達のハンヴィーが珍しいのか、人がぞろぞろと集まってきた。
「な、なんでえこりゃ!」
「馬車のようだが馬がいねえべ」
「あんたら…随分と綺麗な女だなっす」
めっちゃ訛っていて素朴だ。とりあえず説明が面倒なので適当に言う。
「都会の魔道具だよ。田舎もんは寄るんじゃない」
「す、すまねえ。めっぽう珍しいもんでよ」
「見てもいいが、触ってはくれるなよ」
するともっと村人が集まってきて、ハンヴィーをジロジロと見始めた。だが子供に触るなは通じないらしく、べたべたと触り出す。
「ご主人様が触るなといった。虫けら風情が…」
「あー、いいいい。子供はいい」
むやみに殺さないように釘を刺しておこう。
「しっかし、都会では魔道具が流行りと聞くけんど、こーんな珍しい魔道具があるんだねえ」
「ここまで魔道具は入ってこないのか?」
「こねえっぺ。冒険者からちらほら話を聞くぐれえだ」
「冒険者がいる?」
「ああ。そのおかげでこの村は潤ってるべ」
なるほど。山脈近くの森の側にあるから、魔獣狩りにはもってこいの場所なんだろう。だがこんなに山脈近くにあるのに、この村は危なくないんだろうか?
「魔獣は村に降りてこないのか?」
「古くからの結界があるでなあ。魔獣は入って来ん」
「結界?」
「んだんだ。結界石があるからそこからこっちには来ねえ」
俺達は顔を見合わせた。どうやらここに神の痕跡が残っているらしい。シン国や砂の国アラリリスにもあったが、ここにもそれがあった。
「ギルドなんかあったりする?」
「支部があるでよ」
「どこ?」
「村の西側だっぺ。冒険者が魔獣を取って来てそこに入れるんだ」
国内に出回っている魔獣の素材はここからも入ってきているらしい。
「わかった」
俺達は再びハンヴィーに乗り込み、村の反対側へ向かって走っていく。するとそこにひときわ大きな建物があり、看板に冒険者ギルドと書いてある。
「入るか」
「「は!」」
《ハイ》
ギルドの中は騒がしく冒険者でごった返していた。どうやら素材を持って来たり、何かを申請しているところらしい。
「俺達も並ぼう」
「「は!」」
冒険者達は、ちょっと異質な俺達を見てざわざわとしていた。シャーミリアとアナミスは目立つし、フードをかぶっているとは言えファントムはデカすぎる。
前に並んだ冒険者が声をかけてきた。
「あんたら見ない顔だな」
「ああ初めてここに来た。中央から来た冒険者だ」
「あんたがリーダーか?」
「そうだ」
「まあなんだ。ここいらの先輩として忠告しておくが、山脈が近いから強力な魔獣が出るぞ。せいぜい怪我をしないようにな」
「問題ない」
「そうかいそうかい! 都会の冒険者は自信家だねえ」
そいつが窓口に呼ばれ依頼の紙を出した。そいつが手続きを終えて、俺達の番が回って来る。すると若い窓口の姉さんが俺を見て、ニッコリと笑った。
「ご用件は? 初心者ですか?」
「ここでは初めてなんだが、俺達でも依頼を受ける事は出来るか?」
「冒険者登録の首輪はお持ちですか?」
俺はシャーミリアとファントムに向かって言う。
「おい。首輪だ」
「は!」
《ハイ》
それを窓口のギルド嬢に見せる。
「えっ! ええええ! ちょ、ミスリル!」
すると周りのギルド員や、冒険者たちまでが目を白黒させて騒めく。こんな田舎にはミスリル級の冒険者などはいないらしい。
「大したことはない。難しいダンジョンを踏破したらこれが貰えただけだ」
「ダッ! ダンジョン踏破!」
「なんだと!」
「ダンジョン踏破した?」
「本物のミスリルかよ」
「マジか…なんだってこんな田舎に」
驚いた顔のギルド員がアタフタしていると、奥のお姉さんが誰かを呼びに行った。しばらくすると、スキンヘッドのドランをもっと厳つくしたような男が現れた。
「ミスリル級ってあんたらか!」
「そうだが」
「ギルドマスターのベイドだ。ちょっと折り入って話したいことがあるんだが」
「なんだ?」
「ここじゃああれだ。俺の部屋に来てくれ」
ふーん。なんだろう? まさか俺達が悪魔だって、ギルドまで話が回って来てんじゃねえのか?
《警戒しろ》
《《は!》》
《ハイ》
「わかった。話を聞こう」
俺達はギルドマスターについて二階の部屋へと導かれた。するとギルマスのベイドが俺達に椅子に腰かけるように言ってくる。
「なんだって、ミスリル級がこんなところまで?」
唐突に聞かれた。
「俺達は冒険者だ。行きたい所に行くし、自由に仕事をする」
「ま、まあそれはそうだな」
「話ってなんだ?」
「あんたら、もしかしたら森に潜るのか?」
「なんでだ?」
「最近ここいらで冒険者が増えたんだ」
「冒険者が増えた?」
「どうやら王都で魔石が不足しているらしいんだよ。また素材も高値で取られるようになってな、金になると睨んだ冒険者が殺到してるんだよ」
「それで?」
「より高い素材を求めて、冒険者が無茶をするようになったんだが、西の山脈に登る奴も出て来てな。森だけにしておけばいいものを、自分の力量も考えずに山脈にあがるなんて自殺もんだろ?」
確かにそうだ。俺達だってナブルト洞窟にあがる時は、レインニードルとかわけのわからない魔獣に殺されそうになった。無防備に西の山脈になんて登るもんじゃない。
「まさかそいつらを助けろって言うんじゃないだろうな?」
「そうは言わん。登った奴らはもちろん自業自得だし、ほとんど生きて帰って来てはいない。まあ、ほとんどのパーティーが悲惨な目にあっていると言うのに、登る奴らは後を絶たないがね」
「なんでそんな無茶をする?」
「僅かな生存者の中に、不思議なものを見たと言う者がいるんだ」
「不思議な物?」
「山脈の霞の中にそびえる、それはそれは大きな彫刻がなされた石の扉があるのを見たらしい」
「彫刻がなされたデカい扉?」
「そう。もちろん開く事など出来ず、恐ろしい魔獣に襲われて命からがら逃げて来たらしいがね。パーティーでもそいつだけが生き残って、後は全滅したらしい」
「パーティーの等級は?」
「金のパーティーだ」
「なるほどね」
ギルドマスターは何か懇願するような表情で俺達を見る。
「あの…」
「なんだ?」
「調べて来てはもらえないだろうか? もちろんその扉を開けたり中に入ったりしなくてもいい。ただそんなものが実際にあるのかどうかを調べてはもらえまいか」
「なんでだ?」
「純粋に脅威だからだよ。万が一その扉が開いた時、この村の結界が持ちこたえるのか分からん。下手に破滅級の魔獣が出てきでもしたら、スタンピードが起こる可能性だってあるわけだ」
まあ確かにそうか。
それに北東のダンジョンで死神を見つけた経緯を考えれば、そこに別の神がいる可能性はある。だがさすがに俺とシャーミリア、ファントム、アナミスだけでは危険かもしれない。一旦戻って魔人軍の連中を連れて来たいが、あちらも人手不足で人員は避けないだろう。
「調べて…俺達に何の徳がある?」
「もちろん報酬は出す。西の山脈に登る依頼をして、報酬はないなんて言う事はあり得ない。むしろ正体を突き止めて安全を確認して来てもらえるなら、通常の報酬の三倍を出そう」
《三倍っていくらだろ?》
《聞いておいた方がよろしいですか?》
《だな》
「おい。人間」
「は、はい?」
「報酬はいくらだ? それで決める」
シャーミリアの軽い威圧で、ギルドマスターの顔から脂汗が滝のように噴き出てきた。気絶しなかっただけでも、さすがはギルドマスターとほめるべきだろうか?
「金貨五十!」
俺がそれを聞いて首を振り言う。
「命がけだぞ。百だ」
「百…」
「嫌なら他の冒険者をあたれ」
「ま、まってくれ。ミスリル以上でなければ無理だ! わかった! 百だそう!」
「先に五十。あとで五十だ」
「わかった!」
ギルドマスターが呼び鈴を鳴らすと、ギルド嬢がやってきた。それに向かってギルドマスターが言う。
「彼らが調査を受けてくれる。前金で五十、後で五十だ」
「はい」
ギルド嬢はすぐに出て行った。俺達が立ち上がるとギルドマスターが俺達を引き留める。
「どこに?」
「今すぐ行く。金は下で受け取ればいいのか?」
「そうだが…そんな軽装で? ガイドもつけずに?」
「いらん。足手まといだ」
「わかった」
そして俺達はギルドマスターの部屋を出て階段を降りていく。するとさっきのギルド嬢が慌てて俺達に駆け寄ってきた。
「では依頼書をご記入ください」
「あいよ」
俺がテーブルにつくと、申請書とペンを渡される。
「えっと、パーティー名。サバゲチームっと。等級はミスリルっと、依頼内容は西の山脈にある未確認の祠の確認…これはどうするの?」
「サインをお願いします」
「あーはいはい」
そしてそれをギルド嬢に突き返す。するとそれと引き換えに金貨の入った袋を差し出して来た。そこでギルド嬢が俺達に説明をし始める。
「西の山脈に生息する魔獣の情報を」
「教えてくれ」
「はい」
そして次々に魔獣の名前と特性を教えてくれた。俺達はそれを聞いて聞き返す。
「レインニードルって言う刀のような魚はいるか?」
「いえ。確認されておりません」
「ゴーレムの類は?」
「未確認です」
「アンデッドは?」
「それも未確認です」
なんと。今までのダンジョンとはまた違う感じらしい。とりあえず、俺達は一通り情報を聞いて立ち上がる。するとギルド嬢が慌てて言った。
「ポーションや毒消しなどは?」
「いらん」
そして俺達は固まっている冒険者の間をすり抜けてギルドを出た。すぐにハンヴィーに乗り込んで、村の西門を出るのだった
「もしかしたら、神がいるかもしれん」
「さすがはご主人様でございます。ここまで何の迷いもなく来られました」
「たまたまだし、神がいるとは決まってない。とにかく見てこよう」
「「はい」」
《ハイ》
俺達のハンヴィーが三十分ほど進むと、森の縁に結構な数の天幕が張ってあるのが見える。どうやら冒険者達は、ここに拠点を作って森を攻略しているのだろう。俺達のハンヴィーが拠点に停まると、冒険者達が慌てて武器を持ってこちらに飛び出してくるのだった。




