第899話 強魔導士と魔導鎧の攻略を模索
「よもやフェアラートが敵に与しておったとはのう…」
おしゃれなカフェラテみたいな名前を口にして、モーリス先生が難しい顔で考え込んでいる。なんか前世に、そんな感じのおしゃれな飲み物があったような、なかったような気がする。
フェアラートは、元々ユークリット王国でモーリス先生に師事していた魔導士らしい。それがなぜか、火神側についていたというのだ。俺達はフェアラートを全く知らない為、モーリス先生に説明を求めた。
「どんな奴なんですか?」
「わしの生徒では歴代一番。一言で言うなら、天才じゃな」
「天才? 大賢者であるモーリス先生から見て?」
「うむ。魔法の精度、魔力量は天下一品じゃった」
「ふぅ…そんな奴が敵にいるんだ」
「じゃが、奴が恐ろしいのはそんなところではない」
「なんです?」
「無限の探求心とでも言うのじゃろうか? 魔法の知識に関しての貪欲さは誰よりも強く、自ら様々な魔法の実験をしていたのを覚えておる。なんというか…まるで、若い頃のわしを見ておるようじゃった。どんなに魔法を極めても、それでは全く満足せずに次から次に研究に没頭しておった」
「そうなんですね」
「うむ。さらに奴は魔道具にも非常に高い関心を示しておってのう、恐らくこの魔導鎧もフェアラートが一枚噛んでいると思って間違いないじゃろうな」
モーリス先生が魔導鎧の破片を持って言う。
「まさか僕が持っているような魔導鎧が出てくるとは思いませんでした」
「いやいや。見た限りではラウルの魔導鎧の方がはるかに性能は上じゃな。そもそも材質が違いすぎるし、敵の魔導鎧ではそれの足元にも及ぶまいて。とはいえ恐らく試作品としては非常に優秀で、それが証拠にラウルの銃を受けても何とか持ちこたえておった」
「ええ。徹甲弾でようやく撃ちぬけたようですが、それでも致命傷を与えるには不足でした」
「ふむ。それに次は、もっと厄介になってくるじゃろう」
「なぜです?」
「フェアラートはただでは転ばん、そう言う性格の男じゃ。恐らくは今日の一戦を経て、大きな改良を加えて来るとみていいじゃろうな」
「やれやれですね」
「やれやれじゃな」
マジで厄介だ。デモンには効いた攻撃が、ストレートに人間に利かないとなるとそれは脅威になる。この世界の騎士には恐ろしい力を持っている奴がいるし、バルギウス帝国の大隊長クラスがあれを来たらと思うと、その厄介さは計り知れない。
そしてモーリス先生が言う。
「敵の魔導鎧のカラクリは、おそらく分厚さじゃろう。全身で百キロ以上にも及ぶのではあるまいかな? それを魔法陣で構成した魔導線でつなぎ、普通の鎧より軽く動かせるようにでもしたのじゃろう。継ぎ目を全て魔法陣で繋いで、筋力を必要とせずに動かしていると睨んでいるのじゃ」
「そんなことが可能なのですか?」
「わしは考えたことも無かった。じゃがきっとバルムスであれば、より詳細を解明できるであろうよ」
「なるほど」
そして俺は魔導ライターをポケットから取り出して言う。
「そしてこんなものを、一般市民にばら撒いていました。これ以外にもいろいろと便利なものを普及させています」
「うむ。これは細かい魔石が鉄に練り込められているようじゃ。そこに魔法陣を敷いて、火魔法を起こすようになっている。この繊細さといい、かなり高度な技術が施されているようじゃ」
「そんなに凄い物ですか?」
「作り方さえわかれば、魔人国の兵器工場でいくらでも量産できるじゃろ。要は考え方の問題じゃよ」
「そうなんですね」
「じゃが一般市民に普及させれば、科学はもっと大きく発展するであろうな。きっと魔道具の更なる質の向上を狙っての事じゃと思う」
「それを生かして、文明を大きく発展させようとしてるという事ですね。敵は、僕らよりも長い視点で戦略を考えていたようです」
「フェアラートは先見の明もあったからのう。とにかく最先端と言う物には目が無くて、目新しい物にはすぐに飛びついておった」
魔道具オタクが新たな知識を求めていたところに、現代の知識を持った火神が現れたってところか。そりゃ現代の事をいろいろ教えられたら、オタク心はたまらんかっただろう。なにせ、俺達のモーリス先生も現代の文明には興味深々だ。グラドラムでは魔道具開発にも精力的に参加していたし、この世界の魔導士からすればめちゃくちゃ面白いのだろう。
「まだまだ新しい魔道具を用意している可能性がありますね」
「そうじゃろうて」
次に魔導鎧の兵達が行った攻撃について聞いた。
「魔導鎧を着ていた騎士達は、炎を飛ばしてきました。あれは全員が魔法使いという事でしょうか?」
「そうかもしれん。じゃが、この魔道具の存在を知れば、下手をすると魔道具によるものかもしれん」
「魔導兵器ですか?」
「その可能性は十分にあるじゃろうな。じゃがそうなってくると、より一層厄介になって来るのじゃ。敵も未確認の兵器を手にしているという事になる」
「確かに」
そうなれば俺のアドバンテージが失われる。敵全員が火炎放射器を持っているような状態になるからだ。もちろん大量破壊兵器を使えば、まだまだこちらに分があるとは思う。しかし今までの敵とは、全く違う力を持った相手だと認識を改める必要があるだろう。
そして俺はフェアラートが使った魔法について聞いてみる。
「僕らの攻撃に対し魔法が跳ね返ってきたんですが、あれは物理反射と言ってましたね」
「うむ。物理攻撃に対して、その攻撃をしたものに直接バーストフレイムを放り込んできおった」
「先生、そんな事が可能なのですか?」
「すまんが分からぬ。じゃが、あれはフェアラートの独自魔法と見て間違いない」
そこで俺はもうひとつ気になった事を聞いた。
「以前、ドローンを撃墜されたのです。ですがドローンは敵を攻撃した訳じゃなく、ただ監視をしていただけなのです。でも墜とされた。かなりの高高度にいて魔法が発動した形跡は見られませんでした」
「それについては一つ説明がつく」
「なんです?」
「フェアラートはわしと同じで、多重魔法を行使できるのじゃ」
「別々の魔法を何種類も使い分けるってやつですね?」
「うむ。わし以外で多重魔法を使う者は、フェアラートしか見たことがない。恐らくフェアラートは三つの魔法を駆使してドローンを撃墜しおったのじゃろう」
「三つの魔法?」
「千里眼、転移魔法、に足して火魔法が氷魔法を作ったと考えられるのじゃ」
「えっ! 転移魔法を使う? 禁術を使えるんですか?」
「以前、敵に転移魔法陣を使う者がおったじゃろ? あれがいるとなればフェアラートにとっては、朝飯前で転移魔法陣を習得出来たであろうな。わしは転移魔法陣を書かねば使えぬが、フェアラートは目の前で無詠唱で使って見せた。 あれはフェアラートが転移魔法陣の原書を見たからじゃ」
「先生も原書を見れば使えるようになりますか?」
「可能性は高いじゃろ」
皆は俺とモーリス先生の会話を黙って聞いていた。流石に目の前から鮮やかに転移魔法で逃げられたのを見て、それがどれだけ脅威となるかが分かっているのだ。だが俺達はそれを攻略しなければならない。
「いずれにせよ、モーリス先生に来てもらって良かったです。僕達だけでは全く想像もつきませんでした」
「わしとて、敵がフェアラートだと知って分かった事。いつの間にやらフェアラートは、わしの想像を超えた魔導士になっておったようじゃな」
「先生の方が凄いですよ」
「そんなことはない」
「いえ。僕にとっては先生が世界一の魔法使いです。あんなの屁でもないです」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ! まったくかわいい孫じゃわい」
とはいえかなり驚異的な事は分かった。猪突猛進で突っ込んで来るデモンとはわけが違う。質より数で攻めて来るデモンは確かに厄介だったが、今度の敵はクレバーと大胆を併せ持つ。かなりのしたたかさを見せていたので、次に何を仕掛けてくるか見当がつかない。俺は自分の武器の対策もされた事で焦りを感じていた。
先生との現状の確認を終えて、俺は仲間達との作戦会議をするべく皆を集める。魔人達を前に俺が言った。
「敵の魔導士はかなりの手練れだと分かった。それに加え騎士達の装備は硬く強く、我々魔人の脅威になり得るだろう。更に奴らは対策をうってくるに違いない、それだけ魔道具の存在は厄介だ」
オージェが言う。
「ラウルよ。何か策は考えているのか?」
「まあな、作戦とは言い難いがな」
「なんだ?」
「マリアの編み出した銃格闘だよ。距離を開ければ、装甲の弱点を突く事が出来ない。だけど至近距離ならば、つなぎ目を攻撃する事が出来る」
「だけど相手は火を吐くんだろ?」
「ああ。だから俺がヴァルキリーでやる」
「一人でか?」
「ヴァルキリーなら魔法は防げる。あの火炎は恐らく火魔法だと先生は言った。ならば俺が白兵戦で、敵を殲滅するしかない」
それを聞いていたシャーミリアが言った。
「いけませんご主人様。敵にはゼクスペルもおりますし、あの魔導士が黙って見ている訳もありません。それならば私奴がマリアに銃格闘を習い鎧騎士をやるのが妥当かと」
カララも言う。
「シャーミリアの言うとおり。もしラウル様に何かあれば、取り返しがつきません」
「いや。むしろ魔人達には、ゼクスペルを抑えてもらいたい。そしてあの魔導士だが、モーリス先生の魔法ならば攻撃が通るだろう。どうにかその瞬間を作り出すしかないよ、それ以外あるかな?」
するとオージェが言う。
「まてよ。火神が出てきたらどうすんだ?」
「えっと火神は…。えー、火神対龍神?」
「俺かよ」
「もちろん倒すとは言ってない。抑える事が出来れば、周りを全部倒して丸裸にしてやる」
しかしそれを聞いていたモーリス先生が首を振った。
「ラウルよ。転移魔法の対策を打たねば全滅するのじゃ。なぜ禁術とされたのかを考えればわかるが、敵は突然ゼロ距離から火炎を打つことができるという事じゃ。騎士を抑えたとしても、ゼクスペルを目の前に出現させられたらどうなるかの?」
「そうか…」
「まずは転移魔法のレジストが先決じゃよ」
流石に、神の相手は一筋縄ではいかないらしい。
「では、それを可能にするにはどうすればいいでしょう?」
「わしが、と言いたいところじゃが、フェアラートはレジスト対策も間違いなくしておるであろうよ。何より未知数なのが、火神の力がどのような物か分かっておらぬ」
俺が考えていたよりめちゃくちゃ厄介だった。するとブリッツが言う。
「ラウル君。敵の目的はなんなんだろうねぇ?」
「そりゃ、こちらの殲滅じゃないかな? ただ防衛するだけというのも考えられないし」
「それにしては直接的な動きを取ってこない。以前はデモンを使ってガンガン攻めてきていたと言うのに」
「確かに…」
「敵の目的も知れれば、もっとやりようは出てくると思うけど」
そしてエミルが言う。
「ラウルよ。今までとは違うやり方をしなきゃダメだって事だろ?」
「エミルさんの言うとおりでしょうね。強行突破は悪手かと」
どうやら俺だけが焦っていたようだ。皆は冷静にどうするべきかを提示してくる。俺は自分の兵器の有効性が低くなったことで、短絡的になってしまっていたようだ。
「よし。作戦の練り直しを手伝ってほしい」
「うむ」
「おう」
「だな」
「そうです」
「やろう」
俺には心強い仲間がいる。むしろ仲間が俺のアドバンテージとなりそうだ。あの敵に正攻法では通用しないだろうし、このまま突き進めば俺は最終的に大量破壊兵器を使ってしまいそうだ。一度立ち止まって、攻略方法を模索するのは必要だろう。ここに集まった仲間達を見て、俺は改めて自分が恵まれている事を噛み占めるのだった。