第898話 眼前からすり抜ける敵
フェアラートと呼ばれたモエニタ国の魔導士は、笑いを浮かべながらモーリス先生を見ている。こんな状況だというのに、やたらと涼しい顔をしてやがるのがめっちゃ憎たらしい。戦場でこんな顔をする奴は、大抵めっちゃ強いとか策士だとかに相場が決まってる。
ボオオォォォォ!
「うおっ!」
俺がコイツについてどうするかを考えているうちに、突然ものすごい勢いで業火が吹きつけて来る。俺は咄嗟に、モーリス先生の前にM2ブラッドレー戦車を召喚して防いだ。火が噴き出た先を見ると、ゼクスペルの一人がこちらに向けて両手を向けている。
「フォイアーやめなさい」
フェアラートがフォイアーに言うと、火炎の噴射を止めた。
「しかし! ファゴールとイーグニスが!」
「凍ってはいるが死んではいない」
「フェアラート様。このような者どもに臆する事などありません」
「分が悪い」
そう言ってフェアラートは後をチラリと見る。すると遥か荒野の向こうに、カララとファントム、ゴーグと、ゴーグに乗るエミルとケイナが米粒くらいのシルエットで見えてきた。アイツらがここに来れば、この魔導士くらいは捕縛できるかもしれない。
《シャーミリア、ラーズ、射撃を止めろ》
《《は!》》
ラーズとシャーミリアが撃つのを止めた。一か所に固まって何とか銃弾を防いでいた敵の鎧兵達は、身動きせずそこに留まっている。銃声も火炎の攻撃も止み、あたりに静けさが舞い降りた。
フェアラートが抑揚のない声で言う。
「しかし、面白い魔法を使いますね。なんですか? この鉄の塊は」
「そっちこそ、攻撃を跳ね返してくるじゃないか。ありゃなんだ?」
「答える義理はありませんね」
「こっちもだよ」
「さて、困りました」
「なにがだよ」
「ようやくお師匠様を見つけて、王都にお誘いしようとしたのですがね。とんだ邪魔が入りました」
「そりゃこっちの台詞だ。先生が行く訳ないだろうが、こちらも先生をお迎えにあがったところだよ」
「ふむ」
フェアラートが何かを思考しているように、顎に手を当てて考えるそぶりをしている。
《ご主人様。この魔導士を仕留めましょう》
《まて、もうすぐカララ達が来る。糸で捕縛したほうがいい》
モーリス先生がスッと杖で帽子の鍔を上げ、ギロっとフェアラートに睨みをきかせて言った。
「フェアラートよ。聞きたい事は山ほどあるがのう。まず、お主は何故ここに来たのじゃ?」
「それは先生をお迎えする為ですよ?」
「何故にわしを連れて行く?」
「…まあ、いろいろですね。聞きたい事もございますし、こちらの不利になる知恵もお持ちだと思いまして」
「それで? どうするつもりじゃ? ここにおる仲間達は、お主の想像を絶するほど強いぞ」
「それは何度も聞き及んでおります。ここにいるゼクスペルの仲間も三人殺されました」
フェアラートがそう言うと、フォイアーがギリっと奥歯を噛んだ。物凄い形相で、俺を睨みつけてくる。今にも火炎を出しそうなので、俺はそれに対して身構えた。
「フォイアーやめなさい」
「クッ!」
やっぱ言うよな。こういうとき「クッ!」って。
それを見たモーリス先生が、フォイアーに向かって行った。
「ゼクスペルともあろう者が、なぜ人間の魔導士などに尽き従っておるのじゃな?」
「……」
答えなかった。何らかの事情があるのかもしれないが確かに先生の言うとおりだ。こんなに強い奴らが人間に従っているのはおかしい。
「お師匠様。申し訳ありませんが、そろそろ時間のようです」
くっそ。ファントムとカララが来れば、どうにかなると思ったのに。
「まて、フェアラートよ。この状態で逃げれると思っておるのか?」
どうやらモーリス先生も、俺の時間稼ぎの意図を読み取ったらしい。だがフェアラートは先生に向かって不敵な笑いを浮かべ、しゃがんでいるゼクスペルの一人に手をかざして言った。
「ファゴール、先に帰りなさい」
「しか…」
話の途中で、ファゴールがスッと光って消えた。前にブリッツの村で見たあの技、突然消えて逃げられた時のやつ。以前戦ったデモンのバティンが、空間魔法っぽいのを使っていたがその類だろうか?
「フェアラートを捕らえろ!」
「「は!」」
シャーミリアとラーズが、フェアラートに飛びかかるが瞬間で消えた。するともう一人のゼクスペルの所に出て来る。コイツは瞬間移動ができるらしい。
「イーグニス。不甲斐ないですよ」
「待ってくださ…」
スッ!
イーグニスが消えた。すぐ、フェアラートが固まっている鎧兵達の所に出る。すると次の瞬間、そこにいた鎧兵達がまとめて消え去った。そこにシャーミリアが高速移動で現れた時には、フェアラートは一瞬で消え最後の残りフォイアーの所に出現した。
そこでモーリス先生を見て言う。
「では、お師匠様。久しぶりにお顔を見れて良かったです」
「まて! フェアラートよ!」
《シャーミリア、ラーズ! 撃て!》
シャーミリアとラーズが、フェアラートに機関銃を打ち込んだ瞬間だった。
バシュッ! バシュッ! とシャーミリアとラーズの眼前が破裂し炎が襲う。シャーミリアは回避し、ラーズは被弾したが魔人軍いち頑丈なのでびくともしない。
「まったく…魔人と言うのは」
フェアラートが言葉を言い残しつつ、フォイアーを連れて消えてしまった。
「シャーミリア! 敵の気配は!」
「ございません。逃げられてしまいました。申し訳ございません」
「そうか」
するとモーリス先生がため息をつきながら、地面にすとんと腰を下ろしてしまう。
「先生!」
「問題ないわい。心配してくれて嬉しいのう、我が孫は本当に優しいのじゃ」
「どこか怪我でもしましたか!」
「いやいや。魔力切れじゃ、ゼクスペルの火炎を防ぐのに、最大級の結界を張っておったからのう」
そこにミーシャが来て、先生に何かを渡す。
「先生。これを!」
「ふむ」
青い液体の入った瓶を受け取ったモーリス先生がそれを飲む。
「ほふっ。少し戻ったわい」
「ミーシャ。それは?」
「魔力回復薬です」
モーリス先生は尻をパンパンと叩きながら立ち上がり、俺の頭を撫でて言った。
「危なかったのじゃ。本当に礼を言う」
「まさか、先生を狙って来るとは思いませんでした」
「わしもじゃな。しかも古い顔見知りが一枚噛んでおったようじゃ」
「弟子と言ってましたね」
「そのとおりじゃよ。あヤツは弟子じゃった」
「なんでこんなところに? というより何故、敵と一緒にいたんでしょう?」
「さっぱりわからんのじゃ」
俺達が話をしていると、ルフラが脱皮するようにミーシャを離れ、俺の側に来た。どうやらルフラは無防備なミーシャを守ってくれていたらしい。
「ミーシャを守ってくれてたんだな」
「はい」
「ルフラは大丈夫か?」
「問題ありません。それよりも、あの鎧の破片を回収しました」
そう言って俺の前に、鉄の塊を差し出して来た。
「どれどれ」
俺はルフラから破片を受け取り、まじまじとそれを見る。何の変哲もない鉄片のようで、魔道具のようには見えない。
「先生。これ」
「ふむ」
モーリス先生が俺から受け取った破片をまじまじと見る。
「どうでしょうか?」
「ここを見てみい」
モーリス先生に言われた一部を見ると、傷のようなものが入っている。破壊された時についた銃痕のように見えるが、これが一体何なのか分からない。
「これは何です?」
「魔法陣の一部じゃよ。これだけではわしも分からんがの、魔力が流れていた形跡がある」
「そうなんですね」
そこにようやく、エミル達が到着してカララが言う。
「遅くなりました」
「いや。急いだほうだろ」
ゴーグが這いつくばると、エミルとケイナも降りて来る。
「ラウル! 戦っていたようだけど、どうなったんだ?」
「逃げられた。と言うか、逃げてもらって正解だったかも。魔導士に攻撃が通らなかった可能性があるから」
するとモーリス先生が話し始める。
「ラウルよ。あれは魔法じゃよ。フェアラートめ、新しい魔法を開発しておったようじゃ」
「どんな魔法です?」
「おおよその原理は分かるが、あれは物理攻撃反射魔法じゃろうな」
「物理攻撃反射?」
「恐らくは自動で発動するしろものじゃ。物理攻撃を受けた時に、攻撃者に対して魔法攻撃を発動するものじゃろうな」
「そんな魔法があるのですか?」
「フェアラートの独自であろうよ」
そいつは厄介だ。
だが、先生にいろいろ聞きたくてやって来たのに、わざわざ敵の方からやってきて、先生の前で魔法を使ってくれるとはツイている。しかも全員が無傷だ。
「先生。まずはここを離れた方が良いと思います」
「まてラウルよ。その破片がまだ落ちてるかもしれん。それを探してからでも遅くはないじゃろう、恐らくフェアラートはしばらく顔を出さん。あヤツはそう言う奴じゃ、ああ見えて慎重じゃからな」
「わかりました」
そして俺は破片を頭の上に掲げて、皆に言う。
「みんな! こーんな感じの破片が、その辺に落ちているかもしれない。手分けして探してほしい」
「「「「「は!」」」」」
するとミーシャもきょろきょろとし始めた。
「ミーシャは疲れたろ? ここにいていいぞ」
「いえ! 魔道鎧の破片が落ちているのかもしれないですよね?」
「そうだ」
「探します!」
ミーシャは魔人の誰よりも必死になって、這いつくばりながらも鎧の破片を探していた。俺とエミルとケイナも、皆と同じように地面を這いつくばって探す。だがなかなか見つからなかった。
「無いな」
「ふむ。状況からして破片まで持っていく事は出来んかったと思うがの」
俺達がくまなく探していると、ミーシャが声をあげる。
「あった! ありました!」
「おお!」
「こちらにも!」
ようやく見つかり出してモーリス先生の元へと持ってくる。それからしばらく探すが、破片はそれほど多くは無く、これ以上探しても無理だと結論づけた。
「先生。これくらい集めれば十分でしょうか?」
「上出来じゃ。ある程度は分かるじゃろ」
「はい」
そして俺が立ち上がりみんなに向かって言う。
「撤収するぞ!」
それでもミーシャが地面にかじりつくように探しまくっていて、めちゃくちゃ集中しているようだ。というか俺の声が聞こえていないらしい。
シャーミリアがミーシャの所に行って、トントンと肩を叩く。
「ミーシャ。ご主人様が行かれます」
「あ、ああ! すみません! 集中してました!」
鎧の魔道具と聞いて、居てもたってもいられなかったのだろう。ヴァルキリーのメンテナンス担当としては、この魔道具は是非とも調べたいらしい。
「じゃあ行こう」
俺がCH-53E スーパースタリオン 軍用ヘリを召喚し、エミルとケイナが操縦席に乗った。シャーミリアとヴァルキリーを着た俺が、ヘリを護衛する為に外を飛ぶ事にする。そして俺が、ヴァルキリーにつけた無線に向かって言う。
「エミル聞こえるか?」
「良好だ」
「念のため迂回して飛ぶ。拠点を推測されたくはないからな」
「了解」
スーパースタリオンが浮上し、俺とシャーミリアがその両脇について飛ぶのだった。