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第90話 館の死闘

グラドラムの民にとっては、また悪夢が、いや・・希望がはじまった。


迎賓館の周りにファートリア神聖国とバルギウス帝国の魔法使いや騎士たちが、死体となって転がり始めたからだ。誰も外に出るものなどいなかった。


ただ・・嵐が過ぎ去るのを待つだけ・・それだけだった。


ガガガガガガガ


ドゴン


ズダダダダダ


パララララ


あの時と同じ、何かが破裂するような・・腹の底から震えるような音が聞こえる。


「これであいつらがいなくなってくれれば・・」


あるものは我が子を抱きかかえながら言っていた。


「きっとまた元に戻れる」


あるものは家の灯りを消して家族に話しかけていた。


「今度は俺も一緒に戦いたい。」


あるものは愛する妻にそう告げていた。


「一度は救われた命、今度は我々が彼らに恩を返す番だ。」


ある老人は孫たちにそうささやいていた。


グラドラムに生きる者たちは皆、命を救ってくれた英雄の事を忘れてはいなかった。


グラドラムは今、平和とは名ばかりの圧政にあえいでいたのだ。美しい女達は貴族のメイドという名目で、ファートリアやバルギウスに連れていかれ性のはけ口にされる。健康な男達は徴兵の名のもとに労働力として連れていかれる。容姿のよい子供達も金持ちの養子として連れていかれるが、性奴隷などにされ帰ってくる事はなかった。領の民を守るために元の王様だった、ポール領主も精一杯やってきてくれたのだが、すべてを守る事など到底できなかった。


力のない辺境の我々に出来る事はもうない。皆が諦めていた。


しかし、グラドラムの民は地鳴りのように響くあの音を聞いて察したのだった。


英雄が帰ってきたと。


自由を手に入れる戦いが始まったのだと。




そして民が英雄が来たことを知るその少し前のこと・・




迎賓館一階の来賓室にはファートリア神聖国のラーテウスとバルギウス帝国のバウム、そしてファートリアの魔法使いが3人とバルギウス騎士が20人いた。まだ玄関や裏口からどんどん兵士が入ってくる予定だが到着していない。その前にいるのは俺に化けたルフラ、後ろにはマリア、シャーミリアとマキーナがいた。シャーミリアとマキーナは光の結界のせいで苦しそうな顔をしている。目の前にはポールが気絶して転がっている。執事のデイブがポールのそばでかばうようにうずくまっていた。


状況としてはあまり良くなかった。


「いかに魔人が強いと言っても、屡巌香るがんこうを焚いたこの部屋の中では手も足もでまい。さらに屋敷は光りの結界で完全に囲まれている。逃げられんぞ!」


バルギウスのバウムが俺に化けたルフラに叫んでいる。


「ん?あの男どもはどこへ行った!?」


ラーテウスがジーグとスラガがいなくなったことに気が付いた。


「まあどうでもよい・・もうお前たちは袋のネズミということだ。アルガルドとやら・・魔人が人間のマネなどしおって、気色の悪いことだ。」


どうしてもラーテウスは魔人を受け入れることが出来ないようだ。


「剣をよこせ。」


バルギウスのバウムが兵士から大剣を受け取る。その時だった・・



外から音が聞こえてきた。


パラララララ!


ダンダンダン!


バン!


「ん?なんだ?魔法か?」


バウムが先に気が付いた。ラーテウスがそれを聞いて耳をすませる。


「本当だ。何か音がするな・・、グラドラムに魔法使いはいないはずだったが、何かおかしな動きがあるのか?いや・・我が国の魔法兵団がお前の仲間を攻撃しているんだろう。」


ラーテウスは破裂音の正体が、自国の魔法師団の魔法だと思ってニンマリしている。


「はははは、今いる部隊には元大隊長の俺を含め小隊長が3人もいるのだ。さらにかなりの手練れを連れてきている、さらになグラドラム都市の周りには1000人の兵士が待ち構えているのだ!もう逃げられんぞ!何をしても無駄だ!」


バウムが勝ち誇ったように言っている。ラーテウスもそれに合わせて言う。


「さらに我が国の教会魔法師団、および教会騎士団も城壁の外に1000人待機しておる。20人やそこらの魔人でどうこうできる人数ではないわ!」



そう二人が叫んでいる最中も、外では俺とルピアで迎賓館周辺の魔法使いと兵士を始末していた。特にルピアは仕事熱心で一生懸命殺していた。外で魔法使いを始末したことで光の結界が消えて、シャーミリアとマキーナが復活する。そのおかげでシャーミリアとの視界聴覚の共有が復活し、視界にバウムとラーテウスの顔が見えた。


《バウムが・・元大隊長?》


俺は無線機で聞いた内容に耳を疑った。それは2000という兵士の人数に対してでも、魔法使いを大量に連れてきたという事実でもない。バウムが言った言葉にだった。


《いま・・バウムは隊長格と言ったな。3年前のグラドラム戦の時は隊長格に、ものすごい苦戦を強いられたぞ!でもバウムの闘気はそれほど脅威に感じなかったが?》


バウムに最初会った時は、ただものではない事だけは分かった。しかし隊長格とは思わなかった。俺の配下達やルゼミア王軍の隊長たちのほうが、はるかに強大で絶対的な強さを持っていた。彼らと何度も戦闘訓練をして相対した時の絶望感にくらべたら・・さらにファントムとの訓練で相対した時の絶対的な強さを感じたら・・バウムには・・


《全く脅威を感じなかったぞ!》


「隊長格?魔法師団?がそれほど・・」


俺は化けたルフラを通じて、バウムに質問を投げかけてみた。


「そうだ!貴様ら魔人など恐れるに足らんわ!」


「3年前ここに来ていた兵士たちにも隊長とやらはいた?」


「ん?やはり・・お前・・何か知っているのか?」


「ああ。たしか1000人ぐらい兵士がいたと思うが。隊長とやらはいたのかって聞いてる。」


「クソがぁ!やはりお前たち魔人の仕業だったのか!?」


バウムの剣が一瞬消えて俺に化けたルフラの胴体を横に切り裂いた。


シャーミリアの視界で見る俺に化けたルフラの体が二つに折れて上半身がドッ!と床に落ちた。しかしルフラには何の影響もない。スライムなので剣の攻撃は全くの無効だった。実際の俺は隣の家の屋根にいる。


俺は床に落ちた上半身で聞いてみた。


「あの・・前に来ていた兵士にも隊長はいたよね?」


「なに!?・・バケモンが!体を斬っても生きていられるのか!?」


その瞬間だった、シャーミリアとマキーナ、マリアが動いた。マリアは華麗なあの動きで20人の兵士の間に飛び込んでいく。P320とベレッタ92が火を噴いて、騎士たちは眉間にこめかみに穴をあけて倒れていく。マキーナもデザートイーグルで騎士の至近距離から頭や胴体を撃ち抜いて行く。


20人の騎士と魔法使いは一瞬で制圧されてしまう。


シャーミリアはバウムの後ろに立って羽交い絞めをし、首に恐ろしく鋭い爪を立てていた。


「ご主人様が聞いている。すぐに答えなさい。」


「ぐ・・おまえは。」


ズッ


シャーミリアの爪がバウムの首筋に少し刺さる。


「ま、まて!そうだ!隊長はいた!俺の友人だった4番大隊隊長のグルイスだ!」


そう話しているうちに、俺に化けたルフラの上半身と下半身はくっついて元に戻っていた。そのまま立ち上がりルフラの口から聞く。


「そうか・・お前はどのくらいの強さなんだ?」


「なぜ生きてる・・そんなこと聞いてどう・・」


ズズ


シャーミリアの爪があと5ミリ突き刺さる。


「ぐあっ!グルイスは4番だ!大隊の順位が強さの順位だ!俺の大隊は8番隊だ。」


《やっぱりそうか・・ファントムの元の体はグルイスというのか、相当強かったんだな。しかし、バルギウスにはまだ強い奴がいるってことだ。注意しておこう。》


「今回来たのは1000人の騎士だけか?」


「そうだ!嘘は言っていない、ただこの国中に我が国の兵士がいる!どこにも逃げられないぞ!船は俺の小隊の隊長連と精鋭が制圧しに行った!」


「そうか、分かった。じゃあシャーミリアもういいよ。」


「はいご主人様。」


ゴトリ


バウムの首が床に落ちた。血が首から噴き出している。


「う・・うわぁぁぁっぁぁぁ」


ラーテウスが半狂乱になって逃げだそうとするが、すでに護衛の騎士たちは一人もいなかった。


「ラーテウス、お前にも聞きたいことがある。いいな?」


俺に化けたルフラが聞くと真っ青な顔でうなずいた。


「この国に来たファートリア神聖国の1000人のうち魔法師団は何人だ?」


「そそれは・・」


シャーミリアがまたにらみつける。


「ひっ!わ・わかった殺すな。あ・・300だ300人の魔法師団がいる。」


「そうか。教会騎士の強さは?」


「バルギウスの隊長格のようなものはいない!しかし強い者はいる!そ・・そうだ!まもなくここにやってくる、私に何かすれば逃げられんぞ!助けてくれ!」


「この周辺にもいるのか?」


「そうだ・・国中に我々の同胞がいる。お前たちはもうどうしようもないんだぞ!私が口利きをしてやる!な!だから殺すな!殺さなければ温情でお前たちの地位は約束されるぞ!」


《これ以上は特に情報はなさそうだな。》


「シャーミリア、もういいぞ」


ゴトリ


ラーテウスの首も床に転がった。




《バウムめ!いきなり斬りやがったな・・ルフラごめんな・・大丈夫だろうけど》



そして俺とファントムがいる隣の建物の屋根の上からは、空から機関銃を撃ちこむルピアが見えていた。とりあえず周辺は彼女に任せておこう。


《だが・・グラドラム都市内にいる兵力、バウムも大したことなかった。ラーテウスはおそらくファートリアのただの貴族で魔法使い、魔法は使えるだろうが脅威は感じなかった。こんなもんなのか?なにかひっかかる・・》


一抹の不安がよぎる。


《兵士が1000人も消えた事を真剣には考えなかった?まずは作戦を注意しながら進めていかねばなるまい。》


「よし!中は片付いた!ただ周辺にはかなりの数の敵兵がいるかもしれん。建物に火をかけられたら厄介だ!一気に迎賓館に飛ぶぞ!」


ラウルはかなりの距離をジャンプして、迎賓館の屋根の上に着地した。後ろからファントムがジャンプして飛んでくる。


ドゴォオン


屋根に穴が空いてファントムが迎賓館の中に落ちてしまった。俺もその穴に一緒に落ちていく。2階の床を少し壊しながらもそこにファントムがとどまっていた。落ちてきた俺を手のひらで受け止めた。


無理もない。M61バルカンを土台ごと担ぎ、バッテリーと弾丸ケースを背負っているのだ。数百キロの重量がある。いままで渡ってきた屋根もへこんでいるが、幸いにして落ちないできた。迎賓館までの跳躍が遠かったため勢いがついて穴を開けてしまった。


その部屋には誰もいなかったが廊下の外から声や音が聞こえた。


「こっちで凄い音がしたぞ!」


人が大勢走ってくる音が聞こえた。


「ファントム体当たりで壁を破れ。」


廊下側の壁に向かってファントムが消えた、するとバガァンという音とともに壁に穴が空く。俺が追って出ると両サイドから兵士が駆け寄ってきていた。


「殺れ」


キュィィイイイイイ


バババババババババババババ


M61バルカンが火を噴くと、兵士はあっというまに血煙をあげて、文字通りいなくなってしまった。いくつもの部屋を貫通して廊下から外まで一直線に穴が空いてしまった。


「手持ちでM61バルカン・・ファントムにしかできないな・・」


俺は反対方向からくる奴らにバレットM82を撃ちこんでいく。


ズドン!


ズドン!


ズドン!


バガァン

バガァン

バガァン


兵士たちの頭が鎖骨のあたりから消失していく。


「よし!下へ降りる階段の方に向かえ」


ズンズンとファントムが200キロを超えるM61バルカンを担いで進んでいく。音を聞きつけて二階に上がってくる兵士は瞬時に血煙を上げて粉々になっていく。後方の部屋から出てくる兵士は俺がバレットM82で頭を飛ばしていく


「体が・・熱いな。」


全員の部下が武器を使用し、その分の人の魂を吸い込んでいるため俺に莫大な魔力が流れ込んでくる。体の筋肉が何倍にもなっているようだ。



1階に到着すると向こう側から、先頭迷彩服と暗視ゴーグルをつけ銃をもった、ギレザムとティラとタピが走り寄ってきていた。


「ラウル様1階にはすでに敵兵はおりません。一般人のみです。」


ギレザムが1階を制圧したようだ。


「早いな。」


そして全員で来賓室に向かう。




バン!と会食会場のドアを開けると、そこいら中に敵兵の死体が転がっていて、中にはマリアとシャーミリア、マキーナ、ルフラが立っていた。めちゃくちゃ甘いような香りがする・・臭いくらいだ・・マリアとシャーミリア、マキーナ、ルフラは平気で立っている。


「ギル!ティラとタピを部屋に入れるな。毒が焚かれている、そのまま外にでろ!」


「は!」


屡巌香が焚かれているため、魔人を近づけさせないようにする。ギレザムとティラ、タピが廊下を走っていくと、スラガとジーグがひょこっとトイレから顔を出した。


「お前たちも館からでろ!」


「は!」


魔人を屡巌香の脅威から遠ざける。


「デイブさん!大丈夫ですか?」


「は、はい・・えっ!ラウル様がお二人!!!」


「ああ、ルフラ!もう戻っていいぞ!」


「はい、アルガルド様戻ります。」


ルフラは元の可愛らしい女性の姿に変化した。


「は・・・・これは?」


デイブがとんでもないものを見たような顔をしている。


「ああ、影武者ですよ。」


「・・久しぶりでラウル様の周りで起こる事に驚くばかりです。」


俺はその時、くらっと倒れそうになる。


「ラウル様!」

「ご主人様!」

「アルガルド様!」


マリアとシャーミリア、ルフラから一斉に声をかけられる。


「強烈な匂いだ・・この毒は俺にも効くようだ。とりあえず急ごう・・」


「臭いですか?・・感じませんが、ラウル様が危ないのでは?早く出ましょう!」

「ええ、長いは無用でございます。」

「行きましょう。」


「ああ・・」


そのまえに・・ポール王をおこさなきゃな。


「シャーミリア、ポールさんを目覚めさせてくれ!」


「はい。」


シャーミリアはポール王の顔の近くにスゥっと息をはいた。


「う・・うーん。」


「ポール王!大丈夫ですか?」


「あ、ああ!ラウル様大変な失態をお許しください!」


「いえ、こんなの想定外ですよ。いかにポール王でも防ぐことは無理だと思われます。」


目覚めたポール王がいきなり謝罪をはじめた・・うろたえているポールを落ち着かせるために、微笑みかけて話を続ける。胸のあたりが痛い・・苦しくなってきた。


「ポール王、館内に使用人やメイドなどいませんか?」


「キッチンルームと接客控え室におるはずです。」


「誰がグラドラムの人で、誰がバルギウスかファートリアから来た人かがわかりますか?」


「もちろんですとも!我が国の民の顔は全員覚えてます!」


「ならば、これから人の選別をお願いしたい。」


「喜んで。」


「シャーミリア、マキーナ、ルフラ、この建物内にいる人を全てエントランスに連れてきてくれ。その際、今日出す予定だった料理も運ばせてくれ。」


「「「かしこまりました。」」」


エントランスに全員が集まり、10分くらいしてぞろぞろ使用人たちが集まってきた。


「じゃあポールさん!お願いします!」


「はい、この方とこの方・・・」


ポールが民を選別してゆく。ひととおり終わってグラドラムの民15人が選ばれ、20人がバルギウスから来た者として残った。残った使用人の年齢は上は60才くらいから下は14才くらいだった。メイドやモーニングを来た使用人などさまざまな人がいた。


ファートリア神聖国かバルギウス帝国から来た使用人たちだった。


《さてと・・》


俺の仕事が始まるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒頭…グラドラムの方々は英雄が戻ってきたことで反応は様々ですが…とりあえず今回は大人しくていてくれ…と、言うのが僕の感想…今にも飛び出して来そうな方々が…今出てくと無駄死にだぞ… バウムを…
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