第896話 異常な防衛の仕組み
モエニタ王都周辺をこれだけ嗅ぎ回っているのに、敵は俺達の行動に全く気が付かないのだろうか? いまだにモエニタ王都の敵に動きは無く、ただ普通に日常が過ぎているようにすら思える。しかしながら俺達は根気よく、出回っている魔道具の調査を行い、王都の市民に情報を流し続けた。
「さてと、やるか」
皆を前に俺が言う。
「いよいよかラウル」
「ああオージェ、若干やり尽くした感がある」
俺達が魔道具の調査と市民の情報操作をしている間に、エミルがヘリを飛ばして、オウルベア達が拠点にしている都市から人を連れてきてくれた。そいつらは最初の都市で俺達に攻撃を仕掛けてきた兵士達で、既にアナミスと俺が魂核の書き換え処理をしている。
モエニタ王都から離れた所に降り立ち、そいつらを整列させて俺は言った。
「お前達のやる事は分かっているか?」
「はい! 恐ろしい軍隊がじきに王都に攻めて来るから逃げた方が良い! そう流布する事です!」
「よしそうだ! まずはお前達が信頼できる家族や知り合いから始めるんだぞ!」
「「「「「「は!」」」」」」
「襲ってきている恐ろしい軍隊とはなんだ?」
「それはそれは恐ろしい軍隊で、人間を丸焼きにする恐ろしい奴らでございます!」
「よしよし。じゃあこれから、それなりに信憑性を持たせる必要があるな」
「「「「「「は!」」」」」」
「ガザム! 適当にこいつらを怪我させてくれ」
「かしこまりました」
ガザムは短剣を抜いて、魂核を書き換えた兵士達を斬りつけた。血を流しているそいつらを見て言う。
「うーん。まだいまいち綺麗だな。ティラとゴーグで手加減して殴れ、だが殺すなよ」
「「はーい」」
小さな二人が騎士達をボコボコにする。
「よーし。これでいい!」
俺が言うと、顔をボコボコにした騎士達が言う。
「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」
よしよし。いい感じに仕上がっている。
「では! これから本作戦に入る! 行け!」
「「「「「「は!」」」」」」
そして魂核を変えた騎士達は、命からがら逃げてきたかのようにして、モエニタ王都へ続く街道を走って行った。その一連の流れを見ていたブリッツがジト目で俺に言う。
「捕虜の取り扱い協定を大きく逸脱しているように見えるが」
「ん? ここは地球じゃないし」
「俺は少しばかり勘違いしていたようだよ。ラウル君にそんな一面があったとはね」
「えっと、FBIではおとり捜査や売人から情報を買ったり見逃したりしなかったんだ?」
「した。……負けたよ。だが僕らはCIAほどじゃなかったぞ」
「えっ! CIAってもっとひどいの?」
それには俺とオージェ、エミル、グレースがひっかかった。映画の中でしか知らないが、本当にそんなことがあったのだろうか?
「君たちは映画で知るCIAだと思うけど、その百倍は酷いと思っていい」
ぞくっとする。かの国の諜報部って魔人軍より酷いのかもしれない。
「怖いねえ」
「まあ戦いはいつも非情さ。捜査官も現場で死ねばいくらでも替えが来るしね」
「嫌な所を見られちゃったな」
「ラウル君とて、王都の市民を助けたくての行動だ。それにここは前世の地球じゃないからね、違法だとかそんなことは言っても仕方がない」
「目をつぶってくれてありがとう」
そして俺達はクーガー装甲車に乗り込み、無線を繋いで潜入させる騎士につなげてみた。
「聞こえるか?」
「は!」
「動きに支障はないか?」
「皆、死に物狂いで走っております。間違いなく達成させますので、朗報をお待ちください!」
「了解」
どうやら無線も間違いなくつながる。ディスプレイをつけると、草原を走る光景が見えた。騎士達に取り付けた隠しカメラから送られてくる映像だ。
「おー、必死に走ってる」
「体力があるな」
「元は兵士だ。このくらいは出来るだろ」
それからしばらく見続けていると、ディスプレイにモエニタ王都の城壁が映り込んだ。騎士達は必死に走り、城壁を守る騎士達に手を振っている。すると門の方から騎馬隊が数騎走ってくるのが見えた。
「来た」
俺達は隠しマイクの音声に耳をすませた。
「お前達! どうしたんだ! 今まで何をしていた!」
騎馬隊が聞いて来た。
「騎士はほとんど壊滅した。その後、ずっと隠れながらも敵を調査していた!」
「なんと! よく生きていた! 怪我をしているな!」
「ああ。見つかったので命からがら逃げてきたんだ!」
「誰か! ポーションを!」
すると数人がポケットからポーションを取り出して、こちらの騎士に渡した。騎士らはそれを飲んで傷を治して行く。
「助かった」
そして騎馬隊に連れられ、モエニタ王都に潜入していくのだった。だが正門を潜った瞬間だった。
ブッ! と画像が途切れた。
「ん?」
「消えた」
「応答せよ、応答せよ!」
だが返事は帰らない。
「まさか切れるとはね」
「ラウル君。ひょっとしたら妨害電波を発する魔道具が作られているか、結界がそれを邪魔している可能性もあるだろうね」
「前者ならあいつらがまずいな。後者なら気づかれていないだろうけどね。まあ想定内の事ではあるから、合図を待つしかないだろう」
俺達はその時が来るまで待つことにする。それはさておき俺は次に試す事があった。
召喚したのは超小型偵察ドローンのブラックホーネットナノだ。これを超低空で飛ばした場合、敵に認識されるのかを試してみる必要がある。
「さて」
俺の手を離れ、超低空で飛んでいくブラックホーネットナノ。以前、高度を取って高い所から監視した偵察ドローンのリーパーは、全長11メートル翼幅20メートルもある大きなものだ。それに対して、ブラックホーネットナノは十センチしかない。騎士達が王都に入って電波が途切れたことから、王都内に侵入する事は敵わないだろうが、外壁周辺ならどこまで近づけるだろう。
ブラックホーネットナノは、王都の城壁が映り込む所まで問題なく飛んだ。そこで俺が言う。
「えっと、前の時なんだけど、敵は目視でリーパーを墜とした?」
するとエミルが言う。
「その可能性は高いな。レーダーのようなものがあるわけじゃなさそうだ」
「ブラックホーネットナノではこの距離が限界だ。これ以上は電波が飛ばないし、飛翔時間がニ十分しかないから。何機も召喚して何度も飛ばすしかない」
「面倒だが仕方がないだろう」
そして俺達は日が暮れるのを待つ。すぐ待機している魔人達に念話をつなげた。
《ギレザム。そちらはどうだ?》
《準備は整っております》
《カララはどうだ?》
《位置についております》
《了解》
各部隊は森や山岳地帯に潜み、合図を待っていた。既に兵器は召喚して渡しており、俺の合図と共に行動を開始する事になっている。
太陽が地平線に沈み、星が輝き始めた。俺のブラックホーネットナノは王都につかず離れず監視し続けている。俺がヴァルキリーを装着して、その映像をずっと集中してみていると、いよいよその時はきた。ブラックホーネットナノの映像が、市壁の上で回っているランプの光を捕らえたのだ。
「都市への情報は浸透している。攻撃セリ…か」
俺はすぐに念話を繋いだ。
《ギレザム、カララ砲撃準備だ。くれぐれも都市内にぶち込むなよ、あてていいのは市壁までだ》
《《は!》》
《合図を待て》
そして俺はすぐそばにいるオージェに言う。
「じゃあここを頼む。指示はティラから聞いてくれ」
「任せておけ」
「距離は伝えてある通りだ 」
「ああ」
「シャーミリア。行くぞ」
「は!」
俺はシャーミリアと共に、夜空に舞い上がる。王都の夜景が見えており、市民が普通に生活をしているようだ。
《撃て》
バシュッバシュッバシュ! と森林地帯や山岳地帯からミサイルが一斉に発射された。皆が打ち込んでいるのは携帯式地対空ミサイルのFGM-148 ジャベリンで、それを見た俺もすぐに王城に向けて撃つ。
皆が次々とミサイルを打ち込んでいると、突然俺達の目の前で何かが爆発した。
「うお! なんだ!」
「攻撃でございます!」
「どこから?」
「恐れ入りますご主人様。突然、魔法攻撃を受けたようです」
俺が下を見下ろすと、オージェ達の居た場所でも何かが炸裂したようだ。その次にギレザムとカララとティラから念話が飛んできた。
《ラウル様! 攻撃を受けました》
《こちらもです!》
《被弾しました!》
《総員退避!》
《《《は!》》》
これは想定外だった。俺は先制攻撃を行い、王都の人間を逃げるように仕向けようとした。だが俺達が攻撃してミサイルが市壁に着弾したと同時に、こちらに攻撃が飛んで来たのだ。
そして俺達はあらかじめ決めていた場所へと集結する。
「皆無事か!」
「は!」
「こちらも大丈夫です」
「こっちも!」
「マリア!」
「無事です。オージェ様が私とブリッツ様を守ってくださいました」
「オージェありがとう」
「それよりラウル。敵は正確にこちらから攻撃してきた場所を読んでいたぞ!」
「ああ。間違いなく何らかの手段を講じてきている」
エミルも言った。
「完全に読まれたな。それに敵の攻撃の射線が無かったように感じる」
グレースも頷いた。
「ですね。いきなり魔法が破裂しました」
「とにかく一度撤退だ。敵はこれを想定して、都市から出てこないんだ」
俺達は撤退を余儀なくされるのだった。駐屯地への移動をしながらも先ほどの攻撃を考えていた。敵はあらかじめ、こちらに攻撃を仕掛けていた? でなければ、瞬時にこちらに攻撃が届くわけがない。
そしてギレザムが言う。
「シャーミリアが被弾したのですか?」
「そうだ」
「あり得ません」
「というと?」
「近距離攻撃ならまだしも、遠距離攻撃でシャーミリアにあてるなど」
「確かにな。しかも同時に複数の標的に攻撃してきている」
「シャーミリアは油断していたわけではないのだろう?」
「ギレザム。私奴がご主人様の隣りで油断をすると思うか?」
「だな」
すると一連の流れを見ていたマリアがポツリと言う。
「攻撃は飛んで来ていないのではありませんか?」
「飛んで来ていない? どういうことだ?」
「あれは火魔法でした。恐らくは中級のバーストフレイム、ですが遠距離に飛ばすような魔法ではないのです。飛距離は、せいぜい十メートルか十五メートルです。突然目の前で炸裂したとか思えません」
「突然炸裂…」
「魔法が飛ぶ反応でしたら、私が分かります。ですが飛んで来る気配はありませんでした」
マリアは火魔法を使う。下級ではあるが魔法の流れを知っているのだ。だがそのマリアが魔法は飛んで来ていないという。
それを聞いたグレースが言う。
「ラウルさん。やはりおかしいですよ。以前撃墜されたリーパーは高高度を飛翔中に墜とされている。そんな遠距離魔法は今まで聞いた事がありません」
だがいくら考えてもカラクリが分からない。いずれにせよ分かっている事は一つ。
「シャーミリアが被弾するのであれば、俺達の誰もが避けようがないという事だ。だが辛うじて俺達が強靭な体を持っている事と、尋常じゃない反射速度を持ち合わせていた事で助かった。しかしながら何発も撃ち込まれた場合、無傷で済むとは思えない」
「ラウルの言うとおりだな。これはもう一度策を練り直さねえと無理だぞ」
「ああ」
偵察ドローンのリーパーの映像では分からなかった謎の攻撃。それを直接受けた俺達は、その謎を解明できぬまま夜明けを迎えるのだった。