第894話 収集した情報から見えて来る事
俺達が南方から拠点に戻ると、早速ギレザムが現状の報告をしてくれるようだ。拠点にはテントが用意されており、そのうちの一番大きなテントに入り込んで話をする。念のため何人かの魔人が周辺の警護を固め、主要メンバーだけが集まっていた。
「モエニタ王都に未だ動きは見られず沈黙を守っております。また不用意に近づく事も出来ず、仰せのままにここに待機しておりました」
「それでいいよ。何か不気味だったから、何も無くて良かったよ」
「念話の内容では、魔法使いが消えていたと聞きましたが?」
「そうなんだよ。敵の仕業だとは思うんだけど、何をしようとしているのかさっぱり分かんないんだ」
「戦力の増強を図っているのでしょうか?」
「かもしれないけど、それにしては魔法使いの集め方が非効率すぎる」
俺達が見て来た事を、神達も含めた皆に伝えるとブリッツが言って来た。
「ちょっといいかな?」
「なに?」
「僕が思うに、一連の出来事に連動性が無いように思えるんだ。まずは話をまとめていく事が大事さ」
「というと?」
「たぶん何気ない事に重要な意味があると思う」
「何気ない事?」
「まあ、プロファイリングなんだけど、一応仮説だから参考までに聞いて欲しい」
「了解だ」
「羊皮紙とペンをくれ」
グレースが虹蛇の保管庫から、依頼されたものを取り出した。ブリッツはそれを床に広げ、ペンで全体の相関図のようなものと項目を書きだした。
村で魔法使いが消えている。
銀等級以上の魔法使いだけが狙われている。
魔法使いの消失が夜に集中している。
新人は狙われない。
ギルド職員が魅了されている。
冒険者は魅了されていない。
転移魔法陣が村に設置されている。
転移魔法陣はブービートラップになっている。
冒険者が不足し活動に支障が出ている。
魔道具が流通している。
火神は魔道具で民の繁栄を促進している。
魔道具の商人が普通に出入りしている。
王城周辺が前王の呪いで焼けているとデマが流布されている。
兵士が王都に集められている。
謎の魔導士が不思議な技でドローンを落とした。
俺達が来たと分かっても敵に今だ動きが無い。
敵の魔導士と火の一族が神子と神を探している。
北から軍隊が送られている事を悟られている。
俺達は感心してそれを見ていた。今までこんなに理論的に話をした事が無かったような気がする。それらを書き記したブリッツがペンを置いた。ただ活動しているだけでも、膨大な量の情報がある事に気づかされる。
「現状分かっているだけでも、かなりの情報が集まっているのが分かるよね?」
「ブリッツに改めて書き出されて思ったが、確かにかなりの情報があるね」
「だろ? まずここで一番注目したいのがね」
「なに?」
「敵が全く動かない事さ」
「そこ?」
「明らかに、こちらに不穏な動きがあるにも関わらず一切動こうとしていない。敵に何らかの企みがあるか、動く事が出来ないでいるかだよね。恐らくは前者で、何か考えがあると思っていいだろうけど」
確かにそうだ。これだけ周辺で変な動きをしているのに、ドローンを破壊した後に全く動きが無い。
「攻め入って来るのを待ってるとか?」
「かもしれない。だけど、こちらに凄い武器がある事は知っているはずだ。ただ引きこもっていたところで、都市ごと焼かれると考えるのが普通だよね。それなのに動きが無い」
「確かにな…」
全く分からん。敵が何を考えて、何をしようとしているのか。
「みんなはどう思う?」
ブリッツが聞くとグレースが手を挙げた。
「思うんですけど、敵は白旗状態なんじゃないですかね?」
「そうかな? ならば何かリアクションをとっても良くないかい?」
「ああ…そうですね。でも、こちらの軍事力を知っているわけだし、なすすべがないって思うんですよ」
グレースの発言を俺が否定する。
「いやグレース。ブリッツの村で遭遇した時は、ゼクスペルの連中やる気満々だったぜ?」
「まあ、確かにそうでしたね」
すると今度はオージェが言う。
「むしろ先制攻撃を仕掛けて見たらいいんじゃないか? 長距離攻撃ならばこちらに被害が及ぶ事も無いだろう?」
「市民に被害が出るけど?」
「コラテラルダメージじゃないか?」
するとブリッツが首をひねって言った。
「今までの話を聞いていて思ったんだけど、さっき上げた項目から見えるのは二つあるんだ」
「二つ?」
「まず一つは、南方の村での魔法使い消失は、モエニタ王都とは何ら関係ないんじゃないかってね」
「なら誰が?」
「ラウル君が冒険者から聞いた何気ない話さ。おかしな二人組と話した後に、消えたと冒険者が言ってたんだろう?」
「最初に会った冒険者がそう言ってた」
「それは恐らく、その冒険者の力量や等級を見極めていたと思うんだよ。その二人組とモエニタ王都は無関係と言う事さ。バラバラの事をやっている可能性が高い」
「別々?」
「ああ」
ブリッツはある程度確信をもって話をしている。俺には、どうしてそう言う結論に至ったか分からんが、ブリッツに不安な要素は無いようだ。
「もう一つは?」
「敵はこちらがいきなり攻撃してこない事を読んでいる。恐らくはここまでのラウル君達の戦い方から割り出した答えだよ。ラウル君達の戦い方は極力市民を殺さなかった。相手は北で多くの人を殺したと言うのにね。恐らく敵は市民を人間の盾として非難させないでいるんだ」
「マジか…そこまで考えている?」
「一番辻褄が合うね。そうでなければ一斉に非難させるか、こちらに攻撃を仕掛けて追っ払うかするよ。それにも増して気になるのは敵の余裕さ。ここまで追い詰められたら、余裕がなくなって何か動きを示すはずだ」
「そこが解せないんだよな。なんでそんなに余裕あんだ?」
するとブリッツが難しい顔をして言った。
「多分だけどね。敵は最後の手段を用意していると思う」
「最後の手段?」
「なんら策も無く、籠城はしていないと思う。恐らくは俺達が動くのを待っているんだろう」
するとエミルが言う。
「確かにそれは俺も思っていた。恐らく敵は何かを用意している」
「ラウル君。入手した魔道具はどんなもの?」
俺が商人からもらった、魔法のライターと魔法のマントを並べる。皆が興味津々にそれを見ているが、ブリッツは二つを確認しながら言う。
「これは市民用だよね? もし軍事用に魔道具を作っているとしたら?」
「ありえる事だな」
「それが何かは分からないけど、そういう物を用意していてもおかしくはないだろ?」
確かに。するとエミルが俺達の前に唐突にヤカンを置いた。
「この、ジンを閉じ込めているヤカンも、言って見れば魔道具と言える」
「えっと、待てよエミル。敵はこのレベルの魔道具を作っているってのか?」
「だって敵も神だぞ。俺達だけがこう言う物を持っているとは限らんだろ?」
「確かに…」
それを聞いていたマリアが手を上げる。
「いいよマリア。話して」
「はい。敵の王城を守る結界ですが、もしかすると魔道具の可能性は無いでしょうか?」
「ある。王都全体に広げられなくても、王城ぐらいを守れるものは作れるかもしれない」
「そしてそれは結界ではなく、転移魔法と関係しているとは?」
「ありえる! 俺の爆弾が転移させられているという可能性は大いにある」
「ならば王城を爆撃する事で、もっと情報が取れるかもしれません」
「だな」
そしてブリッツが魔道具ライターをつけて言った。
「こんなものを簡単に流通させるというのは、かなりの技術力があるという事だよ。既に生産工場を持ち、いろんな研究をしているという事だ。そのヤカンより面白い魔道具を作っている可能性はある」
その言葉を聞いて、俺達神仲間の四人がざわつく。正直な所、敵が使った転移魔法陣とインフェルノに対応出来たのは俺の召喚魔法があったからだ。この中で言えば、俺とグレースがそれを使えると言える。だがよく考えてみると、エミルが持っているヤカンには巨大なジンが入っているんだ。これだってあらかじめ兵器を閉じ込めておければ、召喚魔法と同じ効力を発揮できるだろう。もしこれを兵士一人一人が持っていたとしたら、軍勢をコンパクトにして持ち運べるという事にもなる。
俺が不安に思う事を言った。
「もしかしたら…ブリッツの村で見た転移なんだけどさ、あれは魔道具を使った何らかの方法だったりするって事かもしれない」
オージェが言う。
「あり得るぜ。敵は元々転移魔法陣を使いこなしていたんだ。それが魔道具を使った物じゃないとは言い切れない、そしてそれはラウルが一番知ってるだろ?」
「そうだ…」
俺はケイシー神父と握手をして転移させられている。あれがもしかしたら魔道具によるものだとしたら、そう思うと納得せざるを得ない。ケイシー自身に埋め込まれていたか、身に着けていたものにそれが設定されていたかもしれない。
そしてブリッツが言った。
「一般人に魔道具が出回ると言うのはそう言う事だよ。最初は軍事的に使われていたものが、一般市民に降りてくると言うのは良くある話だ」
今までの話を考えてみると、俺はある結論に到達した。
「魔道具の事は分かった。ということは俺達が今戦っている火神の勢力は魔道具を使いこなしていて、それとは別な勢力が魔法使いを集めているって事か?」
「だと思うよ」
「やっている奴は同じで、魔道具を動かすために魔法使いを補充してるんじゃないのか?」
「まあ否定は出来ないけど、別々の勢力だと思っているよ」
確かにまだ、十神シダーシェンのうち八神しか見つかっていない。残り二人の神が俺達に味方するとも限らないし、既に火神と結託している可能性もある。
俺は一気に難易度が増したような気がしてため息が出た。
「はあ。めんどくせえ」
本音が出てしまった。それにオージェが答える。
「全くだ。北で戦った時より難易度が増してねえか」
するとグレースが言った。
「シンプルに考えるしかないですよ。とにかく目の前の火神をどうするか、が最重要課題なんですから」
ブリッツも頷いた。
「グレース君の言うとおり。切り分けて考えたのはそこさ。ラウル君が南の村で派手に動かなかったのは大正解だと思う。もし魔法使い消失問題に正面から取り組んで、ギルドの魅了を解いていたら、もっと大変な事になっていたと思う。よくそこまで行かない、ライトな対応で切り抜けたよね」
「えーっと。なんかそうしたほうが良いって勘だけど」
「また、勘か。恐れ入るよ」
ブリッツに褒められた。だが俺は綱渡りで行動している事に、いちいち冷や汗が出る。今回、判断を間違えば、下手すると二つの勢力を相手にしなければならなかったかもしれない。
「てことは、まずはモエニタ王都を集中して攻略するって事でいいか」
「いいと思う。デマを払しょくする為に正しい情報を流すってのもいいし、周りの都市の商人を使って内部の情報を探るのもありだね」
「決まりだな」
ブリッツのおかげで、優先順位がはっきりした。そしてグレースが言う。
「てことは、もっと魔道具の情報を集めた方が良いですよ」
「そこは大丈夫だ。王都に潜入した商人が魔道具を買い付けてくるだろうから」
「それを強奪するとかですか?」
「いや。正規の値段で全部買い取ってやる。強奪なんかしたら、もう出荷を止めるだろうからね」
「なるほど」
それを聞いていたアナミスが言った。
「それでは、周辺の村々に周って商人どもを探し回りましょう」
「そうしよう」
今まではデモンとゼクスペルだけを警戒していたが、もしかすると敵は何らかの軍事的な魔道具を開発している可能性がある。それが俺の兵器で太刀打ちできるものなのか分からんが、こちらから先にカードを切る必要は無い。まずは十分に相手の情報を集めて、手を打つことが重要であると分かった。
得体のしれない火神との決戦を前に、敵の未知数な戦力を調べなければならない。そう考えた俺は皆に言う。
「たしか前世の言葉であったよな。敵を知り己を知れば百戦危うからずって」
ブリッツがそれを聞いて言った。
「孫子の兵法かい? 好きな言葉だよ」
「ブリッツのおかげで見えてきた。感謝するよ」
「とんでもない! 前線で情報を集めた君達のおかげさ」
俺がブリッツに手を伸ばすと手を握り返し、きつく握手を交わすのだった。