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第892話 文明と技術発達の先に

 俺は商人からモエニタ王都の状況を聞き出す事にした。商人はアナミスの催眠にかかっているので、洗いざらい話すだろう。まあ、いち商人なので、それほど込入った話は聞きだせないと思うが。


「モエニタ王都では今、何が起きてる?」


「はい。恐らくは前王の呪いがかけられていると言われています」


 なにそれ。


「詳しく教えて」


「現王が前王から王座を乗っ取ってしばらくなりますが、突如として王城付近が燃える騒ぎが続いているのです。市民達はそれを、前王の呪いだと口々に囁いております」


 なるほど、それ…俺の仕業だ。俺がしばらく王城に対しての爆撃を続けた賜物だ。


「なるほど。今の王様は前の王を殺したのかな?」


「噂ではそうだと言われておりますが、実際の所はよくわかっておりません。ですが、それは悪い事ばかりではございませんでした」


「どういう事?」


「景気が良くなったのですよ。以前とは比べ物にならないほどモエニタ王都は活気があります」


 なんとなく理由は分かる。恐らく火神は俺達と同じ地球からの転生者の可能性が高い。あちらの知識を活用して、流通の効率を上げたり新しい産業を生み出している可能性がある。


「新しい事と言えば何かな?」


「まずは街道が整備されました。そのおかげで我々商人の行き来がかなり楽になったのでございます」


 なるほど考える事はだいたい同じで、インフラを整備しているようだ。土木系の行政に力を入れているという事だろう。遠くから見る限りでもモエニタ王都は活気がありそうだったし、この辺境の村も人の出入りが多いっぽい。おそらく大きな変革をもたらして、経済を発展させているのだ。


 そして商人が続けた。


「それにも増して素晴らしい事が御座います」


「なに?」


「私共の店が人気なのもそのおかげなのですが、突然魔道具が充実し始めたのです」


「魔道具が?」


「例えばこれです」


 そう言って商人は懐から、手のひらに収まる大きさの四角い鉄の箱を出した。商人がそれをパカっと開けてシュッと擦ると、ポウッと小さな灯がともる。ここに居る連中は分からないと思うが、それはライターだった。魔道具でも何でもない、火打石を鉄で擦る事によってオイルに火がついているだけだ。


「これが王都に出回ってると?」


「ええ。これは魔力が無くても火が出せるのです。そのおかげで火おこしが必要なくなりました 」


 それは魔道具じゃない。と言おうとしたが、催眠がかけられている奴に言っても仕方がない。


「それを見せて」


「はい」


 それを手に取ってよく見てみると、何か違和感を感じた。鼻を近づけてクンクンと嗅いでみると、オイルの匂いがしない。シュッと擦ってみると微弱ながら魔力が流れるのが分かり、これは正真正銘の魔道具だった。さっきライターだと決めつけた俺が恥ずかしい、持ち帰ってバルムスに研究させよう。


「これ貰うぞ」


「どうぞどうぞ!」


「他には?」


 すると商人が、自分が羽織っているポンチョを脱いでテーブルに置いた。


「こちらもそうです」


「これが魔道具?」


「はい。着てみればわかります」


 商人に言われるままに、俺がそのポンチョを羽織ってみると効果がすぐにわかった。


「涼しいな」


「温度調節の魔道具で、一定の温度に保たれているのです。暑い所も寒い所もこれ一枚でしのげます」


 ポンチョを脱いで中を見てみると、ふわりと魔法陣が煌めいた。


「魔力が無くても使えるのか?」


「先ほどの火打箱と同じで、魔石が使われているのです」


「魔石が?」


 そのマントを裏表見てみるが、何処にも魔石などは無い。俺の服を見る仕草を見て商人が言う。


「なんでも繊維に魔石が織り込まれているのだそうですよ」


 マジか…それは凄い技術だ。


「凄いな」


「はい」


「他にもあるのかい?」


「あります」


 めっちゃ興味が出てきた俺は、身を乗り出して商人に言う。


「もっと見たい!」


「申し訳ございません。この度の商いで売れ切れてしまいました。先ほど集まった客が洗いざらい買い取ってしまったのです」


 マジかあ…。北大陸ではこんな魔道具は見ていない。よく見てみれば、布の魔法陣は刺繍のようだ。


「このマントも貰う」


「どうぞどうぞ!」


 商人は催眠にかかっているので気前がいい。だがこの二つの魔道具を見ても、北大陸の魔道具開発は遅れを取っているのが一目瞭然だった。そもそも俺達は魔導エンジンなどに力を入れて来たが、魔道具の小型化など全く考えていなかった。


《どうやら火神とやらは、技術を一般市民に開放しているらしいな》


《左様でございますね》


 魔人国では現代技術の漏洩をしないように厳重に管理しているが、もしかしたらそれが発展を妨げている可能性もあるか…。なぜ技術を一般市民に開放する?


 そこで俺は気がついた。人間の利便性が上がり、文明が発展した先に何があるのか? 前世で経済と産業が発展し、技術革新が行われた結果何が起こった?


 俺は敵の恐ろしさを知る。恐らく火神は目先で戦っているのではない、数百数千年を見据えて戦っているのだ。経済と産業が発達し技術が進んだ先にあるものは『人口爆発』だ。敵は信者の力を増すために、人間を爆発的に増やそうとしている。そうすれば神としての自分の力が、強くなることを知っているのだ。火神は恐らく数十年数百年後の自分の力の増大を見越している。


 俺はちょっと落胆して呟く。


「なるほどね。いち早く自分の神としての力に気が付き、既に手を打っているって事か。むしろ敵からすれば、俺達はデモン並みに短絡的で稚拙だと思っているかもしれん。ちょっと格の違いを感じるよ」


「そ、そのような事はございません! ご主人様は全知全能の神となるお方です」


 するとアナミスも大声で言った。


「この事を見て、そこまで思考を発展させ、現状の欠点を見抜いているではないですか!」


「しっ! 二人とも声が大きい」


「し! 失礼いたしました!」

「申し訳ございません!」


 俺が周りを気にすると、ほとんど全員の視線がこちらに向いていた。だがその顔はだらしなく緩み、俺達の話を聞いていたわけではなさそうだった。シャーミリアとアナミスの美貌に見惚れているだけと分かり、俺はほっと胸をなでおろす。


 そして俺は商人に言う。


「ちょっと聞きたいんだが、現王に謁見した事はあるかい?」


「ございません。ですが拝顔した事はございます」


「そうなの?」


「王に即位されたときに、一度だけパレードを行いましたから」


「どんな人?」


「肌の色が我々と違いましたな」


「どんな感じ?」


「モエニタ王都では不敬にあたる為、王の肌の色を話す事を禁じられています」


「そうなんだ? でも教えてくれ」


「はい。墨を纏ったようなお色であったと」


 なるほど。この世界では珍しいかも。アラリリスの人たちは浅黒い肌をしていたが、墨のようとなるともっと濃いかもしれない。


 そして俺は話題を変える。


「王都の治安はどうだ?」


「良くなりました。なんでも各地から、騎士が集められているようでして、前より安全になったと言われております。それのおかげで、我々商人も安心して商いが出来るようになりました」


「騎士を集めている?」


「はい」


「王が外に出てくる事は?」


「パレード以降は、ほとんど見たものはおりません」


「そうか」


 となれば、火神を王都の外に連れ出すのは至難の業かもしれない。謎のヴェールに包まれているって訳だ。


 アナミスが聞いて来る。


《どうされます?》


《いや、このままいく。この人を使って王都に噂を流してもらおう》


《噂でございますか?》


《ああ。どれだけの人に信じさせられるか分からないが、王城の周りが焦げているのは前王の呪いでは無く、敵の攻撃のせいだと本当の事を流布してもらう。このまま行くと、その恐ろしい敵が王都に攻め入って来て、全土を黒焦げにしてしまうだろうって》


《かしこまりました》


 そして俺は商人に言った。


「次に王都に行くのはいつかな?」


「今日と明日で、こちらの名産を仕入れて数日後に発ちます」


「数日後と言わず、明日出発するようにしてくれ。仕入れが終わったら、また村の北側で落ち合おう」


「分かりました」


 そう言って俺は商人を市場に戻した。


「じゃ、戻ろう」


「「はい」」


 そして俺達は根城にしている安宿に戻る。ヴァルキリーは出て行った時と同じ格好で部屋にいた。


「転移魔法陣とデモンの残滓は気になるが、まずは予定通りに作戦を進めよう。敵は俺とシャーミリアがやった王城爆撃を、呪いのせいだと流布しているんだ。恐らくうまく丸めこんで、市民が逃げ出さないようにしてると思う。その為の騎士の招集で、火神は自分らの民が極力減らないようにしている」


「ご主人様。それを中から乱そうという事ですね?」


「ああ。だが、そううまくはいかないだろうな。超音波兵器を王都近隣に置きたいがそれはまだ先だ。まずは出来るだけ、市民の不安をあおってみる。そして俺達が拠点にしていた都市から逃げた領主を捕まえたいところだ。そいつらは俺達が侵攻してきている事を知っているからな。だが市民に真実を告げられるのを防ぐために、すでに消されている可能性もある。あと王都の魔道具が儲かると周辺地域に流布して周ろう。そうすれば王都に出入りしたい商人が出てくるはずだ。そいつらも俺達の手駒にする」


「「かしこまりました」」


 一つだけ分かっていた事は、敵は自分の信者を減らす事を避けているという事だ。人間の心理が移ろいやすい事を知っている。恐らく魔道具便利グッズは、その市民の心をつかむための一つだ。利便性を感じた人間は、それらを使うのを止められなくなる。俺が考えるより、火神はモエニタ王都の人心を掌握しているようだ。


 そしてもう一つ気になっているのは、あの魔導士の存在だ。あれは神ではなく人間だった。とすれば生粋のこの世界の人間だと思う。モーリス先生級の魔導士が、火神について何を企んでいるのだろう?


 そして俺は二人に言う。


「消えてる魔法使いの件を、あの冒険者パーティーに伝えに行こう」


「「は!」」


 俺はヴァルキリーを連れて、ギルドに向かうことにした。デカいモンスターを狩ったばかりだから、まだ次の冒険には出ていないはずだ。転移魔法陣で魔法使いたちが消えている現状を伝え、それに警戒する事を教えておかないと、また新たに被害者が出てしまうだろう。ギルドが原因究明に乗り出してくれれば、敵の動きを制する事が出来るかもしれない。


 そしてギルドに着いた時、アナミスが俺に衝撃の事実を伝えて来る。


《ギルド職員が魅了されております》


《マジか…》


 多くの魔法使いが消えているのに、ギルドが動かない理由を知ってしまうのだった。

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