第890話 失踪する銀等級の魔法使いたち
深夜になってシャーミリアに起こされるも、俺が寝ていたのはわずかな時間だった。シャーミリアとアナミスは肌艶が良さそうだし、なんか俺もスッキリしているのできっと回復薬でも使ったのだろう。アナミスの力で深く眠った事により、体力も完全回復し魔力も満タンだ。
「これで動ける。ありがとう」
「ご主人様。慣れない冒険者との旅でお疲れのようでしたので」
「助かる」
「そして、ラウル様を強制的に休ませた事ご容赦ください。効率を考えました」
「いいよアナミス。きっと俺は、休まなくても良いとか言っていたろうからな、その押し問答の時間ももったいないし、効率よくやってくれたようで良かったよ。どのくらい寝ていた?」
「一時間ほどかと」
「充分だ」
アナミスに寝かせられると、一時間でも十分すぎるほどの睡眠がとれるのだ。本当に感謝しかなく、俺がそういうと二人はホッとした表情を浮かべた。実のところ俺は遠征に出ると無理をしがちで、知らず知らずのうちに体に負担をかける事が多い。その時は可能なら強制的に休ませるようにと、イオナと魔人達の会議で決められたのだ。今日はそのルールが発動されたらしい。
「そろそろ出るか」
「「は!」」
そして俺はヴァルキリーに向かって言う。
《この部屋で待機していてくれ》
《かしこまりました》
「シャーミリア、アナミス、行こう」
小汚い宿屋の二階の窓を開けると、村はだいぶ静まり返っているようだ。一般市民は眠りについている頃で、今ほっつき歩いているのは遅くまで飲んだ連中くらいだ。三人で窓を飛び出し暗い路地に降り立つ。
「魔獣の匂いのする人間を感知しました。恐らくは冒険者かと思われます」
「了解。じゃ、まずはそいつから聞いてみよう」
「「は!」」
月には雲がかかり夜風がふいているようだが、シャーミリアは的確に対象者の場所を見分けた。そこは俺達が泊っている宿よりも、もう少し立派で、多少稼ぎある奴が泊りそうな所だった。その屋敷の二階を見ながらぐるりと回っていく。
「あの部屋です」
「じゃあ計画通りに」
「「は!」」
シュッとシャーミリアが消えた瞬間、二階の窓が開いた。するとアナミスがふわりと飛び上がり、その窓に入って行く。俺が最後にジャンプして二階の窓に侵入すると、中では三人の冒険者が眠っていた。シャーミリアが音もなく侵入し、アナミスが眠らせたのだ。こんな芸当は魔人ならではで、特殊部隊も真っ青の仕事だった。
「休んだおかげで体のキレがいいよ」
「なによりでございます」
そして俺はそこにあった椅子の背に向かって座り、寝ている冒険者達を見た。
「じゃあ聞くか」
「はい」
アナミスが冒険者達を起こす。三人はぼーっとして顔で俺を見るが、何も反応する事は無い。恐らく夢でも見ていると思っているのだろう。
「こんばんは」
「「「…こんばんはー」」」
「君らは冒険者かな?」
「「「はいー」」」
「等級は?」
「銅等級」
「パーティーは三人?」
「あと二人」
「その人らは?」
「隣の部屋に女が二人いる」
なるほど男と女で部屋を分けている訳だ。
「今日はだいぶ稼げたか?」
「近郊に出るグレーウルフを数頭」
そこで俺は本題を聞いてみた。
「最近冒険者が消えている事を知っているか?」
「ああ」
「どんな感じだ?」
「銀等級以上の冒険者パーティーメンバーが消えていると聞く。実際メンバーが欠けて、依頼失敗で等級を落としてしまったパーティーもある」
「どんな奴が消えているか分かるか?」
「どちらかと言うと後衛職の人が多いらしい」
あ、そう言えば俺達が旅して来たパーティーも、後衛の魔法使いが新人だった。
「というと?」
「わからない」
「そうか」
てことは、銀等級の冒険者から事情聴取しないとダメだな。
「銀等級の冒険者がどこにいるか知ってるか? 剣士のサンがいるパーティー以外でだ」
剣士のサンとは、俺達が一緒に行動していたパーティーのリーダーだ。そいつらの事を聞いても意味が無い。すると目の前の冒険者が言う。
「アイツらは金周りが良いから、白樺亭を拠点にしている事が多い」
「しらかば亭ね」
「そうだ」
「どこにある?」
「飲み屋街の北側に、通りを二つ超えた先」
「わかった」
俺がアナミスに目配せをすると、冒険者達は気持ちよさそうにベッドにもぐりこんだ。俺達は再び窓から外に出て、今度は屋根の上に飛び乗る。
「銀等級以上の後衛職か。後衛って事は弓か魔法使いか? もしくは荷物持ちを狙った?」
「尋問してみましょう」
「時間も惜しいし、飛んで行こう」
「は!」
俺はシャーミリアに手を引かれ、夜空に浮かび上がる。アナミスも後ろをついてきて、あっという間に聞いていた場所に到着した。シャーミリアが夜目と千里眼を効かせて言う。
「あそこです」
「灯りが点いてる」
「まだ起きているようです」
俺達はその館の前の建物の屋根に下りた。銅級冒険者が言っていた通り、そこはなかなか綺麗な建物で、稼ぎが良くないと泊まれないだろうと思わせた。
「行こう」
シュッ! とシャーミリアが消えて、アナミスがついて行き俺が最後に部屋に入った。既に尋問が出来る状態にしてあり、シャーミリアがコトリと椅子を置いてくれる。四人の男がボーっとこちらを見ており、俺はその椅子にまたがって聞く。
「君らは冒険者かい?」
「そうだ」
「銀等級?」
「そうだ」
「四人以外にもいる?」
「随分前にいなくなった」
「突然消えた?」
「そうだ」
「その代わりを雇ったかい?」
「ようやく雇えた。魔法使いは貴重だから、そうそう見つからない」
なるほどね。銅級冒険者が言っていた事と一緒だ。
「他にもそういう話は聞く?」
「ああ、そのおかげで上級魔法使いが不足しているんだ」
「魔法使いが、どこに行ったか分かる?」
「わからない」
ダメか。何か手掛かりになるような事があればと思ったが、魔法使いたちが何処に消えたかまでは分からないようだ。その行先がモエニタ王宮とか言うなら分かりやすいが、全く消息を追えていないのなら調べようがない。
「他の銀等級以上のやつらはどこにいる。リーダーがサンってやつ以外のパーティーで頼む」
「それならば、鈴蘭亭にいると思う」
「わかった。じゃあゆっくり休んでくれ」
「ああ」
俺がそういうと、アナミスが四人を眠らせた。
「魔法使いだってよ」
「はい。なにか狙いがあるのでしょうか?」
「いずれにせよ、突然消えるなんておかしい。もう一つくらい聞いておこう」
「「は!」」
俺達が鈴蘭亭に飛び、再び銀等級冒険者を探し出して尋問すると、どうやらこのパーティーには魔法使いがいるらしい。聞けばここにはおらず他の部屋にでもいるのだろうか?
「魔法使いたちは、今どこに?」
「今日はまだ飲んでるよ」
「飲み屋か?」
「たぶんそうだ。そのうち帰って来るはずだ」
「どこで飲んでる?」
「オルキスって飲み屋だ」
「それはどこに?」
「繁華街の裏路地にあるこじんまりとした店だよ」
「分かった。邪魔したね」
アナミスが全員を眠らせ、すぐに窓から出て繁華街の路地裏に飛んだ。そこには数軒の飲み屋あり、どの店もまだ光が漏れている。俺達は一軒一軒看板を見てオルキスを見つけた。
「ここだ」
「まだ飲んでいるようですね」
「入ってみるか」
「はい」
俺達三人がふらりと飲み屋オルキスに入った。カランとベルが鳴り、店員と客がこちらを振り向く。だがその表情は一瞬で恍惚となり、夢でも見ているような表情でシャーミリアとアナミスを見た。まだ催眠はかけていないが、二人の美貌にやられてしまったのだ。
「アナ」
「はい」
アナミスから赤紫の靄があふれ、狭い店内の全員がトロンとした表情になった。そして俺は飲んでいる奴らを見渡す。
「どいつだろう?」
「聞いてみましょう」
「魔法使い手ぇーあーげろ!」
すると二人の女が手を上げた。
「あんたら、鈴蘭亭に泊っている奴らの仲間かい?」
コクリと頷く。
「最近なにか変わった事あるかい?」
「最近は、魔法使い不足であちこちから引き抜きの誘いが来るわ」
やっぱりそうなんだ。どうやら魔法使い限定で消えているらしい。
「他には何か?」
「突然いなくなるって聞くわ」
「そうだね。あとは何か?」
「特に…ないわ」
「そうか」
これで手詰まりだ。なぜ魔法使いが消えているのかが分からない。俺はアナミスに念話で言う。
《せっかく飲んでいるところ悪いから、眠らせずに催眠を解こう》
《はい》
居酒屋内にピリッとした香りが漂い、皆が普通に目を覚ます。するとバーテンが俺達に聞いて来た。
「いらっしゃい。ずいぶん綺麗な人達だね? 旅芸人かい?」
「まあそんなところです」
「何にします?」
「エールを三つ」
「あいよ」
すると何事も無かったように、バーテンが酒を出して来た。俺達はバーテンに話を聞いてみる。
「最近景気はどうだい?」
「ぼちぼちだねえ。ちょっと羽振りの良い冒険者連中が少なくなったかねえ」
魔法使いが消えている事で、経済にも影響が出ているのか。
《確実におかしいな》
《左様でございますね》
《魔法使いばかりを狙ってるんだってさ。殺されてるのかな?》
《もしくは誘拐されているかもしれません》
《誘拐? 銀等級だぞ? そう簡単にやれるかな?》
《それ以上の手練れの仕業かもしれません》
《手練れか…。だが人知れず連れて行くなんて、相当の力量差が無いと出来ないぞ。しかもまとめて二人とか消えてるらしいし》
《危険かもしれません》
《ああ》
俺が念話で話しているうちに、魔法使いのお姉さん二人が会計を始めた。どうやら飲み終わって帰るところらしい。
「また来るわ」
「美味しかった」
「ああ、また来てくれよ!」
そこで俺もすぐに店員に会計を頼んだ。エール三杯なので大したことは無く、とりあえず銀貨を数枚置いて店を出る。
「次はもうちょっとゆっくりしていってくれよ!」
「そうさせてもらう」
俺達は飲み屋を出た。もう数軒の飲み屋の灯りが消えており、どうやら店じまいしたらしい。暗い路地裏の先を歩いて行く二人の魔法使いを追いかけた。
そして俺達が路地裏を曲がった時だった。
俺達の目の先で、暗い路地にパアッ! と光が灯る。
「転移魔法陣だ!!」
「そのようです!」
「ラウル様! お下がりください!」
すると一瞬にして二人の魔法使いの女が消えてしまった。俺達は危険性を考慮して鏡面薬を用意し、そのあたりに降りかけるが、もう転移魔法陣の跡はどこにも無かった。
「消えた…」
「すぐに立ち去りましょう」
俺達はすぐに屋根の上に飛び乗って路地の方を見るが、やはり魔法使いはどこにもいなかった。
「転移魔法陣か…使えるやつがいるって事かな?」
「ご主人様。東で見た魔導士でしょうか?」
「いや。奴は魔法陣を使わずに転移していた」
「では…いったい」
「町中を検証しよう」
「「は!」」
「鏡面薬をそれほど持ってきていないから、路地裏を重点的に探すんだ」
「「は!」」
そして俺達は鏡面薬を取り出し、屋根の上から路地に向けて薬を降りまき始めるのだった。