第889話 冒険者の情報
俺達は、森で知り合った冒険者達と共に南の村へ到着した。俺とアナミスの画策で、冒険者達は俺達の事を新しい仲間だと思いこんでいる。この冒険者らは、新人二人を含む七人パーティーで銀等級との事だ。当然、村人にも俺達の事を新しいパーティーメンバーだと伝えている。
新人をのぞいたパーティーメンバーが、スカルウォーリアー討伐の証拠をギルドに持って行った。
この村はモエニタ王都からだいぶ南に位置しており、ここから更に南に進むと南端には港町があるのだそうだ。その為か村と言うにはかなり大きめで、かなり活気があるように思える。俺達は新人二人と共に居酒屋へ入った。店は歴史がありそうな古い建物だが、店内は広く大勢の人達でにぎわっている。
席に座ったのは新人冒険者の二人に、俺とシャーミリアとアナミス、そしてその隣には空っぽのヴァルキリーが座っている。俺が窓の外の人通りを確認していると、シャーミリアが念話を繋げて来る。
《ご主人様。商人を捕らえてまいりますか?》
《まあまてシャーミリア。ここの食事事情を確認したい》
《は!》
俺は目の前に座る二人の新人冒険者に尋ねる。
「君らはいつ冒険者になったんだ?」
「一週間前かな」
俺達から催眠にかけられているとは思っておらず、普段に受けごたえは出来ている。そして俺は、この子達の名前を知らない。仲間なら知っておかないと不自然だろう。
「えっと仲間なんだし名前を教えてもらっていい?」
「フレイ」
「サット」
「俺はラウ、そしてこっちがシャミコでこっちがアナ」
「うん」
「ああ」
彼らは仲間なので当然知っていると思っている。だから特に挨拶などをするわけでもなかった。そこに店員がやって来る。
「おや、フレイにサットじゃないかい。あんたら冒険者になったんだって?」
「そうよ」
「危ない仕事なんだから気を付けなさいよ。こちらが新しいお仲間だね?」
「どうも」
「ゆっくりしていっておくれ。飲み物はなんにするね?」
「エールで」
「俺も!」
二人が同じものを頼んだので、俺も店員に言う。
「人数分同じものを」
「あいよ! つまみは?」
俺はフレイとサットに適当に頼むように言う。すると店員がオーダーを聞いて店の奥に引っ込んで言った。とりあえず俺がフレイに話しかけようとすると、唐突に隣の席から声がかかる。隣では四人組の男が飲み食いしていたようだが、そのうちの一人が興味津々に声をかけて来た。
「今の話からすると、あんたら新人冒険者かい?」
とりあえず俺が答える。
「そうだ」
「こっちの立派な鎧を着た人は、新人ではないんだろう?」
ヴァルキリーには中身が入っていない。自動で動く俺の分体だよ。と思いつつ答える。
「そうだね」
「最近は冒険者不足だからねえ。魔獣も討伐してもらわにゃならんし、町の雑事や薬草取りも追いついてないらしい。ギルドじゃどんどん募集をかけているらしいが、新人ばかりで死者も増えてるって話だ」
とても興味深い話だ。俺が聞き返す。
「なぜ冒険者が不足しているんだ?」
「なんだい? あんたも冒険者不足でなったんじゃないのかい?」
「俺は誘われたんだ。そしてこちらの二人も」
俺がシャーミリアとアナミスを指す。
「へえ…」
すると席に座っている四人の男が、シャーミリアとアナミスをジッと見つめる。まあこの世の者とは思えない絶世の美女なので、男の目が釘付けになるのは致し方のない事だ。だが俺は念の為、二人に釘をさしておく。
《二人とも、彼らに危害を加えるなよ。騒ぎになるのはダメだ》
《は! もちろんです》
《かしこまっております》
たぶん男達の目的はシャーミリア達と一緒に飲む事だ。だがそんな事をしたら、今宵彼らの命の保証は出来ない。それに俺達は、すぐに取り掛からなければならない仕事がある。
「あんたらはこの村の人?」
「そうだ。どうだい? この村は活気があっていいだろう?」
「そうだね。ずいぶん賑わっているようだ」
「港町が近いからね」
「ちょっと聞きたいんだが、港があるという事は船があるのかい?」
「そうだよ。もちろん湾外に出る船は無いがね」
「湾?」
「陸地で囲われている海があってね、大きな魔獣が入り込まないんだ。時折迷い込んでも、冒険者達が何とかしているしね。そのおかげで海産物が豊富に取れるのさ」
なるほどなるほど。外洋に出れるのは魔人国の船くらいだと思っていたが、どうやらモエニタの南には地中海のような海があるらしい。
「なるほど」
「おまたせ!」
するとエールと共に食べ物が運ばれて来た。噂にたがわず海産物系の料理が並び、魚やエビがふんだんに使われているようだ。ごゆっくりという店員の言葉に俺は礼をして、再び話を始める。
「で、なぜ冒険者が不足しているのかな?」
「噂でしかないんだがね。力のある冒険者が消えているようなんだよ」
「消えてる?」
「他の地に移ったとも言われているけどね、突然消える冒険者が増えてるんだとさ」
「突然消える…」
「そう。まあ、冒険者稼業なんてのは、美味しい話があればすぐ流れるだろうし不思議ではないんだろうけど。それ以上はよくわからん」
するとその隣の男が言った。
「おい。冒険者を前にそんなことを言うなよ」
だが俺は首を横に振って男に言った。
「本当の事だ。冒険者は金次第だよ」
「ほらな」
男達は更に身を乗り出してくる。
「ところでそっちのお二人は随分な別嬪さんだな」
いやいや。そんな事言ったら、冒険者より先にあんたらが消えるぞ。
もちろんシャーミリアとアナミスはガン無視だ。俺が手を出してはならないと言った以上、こいつらと話をする意味が無い。だがこの人らも悪い人じゃないと思うので、殺さないでくれる事を祈る。
「悪いね。彼女らは人見知りでね。あまり知らない人とは話をしないんだ」
「そ、そうかい。一緒に酒でもと思ったんだけどねえ」
男達は諦めきれないように、二人に視線を送り続けている。だが二人は能面のように無表情で、ただ時間が過ぎるのを待っているようだ。
どうしよう…
そこで俺は思いついた。
「この鎧の剣士は物凄く強いんだけどね。彼女らはこの剣士の女なんだよ、彼も無口だけど怒りだす前にやめておいた方が良い」
「あ、いや。別に冒険者と喧嘩をしたいわけじゃないんだ。すまんすまん」
そう言って男らは、慌てて自分の席に戻る。
なるほど。なぜか冒険者が消えているらしい。もしかしたら俺達が、モエニタ王都を攻撃している事と関係してるんだろうか? 敵が不足した兵士を集めているとも考えられるが、それならそれを利用する事が出来そうかも。しかし消え方が突然すぎると冒険者達も言っていたし、兵士になると決めたにしても突然いなくならないよな。それも含めて調査したほうが良さそうだ。
俺がふと外に目をやると、仲間達が街道を歩いているのが見えた。
「戻って来たようだぞ」
「あっ!」
そう言ってサットが外に呼びに行った。冒険者仲間達が居酒屋に入ってくると、俺達のもとにやってきて言う。
「お待たせ! スカルウォーリアーの素材が高値で引き取られたぞ! 今日は盛大にやろうぜ!」
リーダーが言う。すると店員がやってきて、二階の広い席に移るように気を聞かせてくれた。俺達が席を立つと、隣の四人組が名残惜しそうにシャーミリアとアナミスを見つめている。だが彼女らは、虫けらなど全く眼中にないとばかりに見向きもしなかった。ヴァルキリーがガシャリと立ち上がると、男らはシーンとする。そして俺達は店員に言われて二階に移ると、そこに客はおらず店員が料理を持って来てくれた。
「さあ。あんたら! ずいぶん景気の良い話が聞こえて来たじゃないか! 盛大にやっておくれよ!」
「もちろんだ! どんどん酒を持って来てくれ!」
「あいよ!」
どうやらスカルウォーリアーの素材は高いらしい。だとすると今ごろ、死神ダンジョンは素材持ち出し放題の楽園になっているかもしれない。俺達は大きな魔石だけを集中して持って来たので、素材はあちこちに転がったままだ。
もったいなっ!
《どうされました?》
《いや。いいんだ》
また新たに料理が運び込まれて来たので、とりあえず俺は集中して料理を食う事にした。俺の目に入ったのは、バカでかい赤々としたエビだ。絶対に上手いに決まっている!
「うま!」
「だろ! 食え食え!」
こいつらはとても気のいい冒険者だった。魂核を書き換えてはいないので、催眠はすぐに解く事が出来る。とりあえず飯を食う間は適当に合わせつつすごした。
皆が食い浴びるように酒を飲み、がつがつと食った。大量に飲んでいるうちに皆がべろべろの泥酔状態になって来たので、それを見た俺はアナミスに伝える。
《じゃ、そろそろ行こうかな。彼らの催眠を解いて眠らせよう、俺達の記憶だけすっかり消してな》
《はい》
「アナちゃーん」
リーダーの剣士、サンがアナミスの肩に手を回そうかという時。アナミスから赤紫の靄が出て、瞬間的に全員を眠らせてしまう。更に俺達に関する記憶を消し、俺はヴァルキリーを着て準備した。
「ラウル様。終わりました」
「よし、行くか」
「「は!」」
俺達はその部屋の窓を開けて、そこから外に踊りでる。屋根に登ると丸い月が煌々と村を照らしていた。繁華街はまだ騒がしく、あちこちから談笑する声が聞こえて来る。活気があっていい街だが、冒険者が突然消えるという不穏な空気が流れている。
「適当な商人を見つける前に、調べたい事がある」
「冒険者が消える事についてでございますね」
「そうだシャーミリア。恐らく裏には何かカラクリがあるはずだ。ここにきて有益な情報が入るかもしれん。まずは消える冒険者について調べよう」
「「はっ!」」
「まずは拠点を探すぞ」
そう言って俺達は街の暗がりに消える。出来るだけ人知ぬところに隠れ家を探す必要があったので、治安の悪そうなスラムの奥へと進んだ。その奥に古ぼけた汚い宿を見つける。
「ここ、空いてるかな?」
俺が言うとアナミスがクスリと笑って言う。
「心配の必要は、ございませんわ」
すぐその汚い宿に入ると、すぐさまアナミスが赤紫の煙を発生させた。あっという間に宿内に周り、宿屋の受付もトロンとした眼差しになる。エントランスは薄暗く、めちゃくちゃ物騒な感じがするが、ここなら隠れ家にうってつけだった。
「宿を借りたい」
俺が言うと目をトロンとさせた受付が言う。
「はい。もちろん空いております」
「ご主人はいるかい」
「はいー」
奥から主人がやって来る。物凄く人相が悪そうだが、完全に催眠にかかっていた。
「これはこれは」
「これから数日泊まらせてもらうよ。部屋は絶対に開けないように」
「かしこまりましたー」
すぐに階段を上り、二階の奥の部屋に入ると俺はヴァルキリーを脱いだ。
「まずは、深夜まで待とう」
「ではラウル様。それまでゆっくりお休みください」
「ん? そんな長くは…」
次の瞬間、俺の意識は途絶える。
油断した…。
俺はぐっすり眠るのだった。