第886話 モエニタ王城の魔導士
モエニタ王都のはるか上空を、RQ-4 グローバルホーク偵察用ドローン二機が飛翔している。モエニタ王都の周囲をぐるりと周りながら、火神が何処にいるのかを探しているのだ。その映像から分かる事は、王城付近の住宅街が俺の爆撃のよって完全に壊滅している事。そして住民たちは避難しているのか、中心部分に人の気配は無かった。
だが俺達があれほど重点的に爆撃したにも関わらず、王城がそれほど倒壊していないように見える。王城に兵士の出入りは無く無人のようにも見えるが、遠距離からでは分からない。もう一つ分かった事は、一般市民の生活が普通に続いている事だ。特に避難する事も無く、王都のあちこちにある市場は活気に満ちていた。
その情報を見て、俺達はどうすべきかの会議をしていた。
エミルが言う。
「なんか周辺が壊滅的なだけで、王城にはそれほど被害が出ていないな」
それにオージェも付け加える。
「ラウルよ。市民は王都に居続けているようだ。まあ首都を出てどこで生きていくって話ではあるが」
「だな。むしろ市民が避難していてくれた方が攻めやすかったんだが、そうもいかないようだ」
グレースが言う。
「王城は全くの無人なんですかね? しばらく見ていますが、全く動きがあるように見えない」
だがそれにはブリッツが答えた。
「無人ではないだろうね。無人なら守る必要がないし、爆撃を受けても王城があれだけ無傷な意味が分からない。誰かがいるから城を護るんじゃないか? もしくはあの城に守りたいものがあるとか」
「守りたいものがあるとして、どうやって守ってんだ? かなり重点的にやったんだぞ」
それを聞いていたマリアが言う。
「あの、よろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「魔人軍の前線基地は、複数の魔導エンジンにより巨大な結界を発生させていますよね?」
「ああ。モーリス先生やバルムス達のおかげでね」
「魔力を増幅し永続稼働する魔導エンジンがあるから、魔王軍基地は広範囲に堅牢な結界を張れていますが、もしかするとモエニタ王城は、それと同等の結界が張られているのではないでしょうか?」
それを聞いて皆が顔を見合わせる。
「魔導エンジン無しで結界を張っているとすると、相当な数の魔導士がいる可能性があるという事か? それこそファートリア神聖国並みの人数が」
「はい」
だがそれをブリッツが否定した。
「いや。それならば王城に人の動きがあるべきだ。まだ一日やそこらの監視だが、全く動きが無いのはおかしい」
ファートリア神聖国では、大勢の魔導士で都市に結界を張り巡らせていた。しかしRQ-4 グローバルホーク偵察用ドローンから送られてくる映像では、その魔導士の姿が何処にも見えない。王城だけが残り、周辺が丸焦げになっているのが見えてくるだけだ。
ミサイル攻撃で確かめるのもいいが、その先の作戦を綿密に立てないと一般市民に大きな被害が出てしまう。
するとブリッツが手を上げて言う。
「あの、その結界とやらを少人数で張る事は出来る?」
マリアが答える。
「難しいと思います。最小単位で言うと自分に結界を張る、少し大きければ冒険者パーティーの後方から前衛に結界を張ると言ったところです。モーリス先生のような上級魔法使いならば、もっと大きな結界を張る事は出来ると思いますが、少人数であれほどの結界を張るのは難しいかと」
「もっと大きな結界?」
「まあ張れたとしても魔力の消耗が激しすぎて、モーリス先生でも数分が限界でしょう。普通の結界は攻撃が飛んできたところだけに、ピンポイントで張るものですから」
「そうなんだ」
だがその話を聞いていて、俺がふと思う。もしかしたらそれを可能にする奴がいるのかもしれない。それならば王城に結界を張る事は出来る。もしくは俺の攻撃のタイミングを見計らって、その時だけ結界を張れば城は守れる。だが…モーリス先生以上の魔法使いとなると、そうそう居ないだろうが。
「俺の爆撃を読んで結界を張っているとか?」
ブリッツが頷いた。
「なるほどね。上空のクラスター爆弾の破裂音に合わせて、結界を張る事は可能じゃないかな? あと実行するのは夜って決めてたんでしょ? それならある程度の察しはつくだろうし」
「そうかも。上空で炸裂音がなったらすぐに結界を張れば何とかなるか」
マリアが首をひねりながら考えている。
「違うかな? マリア」
「いえ。そうかもしれません。ですが、そうだとしても、モーリス先生に匹敵する魔導士がいるという事になります」
「もしくはデモンとか?」
「ラウル様は、魔法を使えるデモンがいるとお考えですか?」
「わからん」
その時だった。ドローンを操作してモニターを監視していたエミルが言う。
「おい! 王城に動きがあったぞ!」
俺達の視線が大きなモニターに集まる、するとモエニタ王城の二階の窓に一つの人影が見えた。
「拡大してくれ」
「わかった」
エミルが、RQ-4 グローバルホーク偵察用ドローンからの映像を拡大した。
「アイツは…」
その窓から外を見ているのは、俺達がブリッツの村で遭遇したゼクスペルを連れ去って行ったロン毛のイケメンだった。そいつは何かの気配を感じたかのように、窓を開けて周囲をきょろきょろ見渡しているのだ。
エミルが言う。
「気づかれたんじゃないのか?」
「まさか? 高度を取っているし音も無いんだ。RQ-4 グローバルホーク偵察用ドローンの気配を感知するなんて…」
と俺が言いかけた時だった。皆がディスプレイを見て戦慄する。
オージェが言う。
「見ているぞ…」
「見つかってますね」
「嘘だろ。かなり高度があるし、音もしないはずだが…」
だがブリッツも肯定する。
「間違いないよ。こっちを見ている」
俺達が見ている前で、イケメンのロン毛が魔法の杖を構えた瞬間だった。ブツっとディスプレイが真っ黒になる。そしてエミルが言った。
「信号をロスト」
「嘘だろ! 撃ち落とされた?」
「信号が消えたからな。撃墜されたと考えるのが妥当だ」
俺はティラに言う。
「ティラ! もう一機を回してくれ」
「はい!」
ティラがもう一機のRQ-4 グローバルホーク偵察用ドローンを、王城の正面に持って来て監視する。だが先ほどと同じように、ロン毛のイケメンは魔法の杖をかざした。その瞬間映像が消える。
「ロスト」
エミルの言葉が響く。俺達は唖然として、真っ黒になったディスプレイを見つめている。
「どういうことだ?」
「ラウルさん。流石に前世でもグローバルホークを狙撃するなんて無理ですよ。それにどれだけの飛距離があるんですか?」
「確かに…」
ロン毛イケメンの魔法による迎撃は衝撃だった。それが可能だとするなら、マリアの狙撃能力を上回る事になる。情報が途絶えてしまった俺達は、しばし呆然として次の手を見失っていた。
「まずいな。そんな魔法があるのか?」
するとマリアが答える。
「私は聞いた事が御座いませんが、モーリス先生ならあるいは知っているかもしれません」
「先生を連れてこればよかった」
誤算だった。こんなに凄腕の魔法使いがいるとは思っていなかったのだ。
オージェが言う。
「いや。今はそれを言っても仕方がない。それよりこれからどうする?」
「相手の技が分からないうちは危険すぎる」
「まあ、確かにそうだが」
あまりの出来事に、一同がシンとしてしまう。その沈黙を破ったのがブリッツだった。
「いやいや。気を落とす必要は無いよ。むしろ、ここまでの進軍でヘリを使わず陸上を進む判断をした、ラウル君の采配が見事だったという事だ。間違いなくヘリでは撃墜されていただろうからね」
「たまたまだよ」
「『でも』だよ。その幸運の積み重ねが勝利を引き寄せるんだ。これまでもそんな事は無かったかい?」
「どうだったかな?」
俺がどう答えるか迷っていると、エミルが言う。
「ブリッツの言うとおりだ。これまでラウルの采配でどれだけ命拾いしたかわからん」
オージェも頷いた。
「その通り。時折どうして? と思う事もあったが、結局最後は辻褄があってくる。それは強運が関係していると思うぞ」
「そうですよラウルさん。何だかんだと死傷者を出さないで来たのは、ラウルさんの采配によるところが大きい。僕なんかは今回、なんでヘリで行かないのかな? 何て思ってましたけど、僕の方が浅はかだったと思わされました」
まあ確かに、結果誰も死んでいない。これがヘリでの進軍であったら、どこかで狙い撃ちされて迎撃された可能性がある。と言うよりも偵察ドローンを迎撃するなら、ヘリはもっと簡単にやるだろう。
「勘としか言いようがないんだが」
俺の言葉にブリッツが答える。
「まあ本人はそうとらえるかもね。だがその勘が当たるのは、間違いなく運がいい証拠だよ」
ブリッツに言われていると、何かやる気が出て来た。もしかするとモーリス先生やミーシャを置いて来たのにも意味があるんじゃないかと思ってしまう。
「だが音もなく飛んでいる高高度のドローンを狙撃してくるとなると、かなり常軌を逸した魔導士ということになる。あの魔導士の力を封じる対策を考えないとな」
「そうだね」
俺はようやく自分が命拾いしていたことに気が付いた。深夜に航空機を使わずに爆撃しに来ていた事で、敵に感づかれる事が無かった事だ。ヘリで来ていたら、俺はピンチに陥っていたかもしれない。しかし偵察用ドローンに気が付くとなると、接近する前に感づかれる可能性が高い。今回はそれが分かっただけ良しとするが、どうやって敵をおびき出すかが難しくなってきた。
俺がみんなに情報を伝える。
「さっき映っていたのは、俺がブリッツの村で遭遇した魔導士だ。ゼクスペルと一緒に居て、ゼクスペルを連れ去り転移魔法陣で撤退していった奴だ。奴は恐らく、転移魔法と結界と狙撃できる攻撃魔法を使う事が出来ると推測される。それにもう一つ考えられるのは、奴は接近戦が苦手かもしれん。それが証拠に、俺とシャーミリアとファントムがあれと対峙した時、攻撃魔法を行使してこなかった。また、マリアからの助言を踏まえて考えると、モーリス先生並の魔導士である可能性がある。それだけ精度の高い魔法を使えるという事だ。そしてシャーミリアが言うにはあれはデモンでも神でもない。あれはこの世界の普通の魔導士で人間だと言う事だ。ならば神と戦うよりも可能性はある。まだ火神の存在を確認できていないが、アイツを洗えば必ずたどり着くと確信する」
それを聞いたブリッツが苦笑いして言った。
「そこまで情報が集まっているんだね。ラウル君の動きは全て無駄じゃない、君は本当に面白い男だ。エミル君やオージェ君、グレース君が君といる理由が分かる気がする」
エミルとオージェとグレースが、にやりと笑っている。それにも増して、マリアや魔人達がどや顔をしているようだ。すると突然シャーミリアが言う。
「あなたは見る目がおありになる! そう! ご主人様は本当に素晴らしき御方なのです! その素晴らしさにこの短期間で気が付くとは、やはり神の継子であると言わざるをえません。そこらの人間風情とはわけが違います!」
「は、はは」
ブリッツが引きつっている。
「ごめんね。シャーミリアはとってもピュアなんだよ。そして申し訳ないが、俺の信者なんだ」
「い、いいんじゃないか? これほど頼もしい側近がいるから生き延びてこれたんだし」
「ああ」
シャーミリアがもっとドヤ顔になった。いずれにせよ、新たな敵の脅威に戦術を立て直す必要が出てきたのだった。