第882話 ブリッツの能力
水だまりに手榴弾を放り込んで魚を取って食っていると、シャーミリアが何かに反応し報告してきた。
「ご主人様。集団が近づいてきます」
それを聞いた魔人一同が、同じ方向を向いて警戒する。既に魔人達には、その気配が伝わってきているらしい。だがシャーミリアが落ち着いているようなので、俺は彼女に聞いた。
「デモンか?」
「人間でございます」
「こんなところにか?」
「いかがなさいましょう? 皆殺しに?」
「ダメダメ! んじゃあ」
こんなところに人間が来る理由は分からないが、罠の可能性もある。もしかしたらリュートの民の時のように、大量にデモンを召喚する罠かもしれない。
そこで俺はすぐに偵察ドローンを召喚した。モニターを見ながら操作し、シャーミリアが指さした方向に向けて飛ばしてやる。映像には荒野が映り出すが、先ほどとはだいぶ変わっており湿地帯が広がっていた。こんな足場の悪いところに、人間がいったい何をしに来たのか? そして俺はモニター越しにその人達を確認した。
いや、ありゃ敵じゃないな。
皆が武器を持ち戦闘態勢を整えている中、俺はそれにまったをかけた。
「まて、たぶん大丈夫だ」
ディスプレイには確かにたくさんの人が映しだされているが、彼らは水たまりに網を投げて魚を獲り始めた。どうやらこの魚を目当てに来たらしく、俺達を攻撃しに来たわけではないらしい。皆が足に丸い板のような物を履いて、湿地帯をスムーズに歩いて来る。それをみたシャーミリアが言った。
「漁ですね」
「だな」
するとブリッツがそれを見て言う。
「かなり手慣れている。あれは間違いなくこの魚を定期的に取っている人の動きだね。先ほどの大雨がやむのを待って魚を取りに来たのだろう」
「てことはブリッツ。この魚は、このあたりの特産か何かって事かな?」
「これだけ美味いんだ。間違いなくそうじゃないか?」
「あの人らは、ここまで来るかな?」
「どうかな? なかなかに足場が悪いからな、すぐには来ないだろうが、魚の獲れ高によるんじゃないか?」
「なるほど」
人は魚籠がいっぱいになると、それを持って地面を滑る木製の舟のような物に魚を上げていく。そして魚を置いて空になった魚籠をもち、再び水たまりにいって魚を取るのを繰り返していた。
「舟の形状からしても、恐らくは捕獲した魚が舟の縁を越える事は無い」
しばらくすると、ブリッツの言うように舟が魚八分目になり、それらを皆が綱で引いて行った。
「普通の船と違って、積み過ぎると動かせなくなるって事か」
「ああ。舟と言ってもそれほどしっかりした作りにはなっていない。だから一回では終わらない」
「そう?」
ブリッツの言う通り、しばらくすると魚を降ろして空にした舟をひく人々が戻って来た。そしてまたさっきと同じように魚籠に魚を入れて、いっぱいになると舟に詰む作業を繰り返す。
「何回続くかな?」
「じきに地面が乾いて舟が引けなくなるまでだろう」
ブリッツが言った途端に太陽が出て来て、あたりが蒸し暑くなってきた。水分が蒸発し始め、ドローンのカメラが曇り始める。
「もう一機飛ばそう」
俺は再びドローンを召喚して飛ばしてやった。それを見ていたブリッツが言った。
「まさか、偵察ドローンとはね。FBIにもそういった班があったけど、ラウル君は何でもありだな」
「とにかく人的被害を出したくないんだよ。安全に作戦を進めたいだけだ」
「いい判断だと思うよ」
そうこうしているうちに、ディスプレイに映る人々が舟に何度か目の魚を積み込んで再び去って行った。
「漁はこれで終わりだろうか?」
「たぶんね」
俺達の後ろからゴーグが叫ぶ。
「ラウル様! 魚が! だいぶ減った!」
「やはりね」
「どういうこと?」
「土に潜って眠るか仮死状態になるのかは知らないが、この魚は水があるうちに交尾をして卵を産むんだろう。卵も一緒に土に吸収されて、次の土砂降りを待つって事じゃないかな? もちろん水があるうちに土に潜らないと、固まって潜れなくなってしまうだろうし」
凄い。初めて見たのに、そこまで分かってしまうのはブリッツのスキルの賜物だろう。
「ということは?」
「村人はもう来ないよ。恐らく引き際を知っているだろうし、ある程度残さないと次に漁をするときに取れなくなってしまうからね」
「なるほど」
しばらく待ってもブリッツが言う通り、もう村人が戻ってくる事は無かった。
「言った通りだな」
「まあ情報が多いほど、仮説の確度も上がっていくけどね」
おみそれしました。それほど多くの情報は無かったと思うけど、やっぱりFBI捜査官の力は凄い。
次第に太陽が強くなってきて、水たまりの水位が下がって来た。
水たまりの窪みがあちこちにある為、それを避けながらジグザグに進む。しばらくして再び濁流の川にぶつかった。俺達は最初の川と同じように車両を破壊し、飛べる奴らが飛べない人らを抱えて次々に渡って行く。そして俺が言う。
「もう96式装輪装甲車も飽きたし、違うの出そっと」
「飽きたから? 違うの出す?」
「そ、飽きたから」
そう言って俺は、M1126 ストライカー装甲車を二台召喚した。それを見たブリッツが言う。
「米軍のストライカーじゃないか!」
「そうだよ」
「ラウル君は、アメリカの車両も呼び出せるって事かい?」
「アメリカだけじゃない」
「ははは…」
川のこちら側は岩場になっていて、今までの湿地帯とは違っていた。M1126 ストライカー装甲車に乗り込み進んでいくと、再びガタガタと車両が揺れ始める。
運転しているマリアが言った。
「ラウル様! 前方に山です」
俺も運転席に身を乗り出して先を見た。
「森が広がっているみたいだな」
山の麓あたりから木々が生え始め、山の上に向かって森が続いていた。そして俺は再び指示を出す。
「森の入り口で車両を捨てて徒歩で登るぞ」
俺が言うと魔人達が返事をした。
「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」
「皆が降りたらファントムが車両を破壊しろ」
《ハイ》
するとブリッツが慌てて言う。
「ちょっ! ちょっ! ちょっ! 数時間前に出したばかりだよね? もう壊すのかい?」
「ここまでの道のりで分かったと思うけど、兵器は状況次第で放棄するんだ」
「そんなにふんだんに兵器を使って、魔力は問題ないのかい?」
どう答えよう? いきなりネタバラシもやばいよな? こちらの大陸にも大量に魔人を連れてきているから、魔力の枯渇はないんだよな。あと、ブリッツを疑うわけではないが、あまり情報をべらべら話すのは得策じゃない。
「まあ今のところはね。そのうちきれるかもしれないけど」
「そんな強力な兵器を召喚しても、苦戦を強いられるような敵がいるのかい!?」
それがいるんだよね。だんだんわかって来た? それだけ物凄いのを相手にしているって事を。
「そうだね」
「……」
ブリッツが黙ってしまったので、俺が聞いた。
「ついてきて失敗した? もしかしたらそれほどじゃないと思っていたとか」
「いや、失敗したとは思っていないさ。自分が神を継ぐのが定めだと言うなら、是が非でもいかなければならないだろうしね。改めて敵の脅威を認識した感じかな」
「まあいざとなったら、ウチの配下が守る」
「期待しているよ」
俺達はストライカー装甲車を廃棄して森に侵入した。このあたりは北大陸の森とはまた違っており、ヤシの木のような葉も生えている。恐らく俺達の知らない野獣も住んでいるのだろう。
するとブリッツが聞いて来た。
「森の魔獣は危なくないのかい?」
ブリッツの言葉を聞き、俺はオージェを見上げて言う。
「ここに恐ろしい龍がいるからね、恐らく中途半端な魔獣に遭遇する事は無い」
ブリッツがオージェを見上げると、人懐っこい笑いを浮かべて親指を突き立てた。ブリッツがオージェに言う。
「自衛隊ってのは凄いんだな。オージェ」
いや、確かにオージェは前世で自衛隊のレンジャー持ちだけど、魔獣が寄ってこないのは他の理由なんだが。
オージェが笑って言う。
「ブリッツ。俺も皆に混ざっての戦闘は久々なんだ。せいぜい足を引っ張らないようにするさ。それにしてもブリッツよ、コイツの力を見て度肝をぬかれただろ?」
「ああ、敵に回して良い奴じゃないってのはよーくわかったよ」
「だろ? 俺もつくづく友達で良かったと思うよ」
「馬鹿。オージェ、そりゃ俺の台詞だ」
そう言うとグレースが笑って言う。
「二人とも、お互い様ですよ」
俺達は笑いながらも、急斜面の森を徒歩で登っていくのだった。だが斜面が急になるにつれて、マリアやブリッツ、ケイナやグレースが遅れて来た。魔人の速度について来れないらしい。
「全隊止まれ!」
皆が足を止める。
「ゴーグ! 来い!」
「はい!」
たたたっ! とゴーグが俺の所にやって来た。そして俺はゴーグに命じる。
「ゴーグ! オオカミ形態になり人らを運んでくれ」
「はーい!」
ズズズっ! とゴーグが少しずつ変身を開始した。あっという間に大型のオオカミになったのを見て、ブリッツが尻餅をついた。
「ひっ! ひい!」
「あー。ごめんごめん、驚いた?」
「ワーウルフ! ななな!なんで?」
「ああ。これが彼のスキルだからね。変身が出来るんだ」
「変身?」
「彼はライカンと言う種族だから」
「す、すごい」
ゴーグがぺたりと地面にふせをすると、マリアとグレースとケイナが乗った。
「さあ、ブリッツも」
「わ、わかった」
ブリッツがオオカミ形態のゴーグの側に行くと、マリアがブリッツの手を引いて座らせる。四人乗っても余裕なくらいデカい、しばらく見ないうちにもっと成長してしまったようだ。
ま、出会った時は三歳だったし、そりゃ伸び盛りだもんな。
歩みの遅い人らをゴーグに乗せたことで、森の急斜面もスピードを落とす事なく登る事が出来た。あっという間に山頂付近に到達すると、背の低い高山植物しかなくなり見晴らしがよくなる。
「よし! このあたりで休憩だ! みな! 荷物を降ろして休め!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
それぞれが荷物を降ろして、周りを警戒するような陣形をとる。それを見ていたブリッツが感心したように言う。
「凄いな。特殊部隊も真っ青な動きだ」
まあ、俺の系譜に連なっているからね。指示を出さなくても、俺が思うように皆が勝手に動いてくれるんだけどね。
「皆とても優秀で助かっているよ。ブリッツはゆっくりしてくれ」
流石にブリッツは疲れたようで、ぺたんと腰を下ろしてため息をつく。
そこで俺は、ポンと陸上自衛隊の戦闘糧食を召喚してブリッツに渡した。
「なに! レーションまで召喚できるのかい?」
「そうだ。もちろん、ちゃんと食えるよ」
「ありがたいが…食べて大丈夫なのか?」
「きちんと栄養になるようだ。問題なく消化も出来る」
「レーションか…、軍の訓練に参加した時食わされたよ」
「米軍の?」
「そう。あまりうまいとは言えなかったが」
「これは自衛隊のレーションだよ。また違うと思うから食べてみて」
「わかった」
そばにオージェも座って、先に火をつけて温め始める。ご飯の缶詰を開けてスプーンで口に入れた。
「美味いぞ」
「ああ」
ブリッツが炊き込みご飯を口に入れると、目を見開いて言った。
「デーリッシュ!」
「どういう意味?」
「ああ、スラングでめっちゃ美味いって事さ」
「そうなんだ」
「自衛隊ってのはいろいろすごいな」
どうやらブリッツは自衛隊の戦闘糧食を気に入ってくれたようだ。そして俺の傍らには、ちょこんとゴーグが座っておねだりをしている。
「ゴーグ! 人を運んで頑張ったな! いっぱい食え!」
そう言って、ドバっとカンズメを召喚してぶちまけた。
「わーい!」
そう言ってゴーグは、次から次へとカンズメをたいらげていくのだった。
昼間にあれほど魚を食ったと言うのに、成長期はやはり燃費が悪い。だがそれに負けず劣らずオージェも食った。こいつも成長期なんだろうか? 龍族の食欲はとてつもない。
俺も火をつけて缶詰を温め始めるのだった。