第881話 FBI捜査官の死亡原因
人目につかないように、あえて街道沿いを進むのをやめたが、全く整備されていない荒野では進みが遅かった。あちこちに岩が転がり草木が生えていて、それが強風にあおられてなびいている。
荒野のあちこちには切り立った岩で出来たような丘陵があり、どことなく前世アメリカのグランドキャニオンやモニュメントバレーに近い風景であった。砂漠の町アラリリスの荒野のように砂は無く、地面は岩や泥が混在したような感じで96式装輪装甲車はグラグラ揺れた。
すると再び雨足が強くなってきて土砂降りになる。どんどんエスカレートして、視界は数メートル先までしか見えなくなった。そこで俺は一度行進を止める事にする。
車列が荒野のど真ん中で止まり、横殴りの雨と強風にさらされていた。
「凄い雨だな」
俺が言うと、それにグレースが答える。
「一旦どこか避難できそうな所は無いですかね?」
とはいえ、既に避難できそうな場所を探せるような視界は無い。
「まさか、こんなところでレインニードルなんか出ないよな」
レインニードルとはナイフのように尖った魚の魔獣だ。山脈地帯で土砂降りになると時おり出て来て、空中を飛び回りその鋭利な頭で突撃してくる。ヘリコプターの装甲をも貫く魔獣なので、迎撃態勢を取らなければ装甲車とは言えズタズタになるかもしれない。
俺達の会話を聞いたギレザムが言う。
「では、我々が外で警備をいたしましょう。ラウル様達は中にいてください」
「わかった。気を付けろよ、銃を濡らさないような装備を召喚する」
そして俺はそこにアメリカネイビーシールズのレインポンチョを数枚召喚した。さらにポンチョにすっぽり隠れるように、ウージーサブマシンガンを召喚して装備させる。
「ギレザムとガザムとゴーグは後方の車両を守れ。シャーミリアとマキーナとラーズはこの車の護衛をしろ」
「「「「「「は!」」」」」」
ギレザムが後部ハッチを開けると、強く雨が吹き込んで来る。足早に六人が外に出てハッチをしめると、車体を叩きつける雨音だけが鳴り響いた。そこでブリッツが言った。
「こんな暴風の中に部下を出すのか?」
「ん? 問題ないぞ」
「知らない土地で何があるか分からんのじゃないか?」
「彼ら魔人にとってはそよ風みたいなもんだ」
これはむしろブリッツやマリア、ケイナとグレースを守るために出たようなもんだ。ここに居るのが魔人だけならば、別に護衛する必要など無いかもしれない。だが知らない土地なので何が起きるか分からないのも確かで、念のため魔人には周囲を警戒させることにした。
しばらくは何も起きずに、豪雨もなかなか収まらなかった。警備の為に出た魔人達からは何の音沙汰もないので、何もすることがない俺はブリッツに能力の事を聞いてみる。
「プロファイリングってどんな感じ?」
「ああ。まあ分かりやすく言えば、犯行現場の状況を見てどんな手段でやったかや、被害者のデーターを呼んで過去の統計や心理学なんかも使って、犯人像を特定していく作業さ」
「それがこっちの世界でも役立った?」
「それがもっと感覚的に研ぎ澄まされた感じになってね、その人が嘘を言っているかどうかなんかも分かるようになった」
「えっ? じゃあ俺達の事も分かる?」
「それが、ラウル君とエミル君、グレース君とオージェ君に関しては全く見えない」
なるほど。どうやら神は神の事を見透かす事は出来ないらしい。まあ別に嘘はついたりしていないので、問題になるような事も無いけど。
「そうなんだ」
「だけど、君らが悪い人じゃないって事くらいは分かった」
「なるほどね。それはそれで良かったよ」
すると俺の隣りにいたグレースがブリッツに聞く。
「変な事を聞いてもいいですかね?」
「なに?」
「前世ではどうやって死んだんです?」
するとブリッツが沈黙して考えるような仕草をする。それを見たグレースが言った。
「あの、答えたくない時は答えなくていいです」
「そう言う訳じゃないんだ」
「でも嫌なら言わなくていいですよ」
するとブリッツが首を振りながら言った。
「殺されたんだよ」
「殺されたんですか!」
「ああ。まあFBI捜査官だから危険はつきものだったけどね、あるシリアルキラーの捜査中にやられた」
俺達は身を乗り出す。
「「シリアルキラー!」」
「そうだ」
テンプレ! FBI捜査官と言ったら難事件の捜査だよな!
「それで?」
「僕はある殺人鬼を追っていた。それがなかなか捕まらなくてね、捜査の過程でそいつの家と想定される場所を特定したんだよ。俺は相棒と一緒にその家に潜入したんだ」
「うんうん」
俺達が興味津々に聞いていると、ブリッツが身を乗り出して面白そうに話し始める。
「その家はペンシルバニアの片田舎にあったんだ。森の中に薄気味悪い家が、ポツンと建っていた。隣接した家は無くてね、まさに犯人が潜むとしたら好都合な家だったよ。俺と相方がその家に潜入してみると、そこには色あせた家具が並んでいた。雑然と散らかっていて、カウンターの上には埃が詰みあがっていたんだ」
ゴクリ!
俺とグレースが息をのむ。すると更にブリッツが顔を寄せて来たので、俺達は物語に引き込まれるように耳を傾けた。
「これはって、僕の勘が騒いだ。ここは間違い無く何かあると思ったんだ。俺は相棒と一緒に奥へと進んだ。すると窓を木で塞がれた暗い部屋がいくつもあって、俺達はそのドアの一つ一つを開けて行ったんだ。だけど、どこにも人はいなかった」
ブリッツの顔が緊張しているように見える。もしかしたら当時の記憶がよみがえって、神経が高ぶっているのかもしれない。
俺とグレースもドキドキしながら聞いていた。
「銃を構えつつ探すけど、誰もいないのかと思っていた。だが気を抜くと危険だと思い、僕は全神経を集中させて奥に進んだんだ」
「そ、それで」
「すると不自然な場所に地下に続く階段が見えた。だが暗くてよく見えない、だから俺は電気をつけて叫んだんだ。FBIだ! 大人しく出て来い! ってね」
俺は手に汗をかいて来た。聞いてるだけですっごく怖え。
「だが返事が無くて、僕と相棒が静かに階段を下りきった時に、唐突に電気が消えて真っ暗闇になった。恐らく誰かがブレーカーを落としたんだと思う。僕らの視界が真っ暗になった時、奥で誰かが蠢く音がしたんだ。俺と相棒が急いで奥に走った」
「捕まえた?」
「いや…。そこまでだった。暗闇に銃声してストロボのように光が瞬き、無我夢中で銃声のした方に銃をぶっ放した。そして突然胸に衝撃が走ったんだよ、僕は撃たれた事を相棒に伝えたがそこで記憶は終わったんだ」
シーンとしてしまう。臨場感のあるFBI捜査官の最後に息を飲んでしまった。そしてグレースが言う。
「そしてこの世界に来たと?」
「そう。物心ついたころにはベニーの所に居た」
「と言う事は、そのシリアルキラーにやられたのかい?」
「そうだろうな。悔しいが捕まえる事は出来なかったようだ」
「残念だな」
「ああ。そいつの呼び名はイベントマーダーと言うんだ」
「イベントマーダー?」
なんか変わった名前だけど、いったいどういう事だろう?
「祭りごとやゲームなんかで、事故を装い人を殺して回るやつさ。最初は事故だと思っていても、そいつが出没する先々で事故で人が死ぬから分かったんだよ」
「ゲーム?」
「ああ。アメリカでも結構盛んでね、そいつはサバイバルゲームなんかに出没していたんだ」
俺とグレースが絶句する。そして俺はブリッツに言った。
「あの。俺はアメリカのサバイバルゲーム中に、本物の銃で撃たれて死んだんだよ」
「なんだって!?」
「本当だよ」
「それがイベントマーダーのやり口だ…」
「じゃあ俺が殺されたのはそいつの可能性が高いのかな?」
「詳しく聞かせてくれ」
俺はブリッツに自分がサバゲに招待されて、殺されるまでの経緯を全て話した。すると黙って聞いていたブリッツが言った。
「イベントマーダーの可能性が高い」
「似てるよね」
「ああ」
「もし俺を殺したのがそのイベントマーダーとやらだとすれば、俺とブリッツは同じ奴に殺されたって事?」
「だとすれば…数奇な運命だな」
もしそうだとしたら、まるで仕組まれたように俺は殺されたって事だ。もっとブリッツに話を聞きたいと思って身を乗り出した時、ガパンと後部ハッチが開いた。
「ご主人様。雨が上がりました」
「あ、ああ! わかった!」
どうやら話に夢中になりすぎて、雨が上がった事にすら気づいていなかったようだ。俺達は話を切り上げて、全員で外に出てみる。すると雲間から太陽がさしこんできており、あたりを明るく照らし始めた。だがその光景を見て俺達は絶句する。
荒野だった風景が、まるでまだら模様のように池だらけになっていたのだった。数えきれないほどの池や湖のような水たまりが、断崖絶壁の側までずっと続いている。
「凄い光景だな」
俺が言うとグレースが言う。
「幻想的ですね。でも足場が悪くて進むのが大変になりましたね」
「確かに」
ブリッツが出て来て俺達と荒野を見渡して言う。
「こんな光景は見たことがない。ビューティフル!」
俺達がしばらく感動しながら見ていると、ぼちゃん! と湖から魚が跳ねた。
「えっ? なんで魚が? さっきまで地面だっただろ?」
そこにオージェとエミルとトライトンとセイラがやって来た。そしてセイラが言う。
「恐らく土の中で眠っていたのでしょう。遠い昔にこんな光景を見たことがあります。雨で湖が出来た時にだけ活動する魚です」
するとゴーグが言った。
「ラウル様! 食いましょう!」
「そうだな。じゃあちょっと待ってろ」
M67破片手榴弾を召喚してピンを抜き、一番近くの水たまりにそれを放り投げる。
手榴弾が爆発し、ボズン! と水が跳ね上がった。少しするとプカリプカリと魚が浮かび上がってくる。それをゴーグが拾ってかぶりつこうとするが、俺はゴーグを止めた。
「ゴーグまて! 一応調べようか?」
するとシャーミリアが魚を持ち上げて臭いを嗅ぎながら言った。
「毒はございません」
「いただきまーす!」
ガブリ! むしゃむしゃ! とゴーグが火も通してない魚を頭からかじった。そこにマリアがやって来て言う。
「火おこしをいたしましょう」
「わかった」
俺は陸上自衛隊の野外炊具1号を召喚した。それを見たブリッツが面白そうに聞いて来る。
「それは?」
「日本の陸上自衛隊が使う野外炊具1号といって、被災地とかで料理が出来る車両だよ」
「ラウル君は、まるでビックリ箱だな」
「せっかくだし、魚を食ってみよう」
俺達は野外炊具に火を入れ、取れた魚を焼き始めるのだった。そして俺達はそのうまさに驚く。
「うま!」
「なんだこれ、干物か?」
「味が濃いな」
調味料も使っていないのにしっかり味が付いていた。どうやら土の中で眠っている間に、熟成してしまったらしい。たった今、目覚めたばかりの魚なのでしっかり味が溜まっているのかもしれない。俺は次々に水たまりに手榴弾を放り投げては、魚を焼いて行くのだった。




