第879話 神々と継子を会わせてみた
ゼクスペル及び謎のロン毛イケメンとの戦いから数時間後、俺達のヘリは魔人軍最前線基地に到着する。チヌークが魔人軍基地上空に近づくと、基地を覆った結界が薄っすらと輝きを放ちながら消えた。俺達のチヌークが基地に着陸すると、再び天が光り結界が貼られて基地全体を覆う。
それを見ていたグレースが言う。
「なんか凄くないですか? 近未来的ですよね!」
「確かに」
まるで未来のロボット研究所の基地のようだ。魔人軍基地はとうとうここまで来てしまった。
ブリッツとベニーが若干表情を硬くしているように見えたので、ブリッツに向かって言う。
「変わった人がいっぱいいるけど、みんな悪い人じゃないんだ。気のいい人らばかりだから、楽にしてくれ」
「ああ」
「そ、そうか」
二人は新しい場所に来て緊張しているのだろうか?
「あのラウル君。この軍用ヘリにも驚いたが、この基地は一体なんだ? 前の世界でもこんなものは見た事がない」
そっちか。どうやら魔人軍基地の異様さに気を取られて、あっけに取られていただけらしい。魔導エンジンを大量に使った事で、まるで未来の基地のようになってしまっている。
「魔人たちが凄くてね。元々そういう力は無い人達だったんだけど、俺達と一緒に居るうちにこんな物が作れるようになっちゃった」
「そうなんだね。ほら、うちのベニーを見てくれよ。目を輝かせているでしょ」
ブリッツがベニーを見て言う。
「なんだ、ブリッツ! これが落ち着いてなどいられるものか! この空を飛ぶ鉄の箱に摩天楼のような町。一体どんな技術が使われているんだ? 鍛冶師として凄く興味があるぞ!」
「わかりましたベニーさん。あとでゆっくり案内しますよ」
「本当かい! よろしく頼むのじゃ!」
チヌークの後部ハッチが開くと、そこにモーリス先生とイオナと一緒にデメールとアンジュと死神が立っていた。俺がブリッツとベニーを連れて降りると、デメールと死神が急いで近づいて来る。
「ふむふむ」
「ほうほう」
「ははーん」
「なるほど」
二人は挨拶もせずに、ブリッツの頭の先から爪の先までをじろじろ見る。
おいおい、初めての人に対して失礼だろ! まったく! 神様は人間の常識がねーな!
その気持ちを抑え、俺はにこやかに皆にブリッツを紹介した。
「えっと。東の山の麓から連れて来たブリッツとベニーさんです。そしてこちらが俺の恩師であるモーリス先生で、こっちに立っている人は俺の母親のイオナ。あとは神様と楽しい仲間達」
神様二人はまだ興味津々にブリッツをじろじろと見ているが、モーリス先生とイオナはしっかりと挨拶を返してくれた。この二人は基本常識人だから、恥ずかしい思いをしなくて済む。
「よろしくなのじゃ」
「よろしくね」
俺をじろりと睨んでアンジュが言う。
「だれが楽しい仲間達だ」
ブリッツが、にこやかに笑いながら挨拶を返す。
「どうも。いろいろありまして、一緒にくる事になりましたブリッツです。こっちが親のベニーです」
「あら。ご丁寧にどうも、私はラウルの母親でイオナ・フォレストと申します」
「よろしくおねがいします」
「よろしく」
「姓があるという事は貴族様でいらっしゃいますか?」
「ええ。北大陸の小さな領の男爵ですが」
するとブリッツが尋ねるような表情で俺に聞いて来る。
「ん? あの、ラウル君は魔王国の王子なのですよね?」
イオナに変わり、俺が説明をする。
「まあ、複雑な事情があってね。彼女は育ての親なんだ」
「なるほど。込み入った事を聞いてしまって申し訳ございません」
イオナが手を振りながら微笑んだ。
「あら。そんな気遣いご無用ですのよ。堅くならずに気楽になさって、私達は居候の身ですから」
俺達の軽い挨拶が終わると、じろじろとブリッツを見ていたデメールと死神が、めっちゃ不服そうな顔で俺を見てくるんだけど。
なんだなんだ? まったく失礼な。
「どうしました?」
「確かに次の世代の子じゃな」
どうやらブリッツは本物だったらしい。グレースとエミルもやってきて次の言葉を待つ。すると死神がつまらなそうに言った。
「間違いないですな。ま、よかったですね」
あれ?
デメールと死神は急に熱が冷めてしまったようだ。
俺が痺れを切らして聞く。
「あの、それでどっちの?」
「どっちでもないわい」
「違いますね」
うわ。ブリッツは他の神の継子と言う事か。すぐに受体が行われるのかとも期待していたが、デメールと死神は自分らの継子じゃないと分かった途端、興味を失ってしまった。
これで、一人の神が俺たち側になると思ったが、そうは問屋が卸さないって事だ。全く想定していなかったわけではないが、ゼクスペルとロン毛と戦った後だけに脱力感がハンパない。もしかしたら敵陣営がブリッツが受体すべき神を引き入れているかもしれない。だから、あんなに簡単に引き下がったのか?
ブリッツが俺に聞いて来る。
「どういうこと?」
「ここにブリッツの神がいないって事がわかった」
「そうなんだ。結構覚悟決めて来たんだけどね」
「まあ、きっとどこかにいるさ。慌てる必要もない」
するとそれを聞いていたデメールが言った。
「そなたらは知らんじゃろうが、この子の生きているうちに巡り合わねば、引継ぎがなく消滅するよ」
「まだ余裕があるさ」
俺が言うとデメールも死神も首を振った。
「人である以上は、あと七、八十年しかない。ウチらから言えば、一瞬であるよ」
「そうですねえ。一万年待って継げる期間は、次の器の寿命が尽きるまでですから」
確かに神様のすごして来た年月から考えると、八十年なんて一瞬か。俺はブリッツに言った。
「気を落とす事は無い」
だがブリッツはあっけらかんとして言う。
「うーん。僕からするとこの寿命を全うできるのなら、それで文句は無いかな。元々そんなもんだと思っていたし、神になるとか言われても実感ないし。自分に従える種族が何なのかもわからないしね」
確かにブリッツには一族の記憶がないんだもんな。そんな訳の分からない種族の為に、神を受体するなんて言われてもピンとこないかもしれない。ここには俺達の事情で連れて来られただけであって、死んだ後の世界の種族バランスなんて知ったこっちゃないか…
「まあ、ブリッツ君がそう考えるのも無理はないよね」
だがそれに言葉を挟んだのはベニーだった。
「いやいや、ブリッツよ。お前は継がねばならんのだ。そうせねば、世界に災いが起きいろんな種族に影響を及ぼすらしい。それこそ、我々人間が滅びてしまうかもしれんのじゃぞ」
「えっ? 人間が滅ぶの?」
「そう! お前の勝手でいろんな種族が死ぬやもしれんのじゃ」
「そんなの初めて聞いたよ」
「今。言った」
ブリッツが苦笑する。この事実を知ってもいまいちピンと来ていないようだ。そしてイオナが微妙な空気を変えるように言う。
「ラウル。皆さんは、お腹は減っていないの?」
「減ってるはず」
「では食事にいたしましょう。町からお給仕さん達が来ているから、そこの料理で良かったらすぐに準備できるわ」
「頼むよ」
イオナたちに連れられて行くと、兵舎の食堂が物凄くグレードアップしていた。物凄く機能的な基地の台所と言う感じで、調理室には沢山の人が働いている。俺達が入って行くと、食事をとっていた魔人達が立ち上がって俺に礼をしてきた。するとブリッツが言う。
「気を使わせたくないな」
それを聞いて俺が魔人達に言う。
「かまわず食事を続けろ」
「「「「「「は!」」」」」」
するとイオナが言う。
「別室があるわ」
「魔人たちが気にするからそこに行こう」
「ええ」
そして俺達は奥の個室に入る。そこはテーブルをソファーで囲んだ、まるでカラオケボックスのような作りになっていた。貴族のテーブルのようにかしこまった物より、この方がずっと落ち着きそうだ。
それを見たベニーがしきりにきょろきょろしている。ブリッツが俺に言った。
「なんていうか…前の世界に戻ったような気分だよ。まるで軍の施設に来たようだ」
「凄いでしょ?」
「本当にこの世界のものなのか?」
そこで俺は一つのカラクリをブリッツに教える。
「神になるとね、それに従う種族は神の意思に沿った動きをするようになるみたいなんだ。まるで俺の心をのぞいたかのようにね、前の世界の記憶が一部共有されるようなものかな」
「それじゃあ、僕らが神になったら…この世界は」
「たぶん急激に進化すると思う。まるで産業革命が起きたみたいにね」
「ふふふ」
「何か面白いかい?」
「いや。面白くてロマンティックな話だよ」
「どういうこと?」
「前の世界でも似たような事があったのかもしれないね?」
「そうかな?」
「古代遺跡の壁画を見た事あるかい? インターネットでもテレビでもいいけど」
「ある」
「古代なのに飛行機らしきものが描いてあったりUFOがあったり、パソコンらしきものが書いてあったり」
確かにそう言うのを見たことはある。都市伝説的なものだと思っていたが…
今の俺達の状況がそれに近いって事か…。
「ブリッツは面白いこと考えるね」
「FBIにいるとね、不思議な事件に巻き込まれる事もあったからね」
「不思議な事件?」
「それこそ超常現象的な」
なにそれ! 詳しく聞かせて! ぜひその話をじっくりしたい!
俺がグレースとエミルと見ると、二人もグイっと身を乗り出してくる。どうやら考える事は同じらしい。
「ブリッツ君。まずは食事を取って、基地内を案内し皆に紹介するよ。そして今日の夜は、神の歓迎会として俺とエミルとグレースとブリッツの四人で酒を飲まないか? 歓迎会だ」
「もちろんお願いするよ」
これからブリッツの神を探すにあたり、彼の趣味趣向を読み取っていく必要がある。
俺達が座るテーブルには次々に料理が運ばれ、俺達はそれを食いながらこれからの事を話した。二人はここの料理に痛く感激し、アイスクリームが出てくる頃にはかなり驚いていた。魔導エンジンが発動しているので、基地内には魔導エネルギーが巡っている。おそらくバルムスが作った冷蔵庫が動いているのだろう。
「こんな暖かい時期になぜアイスが? まさか電気が通っているのか?」
「電気じゃなく魔道具が動いているんだ。魔力を原動力として、この部屋も明るく照らされている。さっきのバリアみたいな奴は、魔法の結界なんだ」
「ミラクル! 素晴らしいよ!」
するとベニーが言う。
「何の事か分からんが、物凄い事をしているというのはよくわかった。魔道具など王家が保有するものだと聞いたことがあるが、それを一般的に使用しているのだな? 凄すぎるじゃろ」
「それが凄い事だと理解できるだけ、ベニーさんは凄いですよ」
「これでも職人の端くれだからの」
ブリッツの神が何処にいるのかは分からないが、今のところ彼は俺達と友好関係を結んでくれている。これから火神と一戦交える間、この基地にいてもらえば命の保証は出来るだろう。十神の内の七神と継子、あと残り二神の行方さえつかめれば万全の体制で挑めるはずだ。
しかし俺は、不気味に蠢くゼクスペルとロン毛のイケメンの事が気になっている。
あのロン毛の余裕。既に相手は何らかの情報を掴んでいると見た。敵は明らかに俺達の数手先を動いているだろう。しかも敵は魔法陣無しで転移していたが、あれは恐らくロン毛の能力だった。余裕だと思っていた作戦に、少しの陰りが見え始めている事に焦りを感じるのだった。




