第88話 魔人対策の罠
シャーミリアからの視界と聴覚の共有で、現場の状況はハッキリ掌握できていた。
系譜の力はとても便利だ・・
マリア達が通されたのは迎賓館のゲストルームらしい。
俺がスライムのルフラと入れ替わったことに気づかれてはいないらしい。それだけルフラの擬態が完璧だった。
「ささ、こちらへ。」
ポールが豪奢なソファーへと俺に化けたルフラを誘導する。マリア、シャーミリア、マキーナが扮するメイドとジーグ、スラガが扮した使用人がルフラの後ろに立っている。部屋にはほかにラーテウスとバウムの護衛の騎士が20名ほどと魔法使いが3名いた。
《この護衛の数は異常だな》
すると唐突に・・
「アルガルド様はずいぶんお若いようですが、おいくつなのですかな?」
いきなりファートリア神聖国のラーテウス・ノランが不躾に聞いてきた。
「ノラン卿!魔人国の皇太子に対して、ずいぶんなお言葉ではございませんかな?」
ポールがファートリアのマントを着た、ラーテウス・ノランにクギをさした。
「ほう、ポール殿。田舎領主風情が伯爵に対しそのような口利きをすることの方が、問題ではございませんかな?」
「いや・・それは・・」
俺は俺に化けたルフラの埋め込まれたイヤホンに話しかけ、それがそのままルフラの口から出る。まるで腹話術のように話し始めた。
「いや、いいですよ。ポールさん。私は12才です。ただし人間の年齢に合わせては考えられませんがね。」
「ははは、12才?・・まだ子供ではないですか!」
いきなり馬鹿にしたような話し方をするラーテウスにポールが話をはさむ。
「そんな・・!いきなりそのような話をするために、アルガルド様を迎賓館へご招待したのではありません。」
「ポール領主。あなたは魔人を恐れすぎなのではないですか?」
ラーテウス・ノランという男、最初からなめてかかっている。バルギウスの兵が1000人も消えた噂を知らんのか?
「ノラン伯爵殿、そんないきなりでは魔人さんたちもビックリしますよ。ほら相手方が皆が怖がって固まってしまっているではないですか?」
「いやいやバウム伯爵殿、バルギウスでは魔人の恐ろしい噂が広がっているそうですが、あんなものは真の話ではございませんよ。1000人もの兵士が1夜で消えるなどありはしない。」
「どうでしょうか。1000人がバルギウスに帰ってこなかったのは事実ですがね。」
バルギウス帝国のバウム・シュタインが大きな声で話をする。こちらの男も魔人相手に全く臆する事はなさそうだ。俺がシャーミリアと共有して周りの魔人達を見回すと、マリアが少し苛立っているようだったが、あとは虫を見るような目で相手を見ていた。本当に虫くらいの脅威しかないのでそうなるのも無理はないが・・
「アルガルド殿。我々ファートリア神聖国では人間以外を、人間として話すなど特例中の特例なのですよ。心して話されるがよろしい。」
《あらぁ?テンプレート的な嫌なやつ。》
ラーテウス・ノラン伯爵が俺に対してクギを刺してくるので、俺が俺に化けたルフラを通じで話す。
「いえ、それぞれの国での言い分もございますでしょうから、こちらは特別に気にすることなどもございません。そのつもりでお話させていただきますよ。」
すると隣に座っているバルギウスのバウム伯爵とやらが俺に尋ねてくる。
「それでは単刀直入にお伺いしたい。今も話にでたバルギウスの兵が1000人消えたという話、これに魔人国は関係なさっているのですか?」
「聞いたことはございますが、はて?我が魔人国がそのような恐ろしい事にかかわっていると?そのような事は私の記憶には無いように思うのですが・・なあ、どうだったかな?」
俺は後ろにいる、ジーグ執事に聞くそぶりをする。
「ええ、そのような話は聞いたことが無いように思われます。」
「ということです。」
ラーテウスは、ほらやっぱり!という顔をしてバウムを見る。しかしバウムは疑うように、俺に化けたルフラを見ている。まあルフラに表情に変化はない。
「それならよかったです。自国の兵が殺されたのなら貴国とは敵同士ですから、このように平和に会話をすることなどないですからなあ。」
「そうですね。バルギウス帝国は尋常ならざる騎士を多数抱えた強国ですからね。私たちもそうならなくてほっと胸をなでおろしておりますよ、バウム伯爵。」
《ちくちくと探りを入れながら話を続けているが、どこまで気づいているかな?グラドラム民から情報を仕入れたかもしれないしな・・油断は出来ないな。》
ラーテウスが、さも人間が魔人より上という話しかたで話をしてくる。
「正直、魔人はこの大陸では魔物と同じ扱いで討伐対象なのですよ。それを人間と対等に話が出来るだけでも感謝していただきたいものですな。」
マリアのこめかみにビキビキと音がしそうな青筋が浮かんでいるが、他の魔人はただ無表情でラーテウスを見ているだけだった。
「ノラン伯爵!それは言い過ぎというものですぞ!アルガルド様はまがりなりにも魔人の王の御子息であらせられる。謹んでいただきたい!」
ポールがキレた。こちらの誰もが静かに見ているというのに、ポールがブチブチとこめかみを切らして怒っている。
「そうです!アルガルド様は我がグラドラムへ、とても良き品をお送りくださるパートナーですぞ!そのへんの魔獣と一緒にされるなど言語道断です!」
デイブ執事もキレた。困ったな・・そんなに怒られるとこっちがキレるタイミングがないじゃないか。
「ほう。田舎者の領主と執事が、ファートリアの特使である私にそのような口利きをなさるとは、いい度胸でいらっしゃる。後は知りませんぞ。」
ラーテウスが(ひっかかった!)という感じに、ポールとデイブにしたり顔で圧力をかけた。
「ぐぬぬぬ」
ポールが真っ赤な顔で押し黙る。
「まあまあ、ちょっと待ってください。ラーテウス伯爵、我がバルギウスの兵も魔人にやられたわけではない事がいま分かった。そこまで魔人の王の御子息を愚弄する事もありますまい。」
バウムがラーテウスをなだめにかかる。後ろの騎士たちが少しだけピリピリとしだした。何かしかけようとしているのか?
《俺からも少し油を注ぎたいが・・なんて言うかな。》
「まあいいですよ。それよりも先ほどから我々はグラドラムの元国王であらせられる、ポールさんに伯爵風情が上から話しているように見えるので、ちょっと違和感がございますが・・ああ・・このような物言いしか出来ない野蛮人でございますので、お気に障りましたらご容赦ください。久しぶりにグラドラムに来たものですからあまり要領を得ないのですよ。」
場が静まり返る。そして10人ほどいる騎士たちがピリピリとしてきた。
《ん?どうするんだ?切りかかってくるのか?こちらはか弱いメイド3人と執事、使用人の小男だぞ。屈強な騎士がそろっているんだし、やれるんじゃないのか?さあさあ。》
「なるほどそうですな。アルガルド様は人間の国の事情など知らぬのでしょう。ラーテウス伯爵はファートリア神聖国の重鎮で、このような辺境に送られてイライラしておられるようですし、まずはここは事を荒立てる事の無いようにした方が得策ではないですか?」
バルギウスのバウムが場を収める方向で動く。なにか思惑でもあるんだろうか?
「ふん!ファートリア本国に帰ったらこのことは報告させていただく。まあ今日のところは我が国へのお客として扱ってやろうではないか。」
ラーテウスが話を締めくくる。
「すまんが、アルガルド様。今日のところは許していただけないだろうか?」
バウムが大人の対応で納めてくるので、俺はその先の思惑を知りたくなった。
「ええ、問題ありません。大陸での魔人の扱いを早めに知れたことの方が大きいです。私共もこころして、ことに当たるようにしないといけませんね。」
「大人の対応感謝いたします。」
バウムが場を収めて、後ろの騎士たちに合図するとピりついた騎士たちの気が収まった。
《ファーストコンタクトとしては想定以下というか、もっと荒れると思ったのだが・・きな臭いな。まあ何かあるとみて間違いないな。》
「それでは我がグラドラムの料理を準備させております。ぜひ会食会場へどうぞ。」
ポールが皆を誘導しようとする。するとバルギウスのバウムが口をはさんできた。
「それがポール殿!実は魔人の方々には都会の食べ物のほうが、珍しいのではないかと思いましてな、キッチンをお借りしてバルギウスから連れてきた料理人に作らせました。」
ポールが驚いて慌てた返答をする。
「そんなことは、き、聞いておりませんでしたが?」
「ああ、驚かせようと思って内緒にしておったのですよ。申し訳ないがキッチンを使わせていただいた。」
「そうなんですか?そうでしたらそうと先に言っていただかないと!」
「先に言ったのでは驚かせられないではないですか?」
「ま・・まあそうですが・・どのような料理を。」
「バルギウスの最高の料理人を連れてきています。ご安心いただきましたらと思います。」
《よーし。動いたな・・あんな舌戦でお茶を濁しておいて、本命はこっちだろ。》
「わかりました。それでは会食会場に行きましょう。」
改めてポールが皆を促して会場に移動する。廊下を歩いている時・・スラガが、誰にも聞こえないようにボソッと話をした。
「・・ラウル様・・あの時の匂いがします・・」
「あの時?」
「バルギウス兵に捕らえられた時の匂い。」
毒ね・・やはりそうか。ずいぶんすんなり話が進むと思った。
系譜の力で共有がかけられているシャーミリアに聞いてみる。
「シャーミリア。臭いの正体がわかるか・・」
「ご主人様。屡巌香です。私、マキーナ、ルフラ、マリアには効きませんが、ジーグとスラガには強い毒となります。」
「そうか。ジーグとスラガはいったん便所にいけ。外に出れるならそのまま出ろ」
「わかりました。伝えます。」
その話をシャーミリアと話していると、船に残ったガザムから無線に通信が入った。
「ラウル様、船の周りを敵に囲まれました。騎士が100名はいると思われます。」
「そうか・・少ないな。しかし魔法使いもいるらしいから気をつけろ!戦闘になりそうだったら俺が召喚しておいた武器を使って掃討作戦を開始しろ。操船要員の10名にはバルカンをまかせろ。」
「は!」
俺はその時、ギレザム、ティラ、タピ、ルピア、アナミス、ファントムと共に町の中に潜入していた。ギレザム、ティラ、タピ、アナミスが町の中の闇に溶け込んでいる。俺は迎賓館が見える屋根の上にいた、ファントムが俺の護衛についている。ルピアが俺の後ろにスタンバっていた。ファントム以外は全員迷彩戦闘服とENVG-B暗視スコープをつけている。
「ギレザム聞こえるか?」
「はい、ラウル様。」
「迎賓館の周りに敵兵が集まって囲んでいる。こちらからは見えているがそちらはどうだ?」
「はい、確認できております。」
「どんな騎士や魔法使いがいるか分からんから気をつけろ。」
「ラウル様、迎賓館が光り始めました。」
「こちらからも見えている。」
どうやら・・迎賓館を囲んで魔法使いたちが結界を貼り始めた。そのおかげでシャーミリアとの共有が切れた。
《光の結界だな・・シャーミリアとマキーナがヤバイ。中ではマリアとルフラしか戦えない状態か・・急ぐか》
ファントムが俺の後ろで無言で迎賓館を見ている。
《それじゃ、やりますか。》
俺は腕まくりをしてバレットM82をのぞき込む。
「俺は迎賓館に結界をはっている魔法使いを掃討する。合図したら突入してくれ。」
「了解しました。」
さてと・・暗視ゴーグル越しに見ると迎賓館を囲むように結界が張られている。早速ENVG-B暗視スコープとバレットM82にFWS-Iナイトビジョンを取り付けて、視界を連結させたバレットM82で魔法使いの頭に狙いをつけるのだった。
「さて、どれにしようかな?」