第874話 僻地の村の転生者
俺達はオージェに誘導されながら、東の山脈沿いを北上し二カ所の村を通過してきた。どちらの村でも、俺達のヘリコプターを見て気が付く人はいない。大抵が魔獣か何かと勘違いされ、俺達がヘリから降りてもただ驚くばかり。神の継子を探すつもりで出てきたが、簡単には見つかりそうになかった。
そして山脈沿いを飛べば、飛翔する魔獣が俺達のヘリを外敵だと思って近寄ってくる。そのことごとくがシャーミリアとマキーナのM240中機関銃で撃ち落とされ、ヘリが攻撃される事は一度も無かった。たった今も龍のような魔獣が、マキーナの銃撃により撃退された。
それを見ながら俺はオージェに言う。
「しかし。オージェは凄いよ」
オージェは謙遜したようにひらひらと手を振る。俺が褒めているのは、どの村に行っても村人がオージェに気さくに声をかけてくる事だ。若干人見知りの俺と違って、社交的なオージェを素直に尊敬する。そういえば最初に俺に声をかけて来たのは、オージェの前世である皆川だった。オージェのおかげで、ヘリコプターから降りても揉め事が起きる事はなかった。
「地域住民との交流はいつか返って来る。まあそれほど期待はしちゃいないが、無駄な事でもないとは思ってる」
すると窓際にいるグレースが、俺達に言って来る。
「こんな絶景、前の世界では絶対に見られませんでしたよね?」
「まったくだ」
俺も窓際に行って、グレースの隣りに座り山脈を見る。どこまでも続く山脈は途中から真っ白で、このあたりの気候とは全く違うようだ。グレースが俺に言う。
「ラウルさん。ボードとか召喚出来ないですよね」
「スノボ?」
「はい」
「残念ながら、軍事関係の物しか召喚出来ないみたいなんだ。俺の趣味がウインタースポーツなら出せてたかもな」
後ろからオージェが言う。
「グレースは多趣味だったもんな。スノボにクルーザーにITと多彩で、でもそれに飽きて俺達のサバゲチームに入ったんだっけ?」
「そうでした。すっごく刺激的でドキドキしたのを覚えてます」
「ラウルは俺達に刺激をくれるヤツだからな、この世界に来てもずっと面白いものを見せてくれる」
俺達はサバゲ時代を思い出しながら、しみじみと絶景を眺めていた。すると一緒に来たマリアが言う。
「羨ましいです。ラウル様の居た世界を知っているなんて、私も見てみたいです」
「連れていけるもんなら連れていきたいけどな」
それを聞いたオージェが、何かを思いついたような顔をしていった。
「ハイラさん達は向こうの世界からこっちへ呼ばれたんだよな?」
「だな」
「と言う事はこっちからも行けるんじゃないのかね」
「まあ、ハイラたちを元の世界に戻すために、モーリス先生がいろいろ調べてくれてるみたいだけどね。まだ全然らしいよ」
「ま、そう簡単にはいかんか」
俺達が話していると、操縦席のエミルが内線で操縦席から言って来た。
「村だ」
「了解。適当に旋回してから着陸してくれ」
「了解」
俺達の視界にも村が見えて来た。それほど大きな村ではないが、他の村よりも堅牢な市壁が作られている。都市からだいぶ遠いし、魔獣対策が必要な場所なのだろう。ヘリコプターが近寄って行くと、火をつけた矢を構えている村人がいた。
「やっぱ魔獣だと勘違いしているな」
「仕方ないさ」
俺達はチヌークヘリで飛んでいるのだが、恐らくそのデカさに驚いている事だろう。変な形のドラゴンに見えなくもないし、ローターの爆音がまた恐怖心をそそるかもしれない。
「ま、どうという事はないけど」
グレースが何かに気がついて言う。
「待ってください? なんか櫓の上で争ってますよ」
「本当だ」
俺達が見下ろす櫓の上で、矢を放とうとしている人を制している少年がいた。そいつは大人たちに押さえつけらて、村人は再び矢を構え始める。俺達はその光景を見て顔を見合わせた。
「降りよう」
「よし」
エミルが村から見える場所にチヌークヘリを着陸させると、火の矢が飛んで来た。その矢はヘリコプターに届く事は無く、空中で全てシャーミリアがつかみ取っている。
俺達は外に出て大きく手を振り、攻撃の意思がない事を伝えてみた。すると村人は矢を射るのを止めてくれたようだ。
「近寄ってみっか」
「だな」
「じゃあ、俺とオージェとマリア、セイラとシャーミリアとアナミスで行こう。攻撃の意思がない事を示すために、両手を上げて近づいてくぞ」
俺達はヘリコプターを離れて村に近づいて行く。村の門は堅く閉ざされており、高く作られた櫓から村人が声をかけて来た。
「あれに乗って来たのか?」
「ああ」
「ブリッツの言う通り、本当に乗りものだったんだ…」
俺とオージェが顔を見合わせる。ヘリコプターが乗り物だと分かっている奴がいるらしい。俺は上の村人に言った。
「人探しをしているんだ! 話が出来ないだろうか!」
すると、どうやら村人が隣に立つオージェに気が付いたようだ。
「おお! オージェさん! 戻ってきてくれたんですか!」
「ああ、出来れば門を開けてくれないか。話がしたい」
櫓にいる村人が、中の村人に向かって叫ぶ。
「オージェさんだ! 門を開けろ!」
俺達がそこで待っていると、ギーっと音が鳴って門が吊り上がっていく。俺達が中に入って行くと、再び門は降ろされて閉じる。とりあえず立っていると、村人がぞろぞろとオージェに近づいて来た。
「久しぶりだなあ! みんな!」
「オージェさんも元気そうで」
すると奥の方から脱兎のごとく走って来る少年がいた。そいつはオージェに思いっきりタックルをかますが、オージェはびくともしない。
「ブリッツ! 元気か!」
「あの! あの! ちょっと聞きたいことが!」
「どうした? ブリッツ?」
「もしかしたらですけど! ヘリコプターで飛んできませんでしたか!」
俺達は顔を見合わせる。ようやく目的の人間を見つけたようだ。オージェが少年を見て言う。
「ブリッツ。お前だったのか!」
「な、何がです?」
そしてオージェは周りの村人をきょろきょろと見渡して言う。
「ブリッツ。ここで話さない方が良さそうだな」
するとブリッツはきょろきょろと周りを見渡して、我に返ったような顔をしている。どうやら興奮しすぎて、周りも見ずに声をかけてきたようだった。
「あ、ああ。そうですね」
オージェは大きな声で村人に言った。
「ちょっとベニー爺さんに話がある」
「わかった」
それを聞いたブリッツが言う。
「オージェさんが来たって知ったら喜ぶよ! 行こう!」
ブリッツに手を引かれてオージェが村に入って行った。すると村人達もオージェに声をかける。
「用が済んだら寄ってくれよ! お仲間にもご馳走するからよ!」
「そいつは嬉しい。よろしく頼む」
「ああ!」
そうして村人はぞろぞろと散って行った。俺達はブリッツに連れられて村の奥へと進んでいく。村はそれほど大きくはないようだが、建物は良く手入れされており活気もある。オージェが通るのを見て、建物の中から出て来て挨拶をしてくれる人らがいた。オージェも手を振りながら歩いて行く。
「まあ良くしておくと、良くしてもらえるってこったな」
「そのようだ」
村の反対側の市壁の手前に小さな建物があり、その屋根の煙突から煙が出ている。ブリッツが玄関から入り奥に声をかけた。
「爺ちゃん爺ちゃん! なんと珍しいお客様が来たよ!」
奥の部屋をのぞいたブリッツが振り向いて言った。
「ちょっと待って、今は手が離せないみたいだ」
「ここで待たせてもらうさ」
「待ってて!」
ブリッツが奥に引っ込んでいき、俺達はそこに立って待っていた。するとブリッツが水がめのような物を持って来てテーブルに置いた。適当にコップを並べて俺達に言う。
「座って座って!」
「すまんな」
「お姉さんたちも!」
そう言われたマリアとシャーミリアとアナミスが俺を見るので、俺は頷いて座るように促した。皆がテーブルに座ると、ブリッツが水がめからコップに水を注いでくれる。
すぐにブリッツは奥の作業部屋に入って行った。よく気が利いて偉い子だと思う。
「オージェの知り合いだったか」
「知り合いと言うか、この村を通過した時に体術を教えてやった程度だ」
「詳しい話をしなかったって事だな」
「そう言う事だ」
「もしかしたら彼も隠していたのかもしれないな」
「だな」
するとブリッツが出て来て、俺達に聞いて来る。
「腹は減ってないですか?」
「いや、今は良い。ともかくブリッツに話があるんだ」
「聞いて良いですか!」
ブリッツのテンションが滅茶苦茶高い。少し興奮気味のようで、食い気味に俺達に質問してくる。
「あの! オージェさん! ヘリコプターに乗ってきましたよね?」
「ああそうだ。ヘリコプターに乗って来た」
「やっぱり。びっくりしました! この世界にもあるんだなあ…」
うん? ブリッツは何か勘違いをしているようだ。それを聞いたオージェがブリッツに優しく聞いた。
「ブリッツ。教えて欲しい」
「なんです?」
オージェはこの世界の言葉を話すのを止め、前世の言葉に変えて挨拶をしてみる。
「こんにちは、ハロー、ボンジュール、ニイハオ。聞いた事があるか」
「えっ! うそ…」
「分かるのか?」
「なんでオージェさんがその言葉を…」
「たぶん俺もお前と同じだからだ。そしてここに居るラウルも同じ、地球から生まれ変わった」
「……」
ブリッツは思いっきり目を大きく見開き、くせ毛の髪をかき上げた。少し浅黒いその顔は、この村の他の人とは色が違う。そしてオージェが言った言葉を反芻するように繰り返した。
「地球って…地球? あの、オージェさんは転生者?」
オージェがコクリと頷く。
「こっちの…」
俺が自己紹介をする。
「ラウルだ。元日本人だよ」
「ジャパニーズ!」
「そうだ」
「信じられない。まさか転生者が他にもいたなんて」
ビンゴだった。彼はどうやら転生者だったらしい。俺はブリッツに尋ねる。
「いつ気が付いたんだい?」
「三歳か、四歳頃か…よく覚えてませんが」
「俺達と同じだ」
問題はこの子が、いずれかの神の継子かどうかと言う事だ。あまりの事にブリッツはプチパニックを起こしているようで、途端に静かになってしまった。そこに奥の部屋から老人が現れる。
「これはこれは! オージェじゃないか。ちょっと鉄を打っていたから手が離せんかった」
「ベニーさん。ひさしぶりだな」
「うむ。ところでブリッツよ、何で固まっておる?」
「い、いや…」
ベニーはじっとブリッツを見つめていたが、大きな声で言う。
「まずは一杯やろう!」
そう言ってベニーと呼ばれた爺さんが、戸棚から瓶を引きずり出し蓋を縛っている紐をほどく。柄杓でその瓶の液体を小さな瓶に移し替え、そして再び瓶を蓋してひもで縛る。小さな瓶を持って来て、俺達のテーブルに置いた。
「水など飲んでおらんと、ほれ!」
仕方ないので俺達は一気に水を飲み干す。するとベニーは俺達のコップに液体を注ぎ込んだ。
「まずは、一杯!」
俺達がそれに口をつけて一口飲んだ。
つよ! めっちゃ度数のある酒だだった。俺とマリアは一口飲んでびっくりして止めたが、オージェとセイラとアナミスはクピクピと飲んだ。シャーミリアは一切手を付けずにいる。
するとベニーが言った。
「相変わらずオージェもセイラさんも強いのう。それにも負けずにこちらのお嬢さんも飲みよる!」
だがブリッツが呆れたように言った。
「爺ちゃん! とりあえず酒を飲むか飲まないかで人を判断するのはやめようよ」
「ふ、ははは! すまん! 酒好きには悪いものはおらんと思うておるでな」
そう聞いたら飲まずにいられなかった。俺とマリアがクピクピと飲むとブリッツが言う。
「無理しなくていいですよ! 冗談ですから」
そうなんだ。そして俺とマリアがコップをテーブルに置く。嫌われないように思いっきり飲んだことで、胃の当たりがカッと熱くなった。するとベニーがオージェに言った。
「まるで彫刻のような美しい女性たちを連れて、いったいどういう風の吹き回しじゃろ?」
「あー、ちょっと人探しでな。ブリッツに用がある」
オージェの言葉にベニーの顔色が少し変わったように見えた。さっきの陽気な顔が消え深刻そうな表情で言う。
「そうか…やはりオージェが…」
何かを知っているようだ。俺達はただ静かに、ベニーが話し出すのを待つのだった。