第872話 龍神会
死神ダンジョン攻略で大量の魔石を確保し、前線基地の開発が一気に進んだ。なんとバルムスが五基の魔導エンジンを設置し、完全な結界で守られた基地が出来そうだ。死神の魔石はそれほどに出来が良いらしく、流石は長年のダンジョン運営に磨きをかけ続けただけはあるらしい。
魔石に魔力を注ぎ込みさえすれば何もしなくても結界は消えず、モーリス先生だけじゃなくキリヤと魂核を変えた冒険者の魔法使いからの協力も得られたため、魔力の供給も問題なく行われた。魔石が破壊されない限りは半永久的に動く作りになっているらしい。転移魔法陣も数か所に設置され軍事用と一般用に分けられた。
基地が完成したことにより、イオナたちやデメール達も全員基地に移住させた。元々住んでいた豪商たちに住居を返還し、再び商売を始めるように命じる。その事で俺達の行動制限が解かれ、いよいよ攻略に向けて動く事が出来た。
そして死神が基地の光景を見て感心していた。
「魔石にこういった使い方があるとはのう、ダンジョン運営にかなり役立ちそうじゃな」
「この戦いに蹴りがついたら、アグラニ迷宮にお連れしますのでお楽しみにしていてください」
「ふむ。じゃがわしの後継者が興味を示すかどうか」
「そればっかりはどうなるか分かりませんけど」
するとデメールが死神に言う。
「ほれ! 行くぞ! いつまでも魔人達の邪魔をするでない」
「じゃ、邪魔などしとらん。これから一緒にやっていこうというのじゃ、いろいろ知っておくことは大事じゃろうが」
「ふん。ダンジョンオタクのくせに」
「なにか分からんが馬鹿にされた気がするのじゃ」
いつの間にデメールはオタクと言う言葉を覚えたのだろう。まあ俺以外にもちらほらと日本人がいるから、もしかしたらエドハイラあたりが教えたのかもしれない。とりあえずデメールとアンジュが死神を連れて部屋を出て行った。
神たちが出て行ったので、俺は魔人たちの前で後ろ手に腕を組んで次の動きを告げる。
「この前線基地と各地のネットワークが結ばれ、各地から大量の魔人が送られて来る。特にゴブリンとオークはかなりの繁殖力で増えているらしく、食料を求めてここに送り込まれてくるだろう。それに合わせ周辺地域での魔獣狩りが始まるので、各地に魔獣の素材を供給できるだろう。またアリスト辺境伯のウルブス領とシュリエル伯爵のシュラスコ領の協力も得られる事になっている。敵の動きはまだないが、先行しているオージェ達の状況を確認する為に偵察に行こうと思う」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
「調査隊を発表する」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
「シャーミリア、マキーナ、ファントム、ギレザム、ガザム、ゴーグ、ルフラ、カララ、ルピア、アナミス、ティラ、マリア、そして俺の13人だ」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
「ミノス、ラーズ、スラガは日本人転移者や魔人たちと共に、オウルベアが管理している都市ルーデドルフの警護にあたれ。ナンバーズや魂核を変えた冒険者達も有効に使い、アウロラの信者たちである市民を守るように」
「「「は!」」」
「またギルドを動かしたい時は、ミーシャを連れていくと良い。いまやミスリル級冒険者パーティーの一員だからな」
そう、俺達は万雷の回廊を攻略したことで、一気に昇格しミスリル級パーティーとなってしまったのだ。ダンジョン攻略の時にミーシャは居なかったが、言わなきゃバレないのでミーシャも参加したことにした。その結果ミーシャもミスリル級冒険者となってしまった。
あとはグレースとオンジ、エミルとケイナが一緒に行く事になっている。
「気を付けて言って来るのじゃぞ」
「はい。モーリス先生、母さん達を頼みます」
「うむ、ラーズ達やカーライルもおるでな。まあこの基地が落とされる事はない」
「はい」
俺達はチヌークヘリに乗り込み基地を出発した。それから俺達が南東にある都市に着いたのは一時間半後だった。チヌークを近郊の森に隠し、俺達は徒歩で都市に来る。門に近づくが特に門番などはおらず、一般市民が出迎えてくれた。
「あんたら、旅芸人かなんかかい?」
「まあそんなところです」
「別嬪さんが多いからなあ、演劇でも見せてくれるのかい?」
「ははは、通っていいですか?」
「どうぞどうぞ」
ゆるーい感じだが、衛兵や騎士が根こそぎいなくなったみたいなのでこんなもんだろう。門をくぐるとすぐにドランが俺の前に跪く。
「お待ちしておりましたラウル様」
「お待たせドラン。いろいろあって時間がかかった」
「いえ」
「で、オージェ達は?」
「ご案内いたします」
ドランに連れられて町の中に入って行くと大きい建物が見えて来た。そこはこの町の兵隊たちがいた兵舎らしく、今は空っぽになったのでそこを寝床にしているのだとか。
「こちらです」
そして俺達が中に足を進めると、掛け声が聞こえて来た。
「「「「「「は! は! は! は!」」」」」」
俺とエミルとグレースが呆れたように顔を合わせる。
「やっちゃったんだ」
「まあ、想像はついてたがね」
「心技体とか言いそうですよね?」
「だろうねえ」
俺達が連れて来られたのは、兵士の訓練場のような場所だった。そこで俺達は面白い光景を目にしてしまう。なんとそこで体術の訓練をしている集団が道場着のような物を来て、一糸乱れぬ動きをしていたのだ。俺はドランに聞く。
「あの服どうしたの?」
「オージェ様が街の職人に頼んで作らせました」
「うっそ。でこの人達は?」
「オージェ様に教えを請いたい人らが集まっています」
「マジか」
道場着を来た集団の前にはオージェがいて、その傍らにトライトンがいる。
「セイラは?」
「あそこに」
俺達が見ると、セイラが端っこのテーブルで数人と話をしていた。
「あれ、何してんの?」
「入会の手続きをしています」
「入会?」
「龍神会の門下生の手続きですね」
「龍神会…って」
俺達が遠巻きにセイラを見ていると、入門希望者から何かにサインをもらっているようだ。入門希望者はその紙と一緒に銀貨を三枚差し出している。
「えっ? あれは何を?」
「入会手続きで、入会手数料をもらっています」
「にゅっ、入会手数料?」
「はい。あれで道着を手に入れます」
なるほど見ている前で、ヒモで縛られた道場着をセイラが入会希望者に渡している。するとセイラが俺達に気が付いてやって来た。
「ラウル様。よくぞおいでくださいました」
「いやいや。むしろなんか凄いね」
「これから入門者を連れて行くところです」
「どこに?」
「今日来たばかりで本修行には混ざれませんので、オージェ様がお考えになったカリキュラムをこなしてもらうのです」
「カリキュラム…」
するとセイラがバッと羊皮紙を広げて俺に見せて来る。
「これを一週間こなして、ついて来れる者がようやく本修行に入れるのです」
羊皮紙には腕立て三百、腹筋三百、背筋三百、スクワット三百、十キロの走り込みと書いてあった。入門用にしてみればいささか激しいような気がする。
「結構やるんだね。これを一週間?」
「はい。冒険者崩れや一般人も混ざっているのですが、やはり心技体ですから、これをクリアせねば本修行はとても耐えられません」
「なるほど。一週間クリアしたらどうなるの?」
「本修行に入ります。あとは月謝を毎月銀貨三枚もらって鍛えるのです」
「そうか。商売としてやってる訳ね」
「はい。道着も汗ですぐに汚れるので、替えを買われる会員も多いです」
「なるほど。そのトレーニングはセイラが?」
「いえいえ。黒帯が担当します」
するとセイラの後ろに道着を来た若者が二人立っていた。セイラが振り向くと若者が挨拶をする。
「オッス!」
「あら、お願いね」
「オッス!」
そう言って黒帯が入門者たちを連れて行った。俺達はあっけに取られて、ニッコリ笑うセイラを見ている。するとセイラが言った。
「あ、そろそろ時間です。修行が終わります」
するとピタッと掛け声が止まる。そしてオージェが言った。
「よし! 午前の訓練は終わり! 午後は組手の練習だ!」
「「「「「「「「オッス!」」」」」」」」
龍神会の門下生がぞろぞろと部屋を出て行った。そして俺はオージェの所に行く。
「お待たせ」
「おお! ラウル! 待ちくたびれたぞ!」
「凄いコトやってんね」
「やる事が無くてな。とりあえず一人二人に体術を教えてたら、いつの間にか数百人になってた」
「おモロい。でも彼らにメリットあんの?」
「黒帯になったら給金が払われるし、ギルドの代わりに魔獣の討伐などを受け持っているからな。ギルドは仲介手数料が高いから俺達が自発的にやってるって訳だ」
「ギルドと争いになんないか?」
「それは、ウチの黒帯に勝てればの話だろう」
そう言われて俺は基地にいるナンバーズを思い出す。そう言われてみれば、彼らは人間離れしていて魔人と一緒に作戦行動が出来るほどだ。
「なるほど」
「ここに居た騎士達が根こそぎ逃げ出しただろ? 冒険者だけでは足らなくなってな、こうして龍神会が補ってると言う訳だ。そうじゃないと魔獣が入り込んだりするからな」
「自警団みたいなもんか」
「まあ。そんなところだ」
凄い奴だ。潤沢に魔人のマンパワーが使える俺と違って、オージェはいつも現地調達でそれを解決しようとする。流石は元自衛隊のレンジャーと言ったところだろうか?
「前線基地が出来上がったからな。そろそろ動きだそうと思ってる」
「敵はまだ動かないのか?」
「陽動しているが未だに動きはない。そして、なんとまた一人神を見つけたんだ」
「敵か味方か?」
「今のところは味方だよ。ダンジョンを構築していたんだが、俺達がそこを攻略して連れて来た」
「なんだそりゃ。ダンジョン攻略なんて、俺も行きたかった」
するとエミルが言う。
「だよなあ。ラウルのやつ俺達に自慢してくるんだぜ」
「なにをだ?」
「ラウルの首元を見ろよ」
オージェが俺の首元を見るので、俺はバッジをひょいっと指でつまんで見せた。
「冒険者になっちゃった」
「マジかよ! お前いったい何やってんだよ」
「ダンジョンに潜るのに、冒険者にならないとね」
今度はグレースが言う。
「凄いんですよこれ。なんとミスリル級冒険者になったらしいです。鉄、銅、銀、金、白金の上ですよ」
「なんでそんなに出世してるんだ?」
「ダンジョンを開放したからな」
「魔人を使ってだろ? ずるくないか?」
「まあ、ルールはルールだ」
三人は妬ましい目で俺のバッジを見ていた。俺としても個人的興味でやりたくてやったので、なんと申し開きして良いのか分からない。するとオージェの目がシャーミリアとファントムにも向かう。
「えっ! シャーミリアさんも? ファントムまで? つうか、この二人が冒険者ってずる過ぎだろ」
「えっと、ミーシャもだよ」
「ミーシャちゃんが冒険者?」
「成り行きで」
「おもろいコトやってんなあ」
「いや、お前もな」
「ていうかオージェさん、ラウルさんのパーティー名も笑っちゃいますよ」
「なんだ?」
オージェが聞いて来たので俺が答える。
「サバゲチームだ」
「ぷっ! 趣味じゃねえか」
「つーか、オージェの龍神会も趣味だろ?」
「ま、違いないけどな」
この四人はそれぞれ好きな事をやっているうちにこうなった。俺はエミルに要求されたヘリは全て与えたし、グレースはミーシャとバルムスと共に研究にいそしんでいた。
「プッ」
「くっくっくっ」
「あははは」
「へへへへ」
四人が顔を合わせて笑う。
「それで、やる事は二つだ」
「なんだ?」
「助けた二人の神はまだ世代交代してないんだ。シダーシェンのうち七神が集まった訳だけど、豊穣神が言うには神々が集まらないと不利になるかもしれない」
「あと二人はどこにいるんだ?」
「もう一人は火神だからな」
「だと、雷神と破壊神が見つかっていないって事か」
「そうなる」
「この広い大陸でどうやって探す?」
「わからん。もう敵に与しているかもしれんし、だが豊穣神と死神の次世代の器は探せる。見つけ出さないと彼らは消滅するんだと」
「消滅すると、どうなる?」
「人間以外の種族が絶滅する危険性がある」
「そいつはいかんな」
「だから探すしかない」
「了解だ」
俺達が話をしていると、道着を来た門下生がぞろぞろと入って来る。どうやら昼食を終えて、あちこちで柔軟体操やフリーで組手などをしているようだった。
「トライトン!」
「なんでっしゃろ?」
「俺はラウル達と話がある。午後の修練は任せるぞ」
「わかりました。ラウル様、それではオージェ様をお願いします」
「わかった」
俺達はオージェに連れられて道場を後にするのだった。