第865話 欲望の鍵
ギルドに戻った俺達のパーティー『サバゲチーム』は、真ん中の等級をすっ飛ばして昇級する事となる。いろんな手続きがあるらしく新しいバッジはまだもらえないが、冒険者救出の功績を称えられて報奨金も貰えるらしい。あのダンジョンがアグラニ迷宮並だったら、あんなに深い階層までは潜れなかった。それだけ万雷の回廊が単調で手抜きのダンジョンだったという事だ。
俺達が拠点に帰った頃には、ギルド内の冒険者達の見る目ががらりと変わっていた。俺達をあがめるように接してくるし、白金のゼルニクスですら腰が低くなった。魂核をいじっていない人間達の信頼を勝ち得たのは非常に貴重で、皆の承認が得られなければ飛び級はなかったらしい。
で、今。
俺はヴァルキリーを着て、シャーミリアと共にモエニタ王都の上空を飛んでいた。上空と言っても地上から目視できるような距離ではなく、今日も城にめがけてクラスター弾を撃ちこんでいる。しかし王城付近に火の手が上がっただけで、特にいつもと変化はなさそうだ。ダンジョン攻略から戻ってすぐに爆撃しに飛んで来たというのに、しばらく眺めていても何の反応も無い。
こんなに毎日爆撃されて反撃しようとは思わんのだろうか? もしかしたら避難してどこかに逃げたとか? 地下に籠っているなんてことも考えられるが。
「なにも起きないようだし、帰ろ」
「は!」
俺とシャーミリアは自分達の拠点へと飛んだ。屋敷のベランダに降りるとギレザムとガザムとゴーグが出迎えてくれる。俺はヴァルキリーを脱いで皆の前に姿を晒した。
「帰ってすぐの拠点攻撃お疲れ様です」
「ああギレザム。嫌がらせはきちんとしておかないとね」
「なによりです。イオナ様がご心配されておりました」
「なにを?」
「こちらに来てからずっと動きっぱなしだと、ラウル様が疲れてはいまいかとおっしゃってます」
そう言われてみれば、俺はずっと動きっぱなしだったか。でも俺は動きたくて動いているのであって、別にせっつかれてやっているわけでもない。魔人たちは俺がやりたいようにやれって言ってくれてるし、本当にやりたいことをやっているだけだ。
「あとで声がけしておくよ」
「はい」
「みんなは?」
「魔人は哨戒行動です」
「交代で休んでる?」
「はい」
そのあたりの管理は完全にギレザムに任せていた。ギレザムは俺の忠告を守り魔人にしてはホワイトな組織を作ってくれている。だが俺はギレザムに今すぐ集まれる奴だけ呼んでもらうように言う。専務のギレザムはホワイトな組織を目指しているが、社長の俺がブラック上司なのかもしれない。
会議室で待っていると、魔人達が集まって来る。
「ラウル様!」
「ルピア、休んでいるところ悪いね」
「いえ。暇でした!」
ルピアの言葉を不敬に感じたのか、シャーミリアとギレザムが咳ばらいをするがルピアは全く気にしていない。
「暇があっていいじゃないか。戦いが始まれば休みなんか吹き飛ぶんだし、時間を持て余すくらいの余裕があってなによりだよ」
「はい! なので、エドハイラに日本語を教わってました」
「日本語?」
「はい! ラウル様のお国の言葉を覚えたくて!」
「いい心がけだ」
ルピアは天真爛漫な性格をしているが、最近は勉強などにいそしむようになってきた。特に日本人達との相性がいいらしく、エドハイラと仲良くしているようだ。
皆が集まって来たので俺は皆に魔石を見てもらう。
「これを見てくれ」
すると魔人達が声をあげる。
「ほう」
「ダンジョンでとって来たんだ。全部は持って来れなかったので、放置して来たのもある」
皆の前にドスンと鎮座してるのは、ドラゴンスケルトンから盗れた魔石だった。まあまあの大きさなので、いろんな使い道があるだろう。
ラーズが言う。
「結構な大きさがありますね」
「そうなんだよ。魔石を使って作った屍人系のモンスターがいっぱいいてね、あそこの掃除をすればもっといっぱい取れそうだなって思う」
「回収しに行くという事ですか?」
「そういうこと。しかもね、アグラニ迷宮の難易度の十分の一もないかも。言って見りゃ魔石取り放題のダンジョンだと思うね」
「面白いダンジョンですね」
俺は推測を述べる。
「多分だけど、神様の誰かがいる気がするよ」
するとスラガが驚いた表情をした。
「そうなのですか? ということは、シダーシェン(大十神)の一角が最奥にいるという事ですか?」
「たぶんそう。ザンド砂漠の虹蛇のスルベキア迷宮神殿にも似たところがあるし、作りは龍神の海底神殿にもそっくりだった。かつ魔物が発生しており、時折ダンジョン内部構造が変化するそうなんだ」
それを聞いたギレザムが言った。
「なるほど。それっぽいですね」
「ああ。恐らくシダーシェンの誰かがいると睨んでる」
「それで下まで行かずに帰って来たのですね?」
「もし神がいたら何が起きるか分からんし、みんなを連れてった方が良いと思ってね」
「賢明な判断かと思われます」
「うん。魔石がいっぱい取れれば、魔人軍基地にも有効活用できるから。みんな頼むよ」
「「「「「「は!」」」」」」
話し終たところに、マリアがお茶を持って入って来た。俺達の打ち合わせを邪魔しないようにしつつ、欲しいところで持って来てくれるあたりは一流のメイドならではだ。
「マリア。夜中にゴメンね」
「いえ。私は起きておりましたが、話声でイオナ様も目を覚まされました」
「うわ。悪いことしちゃった」
「お休み前に、お顔をお出しになってください」
「はい」
お茶を一杯飲んで、俺が魔人たちに目配せをすると皆がコクリと頷いた。俺は一人部屋を出てイオナの部屋へと向かう。
コンコン!
「どうぞ」
どうやら待っていたらしい。
「母さん。眠りを邪魔しちゃったらしいね」
「いいえ。ラウルがずっと動いているから、忙しいと思って邪魔をしないようにと思ってるわ。なかなかゆっくり時間をとれなくなったみたいで」
「まあ、やりたいことをやりたいようにやっているだけさ」
「それならいいのだけど。明日、時間があったらアウロラの話を聞いてみてね。伝えたかったのはそれだけよ」
「なにかあった?」
「なんと言うか、力が増したみたいなの」
おお! ようやく布教の効果が出て来たか! アウロラの信者を作るために、熱心に布教活動をしたおかげだ。
「それは凄い気になる」
「でしょ。デメールさんの雰囲気も変わって来たわ」
「そうなの? オウルベアが増えたからかな?」
「彼らは街に溶け込んで、力をつけてきたようよ」
「そうかそうか。ちょうど俺もデメールに聞きたいことがあったんだ」
「なら、明日は時間をとってね」
「わかった」
俺はイオナに近づいてグッとハグをした。するとイオナが言う。
「随分大きくなっちゃって、胸板なんかは父さんに負けてないわね」
「たぶんシャーミリアとの鍛錬のせいさ。彼女は尋常じゃないからね」
「彼女も大切にしてあげなさいね」
「わかってる」
最初は敵として現れたシャーミリアだったが、今は完全の俺に心酔しておりイオナはその母として崇められている。最近では俺はそれを当たり前のように思っていた。
でも…感謝の言葉を述べちゃうと、シャーミリアがおかしくなるので言わないけど。
そして俺はイオナの部屋を出る。久しぶりにイオナをハグしたが、小さく痩せたような気がしたのは俺がデカくなっていたかららしい。俺が廊下に出るとマリアが待っていた。
「ラウル様。お風呂と食事はどちらが先でしょうか?」
「遅いのに用意してくれてるの?」
「はい」
「マリアも本当にありがとうね」
「どうしました?」
「いや。俺は恵まれてるなって思う」
「ラウル様はお気になさらずいてください。未来の王となる御方なのですから、私は専属で居られる事を誇りと思っております」
「そんな畏まらないで、いつものマリアで居てよ」
「はい…なんだかラウル様がどんどん遠くに行かれるような気がします」
「そんなことはないって、俺は変わらないよ」
「では、よろしいですか?」
「ん?」
「久しぶりにお背中を流させていただきたく思います」
「んー、じゃお願いしようかな」
俺はマリアに連れられて浴室へと向かった。豪商の屋敷の風呂だけあってとても豪華で、かなりの広さを持っている。お湯が切れないと思っていたら、どうやら温泉が湧いているらしい。服を脱いで浴室に入ると薄い布をつけたマリアが入って来た。
「失礼します」
「二人っきりなんてさ、なんか懐かしいね」
「そうですね」
俺が座るとマリアが布に石鹸をつけて泡立て始め、それで俺の背中をするりと滑らせる。
「逞しくなられました」
「なんかめっちゃ成長しちゃったよ」
「魔人たちが強くなるたびに、ラウル様も逞しくなるようです」
「たださ…」
「はい」
「身長が伸びていかないんだよね。ほら、うちの魔人て三メートルくらいの巨人がいっぱいいるでしょ? 俺なんか半分くらいしかないひょろひょろに見えるよ」
「うーん。ラウル様はこのくらいの方が素敵です」
「あ、そう?」
「ムキムキ担当はミノスやラーズがいるではないですか」
「ぷっ! そうだね。そういうのはアイツらに任せるか」
「はい。それに強さは体の大きさに比例しません」
「確かに」
「シャーミリアなんて、私より華奢に見えます」
「魔人は見かけによらないからね」
「はい」
マリアが壊れ物を扱うように俺を洗い、俺はただ黙ってされるがままにしている。小さなころから俺はこの手で洗ってもらって来た。時折マリアのたわわな胸が俺の背中にあたり、俺はちょっとドキドキして来た。そう言われてみれば、みんなで入る事はあっても二人きりで風呂に入るなんてなかった。
すると…男特有の生理現象が始まってしまった。
俺は慌てて目の前の桶のお湯をかぶり、ガバッとマリアに背を向けて立ち上がる。
「どうされました!」
「い、いや! 風呂に入る!」
ドプン! 半ば飛び込むように湯船に入って、俺は心の中で念じるのだった。
落ち着け。落ち着け。
ちゃぷ。
「えっ」
湯煙の向こうにマリアの影が見える。歩いて近づいて来たが、布は取り払っており見てはいけないものが目の前に現れた。
「マッサージをさせていただきます」
「あ、はい」
マリアは俺の腕をとって、肩から腕の先に向かって揉み始めた。
気持ちええ…。やはりマリアはマッサージが上手い。さらに時折、たわわな胸が俺の腕に当たる。
「それでは反対側を」
「うん」
マリアが俺の体を周り反対側のマッサージを始めた。
なんだ? なんだなんだ? なんかマリアが積極的な感じがする。
すると俺の耳元で言った。
「デメール様がおっしゃいました。ラウル様の本来の力は欲望を解き放つ事だと」
「えっ?」
「欲望が鍵だとおっしゃるのです」
どういうことだ? 俺の本来の力? 覚醒の事か? だけど欲望を解き放つ? なんのことだ?
「どういう事だろう?」
「最近ラウル様はとても自由にしていらっしゃいます。それは覚醒にはとても大事な事らしいのです。抑制するものを取り払う事がラウル様の為だと聞いております」
うわ! あの婆さんなんて事を言いだすんだ! 確かにマリアは魅力的ではあるが、この欲望が何か関係あるのだろうか?
俺はマリアに肩を揉まれながら、今自分が何をすべきなのかを自問自答し始めるのだった。




