第86話 グラドラムへの船
俺達は北海の船の上にいた。
もうすぐ夏が来る。国を離れグラドラムが近づくにつれてどんどん気温が上がっていく。
俺はすでに12才になっていた。体は前世でいえば中学3年生くらいの大きさだ。
「もうすぐかな。」
甲板の上にみんなが集まって海を眺めている。シャーミリアとマキーナだけは船底で眠りについている頃だった。太陽がみんなを照らしているが、北海の海はかなり水も冷たく清々しさがあった。
ギレザム、ガザム、ゴーグ、スラガ、アナミス、ダラムバ、ジーグ、マズル、ティラ、タピ、ルフラ、マリア、ファントム、そして俺が話をしながら甲板の上にいた。
魔人は全員フード付きのマントを身に着けていた。人間の国で目立たないようにするためだ。ぱっと見は人間の偉い魔法使いに見える。マリアは俺の御付きのためメイドの格好をしている。そして・・・ファントムは執事ということでモーニングを着ている、身体変化で髭を生やさせていた。3メートル近いし言葉も話さないが問題ない、誤魔化そう。俺も白い貴族風の詰襟を着ているが・・まるで宝塚だ。魔人の王族だからはったりをかますためにルゼミア王がこの格好をさせたのだ。ドワーフが仕立てたらしい。
「ラウル様見違えるようですね。王都でみたユークリットの王族より素敵ですよ。」
「そうなのか?」
「ええ、ユークリットの凱旋パレードの時に王子様をみましたが、それより凄く上品な感じがします。」
「ドワーフの技術力は侮れないな。」
「フフ」
ルピアが上空の高いところを飛んで、陸地の方向を向いていた。
「はるか遠くの方に陸地が見えます!」
「そうか・・とうとう大陸に戻ってきたんだな。」
もうすぐだ。約3年ぶりに人間の住む大陸に戻る。あの大地を踏んだら俺の戦いが始まる。あの大陸には俺の大切な人たちの血が流れている、大地にしみ込んだ血を取り戻す戦いだ。立ちふさがるものは容赦なく殺す戦い・・覚悟はできている。
バサバサバサバサ
ルピアが甲板に降りてきた。
「よし!夜にはグラドラムに着くだろう。作戦はこれまで話した通りだ!戦闘は訓練通りの動きが出来れば問題ないだろう。グラドラムに敵はいないと思うが万が一がある、全員に武器を携帯してもらおうと思う。それぞれの剣や槍、短剣はそのまま装備してくれていい。」
俺はみんなの武器を一つ一つ召喚していく。初期装備はすでに考えていた、全員にふさわしい武器を携帯させていく。敵がいた場合あまり情報を与えたくない為、最小限の護身用の装備だ。
超大型の武器は目立つため必要とあれば出す事にする。携帯させるのはハンドガンだった。全員が腰か足にホルスターをつけさせた。魔人たちは人間よりはるかにパワーがある為、口径の大きいものでも軽々と扱える。人間よりも非力なのはゴブリンのティラとタピだけだ。
オーガのギレザムとガザム、ライカンのジーグ、の3人には象も倒せる.600 N.E.弾を装填したプファイファー・ツェリスカを1丁ずつ渡した。リボルバー式拳銃で5発装填できる。腰回りのベルトに弾丸も差し込んでいく。6キロもある大型拳銃なので、前世でこんなものをホルスターに突っ込んでいる者はいなかったが、3人ともフェンシングの剣を腰にぶら下げるように装着してる。鉄の棒を腰にさしているようにしか見えない。
「どうかな?邪魔にならないか?」
「はい、大丈夫です。」
ギレザムが代表して答える。彼らはこの巨大銃をコンパクトハンドガンのように軽々と扱って見せた。
ダークエルフのダラムバ、スプリガンのスラガとマズル、この3人にはデザートイーグルを1丁ずつ50AE弾を装填して渡す、フル装填のマガジンを3本ずつ腰のホルダーに入れさせた。スラガとマズルはドワーフと似ているが、手がデカく余裕があった。巨人になったら別の武器を渡す。
「どうだ、使えそうか?」
「はい、銃は何度か使わせていただきましたので大丈夫です。」
「大きさは?」
「問題ありません。」
ダラムバが答え、3人はデザートイーグルを軽々と回して見せる。
ゴーグ、アナミス、ルフラ、この3人にはグロック21を1丁ずつ.45ACP弾を装填しフル装填のマガジンを3本ずつ渡してホルダーに入れさせる。
「ギルのより小さいんですが・・」
ゴーグがちょっぴり不満な感じで言う。
「ああ、手のひらの大きさからするとそのくらいでいいと思ったのと、ギルのは1回装填で5発しか撃てないのにたいして、ゴーグのは13発撃てるからな。3人ずつ違うのを渡したのは、戦術的な配慮からだよ。」
「わかりました。」
「それでどうかな?使い心地は」
「軽くて問題ないです。」
「了解」
ゴブリンのティラとタピにはS&W M&P9シールドを渡す。薄くて軽量589グラムしかないので、手の小さい二人には丁度よかった。
「ティラ、タピ銃はしっくりくるかい?」
「はい、軽くて使いやすいです。訓練でもこれを使いましたし大丈夫です。」
「よし」
一通り武器を渡して、マリアを見ると・・どうやら銃仲間が増えて喜んでいるようだ。
「みんな銃を持ってうれしそうですね!仲間が増えて私もうれしいです。」
マリアは手慣れた感じで2丁の拳銃、P320とベレッタ92をクルクルと回した。彼女は既に手足のように武器を扱えるようになっていた。
「あの・・わたくしは・・」
ルピアが俺に聞いてきた。
「ああ、お前とシャーミリア、マキーナには別の武器がある。特に夜間戦闘で隠し玉として使わせてもらうから、その時に渡すよ。俺と何度も訓練した武器だ問題なく使えると思うよ。」
「かしこまりました」
配下全員に武器を配り終えた。ファントムには状況に応じで武器を渡す予定だが、こいつは俺の意識と連動しているため扱えない武器はなかった。まったく問題ない。
俺たちが武器について話し終えた時だった。
ザバアー
海の中から何かが出てきた。
「おう、ペンタ。お前も良くついてきてくれたな。」
「ギョェアァァァ」
「ああ、協力してほしい時は言うよ。でもお前に怪我されると治せる人がいないし、海で戦う事はないから待機してくれるとうれしいな。」
「ギョウゥゥゥ」
「そんな悲しそうな顔するなよ。頼りにしてるんだから。」
「ギョォアァァ」
俺が先ほどから話しているのは、海から出てきたシーサーペントだった。名前を付けてやったら喜んでくれた。名前は「ペンタ」という。毎週のように漁に出かけているうちに、ペンタは毎回大型の魚を獲って来てくれるようになって、行動を共にしているうちに仲良くなってしまった。いまでは軽い意思疎通ができるようになってしまったのだ。ルゼミア母さんに聞いたらこれが魔人の系譜の力だということだった。
「風向きも良いし、のんびり泳いでいてくれよ。」
「クァガッン」
ザッブーン
返事をして海中に戻っていった。
魔人達が全員尊敬のまなざしで俺を見ている。海竜を使役している事に改めて驚いているのだった。
風向きの悪い時に海に縄をたらすと、ペンタがタグボートみたいに船を引っ張ってくれるため、グラドラムへの船旅は半分の日数となった。ルゼミア王でもこんなことをしてもらった事はないそうだが、毎週漁に通って親睦を深めたかいがあるってもんだ。
「さてと、きちんと書簡が渡っていれば、ポール領主とデイブ執事が出迎えてくれるはずだが、グラドラムがまったくの安全とは限らない、上陸の時が1番危険かもしれない。気を引き締めていこう。」
「「「「はっ!」」」」
「そして一度船を降りたら、また船がくるまでは秋になっているだろう。」
「「「「はい。」」」」
俺は最後に皆に確認したいことがあった、それをここで話をすることにした。
「これは俺達人間のいや・・俺の戦いだ。それに関係のない魔人のみんなを巻き込むことになる。戦わずにグラウスで平和に生きる事だってできる。人間の仲間たちも平和に生きていける。俺は絶対にこの戦いを止めることはないが、お前たちには何も関係がない。そのまま魔人国に帰りたいと思うなら、今がその最後のチャンスだ!帰ってもいいんだぞ。どんな危険が待っているかわからない。みんなどうする?」
「行きます。」
「帰る選択肢などありません。」
「私はグラドラム以外が、どんなところか見たいです。」
「人間を見極めるための視察です。見るまで帰れません」
「私たちの仲間にも会ってみたいです。」
「いつまでもアルガルド様にお供します。」
誰も帰りたがらなかった。
「ラウル様。みなラウル様を守りたいんです。絶対に失いたくない、魔人の国にいた配下達も同じきもちです、本当ならば全員ついてきたかったというのが本音です。俺達は選ばれて光栄なんですよ、ご迷惑でなければお供させてください。」
「ギル・・」
俺は少し涙ぐんでしまう。
「ほらほら、ラウル様。顔を上げていきましょう。私も子供のころからずっと一緒にいたんです。いまさら置いて行かれても困ります。」
マリアが俺を引き寄せてギュッとしてくれた。ボフンっとたわわな胸に顔をうずめた・・あー役得役得。
「よし!みんなの気持ちは分かった。でも俺を守って死ぬなんて言うなよ。誰も死なないように作戦を立案してそれを実行するだけだ、危険度が高い場合は計画を中断する事もあるだろう。しかし今度はこちらから仕掛ける番だ、俺達の力を思い知らせてやろうじゃないか。」
「「「「「「オー!」」」」」」
全員が力強く返事をした。
皆が大陸の方を眺めている。夕日が皆の顔を照らしオレンジ色に染めていた。大陸の方に陽が沈んでいく、薄っすらと月が見えてきた。俺は夕日をみつめながらそのなかに、父のグラムやその仲間の兵士たち、多くのメイドや使用人の笑顔が浮かんでくる。皆が俺を迎えるように微笑みかけてくる。
「マリア。俺は・・仲間たちの流れた血がしみ込んだ大地をこの手に取り戻したい。それまで俺は絶対に死なないと誓う。彼らの血がしみ込んだ大地は俺達の大地だ、必ずこの手にすべてを取り戻す。それにはかなり非情な事もするだろう。俺という人間を疑うような出来事もあるかもしれない。でも・・マリアだけは、俺が大切な何かを見失う事が無いように見ていてくれ。」
「わかっています。元始の魔人になって我を失ったとしても、私が責任をもって止めます。ラウル様が変わってしまったと思えるような出来事があったとしても、私はラウル様を信じています。絶対にあきらめません、そしてラウル様をお守りします。」
「ふふ、俺を子供のころから守ってくれたマリアの言葉は重いな。」
「重いです」
マリアが笑顔で返してくれた。
グラドラムの港に船が入っていく。陽が落ちて街には明かりが灯っていた。3年ぶりのグラドラム・・あのひどいバルギウス兵の蹂躙を行い、屈強な騎士たちと戦った場所。
遠く船着き場には動く光が見えた。
出迎えの人間が出てきているらしい。
俺は再びグラドラムに戻ってきた。