第856話 自由な王子
自分の拠点に戻った俺は一目散にイオナの所に走る。だがイオナの貴族勉強会が続いていたので、俺は窓の外から室内をジロジロと見ていた。するとイオナより先に生徒のカトリーヌがそれに気が付き、カトリーヌの目線を追ってイオナは俺が来た事に気が付いた。
イオナがこちらにやってきてドアを開ける。
「ラウル。どうしたの?」
「あ、いや…ごめんね仕事中に」
「いいのよ」
イオナは俺が何かを言いたそうにしているのをすぐに見抜いた。流石は俺を育てた母親だけあって、俺の気持ちにはするどい。そして俺は首にかけた鉄のネックレスをイオナに見せる。
「母さん。これなんだかわかる?」
「なにかしら?」
「冒険者の証だよ! 俺、冒険者になったんだよ」
「えっ…」
イオナがネックレスを見て、ジワリと目に涙を浮かべた。
「父さんも若い頃冒険者だったんだよね? やっぱり一度は冒険者になりたいと思ってたんだ」
「ふふっ。お父さんが知ったらなんていうかしらね」
やっぱりイオナは喜んでくれた。グラムは騎士になる前、冒険者で名をはせたと言っていた。俺が冒険者の登録をしようと思ったのは、ギルドのフローを知る事もあるがイオナに見せたかった気持ちの方が強かったかもしれない。
「父さんは強い冒険者だったんだ。俺も恥じないように名を残してみたいなと思ってね」
「…でも、戦争中なのに大丈夫なの?」
「問題ないさ。ここには強い魔人が勢揃いしているんだし、挑発を続けても敵が反撃してこないのは何か理由があるとみてる」
「そうなのね?」
「でさ、ギルドで強い冒険者と知り合いになったんだけど、一緒に依頼を受けてくれるみたいで」
「あら、気さくな方もいるのね。そう言う人は大切にしなくちゃね」
「だね! はははははっ」
だが俺の後でシャーミリアが複雑な顔をしている。強い冒険者、つまりゼルニクスに言い寄られてムカついているからだ。シャーミリアからすれば虫にまとわりつかれているに等しい。
「あら? ファントムちゃんもつけてるの」
イオナはもうファントムには慣れ慣れで、俺の金魚の糞のようにいつもくっついているので見慣れている。しかもちゃん付けで呼んでいる。
「そうそう。ファントムも一緒に冒険者テストをうけたんだよ、あとミーシャも冒険者になったんだ」
「あらあら。マリアが聞いたら嫉妬しちゃうかもしれないわ」
「えっ、そうかな?」
「まあ一応声をかけてあげなさい」
「分かった」
なんか流れでミーシャが冒険者登録する事になったが、マリアを誘っておけばよかったかもしれない。あの時たまたまギルドに居たのが、俺とファントムとミーシャだったから。
「しかしラウルが冒険者になるなんて、マリアもびっくりするわよ」
「ちょっとマリアに言って来る」
「ええ」
俺は急いでマリアを探す。キッチンに行ってみると、この地で雇った使用人たちが料理の下ごしらえをしていた。
「あー、どうも。マリアが何処にいるか知らない?」
すると若いメイドが俺に言う。
「所帯が大きくなったので、マリアさんは領主邸に向かいました」
「えっ?」
「領主邸に居る商人様に、仕事の依頼をしに行くといってました」
うわ…。俺が冒険者などと、うつつを抜かしている間にマリアは仕事していた。そう言われてみれば、オウルベア達や増援部隊の魔人の事もあるしな。今の物資ではすぐに底をついてしまう。
「シャーミリア、俺も行くよ」
「は!」
そして俺とシャーミリアとファントムは、マリアを追って領主邸に向かう事にした。拠点から領主邸まではそれほど遠くはなく、俺達は顔パスで門をくぐり屋敷にずかずかと入って行く。
シャーミリアは感覚でマリアの居る場所がいるので、真っすぐに奥へと進んでいった。
ま、一応ノックしておこう。
コンコン!
すると中からドアが開かれる。その部屋には商人に対しマリアとギレザムが座っていた。
「あ、ラウル様!」
マリアが立ち上がって俺に言った。
「あ、ごめんね仕事中に」
「いえ。問題ありません」
問題なかった? 仕事していたように見えるけど。
「話はもういいの?」
「おおむねの方向性は決まりましたから。南方とは流通が切れましたが、北部のウルブス領やシュラスコ領との商談はできますので、そちらとの流通を再開するようにお願いをしたばかりです」
「なるほど。ギレザムがいるって事は、ちゃんと魔人軍の護衛をつける話が進んでるのかな?」
するとギレザムが言った。
「ご名答です。魔人軍基地の完成までは物資が不足するだろうとマリアが言うので、一緒に話し合いに来ておりました」
「マジで助かる。兵站が切れてしまうと戦えないからな」
「はい」
そして俺は商人に言う。
「それでいいかな?」
「もちろんでございます! 我々はラウル様に従うのみ、ご自由にしていただいて構わないのでございます」
「悪いね」
ギレザムとマリアが座っているソファが三人掛けなので、俺はマリアの隣りに座った。するとマリアがニコニコしながら俺に言う。
「どうされたのです?」
「これを見てくれ」
俺は冒険者のネックレスを見せる。
「これは?」
「じゃーん! なんと冒険者になりました」
「えっ! 冒険者に! それは素晴らしい! お父様と同じではないですか!」
「でしょ!」
「はい!」
ギレザムもニコニコしてそのやり取りを見ていた。商人は何事が起きたのか分からないような表情をしている。もしかしたら俺はKYだったかも。
突然そう思い、俺はマリアとギレザムに謝る。
「ゴメン! 二人が一生懸命仕事をしているというのに!」
するとマリアが手を振って言った。
「いえいえ! ラウル様の楽しい気持ちを伝える事より優先される事などございません」
「いや。だって二人は一生懸命、頑張ってるじゃないか」
すると今度はギレザムが笑って言う。
「ラウル様が、我々の為に命がけでここまでやって来てくれたのです。ラウル様が楽しいと思われる事が何より大切。そんな素晴らしい事を、いち早く聞かせてくださって嬉しいです」
「そう?」
マリアとギレザムが大きくコクリと頷いた。だが俺はもう一つ大事な事を伝えねばならない。
「えっと、マリアも冒険者にならない?」
「私がですか?」
「実は成り行きなんだけど、俺の他にファントムとミーシャも冒険者に登録したんだよ」
「ミーシャもでございますか?」
「だからマリアもどうかなと思って」
マリアは少し沈黙して考え込んでいる。やはりミーシャだけ特別扱いしたようになってしまっただろうか?
「嬉しい申し出でございますが、まだやらねばならない事がございます。むしろミーシャを連れ出してあげてください。あの子…ちょっと不健康でございます」
想定外の言葉が帰って来た。
「やらねばならない事?」
「これからエミル様のヘリで、シュラスコ領とウルブス領に話をしにいかねばならないのです。ギレザムとルフラが護衛についてくれるそうです」
「そうか…、なんか一生懸命仕事してるのにごめんね」
「いえ、ラウル様はご自由になさってください。それが我々の願いです」
マリアの気持ちがありがたい。とにかく俺は俺のやれることをやっておこう。
「まあ、今やらなきゃいけない事かと言ったら疑問だけど、俺もやれるときにやっておかないとね。なにせ万が一この土地が滅びたら、ギルドの事なんて学べなくなっちゃうから」
「ぜひそのように」
「あとカナデも連れて行っていいよ。彼女のドラゴンはいざという時助かるはずだ」
「ありがとうございます」
俺の話が終わるころに、領主邸の外からヘリコプターの音が聞こえて来た。
「あ、今から行くの?」
「はい」
「ごめんね。じゃあヘリに武器召喚しておくよ」
「ありがとうございます」
俺が立ち上がるとギレザムとマリアも立ち上がった。一緒に商人も立ち上がる。
「えっと彼も行くのかな?」
「はい。シュラスコ領主とウルブス領首位、面を通します」
「了解」
俺達がそのまま一緒に外に出ると、チヌークは上空でホバリングしていた。このあたりには降りるスペースがないので、上空待機しているらしい。シャーミリアは俺を連れてヘリに飛び、マリアはギレザムが抱いてジャンプした。商人はファントムが掴んでジャンプし、最後に後部ハッチから乗り込んで来る。
「悪いねエミル」
「ああ。ラウルが忙しそうだからな、周りがサポートしてやらないとってな」
「ケイナもすまないね」
「私とエミルは一心同体ですから」
そう言われたエミルが複雑な表情を浮かべる。もう公認なんだから照れなくてもいいと思うけど。
「まあラウルはラウルのやれることをやってくれよ」
「わかった。ありがとう」
俺はとにかく冒険者になって浮かれているだけのような気もするが、周りが動いてくれるのでやりたいことが出来るようになった。
「カナデは研究所にいるから迎えに行く。あと機内に武器を召喚しておくよ」
「了解」
研究所にも降りるところは無く、ヘリは上空をホバリングしシャーミリアがカナデを連れて来た。そしてシャーミリアと一緒にルフラも乗り込んで来る。
「あ、ラウル様もいたんですね」
「ああルフラ。悪いけどマリアを守ってくれるか」
「もちろんそのつもりです」
俺は操縦席のエミルに向かって言った。
「じゃあエミル! 悪いけどみんなを頼む!」
「いや。道中は俺が護られる感じだけどね」
「持ちつ持たれつと言う事で、じゃあね」
「ああ」
俺とシャーミリアとファントムが後部ハッチに立って、みんなに手を振りつつ飛び降りた。空を見上げれば、チヌークはすぐに北の空へと飛んで行ってしまった。
俺は隣にいるシャーミリアに言う。
「なんか」
「は!」
「優秀な人たちのおかげで、俺は自分のやりたい事に集中出来るよ」
「ご主人様は、ご自身のやりたいことだけを追い求めてくださればよろしいのです」
「ああ。シャーミリアも助かるよ。ちびファントムとか、基地で凄く重宝されてた。ファントムほどじゃないにせよ、すごいパワーがあるらしい」
「ご主人様は日ごろから、手数が足りないとおっしゃってましたので」
これまでの戦いや、俺の考え方を吸収し皆が自分の意思で行動してくれるようになった。総合力と言う意味では、過去にないほどの仕上がり具合となっている。むしろ俺が冒険者登録なんかをしていた方が、皆の邪魔にならなくていいのかもしれない。
そしてそこにマキーナが現れた。
「お疲れ様でございます」
「どうだった?」
「周囲五十キロには怪しい動きはありませんでした」
俺はマキーナを斥候として使っていたのだ。敵の動きが全く見えないので、警戒する範囲を拡大した。だがまだ敵に動きは見えない。
「そうか。敵は一体何を考えてるのかね?」
「進軍するだけの兵を持っていないと愚考します」
マキーナが答えた。
「やっぱりマキーナもそう思う?」
「はい」
と言う事は敵に何かがあったと考えるべきだろう。今まではすぐにデモンが攻めてきたが、その動きが全くない。
もしかしたらネタ切れか?
それだとしても俺は慎重に動くつもりだった。少なくともゼクスペルは確実に居るし、まだ見ぬ神三体も敵側にいる可能性がある為下手に手を出すわけにはいかない。決戦までに着々と準備を進め、この拠点が完全なものとなり次第進軍を開始するつもりだった。
その前に敵が動けばこちらも動く用意はある。だが俺は万全を尽くすと決めていた。モエニタ王都の民をなるべく殺さずに手に入れるために、俺は念入りに事を進めるのだった。