第855話 冒険者になりました
建設中の魔人軍基地をいきなり襲撃されないよう、ナンバーズや元冒険者の兵士達には周辺警護を強化させた。魔人達もここまでは各自やりたいようにやらせていたが、交代制で見張りに立つ事にする。流石にデモンやゼクスペル級のやつらが来たら、ナンバーズたちだけでは魔人や俺が到着するまで守り切れないと判断したからだ。
それと、ちびファントムは三体とも基地建設部隊に貸し出して来た。と言うのも、グレースのゴーレムが、経験を積むほど出来る事が増えるという話をシャーミリアが聞いて、うちもやらせてみようという事になったのだ。シャーミリア曰く、今回作成したハイグールは泥棒髭や河童とはわけが違うらしい。そこそこ器用な事も出来るようで、ファントムとは違う使い道が見つかりそうだった。
聖女リシェルは、基地建設で怪我をした魔人の治癒を買って出てくれる。魔人達は強靭ではあるが、時折細々とした怪我をするらしい。それを治癒する事で、作業効率の向上が図れるのだとバルムスが言っていた。
新米領主になってしまったハリボーと一部オウルベア達には、イオナが領地運営などの勉強会をしている。右も左もわからないオウルベア達だが、イオナもナスタリア家の血が騒いだようでみっちりと仕込んでいた。その勉強会にはなぜかカトリーヌも参加しており、勉強のためにとエドハイラも一緒に聞いていた。そして、その部屋の警護にはカーライルが立ってくれている。
各自の働きを巡回チェックしながら、基地建設地に戻って来た俺がシャーミリアに言った。
「ルーティンの業務はしっかり出来上がって来たみたいだ」
「それは何よりでございます」
「で、そろそろギルドに行ってこようかな」
「は! それでは同行させていただきます!」
「ミーシャを迎えに行くよ」
「は!」
ミーシャの所に行くと、相変わらずグレースと一緒にヴァルキリーのあれこれを考えていた。確かにデイジーが言う通り、ミーシャは何かをやっていないと気が済まない性分のようだ。若干、目の下のクマが気になる所だが、きちんと寝てくれているのだろうか?
「ミーシャ!」
「あっ! ラウル様!」
「ギルド行こ!」
「はい!」
食い気味に返事をしてくる。みっちりと仕事をするのが好きなミーシャだが、俺の誘いだけはゼロコンマ二秒くらいでオッケーの返事をしてくる。
「グレース! ミーシャを借りてくよ」
「どうぞどうぞ」
召喚していた自衛隊仕様の軽装甲機動車に乗り込むと、ミーシャがシャーミリアに進められ助手席に座った。なんだかミーシャは楽しそうに笑ってくれている。後ろにシャーミリアとファントムが座り俺はギルドに向かって出発した。
北門では走ってきた軽装甲機動車を元冒険者の兵士が迎え入れてくれ、俺はそのままギルド前まで軽装甲機動車を走らせた。都市の人間達は何が来たのかと、遠巻きに軽装甲機動車を眺めている。
「じゃあ、あれ、取りに行くかな」
「はい!」
そして俺とミーシャとファントムがギルドに入った。すると騒がしかったギルド内が静まり返って皆が俺達を見る。魂核を変えた冒険者達は皆兵士になってしまったので、随分冒険者の数か減ってしまったようだ。ここに居るのは魂核の書き換わっていない冒険者達と、魂核が書き換わっているギルド職員だけだ。
「並ぼうかな」
「はい!」
俺とミーシャとファントムが冒険者の列の後ろにならんんだ。すると何かが気に入らなかったのか、前のやつらが全員どこかに行ってしまう。俺達の前に並んでいる奴が一人も居なくなった。
「あれ? いいのかな?」
俺はそのままギルドの窓口まで進んだ。
「どうも」
ギルド職員の女の子が元気に言った。
「はい! ラウル様! それではこちらです!」
俺とミーシャとファントムがギルド員に連れられて、奥の部屋へと通された。そしてギルド職員が奥から何かを持って来て言う。
「おめでとうございます! 三人とも冒険者試験に合格しました! どうぞ!」
と言って鉄で出来たネックレスのような物を渡してくる。
「まずは鉄等級からですが、説明した通りです。これでギルドからの依頼を受けられます!」
「いいね」
俺とミーシャが首にネックレスをつけた。ファントムはただそれを持って立っていたが、俺がファントムにもつけてやる。
まあ…特に喜んだ様子はない。
「俺達、冒険者だって! ミーシャ! 依頼見にいこうよ!」
「はい!」
俺達が部屋を出てエントランスに戻ると、中にいる冒険者が皆こちらを見ている。どう考えても睨んでいるようにしか見えないが、俺は関係なく掲示板の所に行った。
するといかつい冒険者が声をかけて来た。
「おいおい! お前らの仕事なんてねえよ」
「えっ? なんで? あるじゃん」
「お前ら鉄等級だろうが、新米冒険者の仕事は朝一に来ねえとねえよ」
「そうなの?」
「あたりめえだろ!」
そんなん知らんもん。
「鉄等級なら鉄等級らしく、胴等級の手伝いでもしてろ」
「そう言う仕事もあんの?」
「馬鹿か? 何も知らねえじゃねえか! そんなの朝に来ねえとねえよ!」
「そうなんだ…」
ちょっとがっかり。俺は冒険者らしく仕事を受けてみようと思ったのに、朝に来ないと仕事は無いらしい。するといつの間にかガタイのいい冒険者連中に囲まれていた。
そいつらの顔は間違いなく怒っている。
「なにか?」
「お前ら…なにをしたんだ? 冒険者が半分になった、あいつら全員が領兵になったとか喜んでたが…そんなのおかしいだろ!」
「いやあ。みんな領の為に頑張りたい! って言ってたみたいよ。知らんけど」
すると冒険者達の眉間にビキビキと血管が浮き出て来る。
ん? なんだ? やんのか? コラ!
俺の隣りでは、ミーシャが青い顔して冒険者を怖がってる。
「ウチのパーティーメンバーが怖がってるだろ! とりあえずどっかいけ! しっしっ!」
「てめえ、そこのでくの坊がいるからって舐めてんな?」
「汚くて舐めらんねえよ」
「なんだと…」
少し体もなまってるし、ちょっと運動してみようかなって思っただけ。とは言わずに、俺は睨んで来る冒険者の顔をじっと見ていた。すると冒険者が言う。
「てめえ! 表出ろ!」
よし! 引っかかって来た!
と思ったら…
次の瞬間、いつの間にか俺の隣りにシャーミリアが立っていた。
「ご主人様に何という口の利きよう。生きている価値もない」
「まって! シャーミリア! まって! ちがう、彼は俺にちょっと話があるだけなんだ!」
「どういうとこでしょうか?」
「何でえ…お前は…」
と冒険者達はシャーミリアを見て固まる。その眼にはいやらしい雰囲気がまとわりつき、シャーミリアを上から下まで舐めまわすように見ていた。
シャーミリアをそんなエロい目で見ちゃいけない。おりゃ知らんぞ。
「ご主人様。殺しても?」
「ダメダメ!」
俺の言葉に、シャーミリアがスススと下がった。だがそれでは終わらず、先日俺に忠告した白金等級冒険者のゼルニクスが現れた。恐らく俺に対して一番面白くないと思っている奴だ。きっと俺を殴りに来るだろう。
いいぜ! いっちょもんでやろう!
俺がファイティングポーズをとるが、ゼルニクスは俺の事を一切見ていない。ただじっとシャーミリアを見つめて、呆けたような顔をして立っている。
「あー、ゼルニクスさん。俺はこっちですよ?」
だが、ゼルニクスは俺の事を一切見なかった。そして一言だけぽつりと言った。
「可憐だ…」
「死ね」
シャーミリアがいきなりゼルニクスを殺そうとしたので、俺は神速の動きで間に割って入る。
「シャーミリア! この人は悪いコトしてない! ただ思った事を言っただけだ!」
「し、しかし! ご主人様。曲がりなりにも私奴はご主人様の秘書にございます! 愚弄されたままにしておくわけには参りません!」
「彼は愚弄して無いって!」
そんなやり取りを見て、ゼルニクスがハッと我を取り戻す。
「あ、えと、恐れ入りますが、お嬢様のお名前をお聞かせ願えますでしょうか?」
ああ…こいつは…ちょっと前のカーライルと同じだ。シャーミリアにべたぼれしてしまったんだ。なぜにシャーミリアは超強い人間に好かれるのか?
「うせろ虫けら」
「えっ…」
シャーミリアがキレる前に、俺がゼルニクスに言った。
「あーゼルニクスさん。彼女は俺の第一秘書でシャーミリアって名前だよ」
「はっ、へっ?」
ゼルニクスは呆然と俺に目線を降ろす。そして俺を見たらスッと俺の手を取って挨拶をした。
「これはこれは、おぼっちゃま。そうですか、あなた様の秘書様でございましたか。それは失礼をいたしました。願わくばこれから御懇意にしていただけますと嬉しいです」
「へっ?」
「なんでも、この度は冒険者になられたとの事で、心よりお祝い申し上げます」
「は、はあ。ありがとう」
すると周りの冒険者がざわつく。
「おいおい」
「ゼルニクスまで…」
「一体どうなってんだよ…」
「おかしな術でも使ってんじゃないのか?」
「ゼルニクス、そりゃないだろう?」
いやいや。ここにはアナミスもいないし、ゼルニクスは勝手にこうなっているだけだ。
とりあえずおかしな雰囲気になって来たので、俺はシャーミリアとミーシャに向かって言う。
「とにかく今日は鉄等級の仕事はないんだって、明日出直そうかなと思って」
「左様でございましたか。ご主人様の勤勉なお姿は皆の鑑になります」
「じゃ、ゼルニクスさん。俺は行くので、明日の朝仕事を受けに来ようと思います」
ゼルニクスは俺の言葉に答えず、ボーっとシャーミリアを見つめている。
「ゼルニクスさん?」
「あ、ああはい?」
「明日仕事をもらいに来ます」
「そうですか! それは良かったではまた明日」
また? なんでお前と約束したみたいになってんの? 俺は仕事をもらって報酬をもらうフローを実体験したいだけなんだけど。別にお前と約束した訳じゃないだろ。
「じゃあ」
そして俺達四人がギルドを出て行く。ゼルニクスが手を出さないのであれば、だれも手を出す事は出来ないのだろう。誰も文句を言う者はいなかった。
表に出てくるとなぜかゼルニクスが一緒に出て来る。そして俺達が軽装甲機動車に乗ってそこからいなくなるまで、ずっとバックミラーに移り込んでいた。その姿勢はまるで、恋をした乙女のように切ない感じになっている。
「シャーミリア。彼らは殺さないでね」
「は!」
「約束」
「御意!」
走る車の中でシャーミリアと約束する。リアルな冒険者ライフを見るには、彼らまで魂核を変えるわけにはいかないのだ。北のギルドを復興させるためにも、冒険者ギルドの実務を知る必要がある。
俺の隣りでは、ミーシャが首にかかった鉄のネックレスを嬉しそうに手に取って見ていた。完全引きこもり性質のミーシャだが、気晴らしに冒険者の仕事に誘おうと思う。ミーシャと薬草採取に出てみて、本当に北に生えている薬草が無いのかを見てもらおうと思ったのだった。