第853話 新しい領主様
俺は南方の国の見知らぬ種族、オウルベア達と出会う。ラーズとカナデが森に引きこもっているのを連れて来たのだが、昔はこのあたりにいっぱい居たんだとか。現存するのは彼らだけで、他にはいなくなってしまったらしい。言ってみれば、少し前までの我々魔人のような絶滅危惧種だ。袖すり合うも他生の縁、俺は彼らにこの都市を与えようと思うのだった。
まあ、与えるというのは建前で、この土地をオウルベア達に統治させようという腹だが。
今は舞踏会を開けるような大広間に、俺とアウロラ、モーリス先生、エミル、グレース、デメール、アンジュ、そして大勢のオウルベア達がいる。
「えーと、デメール様」
「なにかの? ラウル」
「人との争いを避けて森に隠れ住んでいたオウルベアの皆さんに、この都市を統治してもらいたいと考えているのです! いかがでしょう?」
「それは、オウルベア達に聞くがよい。彼らが望むならそうしてやりたいが」
俺はオウルベア達に向かって言う。
「皆さん! この南方の都市はとても裕福で、貿易が始まれば更に裕福になるでしょう」
すると、オウルベアのハリボーが答えた。
「いや。我々は裕福になどならなくても良いのです。ただ平和にひっそりと暮らしていければ」
だがそれに対し、怒りをあらわにしたのがアンジュだった。
「何を言う! 平和にひっそりなどと! そのおかげでデメール様のお力は無くなってしまったのだぞ!」
「だが、アンジュよ。人間が我々の統治を許すものか」
「それは…」
そこで俺が、ハリボーに言う。
「ハリボーさん。大丈夫ですよ! 彼らは必ずオウルベアに従うようにさせます」
「そんな。自分達の住んでいる場所を、得体のしれない我々などに任せぬと思いますが?」
「お任せください! 僕たちは、そのための根回しを着々とやって来たのですから」
オウルベア達はざわつき、全く俺の言葉を信用していないように見える。それならばと、まずは彼らに俺達の正体を明かそうと思うのだった。その為にアウロラとエミルとグレースを連れて来た。皆がオウルベア達に挨拶をした。
「実は、我々はデメール様と同じ神なのです」
さらに、ざわつきが大きくなる。完全に疑っているような雰囲気だが、デメールが口を開いた。
「本当じゃよ。同じ神だからウチには分かった。だけどすでに世代替わりしてたようだねえ」
ハリボーがデメールに聞く。
「世代替わりとは?」
「言っていなかったねえ。ウチも入れ替わったのは一万年前。前回の入れ替わりから一万年が過ぎたから、神の入れ替わりが始まったのさ」
「一万年?」
「お前達が生まれ出るずっと昔から決まっていた事なんだよ」
「そ、そんな! デメール様がお代わりになられるという事ですか!」
「本当はそうなんだけどねぇ、力が無くなってしまったから…」
「無くなってしまったから?」
「豊穣神はウチの代で消滅かねえ」
「えっ!」
さらにざわつきが大きくなり、オウルベア達がデメールに詰め寄って来る。ハリボーが声を張り上げて、デメールに言った。
「そのような事は初めて聞きました!」
「言ってなかったからね」
「アンジュは知っていたのか?」
「一緒に暮らしているうちに聞いた! だから私は! 私だけは! 一緒に居た!」
「そんな…」
「お前達のせいだ!」
アンジュが今にも飛びかかりそうになっているので、俺は立ち上がり二人の間に割り込む。
「まあまあまあまあ。まだ終わった事じゃないですよ! これからです! これからこれから」
アンジュがキッと俺を睨む。
「これからどうなるんだ!」
「まず話を聞いてくれよ」
デメールがアンジュを制止て言う。
「アンジュや。魔神の話を聞こうじゃないか」
「わ、わかりました」
デメールの言う事は素直に聞いてくれるので、とりあえずアンジュの手綱はデメールに掴んでいてもらおう。俺は腕を後ろに組んで歩きながら、オウルベアの前を横切ってアウロラの所に行く。
「こちらはアトム神。北の人間の神だよ」
「ど、どうも」
アウロラは緊張気味に挨拶をした。未だに自分が神だとは思っていないのだ。
「アトム神がこの都市で布教活動をした結果、都市のほぼ八割が信者となりました」
オウルベア達は目をまんまるくしてアウロラを見ている。目の前の幼女にそんな力があるようには見えないからだ。もちろん俺のマイクロ波照射装置と、神がかり的な演出を毎日のようにやったおかげではある。だが着実にアウロラの信者は増えていた。
「それと、我々と何の関係が?」
「まあ、ここからはデメール様との相談でもあるのですが」
「なんじゃ?」
「オウルベア達は、神の使者としてこの町に君臨していただきます」
「ほう…」
デメールが感心したような表情を浮かべる。オウルベア達はキョトンとした目で、次の言葉を待っているようだ。
「実は、この都市には領主と騎士がいません」
「なぜです?」
うん、ハリボー君! いい質問だね!
「悪魔に取りつかれた彼らを、我々が討伐したからです! 間一髪のところで領主は逃げましたが、この都市は既に我々の手中にあります。ですから!」
俺は後ろ手に手を組み、オウルベアの前を行ったり来たりしながらもったいぶって言う。
「ハリボーさん! あなたにはこの都市の領主になってもらいます!」
「「「「「「「えええええええええ!!!」」」」」」」
ハリボー以下のオウルベア達が目をひん剥いて俺を見ている。アンジュまでも驚いているようだが、デメールは気の毒そうな目でハリボーを見ていた。
「いえ! それは! そのような大役、私にはできません!」
「大丈夫! 出来ます! なぜならば、この町の有力な冒険者は、騎士としてハリボーに従うからです!」
「ええ? そんな訳はありません! 人間の冒険者が自分に従う訳はない」
そこで俺はモーリス先生に目配せをする。
「ふむ」
モーリス先生が魔法でドアを開けると、そこから俺達が魂核を書き変えた冒険者達が入って来た。そして皆がハリボーの側に来て跪くのだった。
「領主様! 何卒我々をあなたの騎士にしてください!」
「私達を、この領の魔導士にしてください!」
「えっ! えええええ!」
「どうです? こんな優秀な冒険者が、ハリボーさんの下につくと言ってくれているのです。悪い話じゃないでしょう?」
「いやいやいやいやいやいや! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!」
「大丈夫! 皆ハリボーさんの言う事を聞くようになってますから!」
「いやー、何をおっしゃっているのですか! 自分に領主など!」
「出来ます! ハリボーさんなら出来る!」
俺がはりきって言っていると、あれだけ怒っていたアンジュがちょっと笑いそうになるのを堪え、デメールが更に気の毒そうな顔でハリボーを見つめていた。
「いきなりいわれても」
「問題ない! 今日からあなたは領主! なので、これからお披露目です! 行きましょう!」
「えっ! えっえっ!! ええー!!!」
俺が言い切るとアウロラとエミルとグレースとモーリス先生が立ち上がった。デメールとアンジュもつられて立つ。そして俺が拍手をすると皆がつられて拍手をした。
「ではいきましょう!」
俺が先頭に立って廊下に出ると、ハーメルンの笛吹きのようにぞろぞろと付いて来た。そのまま商人邸を出て外に出る。するとアウロラの姿を見たそのへんの町人が、跪いて祈りをささげた。ズンズンと街の広場に歩いて行く俺達を、町人たちが崇め奉るように眺めている。
「じゃあこのあたりで」
俺がLRAD長距離音響発生装置を取り出してマイクに言う。
「町の皆さん! 今日は特別な日となりました! なんとアウロラ様の使徒が逃げた領主様の代わりに、この都市を治めてくださることとなったのです!」
町人たちがぞろぞろと並んで、その広場はあっという間に満杯になった。
「なんと! アウロラ様の使徒が!」
「神の使徒!」
「すばらしい!」
大歓声が上がる。俺がモーリス先生に目配せをすると、モーリス先生はアウロラに光のオーブをまとわせる。そしてアウロラは俺の隣りに来た。
「アウロラ様!」
「おお! なんという神々しいお姿!」
「身も心もあなたに捧げます」
アウロラが顔を引きつらせながらも、市民に手を振り続ける。そこで俺がマイクに向かって言った。
「そして! こちらが! この町の新領主! ハリボー様であらせられます!」
俺がそう言ってもハリボーはまごまごして、今にも消え入りそうな顔をしている。
「さあ! ハリボー様! 前へ!」
だがその時だった。ハリボーはくるりと後ろを向いて、脱兎のごとく走り出したのだ。この重圧に耐えかねて脱走を試みたらしい。
残念だけど。
《シャーミリア》
《は!》
次の瞬間、突如としてハリボーがアウロラの隣りに出現した。もちろんシャーミリアが、高速飛翔でここに置いたのだ。死にかけていたので、俺は気づかれないようにエリクサーをぶっかける。
「はっ…」
シャキッとしたハリボーが、目の前にいる群衆を前に汗をダラダラとかき始めた。するとアウロラが、ハリボーに手を差し伸べる。
「ハリボー。よろしくね」
ハリボーはどうしていいか分からず、きょろきょろと挙動不審になっている。俺はすぐさま群衆に紛れたカナデに目配せをした。するとカナデはハリボーを使役して、アウロラの前に跪かせた。そして大きな声で、アウロラに向かってハリボーが叫んだ。
「アウロラ様! 私はあなたの使徒でございます! 何なりとお命じください!」
もちろん言わせているのはカナデだが。
「これからは私の為、そして市民の為にこの都市を統治しなさい」
「ありがたきお言葉! 謹んでお引き受けいたします!」
いつの間にか増えた観衆から、大歓声があがり物凄い祝福の声が飛んだ。俺がカナデの目を見るとカナデは使役を切った。これは洗脳ではないので、ハリボーは今やったことをすべて覚えている。
すると群衆に紛れていたミノスが大声で言う。
「ハリボー様! ばんざーい!」
そしてまた違うところにいるギレザムが叫ぶ。
「ハリボー様! ばんざーい!」
すると一斉に市民達が合唱のように叫び始めた。
「「「「「「「ハリボー様ばんざーい! ハリボー様ばんざーい!」」」」」」」
そこでスッとアウロラが手をあげる。すると群衆がピタッと静かになった。
「そしてこの都市を守る新たな騎士達を紹介します!」
元、冒険者達がぞろぞろとアウロラの元に集った。そしてアウロラが言った。
「そなたらは、ハリボーの剣として忠誠を誓うか!」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
群衆の中にいるカララとルピアがパチパチと拍手をした。するとその拍手は一気に広がって良き、また大歓声に包まれるのだった。
「では市民の皆様! アウロラ様と使徒の皆さまをお送りしましょう!」
市民達がモーゼの十戒のように左右に割れていく。その中をアウロラとシャーミリアそしてマキーナが進み、後ろをハリボーとオウルベア達、その後に新たな兵となった冒険者達がついて行った。
そして俺の側にトテトテとデメールが来る。
「ど、どうやったのじゃ?」
「えっと、自然と」
その隣でアンジュが笑いながら言う。
「デメール様! 見ました? あのハリボーとオウルベア達の顔! いきなり表舞台に揚げられてアタフタしてましたよ! あっはははははは!」
笑い転げている。
俺がデメールに言った。
「デメール様。また少し身長が伸びました?」
「そ、そうかな?」
「そう見えます」
どうやらハリボー達に権力が付いた事で、デメールの力も増大したようだ。
「ではアンジュ。デメール様を商人邸に」
「言われなくても」
そういってアンジュはデメールを連れて行ってしまった。アウロラが居なくなったので、群衆は蜘蛛の子を散らすように居なくなる。するとモーリス先生が俺に言って来た。
「計画通りじゃな」
「はい」
「まったく、ラウルは凄い事を考えよる」
「いやぁ。思い付きですけどね。と言うか先生の言う通りでした。オウルベア達に力がついたら、デメールの力増しましたね」
「うむ。おそらくただの信仰ではダメじゃと思った。力のある者からの信仰はより強いのじゃ」
「さすがです。よくぞそこに気づきましたね!」
「ラウルたちをみとりゃ分かるよ」
流石は大賢者、今までの流れからそこにたどり着くとは。モーリス先生のアイデアを聞いて、俺はこの茶番劇を画策したのだ。これを計画したことによってデメールは変わりそうだ。俺とモーリス先生は歩き去ったデメール達の方を見ながら、自分たちの仮説が立証された事に満足するのだった。