第852話 同じ境遇の虐げられた者
オウルベア達を引き連れて都市内部に入ると、アンジュがデメールに報告に行くと言って走り去って行った。そしてギルド員も、俺達が避難民を連れて来た事をギルドに伝えに行ってしまう。
なので、俺はオウルベア達にくるりと振り向いて言った。
「あー、ようこそ! これから皆さんには、今日からここで一生懸命働いてもらおうと思います!」
ざわざわとざわつくオウルベア達。俺はキチョウカナデの所に行ってこっそり耳打ちする。
「えっと、使役ってどういう感じ? 洗脳みたいなもんじゃないの?」
「違います。彼らの考えや意識はあります。ただ無条件に私の言う事を聞くだけです」
なるほどなるほど。再びオウルベアに向かって言う。
「仕事と言っても変な事じゃありません。この都市の警護や市民達の困りごとを助けてもらいたいなって思ってます」
すると一人のオウルベアが言った。
「我らが…人間の為に?」
「そうです」
またもオウルベア達がざわついた。やりたくないのかもしれない。
「それは…」
オウルベア達が難しい顔をしている。そこに優しい声で話しかけて来た者がいた。
「おや? なぜここにウチの子らがおるのだ?」
振り向けばそこにデメールが立っている。アンジュが連れて来たらしく、デメールを見たオウルベア達がざっと膝をついた。
「それに、なぜ皆が同じ格好をしておるのだ?」
それには俺が手をあげた。
「デメール様。彼らは衣服を持ち合わせておりませんでしたので僕が与えたのです」
「おや、それは済まないねえ…というか、皆! 服を持たずに来たのかい!」
するとオウルベア達がざわついた。皆が首をかしげている。
それもそのはず、ラーズとキチョウカナデが珍しい魔獣だと思って勝手に使役して来たのだ。オウルベア達も何故かカナデの言う事を聞いてしまい、何の準備もせずに来てしまったのだろう。
そんなオウルベア達を見てデメールが首をかしげる。
「はて? しかし、よく人間界に降りて来たものじゃな。腫れ物扱いされてしまうぞ? いまや、そなたらは伝説の魔獣なのじゃからな」
それに対しオウルベアの中でも、ひときわがっちりした男が手をあげた。
「よろしいでしょうか!」
「なんだい? ハリボー」
「はい! 確かに人間と我々は相まみえぬ関係ではございます。ですが…本来はこの土地は我々の土地! そこに人間が入り込み我が物顔で、領地を拡大していったのではございませんか?」
「うむ。だがそれらとの争いを拒んだのもお前達であろう?」
「そのとおりです」
「なのに、なぜここに来たと聞いている」
「わかりません!」
堂々巡りだった。だってオウルベア達は来ようと思ってきたわけじゃないから。でも人間達と争いたくない? どう言う事だ?
俺がデメールに尋ねる。
「あの、最近までこの人らはここに住んでたのですか?」
「人間達にとっては最近ではないかな。千年以上前の事になるじゃろ」
「千年以上前は、オウルベアはこのあたりに居た?」
「それはもうたくさん。そのおかげで私はピッチピチのスレンダー美女じゃったよ」
うそだあ。ヨー〇みたいなシワシワの小人じゃん。いくらなんだってサイズまで変わるもんかい。
「は、はい」
「じゃが、人間がどんどん増えてしまってな、このあたりにも進出して来た」
「なんで追っ払わなかったのですか?」
するとデメールがニッコリ笑って言う。
「それは、オウルベアが争いを好まん種族だからよ。それはそれは優しい種族でのう」
それにしては、アンジュは喧嘩っ早い気がするけれども。でも、過去に魔王ルゼミアや黒龍メリュージュから聞いた話でも、魔人や龍は人間とは争わずに北へ向かったと聞いている。むしろ人間の方が好戦的だったと言う事だろうか?
「それで、この地を追われた?」
「そうじゃ。ウチはオウルベア達の優しい心が好きなのだ。彼らがそれを選ぶならウチは力が削がれても良いと考えたのだよ」
なるほど。
「アンジュは離れなかった?」
「この子はオウルベアにしては好戦的だろう? なので側に置いた」
「いいですか?」
俺は思いっきり挙手をした。
「なんじゃ?」
「もしかすると、彼らは人間とは違って長寿なのですか?」
「そのとおり」
「アンジュも?」
「うむ」
なんと! オウルベアは我が魔人のように長寿の種族だった。そう言えばエミル達エルフも、オージェ達龍族もめっちゃ長寿。なぜか人間だけが短命になってる。長寿のやつらの方が強い気がするが、人間の方がはるかに蔓延っている。不思議だ。
「あの! 立ち話もなんなので、場所を移しませんか? ここは人の往来もある」
「そうしよう」
デメールの許可を得て、オウルベア達を商人の豪邸脇にある、研究所兼工場へと連れていく事にした。そこそこの広さがあるので、百人くらいは余裕で収容できる。デメールとアンジュとオウルベア達、俺とシャーっミリアとファントム、ラーズとカナデが一緒に研究所に向かう。
街を歩きながらデメールがオウルベア達に言う。
「どうじゃ? この町並み。これが人間の力、そして数も凄いのだよ」
「はい。人間はとても強い」
「うむ」
オウルベアが驚くのも無理はない。それは魔人や龍族、エルフを見ても一目瞭然。
俺達、魔人の文明は人間のそれと比べれば遅れていた。不可思議な力があるから極限の北国でもなりたっていたが、魔人国にはこんな町並みは無い。またエミル達エルフも、森の中で自然と共に質素に暮らしている。こんなに発展した街はエルフの里になかった。そしてオージェ達の龍国には住宅すらなく、洞窟が居住区だと言っている。まあ龍は手先が器用じゃないので、複雑な建造物を製造できないのだろう。
だが人間は違う。他の種族より弱い分、装備を整え魔法を覚え組織を作り軍隊を作る。こんなに堅牢な都市を構築したのもやはり人間だ。部下の魔人が高度な建築物を作れるようになったのは、もと日本人である俺の系譜に入っているからに他ならない。
確かに数の理論で言ったら人間は脅威だ。だけど、それを凌駕する兵器があればどうと言う事はない。むしろ俺が大量破壊兵器を使ったら、人間は滅びてしまうだろう。人間が何もしてこなければ、俺はそんなものを市民に使う事はしない。
そしてデメールが続ける。
「人間はしたたかよ。そして狡猾で頭が良い。もしオウルベアがこの土地に住み続けておったら、既に滅んでおったかもしれんな」
ハリボーが答えた。
「そのように思います」
だがアンジュがそれに噛みついた。
「いえ! 戦うべきなのです! 人間など弱い!」
「そうだろうか? ラウルよ、そなたはどう思う?」
デメールが俺に振って来る。だが人間は弱くない、勝つためなら悪魔も呼ぶし恐ろしい魔法も使う。
「魔人の僕が言うのもなんですが、人間は強い。それが証拠に、魔人も龍族もエルフも獣人も全てが人間の住む土地から消えました」
「ラウルの言うとおりじゃ。人間には勝てんのよ、ハリボー」
「はい」
「今まではな」
突如デメールの言葉が変わると、ハリボーが聞き返す。
「はい?」
「それは、これまでの話。このラウルがいなかった時までの話じゃよ」
そう言って俺を見た。
「どういうことです?」
「このラウル。人間の力なぞを遥かにしのぐ力を持っているのじゃ」
オウルベア達が俺の顔を見る。その時ちょうど、俺の工場へとたどり着いたのだった。
「えーっと! 皆さんにはしばらくここで暮らしてもらいます! いずれ住居を用意しますので、当面はここで我慢していただきたく思います!」
ハリボーがデメールと見ると、デメールが目をつぶってゆっくりと頷いた。
「ウチも住んで居る。彼らは心根の良い人達だよ、美味しい物も食べさせてくれるし」
「はあ…」
オウルベア達は納得いかないような顔で、工場の門を潜って中に入って行く。するとグレースとミーシャとデイジーがお茶をしていた。
「あら? デメール様。今日は工場見学ですか?」
デイジーが立ち上がって言う。
「じつは仲間が来たので連れて来たのだ」
「それはそれは、皆さんこんなむさ苦しい所ですけど寛いでくださいね」
するとミーシャが俺に聞いて来る。
「ラウル様。来客でございますか?」
最初は違ったけど、すこーし事情が変わって来た。俺はミーシャに言う。
「みんなの食事の用意を、遠路はるばる来たんだ。いい食材を使って酒もふるまうと良い」
「マリアに伝えます」
「頼む」
ミーシャが出て行った。
とにかく何故、デメールが引きこもって力が無くなったのか理由がはっきりした。デメールは心優しいオウルベアが決めた道を選んだのだ。唯一好戦的なアンジュが残ったが、信者たちの気持ちを汲み取ってそうしたらしい。
俺は振り向いてデメールを見た。
あれ?
デメールの身長が心なしか伸びたような気がする。魔法学校に通う学生たちの物語に出て来る妖精に似てる。皺も少し減ってスマートになった気がした。さっきまでは超能力を使う、宇宙戦争の伝説の騎士だったのに。
「デメール様。すらりとしましたね」
「信仰が戻ったようだ」
「もしかすると、オウルベアってもっといっぱいいたのですか?」
「昔はね」
もしかしたら本当にピッチピチのスレンダー美女だったりして。まさかね、しわっしわの宇宙人にしか見えない。
するとハリボー達がある物を見て驚いている。
「どうしたのかな?」
「あ、あれはなんです!」
指を刺した先にはグレースが出したゴーレムが立っている。するとグレースはゴーレムに指示を出した。
「こっちへ来い!」
ズズズズ
ゴーレムはゆっくりとこっちへ歩いて来る。それを見たオウルベア達は目を見開いて驚いていた。俺達の前にゴーレムが立つと、グレースがみんなに説明する。
「これはゴーレムと言う岩で出来た人形です。一応、命がふきこまれてます」
「凄い」
驚いているオウルベア達を尻目に、アンジュが不貞腐れている。物凄く不機嫌そうな顔をして、オウルベアを睨んで一人ブツブツ言っていた。
「逃げたくせに、臆病者のくせに、なんでいまさら」
なるほど。裏切者が自分たちの意思で舞い戻って来たと思っているのか…違うんだけど。
だが俺はアンジュにかける言葉が思いつかず、そっとしておくことにする。そこにマリアとミーシャとカララが、この町で雇った従業員を連れて入って来た。この従業員たちは既に、アウロラの信者となっており完全にアトム神がインストールされている。
マリアが言った。
「結構人数がいますね。では食材の手配を」
マリアが、羊皮紙にペンで材料を書き込んでいく。いきなり百人くらい連れて来たので、それなりの食材を用意しなければならなくなったようだ。
「ごめんねマリア」
「いえ。お客様であるとミーシャに聞きました」
「そうそう。アンジュと同じ種族の人らだよ、デメール様の信者だ」
「それはそれは。では最高のおもてなしをしなければいけません」
「よろしく頼む」
俺は考えを改める。いざとなったら洗脳と魂核を変えようかとも思っていたが、魔人やエルフ、龍族や獣人と同じように人間から虐げられた仲間だった。俺は彼らの生きる世界も、元に戻すべきだと思い直す。
まあ、魔人が最優先だけど。
あくまでも魔人第一主義の俺なのだった。