第849話 研究熱心のミーシャ
俺とシャーミリアが毎日爆撃をしているにも関わらず、まだ敵に動きは無い。終戦直前の日本のように既に反撃する余力がないのか、他に何か策を練っているのか。ともかく、恐らくは本丸を空にするわけにはいかないのだろう。ドランからの念話でも、東の都市に兵隊が進軍してくる気配はないとの事だった。
俺はいたって人道的? とまではいかないが、大量殺戮のような攻撃をしていなかった。俺達がやっているのは、爆発しないタングステン玉をばらまくクラスター爆弾の攻撃だ。通常爆弾で空爆をしたり、核弾頭を落とせばモエニタ王都は消滅する。だが俺はこのモエニタ国の豊富な資源に目を付けた。この国の資源を転移魔法陣を使って、北大陸やシン国に輸出すればさらに経済が潤う。その為にも復興不可能な状態にはしたくないと考えたのだった。
敵が動かないなら、俺もただ淡々と空爆を行うだけ。とはいえこの爆撃でも人は死ぬ。出来ればそろそろ交渉しに来るなり、反撃してくるなりしてほしいものだ。とにかく敵が動かないのであれば、今の状態を淡々と続けるのみ。
そして俺は、グレースとミーシャが臨時で研究室にしている場所へと来たのだった。
「は! は! ほっ! せい!」
ファントムを連れて俺が門まで来ると、その敷地ではオンジさんが剣の素振りをしていた。
「オンジさん」
「これはラウル様」
「グレースいる?」
「はいおります。どうぞ中に」
オンジが鉄格子の鍵を開けて俺を中に入れてくれた。ミーシャが研究室にしている建物は、俺達が済んでいる商人宅の隣りの敷地だ。そこでグレースとミーシャが、ヴァルキリーの装備についてあれこれとやっている。
俺とファントムが家に入り、更に中庭に抜けるとそこでグレースとミーシャがあーでもないこーでもないと話をしていた。その周りにはグレースが出したゴーレムが数体並んでいる。重量物を運ぶのに重宝しているらしい。
「グレース様、ラウル様がいらっしゃいました」
「あ、ラウルさん! 丁度よかった! その前に何か動きはありました?」
「全然。何の報告も無いし、未だに敵は動かずだ」
「そうなんですね」
そして二人の前にはヴァルキリーと追加装備が並んでいる。
「ラウル様! とても素晴らしい事が出来たのです!」
ミーシャがイキイキと話しかけて来たので、俺が聞き返した。
「なに? どうしたの?」
するとミーシャはチラリとグレースを見る。グレースがミーシャにうんうんと返事を返した。そしてミーシャはヴァルキリー専用バーニアを指さす。昼間はここに貸し出していろいろと調整してもらっていたのだ。
「こちらが、かなり改良されました」
「どんなふうに?」
「グレース様の、ゴーレムに命を吹き込む能力を貸していただいたのです」
俺がグレースを見て首をかしげる。
「どゆこと?」
「まあ百聞は一見に如かず! ラウルさん。最後の仕上げ、このバーニアに名前を付けてください」
「バーニアに名前って、なんで?」
「いいから」
バーニアの名前、なんだろ? バーニアスラスタ? ウイング? そして俺は思いついた。
「えっと、ドラグーンで」
「いいですね! じゃあ、これに触れて名前を呼んであげてください」
俺はバーニアに触れながら、声をかける。
「ドラグーン」
するとキュィィィと、羽が広がるようになってバーニアがクイクイと動いた。
「おお!」
次にグレースが言う。
「次は魔導鎧を着てください」
「わかった」
俺はヴァルキリーの背中を開き中に入る。
「我が主。出撃でしょうか? まだ昼間ですが」
「違うよ。試験らしい」
「はい」
そしてグレースが俺に言う。
「そのままここから離れてもらえますか?」
「了解」
ヴァルキリーを着たまま、そこから歩いて行く。グレースが遠くから俺に叫んだ。
「ラウルさーん! ドラグーンにドッキング指令を出してください!」
「え?」
「そのまま言えばいいです!」
とりあえず言われたとおりにすればいいんだろうか?
「ドラグーン! ドッキングだ!」
するとシュパアアアアアと、ドラグーンは自動で俺の方へと飛んで来た。そして背中に周って自動で背中にくっついたのだ。そのまま飛ぶように指示をすると、ヴァルキリーごと空中に浮かび上がった。
「ラウルさん! あとはラウルさんの考えを読むと思います!」
俺が飛ぶルートを自然に考えてみると、ドラグーンはそのように飛んでくれた。もう自分の体の一部のように、言う事を聞いてくれるようになった。
「凄い!」
そして俺は都市上空を自在に飛んで見せミーシャたちの所に急降下し、優しく地面に舞い降りた。グレースが聞いて来る。
「どうです?」
「すっごいよ」
「では、外してみてください」
「ドラグーン。解除」
ドラグーンは、シュー! とゆっくりホバリングしながら地面に降りた。これなら破損する事も無いだろう。
「次は脳波でやってみましょう」
「わかった」
そして俺は再び距離をとる。次は叫ぶのでは無く脳波で指示を出す。
シュー―とドラグーンが飛び出して、俺の背中に装着された。
「凄いよグレース!」
「あの、それを施したのは僕ですが、発案者はミーシャです」
「凄いねミーシャ!」
「いえ」
するとグレースが言った。
「ラウルさんは僕が側にいないと魔導鎧を着れませんでしたが、これならどこに居ても装着出来ます」
「そうか」
「ラウルさんは念話を使いますよね?」
「ああ」
「ならば念話が届く距離なら魔導鎧を呼べます」
「そう言う事か…」
俺はヴァルキリーにも聞いてみる。
《ヴァルキリーはどこまで俺の念話が聞こえるのかな?》
すると凄い返事が来た。
《魔人より遠方まで、と言うよりもこの世界のどこに居ても聞こえます。なぜならば我は主の分体でございますので》
《そうだった。俺の体の一部なのだからどこに居ても分かるって事だな》
《その通りでございます》
いったん俺はヴァルキリーを脱ぐ。そして試したみたいことがあった。
「グレース。ヴァルキリーにバーニアを装着させてくれ」
「わかりました」
ゴーレムたちがドラグーンを持ち上げて、ヴァルキリーの背中に持って行く。無人のヴァルキリーにバーニアが取り付けられた。俺は離れた場所に行ってヴァルキリーを呼ぶ。
《ヴァルキリー! 来い!》
《はい、我が主》
バシューっ、と音をたててヴァルキリーが俺のもとまで飛んで静かに着地する。そして速やかにドラグーンが外れヴァルキリーの背中が開いた。
「凄い! 凄いぞ!」
俺がグレースとミーシャを見ると、二人が俺に親指を立ててみせた。この世界のマッドサイエンティストと神様が組むと、とんでもないハイテク兵器が作れる事を知る。
俺は二人の元へ行って二人の手を握った。
「これはマジで使える。一番の成果じゃないか? 俺の生存確率もこれでだいぶ上がるぞ」
「良かったです!」
ミーシャは、今にもこぼれそうな大きな瞳を俺に見せて笑う。不自然なくらい目が大きいが、それが彼女のチャームポイントだ。
するとグレースが俺に言う。
「ミーシャを連れて何か食べに行ったらどうです? いったん開発研究は休みです」
「そうだな! この街には美味いスイーツがあるからな! 行くか?」
「いいのですか?」
「もちろん。護衛にファントムはつくが、それでも良ければ」
するとミーシャがスタスタとファントムの所に行って、手を握り言った。
「ファントム。よろしくね」
だがファントムは正面を真っすぐ見るだけで、何も反応はしなかった。
「じゃ、グレース。ミーシャを借りていくよ」
「どーぞ、どーぞ!」
俺とミーシャとファントムは、研究施設から町に出るのだった。基本この時間は皆自由に動いている。カーライルはまた魔人達と修練を始めたし、シャーミリアとカララとアナミスはマリアに料理を習い始めた。ルフラは最近カトリーヌと聖女リシェルと共に、何かをやっているらしい。ゴーグとミゼッタは相変わらずモーリス先生の横にべったりだ。
俺達は街に出て真っすぐにスイーツの店に向かった。ミーシャはとてもうれしそうに俺の三歩後ろをついて来る。
「そこのスイーツ美味しいんだよ」
「そうなんですね。ずっと研究してたので、外に出るのは久しぶりです」
「ならよかった」
俺達がその店につくと行列が出来ていた。だが俺を見たメイド姿の店員がやってきて、VIP対応で店の中に通される。俺はファントムに言った。
「店頭で待ってろ。並んでるお客さんをビビらせるな」
《ハイ》
俺は店員に頭を下げて店内に入った。
「すみませんね」
「いえ! ラウル様はお得意様でございますので!」
俺はこの店でもめちゃくちゃ金を使っているので、既に顔見知りになりお得意様になってしまったのである。店内に通されて席に座りメニュー表を見た。それを見て俺が尋ねる。
「あれ? 値上げしました?」
「はい。最近は南からの商人が来なくなりまして、物資がなかなか手に入らなくなってしまったのです」
それは俺のせいだ。俺が王都をめちゃくちゃにしているし、この都市の豪商の家を占領して住んでいる。その豪商の金と物資を俺達が使っているので、商人の仕事が出来なくなってしまっているのだ。基地を設置するために北から魔人達を呼んでいるが、まだそいつらはまだ半数しか到着していない。到着次第、近隣に基地を設置し、そこに転移魔法陣を作るつもりでいる。そうすれば北からの物資を持ち込めるだろうから、それまでは物価高騰はやむを得ない。
「大変ですね」
「ええ。でも出来るだけ努力して価格は抑えております」
「それはすばらしい」
俺はミーシャに言った。
「好きなの食べていいよ」
「はい!」
そしてミーシャはクリームのケーキとお茶を頼んだ。俺も同じものを頼み、しばらくするとスイーツが運ばれて来る。
「どうぞ」
「はい!」
ミーシャは小さいスプーンでケーキのクリームをすくって、小さい口でぱくりと頬張った。
「甘いです」
「やっぱ頭使うと甘いの欲しくなるよね?」
「はい」
凄く嬉しそうに俺と話している。こもりっきりだったから、よほど楽しいのだろう。いろんな話をしながら、今度はミーシャの行きたい所を聞く。
「ミーシャは行きたい所ある? 服屋とか宝石屋とか」
「私はそういうところは特に。それよりも…」
「それよりも?」
「この町の薬師の店を訊ねたいです。あと薬草の仕入れとか、冒険者ギルドでお願いとか出来るんでしょうか?」
「なるほど。冒険者なら間違いなく俺の言う事を聞いてくれると思う」
「本当ですか?」
「ああ」
「なら、薬屋とギルドでお願いします!」
そう言えば、ミーシャが一人で出歩く事はない。危険と言う事もあるが、誰も誘ってくれないというのもあったのだろう。俺はそんな気遣いが出来なかった事を申し訳なくなる。店の人を呼んで聞いた。
「すみませーん」
「はい」
「この町の薬屋ってどこにあります?」
「それでしたら」
店員は丁寧に薬屋の場所を教えてくれた。スイーツを食べ終わった俺とミーシャは、聞いた通りに道を歩いて薬屋へとたどり着いた。薬屋はこじんまりとしているが、こ綺麗ですっきりしていた。デイジーさんの店のような渋さはないが、店主が几帳面な事は伝わってくる。
「ごめん下さい」
「はーい」
店の奥からふっくらした三十代後半くらいの赤い髪の女性が出て来た。そばかすが印象的だが、顔立ちは愛嬌があり悪い人ではなさそうだ。
ミーシャが言う。
「お薬をいろいろ見せていただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
ミーシャに言われ薬屋があれやこれやと薬を出してくる。珍しい薬草を次々に出して来て、それがカウンターに積み上げられて行った。俺がミーシャに言う。
「これ欲しいの?」
「はい」
俺は店の主人に言った。
「えっと、それぞれを一箱ずつもらえます?」
「は、はい! 大丈夫ですよ」
するとミーシャが俺に言う。
「いいのですか!」
「もちろん。あとはファントムに運ばせるから」
「ありがとうございます!」
ミーシャはまた喜んでいる。服や宝石でも買ってもらったように、ウキウキしているようだ。いつの間にか彼女はすっかり薬師になってしまった。元はキッチンメイドだったが、デイジーさんに仕込まれてかなりの知識となっている。
店の前に詰まれた箱をファントムが担いで、俺達はギルドへと足を向けるのだった。