第848話 魔人並みにレベルアップする男
俺はカーライル達の訓練を見に来ていた。流石にギレザム、ガザム、ミノス、を相手にしてカーライルは手も足も出ないだろう。今はガザムがカーライルの相手をして、ギレザムとミノスがそれを眺めているところだった。どうやら一人一人で順番に相手をしているらしい。
俺がギレザムの側に座って聞く。
「カーライルは、どんな感じ?」
「はい。すでに人の域は超えているでしょう」
「ガザムとの訓練では何をしてるの?」
「勝利条件はガザムに触れる事です」
「触れられた?」
「いえ。既に半日以上経過していますが、未だに触れる事は出来ていません」
「えっ! 半日もあれやってんの!」
「はい。休みなしで」
確かに人の域を超えている。フッフッとあちこちに現れるガザムに、カーライルが突進しては触れようとする。だがすぐにガザムが消えて他の場所に出現した。
「無理でしょ」
どう考えてもガザムを捉えるのは無理だと思う。だって消えるんだもん、そんなものを触るってどうやってやるのか?
「そうでもありません」
「えっ?」
「どうやったのかは分からないのですが、出現位置に正確に向かうようになっています」
「うそ?」
「嘘ではありません」
カーライルの動きを見ていると確かにそうだ。ガザムが消えた瞬間に方向を変えて、突進した先にガザムが出現している。一体どうやってるのか分からない。
「ホントだ」
「はい」
「なんで出来てんのかな?」
「天性の勘としか…」
「彼が魔人だったら凄かったろうね」
「はい」
プシュップシュッと音がしたと思ったら、カーライルは止まってしまった。そしてこちらを振り向いて言う。
「推進剤が切れました。次の推進器を使います」
カーライルがギレザムに空の推進器を放り投げ、ギレザムが満タンの推進器を投げ渡した。カーライルがそれを腰のベルトに装着する。そのベルトはミーシャに作ってもらったものらしい。
「では、ガザムさん。よろしくお願いします」
「ああ」
シュツとカーライルが消えガザムの位置に飛ぶが、すでにガザムは他の所に出現している。確かに次の位置を狙って飛んでいるようだが、なかなかガザムを捉えられなかった。
「これどのくらいやってるの?」
「昨日も同じことをしてましたが、最初は全くダメだったのです」
「それが、今日はああなったと?」
「それもどんどん精度が上がってきているのです」
なるほど。じゃあもう人間じゃないや。そもそもあの推進剤を使ったら普通の人間は骨格が持たないと思う。俺達は黙ってそれを見続けた。だが凝りもせずカーライルはガザムを追い回している。
「飽きて来た」
「そろそろ陽も落ちますね」
「気づけばあれから半日やってるのか」
俺が飽きて席を立とうとするとギレザムが言う。
「ラウル様。お待ちください、恐らくもう少しで面白いものが見れるでしょう」
ギレザムが確信めいた感じに言う。
俺はそのまま座ってカーライルの動きを追う。すると異変が訪れた。カーライルの反射速度が全く違うものになって来たのだ。
マジか…
そして唐突にその時は来た。
パシィッ…
ガザムもカーライルも止まった。ガザムの腕にカーライルが触れていたのだった。それを見た俺は全身が総毛立った。思わず俺は手を叩いてしまう。
パチパチパチ! 拍手する俺にカーライルが話しかけて来た。
「これはラウル様。いらっしゃったんですか?」
いや。半日前からいたけどね。恐らく究極に集中して俺が見えなかったのだろう。
「凄いよカーライル。よくガザムを捕まえた」
「いや。ラウル様それは違います。ただ、触れただけです」
「凄いって。人間がガザムに触るなんて考えられない」
「私をよく見てください」
「なに?」
「丸腰です。推進器以外を身に着けてはおりません。重量物の剣を持たずに追ってようやくです」
なるほどね。軽量化してようやく可能になったという訳か。
「いや、十分凄いって」
「私が恐ろしいのはガザムの速度。バティンなどとは比較になりません」
するとガザムが笑って言う。
「カーライルよ。我が軍にはシャーミリアがいる、あの速度には俺でもついては行けん」
「ラウル様の護衛はそれくらいでないと務まらないでしょう?」
皆が頷いた。そして次の瞬間カーライルがばったりと倒れてしまう。
「おいおい!」
俺が近づくとカーライルが笑って言う。
「もっと強い体があればいいのですが」
いや十分強いと思うけど。
俺はエリクサーをポケットから取り出してカーライルにかけた。するとカーライルはむくっと起きだして、パンパンと服についた土を掃い立ち上がる。
「エリクサーも持たずに?」
「重量物は一切なくしました」
もうこいつは変態だ。自分の体がバラバラになる事も厭わずに、魔人と鬼ごっこをするなんて頭が…。いや…俺もシャーミリアとの訓練では似たようなものか…。
「でも分かるよ。俺達が魔人に追いつくにはそれほどやらないと無理だよな?」
「はい」
そしてカーライルはニッコリ笑って言った。
「ではミノス。次お願いします」
「おいおい、ちょっと休んだ方が良いだろ」
「いえ。ラウル様のエリクサーで戻りました」
すると笑いながらギレザムが言った。
「我とやった時もこんな感じです。面白い男です」
ズッとミノスが立ち上がった。世紀末の拳法家の長兄のような風袋で、カーライルを見下ろす。その威圧感だけで、大抵の人間は委縮してしまうだろう。だがカーライルはどこ吹く風と言った感じで、さわやかにそこに立っていた。
「我との勝利条件はどうするか?」
「そうですね。今度は剣を使いたいですね」
「なるほど、どうする?」
「どうしますか…」
そのやり取りを聞いて俺が閃いた。俺とオージェがやったルゼミアとの戦闘訓練を思い出す。
「ミノスを一歩でも動かしたら勝ち、ミノスは反撃せずに防御だけ。どれでどう?」
俺の言葉を聞いてミノスとカーライルがにやりと笑う。そしてカーライルがミノスに言った。
「それでどうです?」
「よかろう」
ミノスが巨大斧を持って、カーライルがいつもの業物を腰に差した。ミノスがすうっと息を吸い込み言う。
「来い!」
ビリビリビリビリ! 大地が震えるような声でミノスが号令をかけた。するとカーライルが正面から剣撃を繰り広げ始める。だがミノスはそれのことごとくを受け止め、微動だにしなかった。
これこれ! ルゼミアは絶対に動かないと思ったけど、最後は何とか半歩後ろに下がらせた。だがあれは俺の武器召喚という反則技が決め手だった。果たしてカーライルに裏技があるのかどうか。
…で、それからが酷かった。何とミノスとカーライルは夜を超え、朝が来て次の夜が来るまでずっとそれをやっていたのだ。俺がギレザムの側で居眠りをこいてる時も、俺が飯を食いに行って戻ってきてもずっとやっていた。
俺はギレザムに聞く。
「まだやってんの?」
「はい」
「ミノスは動いた?」
「未だ敵わず」
「無理じゃね? ミノスを動かすとか」
「そうでしょうか? なかなかに面白いですよ」
「そう?」
俺が見た感じは飯の前と変わらないようだ。二十四時間以上同じことをやり続けている。つーか眠らずにそこまで動き続けられる意味が分からない。カーライルは眠らず飯も食わずに、ひたすらミノスに打ち込んでいる。
「なあギレザム」
「はい」
「この戦闘訓練はいつからだっけ?」
「今日で、四日になります」
「えっ?」
「我と二日、ガザムと一日半、そしてミノスと一日」
「アイツさ…」
「はい」
「馬鹿だな」
「はい」
「でも、凄い」
「はい」
俺は鳥肌が立っていた。感動すら覚える。あの修練馬鹿にはいつも感動させられる。さすが、シャーミリアに認められた人間だけある。
「俺もつきあうわ」
「わざわざラウル様がお付き合いしなくとも」
「いや。見てみたい」
「はい」
なんとそれは延々と続いた。カーライルがフラフラになってくると、ハイポーションを飲んで体を戻しまた続けている。そのあたりにハイポーションの瓶が転がっていた。ミノスの周りを飛ぶように、前から後ろから上から横からあらゆる方面から斬りつけている。そのスピードも既に尋常ではない。
それから一日半、ミノスとの訓練を始めて二日半がたった時だった。カーライルはミノスの斧の防御をかいくぐり、フェイントをかけてのけぞらせ更に足を踏んづけ蹴り飛ばし剣で斬りつけている。そのカーライルの動きが変わって来た。
「ラウル様。見ててください!」
変わらぬ内容のようだったが、ギレザムが俺に集中するように言う。
ズオッ!
カーライルの手から先が消えたような気がした。ミノスは斧でカーライルの剣先を受け止めており、カーライルがその姿勢で止まった。
ミノスが言う。
「俺の負けだ」
なんとミノスは右足を一歩後ろに引いていたのだった。カーライルが勝利条件であるミノスを動かす、を達成した瞬間だった。
パチパチパチ! 俺は自然に拍手をしてしまう。
「凄! 凄すぎるよカーライル!」
「いえ…今の攻撃を動いている者に当てるのは難しいです。相手が止まっている事前提の技でした」
「それでも、ミノスを引かせたぞ!」
するとギレザムが立ち上がってカーライルに言う。
「お前は凄い。ミノスを下がらせる人間がいるなど到底考えられん」
「いえ。この戦闘条件がなせる業でした」
俺がカーライルに聞いた。
「最後に手先がよく見えなかったけど、あれは突きを入れたんだよね?」
「はい」
ミノスが笑いながら言った。
「ラウル様は、今の突きを何回見えました?」
「七回?」
「とんでもない。こやつはあの瞬間、二十の突きを頭の先から足の先まで一瞬で繰り出したのです」
「二十回?」
「さすがに下がりましたわ! はーはっはっはっはっ!」
ドサリ。
またカーライルが倒れる。俺は慌ててカーライルの元に行って、エリクサーを振りかけて生き返らせた。何度繰り返したらいいんだ?
そしてギレザムが言った。
「よし。修練はこれで全部だな。まずは体を休めた方が良い」
「そうさせていただきます」
立ち上がってよろよろするカーライルに、俺が肩を貸した。
「部屋まで行こう」
「ありがとうございます。私は少しは近づけたのでしょうか?」
「十分だろ。また前線で助けてくれよ」
「もちろんです」
「イケメンが髭面になってるぞ。綺麗にしないと女にモテないぞ」
「はは。ラウル様にそれを言われるとは」
「やっぱカーライルはカッコいいよ」
「滅相もございません。ですが…ラウル様に言っていただけるのが一番うれしいです」
俺がカーライルに肩をかしながら、アジトへと足を向けるのだった。