第85話 マリアの秘技
昼食をとり、俺とマリアは一緒に廊下を歩いている。
なんだろう?技って・・とにかくマリアは俺を連れて廊下を進んでいく。
どんどん進んでいくと、また外に出ていくのだった。
「演習場か?」
「はい」
マリアと2人で演習場に着いた。演習場には誰もいない、たくさんの土人形や壊れた土人形があるだけだった。城の周りは春になって雪が無くなり、緑は少ないがそちらこちらに雑草が生えていた。厳しい冬が終わるのを待って、やっと魔人達の射撃演習が行えるようになったというわけだ。この国に来てから3度目の春がきたのだ。
演習場でマリアと二人きりになって風に吹かれながら向かい合っていた。マリアは俺を見つめるように佇んでいる・・
「あの・・ラウル様・・」
「なに?」
「出してほしいものが・・」
「あ、なんでもいいよ。なに?」
なんだろう、マリアがあらたまって俺に出してほしいものがあるらしい。いままでの経緯から考えると・・スナイパーライフルとかかな?凄い技といえば、あの長距離連続スナイプを思い出す。
「逃亡中に私に貸してくださった、銃を二丁を出してほしいのです。」
なんだそっちか!
「了解すぐに召喚するよ。」
「はい。」
俺はマリアが逃亡生活で愛用していた、P320とベレッタ92のハンドガン2丁を召喚した。
「あの、私はこれまでラウル様の配下の魔人たちと訓練をしてきました。かなり辛い訓練でしたが組手や武技など、ある程度身についてきました。」
「凄いよね。配下達も上達が早いと言っていたよ。」
「ありがとうございます。それで・・私なりにその体術を使った戦闘方法を考えたのですが、見てもらえますか?」
「そんなものがあるのか?ぜひ見せてくれ!」
「はい」
凄いな・・自分で開発した戦い方なんてあるのか!?
2丁の銃を確認してマリアが俺にいう。
「では、あの建物風の障害物の上に乗って見ていてください。」
「わかった。」
作られた障害物の上にのって演習場を見渡す。ファントムや魔人に壊されはしたが土人形がまだたくさん立っている。
《ファントムも配下の魔人もすごかったよな・・あんな命のかかったサバゲみたことねーわ!》
「では、いきまーす!」
マリアが俺に手を振って合図をする。
スゥー
マリアは演習場中央付近に立って息をはいた。
スッ
動き始める。まるでカンフーか空手のような構えをとった。スッと拳を突き出すようにして正面の土人形に向かってパン!と銃を撃ったのを皮切りに、まるで舞を舞うかごとくクルクルと動き初めた。身をかがめ下から土人形のアゴめがけて撃つ、後転して両手を広げ左右の土人形を撃つ、そのまま片手側転しながら土人形に銃を撃ちこむ。
パン
パン
パン
パン
バックブリッジしながら撃つ。倒れ込みながら横回転して撃つ。パンパンパン!銃を連射して倒れ込み地面に横たわることなくスレスレから、ノールックで後ろの土人形にパン!前転をして立ち上がってパン!土人形の肩に手を当て飛び越えざまに脳天にパン!まるでブレイクダンスとバレエの中間のような動きで華麗に土人形に銃を撃ちこんでいくのだった。メイド服が華麗に舞う。
フッ
息をはいたと同時に直線的な動きにリズムがかわった。土人形の懐にバッ!と入り込んで腹にパン!土人形をくるりとかわして後ろに立っている人形の額にパン!さらにいま腹に撃ちこんだ土人形の後頭部にパン!直線的に横に飛んで近くの土人形の脇にパン!くるりとその土人形の背中に背中をくっつけて後頭部にパン!正面にいる土人形にパン!
リズムを変え緩急を使い分けた戦闘スタイルに息をのんだ。さらに特筆すべきは、ほとんど見ないで敵に当てている。まさに百発百中といったところだ。
《前世の映画でこんなシーンを見た事がある・・いや・・それ以上の動きだ。》
しかも周りにいる土人形やいない人間までイメージできた。いや・・実際俺には空想の敵への攻撃が見えていた。とにかく衝撃的なのが、それをやっているのは本物の正真正銘のメイドってことだった。どう考えてもメイドの動きじゃない・・俺の配下達に組手や武術を仕込まれた結果こんなことになっていたらしい。そして打撃力や破壊力の無さを銃で補う事を考えたのだった。
「すごい。」
一通りの攻撃を終えたらしく俺に手を振ってきた。
「終わりましたー!ラウル様ー!見てくださいました?」
「すごいよ!カッコよかった!一人で考えたの?」
「はい!少しでもお役に立てるかと思って考えたんですよ」
「これは使えるよ。まあ誰にでも出来る芸当じゃないけど、混戦になったらかなり脅威になると思う。」
「よかったです!」
マリアは子供のように喜んでいた。こんな戦闘方法を何も見ないで出来るなんて天才としか言いようがない。できたらこれを型にして体技の得意な魔人に教えてほしいものだが、そんなに簡単にはできないだろうなあ。
「俺にも出来るかな?」
「じゃあまた、あの頃のように訓練しませんか?」
「わかった。じゃあ連携の型を作っていこう。」
「懐かしいです。ぜひやりましょう!」
「やろうやろう!」
2人で銃を使った格闘術をやりはじめることにしたのだった。
「でもその服装ではやりづらくないか?」
「いえ、普段の仕事服ですので支障はございませんが?」
「そうか・・言いにくいんだが・・」
「なんです?」
「たまに下着が丸見えだよ。」
カアアアアアア
マリアの顔が赤くなる。
「ラウル様すみません・・お見苦しいものをお見せしました。」
いや・・俺としては全然お見苦しくないんだが、いやむしろ役得だったけど。
「全然嫌じゃないよ。逆に俺以外には見られてないから良かった。」
マリアがくるりと周りを見渡し、ホッと胸を撫で下ろす。
「ラウル様にならいいんですよ。小さいころからお風呂に入れてあげてましたから。」
マリアがにっこり笑う。
まあ俺にとってマリアは乳母みたいなもんだし、いいかとも思うんだけど、さすがに俺の体が大人になってきちゃって・・特にその風呂がやばいんだよなあ、前世でも女性とは全く接点のない生き方をしてた31才だったし、童貞のまま通算42才になった俺には対処のしようが全く分からないんだよ・・
「とにかくだ!今度の訓練の時は俺が戦闘服を出すから、それを着て組手の練習がてら型をつくっていこう!」
「はい」
俺は召喚する兵器の新しい可能性をマリアから教えてもらったような気がする。この戦い方を参考に考えていけば、魔人の特性に合わせた効果的な武器の使用方法がありそうだ。ただし使用方法を考察して魔人にレクチャーしていくにしても、自分がその使い方をある程度体得しなければアウトプットする事が出来ない。しばらくはマリアと一緒に煮詰めていく事にしよう。
「ありがとうマリア、目から鱗だったよ。」
「い、いえ、役に立てたならよかったです。」
ちょっと机上で考えていかないといけないなと思いながら、二人きりの訓練を終えた。
「じゃあマリアはお仕事に戻っていいよ。特殊訓練の日時は相談して決めよう。」
「わかりました。ありがとうございました。」
2丁の銃を俺に返そうとしたので、俺はそのままマリアに持っていてもらう事にする。
「一人で訓練するにしてもこれがあった方がいいだろ?」
「あ、はい!ありがとうございます。」
すっごく嬉しそうにしながらP320とベレッタ92を持っていってしまった。
よし!それじゃあ今日も今日とて、シロとアウロラを連れて城内巡回するとしようかな。
俺がシロの小屋に行くと、イオナがシロの毛並みを整えていた。ルゼミア王が馬の毛並み用のブラシをグラドラムから取り寄せてくれたのだった。しかしシロは馬よりだいぶ毛深いので毛づくろいも時間がかかる。
「母さんお疲れ様。」
「あら、魔人さん達の射撃訓練は終わったの?」
「ああ無事に。」
「それはよかったわ。上手くいった?」
「昨日の決起集会のおかげでスムーズに進んだよ。」
「よかったわね。」
「俺の配下に演技指導してくれて助かったよ。さすがは母さんだ、みんな役者だった。」
「ふふ、それなりに上手だったでしょ?みんな楽しんでたわよ。」
そうなんだ。確かに・・楽しそうにやってたもんなあ。あいつら嫌々やらされてたんじゃないのか・・イオナさんの指導がどんなものだったのか知る由もない。
「魔人さん達、武器にびっくりしなかった?」
「ああかなり驚いてたよ。」
「そうよね・・」
さて、射撃訓練も終わったし通常営業に戻すとしよう。
「シロ!今日もいくよ。」
「うぅぉぉん」
「しかし・・だいぶ大きくなったなぁ」
初めに連れてきた時は1メートルくらいだったシロが・・いまでは2メートルくらいある。さすがに魔人達もおっかなびっくりなようだった。
「これでまだ子供なんだもんなあ。」
「ええ、そろそろかがんでも背中に届かなくなりそうよ。」
「母さん、シロが怖くはないのかい?」
「ええまったく怖くなんてないわよ。とても従順でむしろ来たばかりの頃より聞き分けも良くなったわ。」
「そうなのか、知恵がついてきたのかな?」
「驚くほど賢くなったみたいよ。」
そうなのか・・もともと俺に懐いてついてきたところもあったが、上下関係がはっきりわかっているのかもしれないな。エサもたくさんあげてるし不満も無いのかもしれない。魔獣でも知恵をつけるものなんだな。
すると、イオナがおもむろにシロに命令し始める。
「お手!」
「ウォン」
イオナの手のひらにボフン!と手をのせた。しかも優しくそっと添えるように置いている。
えっ!!
「バンザイ!」
「ウォン」
おおお!巨大白熊がバンザイをしている!デカイ!!
「ちょうだい!」
「ウォン」
両手を拝むように、まるでバーテンダーのように手を上下させている。
「母さん!すごいね!まるでサーカスみたいだよ。」
「さーかす?なあにそれ??」
「あ、ああなんでもない。」
「ラウルはたまにおかしなこと言うわよね。」
「ははは。」
そうだ・・サーカスなんてこの世界にあるわけない。魔獣を調教してショーを見せる・・うん・・将来的に稼げるかもしれないな。それはそれで考えておくとしよう。とにかくだ!魔人だけでなく魔獣もこんなに従順に躾けてしまうなんて、イオナの究極の特技なんじゃないのか?
「シロ、技なんかできたら面白いだろうなあ・・」
「技ねぇ・・・」
「それじゃ母さんまたあとで。」
シロの手綱を握って行こうかなと思った時だった。
「そういえば・・ラウル・・」
「ん?なんだい?」
「ミーシャかマリアとなにか話したりした?」
「ああ、それならマリアと二人きりでいたけど。」
「あら?そうなの。何かあったかしら?」
ああ、ひょっとしてイオナはマリアのあの技を見た事あるんじゃないか?俺に見せる前に披露していたのかもしれない。
「あったあった!マリアの秘密の技すごかったよ!あんなこと出来るなんて!」
「え・・ええ。秘密の技?そうね技ね。びっくりしたでしょう?」
「そりゃもう!はじめてだったから度肝をぬかれたよ。」
「そ・・それはよかったわ。」
「いつのまにあんなこと出来るようになったのか・・本当に彼女は不思議だね。」
するとイオナが少し黙り込んで・・意を決したように言う。
「実はね母さんが少し手ほどきをしたのよ。」
「えっ!?!?母さんが!!」
「びっくりしたわよね。」
「そりゃもう。」
イオナがマリアにあんな技を教えた?いや・・たぶんヒントを与えたんだろうな。そりゃそうか、この人はグラム父さんの正妻だったんだもんな。あの武技の塊のようなグラムに、多少の剣技や体術の手ほどきぐらいは受けたことあるよなあ。
「そんなに喜んでくれるなんて、でもね・・これも貴族の嗜みのようなものだから。」
「母さんも父さんとかなりやったの?」
「やったっ・・て・・まあ、そ・・そうね。したわ。」
「楽しかった?」
「もちろんそれなりには」
「俺も身につけたいと思ったよ。」
「そうね、ラウルはこれからもっと大人になるから頑張らなくちゃね。」
きっとイオナは、逃亡中の戦いでマリアが2丁拳銃を使うのを見ていたから、あんなことを思いついたんだろうなあ。鋭いところに気がつくもんだ。
「私が教えたなんて誰にも言っちゃダメよ。」
「言わない言わない。重要機密さ」
最初は武器を出してほしいというから、スナイパーライフルだと思ったんだけど、あんなに格闘に特化したハンドガンの使い方を思いつくなんてすごいよなあ。
「ただマリアは下着を見られて恥ずかしがっていたよ。昔から一緒にお風呂に入ってるのにね・・」
「それはねラウル・・そういう時は女は恥ずかしいものなのよ。」
「そうなんだね。次は違うようにしようって言ってるんだ。」
「違うように・・」
「うん、二人でいろんな型を試そうって言ってるんだよ。本当に楽しみだ。」
「二人でいろんな型?まあ・・マリアも大胆ね。」
・・・・大胆っちゃ大胆だよな。メイド服であんな戦闘をするなんて普通じゃないもんな。
「うん、終わった後なんかさ、マリアすっごくスッキリした顔してたよ。やりきった!って顔だった。」
「あの子なりに一生懸命だったのでしょうね。泣けちゃうわ。」
「でもほんと凄かったんだ。すっごい興奮したよ、この凄さは魔人達にもどんどん伝えていこうと思っているんだ。」
「いいえ、そんなことをあまり大勢に言うものではありませんよ。ラウルあなたもマリアの気持ちを考えてあげなさいね。」
あ!しまった・・そうだよな。せっかく自分一人であそこまで突き詰めたんだ。あんな武術を組み上げるまでは相当考えたろうしなあ、相手を選んで伝えていこう。
「母さんの言うとおりだね。俺ももっと上達して自分のものにしてから話すようにするつもりだ。」
「そうね男ならその方がいいわね。」
「わかった!ありがとう!」
さすがイオナはマリアとの付き合いが長いだけわかってるな。息子だから俺の事もすっごく分かってくれてるみたいだし。本当に頭が下がる。
「それじゃ今日の巡回に行って来るよ。」
「きっと今日は女の魔人さん達の視線を感じないかもね。」
「う、うん。」
・・・・どういうことだろう?よくわからんがとにかくアウロラのとこに行かなくちゃ。
ラウルはこの時まったくの勘違いをしていた。
いつかは来るその日まで・・勘違いをしたまま暮らしていく事になるのだった。