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第846話 敵前逃亡 ~アブドゥル視点~

 突然ブラウンヘッドに呼び出された。俺はマルヴァズールのおまけでついて来ているだけだが、それでもこいつがやらかした事は俺にも責任がかかって来る。だだっ広い城の大理石で埋め尽くされた広間には既に火の一族のゼクスペルの奴らも居て、マルヴァズールと俺が裁きでも受けるかのようにそいつらの真ん中にいる。


 王座に座っている男は肘をついて俺達を睥睨していた。おもむろに俺達に声をかけて来る。


「バティンでは無理だったのだな?」


 相変わらず重くて腹に響く声だ。一気に場が凍り付く。


 はあ? そんなこと言われても知らねえし。そもそもバティンは俺達とは関係ねえ。だがそうも言っていられない。バティンにせがまれて、強いデモンを召喚したのは俺とマルヴァズールだ。


 マルヴァズールが答える。


「はい。バティンには強いデモンを授けたのでございますが、なんというか…気配が消えました」


「そんなことは聞いていない。それでお前達はなんでここに居るんだ? お前達にも命じたはずだ」


「それは…」


「俺が、お前達を消滅させてやろう」


 ブラウンヘッドの手が青白く燃え始めた。嘘だろ。いきなり殺されるのかよ。ちょっと待て!


 ブラウンヘッドが力を行使する寸前、マルヴァズールが慌てて言った。


「お待ちください! その、なんとかします!!」


「なんとかとはなんだ? 何をするつもりだ?」


「王の国を脅かす奴らを消します」


「どうやってだ? バティンも失敗したのだろう?」


 するとマルヴァズールは困ったように、くるりと俺に振り向いた。やめてくれ…


「オイ! アブドゥル! どうするんだ?」


 やっぱり、いきなり無茶ぶりしてきやがった。そんな事言われたって、殺してえのはやまやまだが敵はすっげえ力を持っている。簡単に言うなって話だ。

 

 だが、口から出まかせでもなんでも言うしかない。じゃねえと今殺される。


「もちろんでさぁ! そもそもベルゼバブなんて弱いデモンを呼んだのがまずかった。最強のデモンを呼び出してぶつければいいだけ! おい、マルヴァズール! もっと強いデモンがいんだろ?」


「も、もちろん。そう! 今度は強いやつを呼び出しましょう!」


「そんなものが呼べるのなら、なぜ、バティンの時に呼ばなかった?」


 するとマルヴァズールが口ごもる。そこで俺が代わりに言った。


「すんません。バティンに手柄を取られるんじゃないかと思ったんでさぁ」


 俺がそう言うと、ブラウンヘッドが俺をギラリと睨んだ。一瞬気を失いそうになるが、なんとかとどまった。ブラウンヘッドの後ろに立っているフェアラートが言った。


「ブラウンヘッド様。それではこ奴らに任せてみましょう、ただ消すのも意味はない。敵の嫌がらせ程度にでもなれば、意味はあるかもしれませんよ」


 ブラウンヘッドは面白くなさそうに立ち上がり吐き捨てた。


「俺の前に敵の首を持ってこい」


 そして王座から立ち上がって奥へと歩いて行ってしまった。残ったフェアラートが俺達に向かって言う。どこか薄ら笑いしているようで気味が悪いやつだ。なまじ顔が良いだけに腹が立つ。


「命拾いしましたね。結果を出せば、ブラウンヘッド様も恩赦を下さるだろう。わかったらすぐにやりなさい」


 そう言うとフェアラートもそこから出て行った。残されたのは俺とマルヴァズールとゼクスペルの三人だ。ゼクスペルのイーグニスが俺達に言った。


「お前達のような虫けらに何ができる?」


 するとマルヴァズールはへつらって言った。


「それはやれます。なあアブドゥルよ、新しい魔法陣を使えば出来るはずだよなあ?」


 何言ってんだ? 新しい魔法陣なんてねえし。マルヴァズールを見ると、嘘をついている顔だった。


「そう、もっと強いデモンを呼べるはずでさぁ」


 するとゼクスペルのファゴールが言った。


「デモンなどいくら呼んでも役になどたたん」


「今までのはそうだったって事で」


「まあ勝手にしたらいい」


 ゼクスペルの連中も立ち上がって広間を出て行く。マルヴァズールのこめかみには血管が浮かび上がっていた。相当頭に来ているようだ。


「おい! でもどうすんだよ」


 俺が言うとマルヴァズールが言った。


「うるさい。お前は黙って従っていればいい」


「別に俺はお前と一緒じゃなくても良いけどよ」


「ふん。この世界でお前ひとりが生きていけると思ってるのか?」


「さあね。でもお前といるよりマシだろ?」


「黙れ、とにかく夜が明けたら討伐に行くぞ」


 俺はそっとマルヴァズールに近づいて耳打ちした。


「デカい声出すな。アイツらに聞こえんだろーが」


「な、何を言ってる?」


「いいから来いって」


 俺はマルヴァズールを引き連れて王城の外に向かう。ドアから抜けて外に行き、王城から抜け出して改めてマルヴァズールに言った。既に夜になって辺りの建物には光が灯されている。


「逃げりゃいいだろ。どうせ、敵は目前まで来てんだしよ。むしろ敵をぶつければ、ブラウンヘッドやフェアラートも弱るんじゃねえか?」


 ‥‥‥


 マルヴァズールが震えながらも黙った。そしてそれが笑いに変わる。


「クックックッ! 面白いな、そいつは面白い」


「だろ?」


「だがどう逃げる? ブラウンヘッドから逃げられるとは思えんが」


 確かにその通りだ。俺達が逃げれば情報が入って、刺客を送られるかもしれねえ。でも俺達みたいな虫けらをわざわざ殺すだろうか? 俺達など意味が無いと思われているらしいし…、でもなあ…


 俺が悶々と考えている時だった。ピューンと変な音が聞こえて来る。


「なんだ?」


 俺とマルヴァズールが夜空を見ていると、空から何かが大量に降ってくるところだった。


「おい! マルヴァズール! 今だ! 今がその時だ!」


「な、なに?」


「早くしろ!」


 ズドドドドドドドド!!


 突然あちこちの建物が壊され始める。王城はフェアラートが結界を張っているから無傷だが、そこらへんで火が上がり建物が倒壊し始めた。その中を俺とマルヴァズールは南へと走る。次々と落ちて来る隕石みたいな中を、俺達は走り抜けて市街地に入った。


「なんだあれは!」


 マルヴァズールが叫ぶ。


「馬鹿。あんなことすんのは奴らだよ。奴らが来たんだよ!」


「なに? いよいよここまで来たのか?」


「そうだよ! 逃げんぞ!」


「わかった」


 俺とマルヴァズールは闇に紛れて中心部からどんどん離れていく。門につくと門番がいて、俺は手にかいたインフェルノでそいつらを焼いた。マルヴァズールが目撃した市民達に魅了をかけた。


「よし」


 そして俺達は難なく王都の外へと逃げ出すのだった。振り返れば王都からは煙が上がり、火災が起きているようだった。


 マルヴァズールが言う。


「どこへ行く?」


「さあな。まあ適当にどこかの街に紛れて人でも殺そうぜ」


「クックックッ、まったく…お前はそればかりだな」


「当たり前だ」


 俺が南大陸に来てから人殺しをしていない。それはブラウンヘッドに禁じられていたからだ。なんでも、信者を減らすと力が無くなるんだそうだ。だが今ならチャンスかもしれねえ。着の身着のまま逃げて来たが、俺には人を殺す為の両腕が残されている。


 俺達が街道を進んでいくと、道の向こうから馬車がやって来た。俺達はその馬車の前に出て御者に声をかける。マルヴァズールには魔力がかけられているので、相手からは普通の人間に見えている。


「おい! 今、王都に行くとあぶねえぞ! あれを見ろ!」


 すると御者は火の手の上がる王都を見て言った。


「本当だ!」


 そして振り向いて馬車の中の奴に伝えた。


「あの! 王都が燃えてます!」


 すると馬車の中から顔を出した奴が言った。


「ほ、本当だ」


 俺がそいつに言った。


「例の悪魔だ! 悪魔が攻めてきたんだ!」


「なんと言うことだ…」


 おっさんが言う。するとおっさんの後ろから声が聞こえてきた。


「どうしたの? あなた?」


 おっさんが振り向いて行った。


「王都が燃えている」


「うそ!」


 中からそいつの嫁が出て来て王都を見て青ざめた。奥から子供が出てこようとするがそれを阻止している。


「だめよ! 見ちゃダメ! あなた! 引き返しましょう!」


 どうやらその馬車の後にも数台の荷馬車が連なっているようだ。こいつらは恐らく商人らしい。


「あの、逃げるなら俺達も乗っけてってくれねえかな? 逃げて来たんだよ」


「あ、ああ。乗ると良い」


「すまねえな」


 そして俺とマルヴァズールは荷馬車に潜り込んだ。荷物がいっぱい詰まっているので、王都に物を売りに来たところなのだろう。車列はUターンするように向きを変えて、進んで来た街道を戻って行くのだった。


 するとマルヴァズールが俺に言って来る。


「おい。すぐに殺すなよ、このまま圏内を脱出するんだからな」


「分かってるよ」


「ようやく敵が王都まで来たな」


「ベルゼバブでも足止め出来ねえんだ。そりゃ来るだろうよ」


「見ものだ」


「知らねえや。アイツらがどうなろうと俺には知ったこっちゃねえ」


「まあ、そうか」


 俺達は揺れる馬車で南へ向かった。そして深夜となり、馬を休ませるために商隊が止まる。俺達の荷馬車に商人のおっさんが顔を出した。


「あんたらもどうだい? 大したものは無いが一緒に」


「すまない」


 俺達が馬車を降りていくと、焚火を囲んで商人家族と御者たちが集まり食事の準備をしていた。俺達もその焚火の周りに座る。


 目の前のおっさんが深刻な顔で言った。


「王都があんなことになるなんて」


「ああ、俺達も驚いたよ。いきなり空から何かが降って来たんだ。ありゃ絶対に悪魔の仕業だ」


「そうか。あんたらも危なかったんだな」


「ああ。危なかった」


「ささ。こんなものしかないけど」


 差し出された物はスープと干し肉だった。干し肉をかじろうとしたがしょっぱいし堅い。すると商人は俺に言った。


「スープに浸して食うのさ。柔らかくなるし、塩気でスープに味がつく」


 けっ! クッソまずい。だが何も食わねえよりマシだ。


 俺はそのまずい食い物を食いながら、一緒に食ってる商人の子供達を見て舌なめずりをする。子供は無邪気な顔で母親とスープを飲んでいた。


「子供は可愛いなあ」


 俺が母親に言った。


「あ、ありがとうございます」


「本当にいい子だ」


 俺は無造作にポケットに手を入れる。するとなぜかそこに飴玉が入っていた。俺はそれを取り出して目の前の女の子に見せる。


「飴だ」


 子供は飴に釘付けだ。


「ほら」


 すると子供は俺の手から飴玉をとった。そしてそれをじっと見ている。


「こうして口に入れるんだ」


 子供は飴玉を口に入れる。


「甘いだろ?」


「うん!」


 俺は目を細めて子供を見つめた。するとマルヴァズールが俺に言う。


「分かっているよな?」


「なにがだ?」


「抑えろ」


 さらに夜は深まり、焚火の炎がパチンと爆ぜた。俺は焚火に浮かび上がる商人親子や御者たちを見てにんまりと笑う。俺は衝動を抑えられるのだろうか? 明日の朝までにこいつらを殺さずにいられる自信がない。


 ヒヒーン! ブルルル!


 突然馬が騒ぎ出す。御者たちが慌てて馬を鎮めるようにかけ出して行った。俺は自由になったすがすがしさに、大きく深呼吸をするのだった。

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