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第843話 豊穣神の質問

 この世界に転生してからというもの、幼い頃からずっと血で血を洗う激動の人生を送ってきた。そのおかげなのか…それとも自分が魔人で、人間の感情が薄れて来たからなのだろうか? 敵の領地や物資を強奪しても、良心が痛まなくなった自分がいる。


 そもそも侵略戦争を仕掛けてきたのは敵側だ。俺は、自分達の平和を完全なものにする為に戦っているに過ぎない。前世の敗戦国ではそうして分断された国もあるし、平和になってから統合された国もある。日本だって戻って来てない領土があるくらいだ。


 とにかく俺の日本人としての意識は既に薄れてきている。その記憶だけがあり、前世の記憶を活用しつつ戦っているだけだ。


 だからかな?


「美味い!」


 強奪した物だろうが何だろうが、美味い物は上手い! 物資が豊富だと聞いていただけあって、食材も調味料もふんだんにあった。俺の感想にマリアが喜んで答える。


「それは良かったです!」


「なんだろねマリア! この肉は何の肉なんだろうね!」


「冷蔵貯蔵庫に吊るしてあった新鮮な肉です」


「へー!」


 喜んでいるのは俺だけじゃない、人間と同じものを食う魔人のやつらはめっちゃ喜んでいる。特にゴーグなんかモーリス先生の隣りにちょこんと座って、物凄い量の肉を食っていた。流石に魔人達の食う量は半端なく、既に何頭分かの肉を食らい尽していた。


 そしてモーリス先生が言う。


「ふむ。この南方の酒が気に入ったのじゃ」


 俺もちびりと飲んだが、前世で言うところのラム酒のような甘い酒だ。さっきからモーリス先生はぐびぐびと飲んでいる。それにイオナらが巻き込まれ酒を飲み始めており、魔人のギレザム、ガザム、ミノス、ラーズ、スラガらも付き合っていた。


「先生もお好きですねぇ」


「わしゃ、イオナと一緒に南方の酒が飲めるなんぞ思っておらなんだ。やはりついて来て良かったのう」


「そうですわね」


 みんなが上機嫌で飲んでいる。確かに甘くてがばがばいってしまいそうだが、俺はどちらかといえば食い気に走っていた。その俺の隣りでマリアが楽しそうに笑っている。


「マリアも飲んだら?」


 俺が言うとマリアは首を振る。


「私はイオナ様のお世話が御座います」


 それを聞いたイオナが言う。


「あら? マリア、私の事は放っておいていいわよ。ほら! 飲んで飲んで!」


 イオナの席から酒が回って、俺達の前にドンと置かれた。俺がその酒瓶を持ってマリアに飲むように勧める。


「そんな。ラウル様についでいただく訳には参りません」


「いいじゃないか。あとは領主邸に居たメイド達が給仕をしてくれるんだし、マリアは俺の槍となって戦ってくれている戦友でもあるんだから」


 有無を言わさず、トクトクトクと音をさせてマリアのグラスに酒を注ぐ。濃い琥珀色の液体がタプンと注がれた。するとマリアが笑う。


「ふふっ」


「どうした?」


「今のラウル様、どことなくグラム様に似てまいりました」


「そう?」


「ええ」


 やはり育ての親の影響はあるだろう。そう言えばグラムは良く酒を飲んでいた印象がある。マリアがその酒をクピリと一口飲んだ。


「これは変わったお酒ですね。甘くてちょっと強いです」


 確かにそうだ。恐らく四十度以上のアルコール度数がある。モーリス先生たちはロックで飲んでいるが、こんなものをあんなにぐびぐびやったら潰れてしまう。するとグレースが俺に自分のグラスを見せて言った。


「ラウルさん。このオレンジジュースみたいな奴で割るといけますよ」


「そう?」


 俺は酒を注ぎそこに果実水を流し込む。そして一口飲んでみた。


「うま!」


「ですよね!」


「これなら飲める」


 俺がそう言うとエミルが俺に言う。


「お前らはおこちゃまだからな。だからジュースみたいにして飲むんだろ?」


「エミルはなんだよ」


「水割りだよ」


「そんな変わらねえよ」


「ま、そうかもしれんな」


 モーリス先生たちの飲み方を見て、自分たちがドングリの背比べであることを実感する。モーリス先生は水を飲むように酒を飲む。


「私もラウル様と同じにして飲みます」


 マリアが俺と同じように果実水で割って飲んだ。


「どう?」


「美味しいです」


 なんか楽しい。みんなとこうして酒盛りが出来るなんて思ってもみなかった。しかもこんなうまい料理に舌鼓をうちながらとは、遠征も悪くはない。


 するとギレザムが言う。


「しかし、我々が見張りに立たなくてもよろしいのですか?」


「もちろんだ。この領にいた冒険者達とナンバーズがやってくれている。ファントムもいるしな」


「それはありがたいですが、まあ我々もほどほどにしておきます」


 そうは言いつつも、人間であればかなり酔っぱらうであろう量を飲んでいる。だが顔色一つ変えておらず、酒が強いとかの次元じゃない。


 そして俺はこれからの戦局の話を始めた。


「ここの領主一族は王都に逃げた。数日かけてたどり着くだろうし、敵が転移魔法陣で送られて来た事からも俺達の存在はバレている」


 すると赤ら顔のモーリス先生が俺に言った。


「ラウルよ。このようなところで酒盛りなどしていていいのかのう?」


「問題ありませんよ。今回は何故かデモンや火の一族のゼクスペルでは無く、人間の増援を送ってきました。恐らくは都市の人間を殺したくないのでしょう。デモンやゼクスペルは人間など見境なく殺すでしょうから」


「信者を削って、自分らの力を落としたくないと言う事かの?」


 モーリス先生はチラリとデメールを見て言った。それに気づいたデメールが言う。


「うちのようになってしまえば、戦う事など出来なくなってしまうからだろうねぇ」


 俺はデメールに質問した。


「デメール様は昔は違ったのですか?」


「もちろん! それはそれは見目麗しいスタイル抜群の美女じゃった」


 …スケール感が合わない。なんでそんな小人みたいな、しわくちゃになっちゃったの? どう見ても宇宙のライト〇ーバーを使う伝説の騎士でしょ。


「…そうなんですね…」


 するとアンジュが俺に言う。


「デメール様を疑っているのか?」


「疑っては無いよ。ただそうなんだな、と思っただけ」


 するとデメールがアンジュを諫める。


「これ! 助けてもらった相手にそんな感じにするんじゃないよ」


「う、はい」


 アンジュは何故かデメールに対しての、ディスり的なあれに対して敏感だ。もちろん俺にデメールを馬鹿にしたい気持ちはこれっぽっちも無い。もしかしたら自分の主が弱っているのを、負い目に感じているのかもしれない。

 

 するとデメールが言う。


「うちはてっきり、この都市の住民を皆殺しにするんじゃないかと思っておった」


 なるほど。合理的に考えたらそうだな。だけど俺が考えるこの都市の使い道は違った。


「まさか。都市の人間には罪はございません。これからアトム神が布教をして、皆に平和と安定をお約束しようかと思ってますよ」


「そんなに簡単に信仰は変わらぬと思うが?」


 まあ、普通はそう思うよな。


「やるだけやってみます」


 するとデメールが言う。


「じゃが、実の所、モエニタは広大ぞ。この都市だけを抑えたところで、敵の力が削がれるとは思えん」


「小さな事からコツコツとですよ」


「ふむ」


 よくよく考えたら豊穣神であるデメールの力がいまいちよく分かっていない。豊穣神て言うくらいだから世界を豊かにするために、何らかの力があるんだろう。


 そしてモーリス先生がデメールに尋ねる。


「デメール様が統治なさっていた土地はどうなったのです?」


「ん? 本来はシュラスコやウルブスはうちの信者が多かった。じゃがうちは、十神シダーシェンの揉め事に巻き込まれたくなくての、おとなしくしておれば関わらずに済むかと思った。だが火神の奴か、その取り巻きが企んだのかは知らんが結局ここにいる」


「なるほどですじゃ。して、残りの三神の居場所はわからないと?」


「本来は、この南部で信仰されておった神々じゃ」


「火神に取り込まれたと考えてよろしいのでしょうかな?」


「どうじゃろう、それはわからぬ」


 なるほど。ひょっとすると、他の神々の領土を奪って自らの力を付けたってわけか。


 そして俺がデメールに聞く。


「火神が奪ったとすれば、残りの三神の力が弱ったという事ですかね」


「どうじゃろうな。残るは死神、雷神、破壊神じゃ。むしろうちは、死神や破壊神じゃなくて良かったとも思うておるがの」


 確かに。字面的にめっちゃヤバそうな神が三神もいる。


「敵に下っていると考えられませんか?」


「どうじゃろうのう…。ウチは森に引きこもっておったからよう分からん」


「そうですか」


 いずれにせよもう少しで敵の親玉を追い詰める事が出来る。今は火神の攻略に全力を注ぐだけだ。会話が少し途切れると、デメールが俺に唐突に聞いて来る。


「魔神よ。そなたの伴侶はどうなっておる」


 なんでそんなことを聞いて来るんだ?


「まあ、一応。魔王が決めた許嫁がそこに居ます」


 俺がカトリーヌを指さすと、カトリーヌが恥ずかしそうにコクリと挨拶をした。


「ふむ。近い将来どうなるかは分からんが、体がもてばよいのじゃがの」


 いきなり触れてもらいたくないところに触れて来た。どうやらデメールは、魔人と人間が交わると人間の体が危ない事を知っているらしい。


「どうなんでしょうねぇ…ちょっと分かりかねます」


「既に交わったのか?」


 ブッ! なんでそんな個人的な事を聞いて来る?


「い、いや。それはまだ」


「な、なんでじゃ? 神が子種を残せば、また新たな繁栄が始まるじゃろう?」


「そこまで話が進んでないというか、なんというか」


 するとカトリーヌ本人が助け舟を出してくれた。


「デメール様。婚姻儀礼を済ませておりませぬ」


「そんなもん、どうでもよいじゃろう? 戦人が戦地に行くのであれば、子種を残しておかんと」


「そうなのですか?」


「なんじゃ、しばらく世から離れている間に人間の風習も変わったのか? お主は王子なのであろう? あと何人の伴侶がおる?」


「あと何人?」


「うむ」


「いや。まだ約束は一人で」


「なぜじゃ? お主はこれまで何人と交わった?」


 うっそ…こんなところで公開処刑されるの? もちろん前世も含めてゼロ人だけど、今こんな場所で言う事?


 だが…なぜか誰もフォローせずに、みんなが俺の方を向いている。


 ヤバい…ヤバいぞ…。こんなところで俺は童貞ですなんて言えない。あまりにもみじめで、これから決戦に行く俺が受けて良い仕打ちではない。ギレザムやミノスがフォローしたそうな顔をしているが、何て言っていいか分からずに固まっているようだ。


 だが、イオナ母さんも見ているしカトリーヌも見ている。アウロラまでもが俺を凝視していた。


 正直に言うしか…


 俺はこの世界に来て、最大のピンチに立たされることになるのだった。

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