第84話 ハイグールvs魔人
魔人のみんなを特設会場に移動させた。
配下が組織的なチーム戦を、さらにはハイグールの性能を魔人達に見せる予定だ。
特設会場には遮蔽物や障害物、疑似的な建物が作ってあった。合間合間に土人形がいる。そう・・俺は、サバゲ会場をドワーフたちに作ってもらったのだ。俺達の前に9人の配下、サバゲ会場をはさんだ向こう側にファントムが正面を向いて立っている。
俺は転生して、まさか・・この世界でサバゲ会場が見れるとは思わなかった。しかし・・そのサバゲ会場で模擬戦をやるのは実弾の銃を持った魔人と呼ばれる、モンスター級のパワーを持つ者たちだった。
《楽しみすぎるんだが!》
「じゃあみんなよく見ていてくれ!今度は土人形を守るべき仲間とみなす。ギレザム、ガザム、ゴーグ、ミノス、ラーズ、セイラ、ドラン、スラガ、アナミス!仲間たちを守れ!」
「「「「「はい!」」」」」
「ファントムが疑似敵をやる、あくまでも模擬戦だがヤツは手加減をしてもかなり強い。怪我に気をつけて心してかかるように!」
「「「「はい!」」」」
魔人がたちがシンとして訓練場にいる俺の配下と、ファントムを交互に見ている。
「ファントム!やれ!」
俺が大声でファントムに指示をだすと、ファントムは音もなく土人形に近づいて行く。
フッ
ファントムの棍棒を握る手が消える。早すぎて消えたように見えただけだが、土人形が1体木っ端みじんになる。
「よし!やられたぞ!みんな行け!」
「「「「「は!」」」」」
俺の配下たちがそれぞれ、HOWA5.56自動小銃をもってファントムに近づいて行く。HOWA5.56は陸上自衛隊の最新の自動小銃で日本製だ、なぜこの武器を選んだのか?それはファントムをあまり傷つけたくないからと、俺が見てみたいからだ!
《エアガンで俺も参加したくなってくるな。実弾武器しか召喚出来ないけど・・》
右と左と真ん中に散開して遮蔽物や障害物を利用して前進していく。相手は銃ではないのでこの行動は不要だが、いままでは人間の魔法や弓矢を想定して訓練してきた。
ボゴゥ!
バガン!
ファントムが好き放題土人形を破壊している。
パララララララ
パララララララ
初めに疑似的な建物の上に乗って射線を確保した、ガザム、セイラ、ドランがファントムに銃を撃つ。
シュッ
ファントムが消えた。ゼロからマックス速度に切り替えて一瞬で弾丸をかわしたのだ。しかし弾丸をかわし動きを止めた先には、ゴーグ、ラーズ、スラガがすでに待っていた。攻撃を避ける予測をしてその場所に待機していたのだった。
パラララララ
パラララララ
パラララララ
囲んだ3人の一斉射撃を受け、ファントムは腕と腹、足に軽く被弾した。
ブン!
ファントムの棍棒が消えて襲い掛かる。避けられないほどのスピードで振るわれる棍棒を、ラーズがその怪力で止めようとするが・・
ドゴウ!
メキ!
ゴーグ、ラーズ、スラガは一振りで吹き飛ばされてしまった。
「なに・・ラーズやスラガで止められんのか!?」
「あいつらの怪力は凄いんだぞ!!」
「なんというバケモノ・・」
魔人達がそれぞれに驚愕の表情を浮かべ戦闘を見ている。それだけ彼らが一瞬でやられたのが信じられないようだった。
《あー・・ラーズ、かるく腕やったな。あとでルゼミア母さんに頼んで回復してもらおう。》
ゴーグはファントムの棍棒に乗って自ら飛んだようだが、ものすごい飛距離で飛んで行ってしまった。スラガはしばらくゴロゴロ転がって止まるが、かなりの衝撃の為すぐには身動きできない。ラーズは胆力で少し先にとどまったが、自動小銃は粉々にひしゃげていた。よく見れば全員の自動小銃が壊されている・・ファントムが狙ってやったらしい。
パラララララ
パラララララ
パラララララ
しかし間髪を入れず、ギレザム、ミノス、アナミスが後方からファントムをとらえる。後頭部と背中と足にそれぞれ弾丸をもろに喰らっても何もなかったように、ファントムはギレザムとミノスとアナミスに攻撃を仕掛けはじめる。
シュン
縮地でミノスの目の前に現れるファントム。
「「「「「おお!!」」」」」
状況で変化する2m80cmの筋肉隆々の巨体が消えて魔人達が驚いている。
ブォ
ファントムの足が消えたと思ったらミノスを思いっきり蹴り上げていた。
ゴボッ
ミノスが腰下で十字クロスの腕でガードをするが、ファントムの蹴りはミノスの腹に吸い込まれるように入る。そして次の瞬間、飛んで空中に逃げようとしたサキュバスのアナミスだったが、さらに上空にファントムが現れた。ファントムは棍棒を持っていなかった、両手を組んで思いっきりアナミスに打ちおろした。
ドン!
アナミスは直撃を喰らって急速落下してくる!
ドッ!
間一髪でギレザムがアナミスを受け止めるが、アナミスは気を失ってしまったようだった。そのギレザムの頭にファントムのかかとが落ちてくる。次の瞬間、いつの間にかやってきていたガザムとドランが、二人の武器である短剣と槍でその足を止める。
「ぐぅ」
「ふぅ」
ガザムとドランの口から息が漏れた。二人がかりでもかなり厳しかったらしい。しかしギレザムの頭の上1センチほどでかかとは止まっていた。
パラララララ
セイラがファントムの頭めがけてHOWA5.56自動小銃を打ち込んだ。顔面にクリーンヒットするが超速再生で傷が消えていく。
シュウシュウ
ファントムは掌底をガザムに繰り出すが、それよりも早くガザムが消える。
《ガザムのスピードはやはり凄いな。》
次の瞬間、いつのまにかアナミスを地面においていたギレザムが、剣でファントムに斬りかかっていた。同時に下から頭にかけてドランの槍が襲い掛かり、口から血を流したミノスが後ろから肩口へ袈裟斬りに切りかかる、戻ってきたゴーグのかぎ爪がファントムの腹にめがけて走る。
シュッ!
シャッ!
ブンッ!
シュパ!
ギレザムの剣はファントムの右手の前腕にて受け止められて、1センチほど食い込んでいる。
ミノスの剣はファントムの左腕の握った拳で下から殴ってとめられ、指が折れて外側に曲がっている。
ドランの槍はなんと・・首をひねりかわしたファントムが口でくわえて抑え込んでいた。
ゴーグのかぎ爪だけがファントムの腹に10センチほどめり込んでいる。
次の瞬間
ブワン!
とファントムに全員が振りほどかれて飛ばされてしまう。しかし次の瞬間消えていたガザムがファントムの首に足で絡まり、両のこめかみにヘルメット越しに短剣を突き立てていた。それでもファントムは止まらずにガザムの首根っこを掴んで、ブン!と投げ捨てた。ガザムが猫のように回転し着地する。
ファントムのこめかみからガザムの短剣が抜け落ち、穴が塞がってしまう。
シュゥシュゥ
こんなところかな。しっかし・・ファントム・・ヤバすぎるな。
「よし!そこまでだ!みんなよくやった!」
ミノスはその場にへたり込んだ。先ほど蹴られた腹のダメージがひどいのだろう。
《ちょっと心配だな・・ちょっと急ぐか、前もってルゼミア母さんに頼んでいたし、すぐに回復してもらおう。》
「みんな!大至急ラーズとミノス、スラガ、アナミスを母さんのところまで運んでくれ!治癒魔法をかけてもらう」
「はい!」
ラーズ、ミノス、スラガ、アナミスが、他の5人の配下に肩を担がれ抱かれて城内方面へと戻っていくと、どこからともなく拍手が聞こえてきた。
パチパチパチパチ
《なんか・・ボクシングの負けた選手にエールを送る観客のようだな。》
「よくやった!」
「ラーズすごいぞ!」
「ミノス!よく起きたな!」
「スラガもよく立ち向かったな!」
「アナミスちゃん・・えらいぞー」
「アナミスちゃん、大丈夫か?」
「アナミスちゃん、俺が介抱してやろうか?」
「アナミスちゃん好きだよー。」
《なんだ?なんか、アナミスに対しての声援が多いのと、最後にエールじゃない何かが聞こえた気がする。美人だもんなファンがいてもおかしくないかもしれん。》
そして、ファントムの戦闘力に魔人全員が驚愕の表情を浮かべている。わかる・・俺もびっくりしているもの。なんだあの怪物は、本当に俺の言う事に絶対服従なんだろうな?シャーミリアを信じるしかないな。
「みんな!わかったか?相手が強力であれば、武器がどんなものでも通用しない事があるということだ。まあファントムみたいな人間はどこにもいないだろうが、どんな敵が現れるかわからない。念には念を入れて対策をうっていくことが大切なんだ!わかったか?」
「「「「はい!」」」」
「ファントム!こい!」
俺がファントムを呼ぶと縮地で隣に立つ。間違いなくヴァンパイアのシャーミリア並みのスピードがある。
「お辞儀!」
するとファントムが魔人達に向かって深々とお辞儀をした。そう・・これは俺が礼儀を教えている最中なのだが、戦闘に特化しているこいつには覚えられそうもなかった。
「俺のいうことには絶対服従するように仕組まれている。」
「おおー」
「アルガルド様の忠実なしもべか・・」
「さすがは元始の魔人の系譜に連なる御方。」
「アルガルド様!すばらしいです!」
オオオオオオオオォォォ
なんか、凄いみんなに尊敬のまなざしで見られているけど、俺が凄いんじゃないんだが。
「さて!今日の演習はこれで終了だ、これからは定期的に行う。今日はこれだけの大人数になったが、次回からは少数で行うのでそのつもりでお願いする。」
「「「「わかりました。」」」」
「解散!」
魔人達はそれぞれの持ち場に戻っていった。ほとんどの魔人は今日の演習で衝撃を受けたと思う。いきなり近代兵器にすぐに順応するとは思えないが、無事に決起大会と演習ができた。俺達が国を取り戻すための大きな前進をした2日間だった。
演習場に残ったのは俺とマリアそしてどこを見てるのか分からない、ただ前を向くファントムだった。
「マリア、今日は仕事中に来てくれてありがとう。」
「いえ、ラウル様。そして今日は特別な日になりましたね。」
「そうだな。」
俺は感慨にふけってしまう・・
サナリアから逃げて過酷な日々を送り続け、やっとガルドジンに会い、魔人の国に助けられて、更に魔人の王の息子になってしまった。そして死んでいった、父のグラムとレナード、シャンディにセレス、ライナス、クレムとバイス、セルマ・・そして2000の兵士たち。代官のジヌアスと執事のスティーブン、屋敷の者とその家族たち・・サナリアの民。
全ての思いを背負い今ここに立っているのだった。
「でもラウル様の配下の魔人達は本当に凄いですね。ファントム相手にあそこまで戦えるなんて・・」
「俺の配下だなんて信じられないよ。だって俺が一番弱いんだぜ。」
「いえ、ラウル様のお気持ちは、だれにも負けない強さを秘めていると思います。」
「そんなことはないよ。」
「いえ、ここまで来れたのは、ラウル様のお気持ちの強さです。」
「みんなのおかげだよ。」
本当にみんなのおかげだった。支えが無ければとっくに死んでいたと思う。いくら強い思いを持っていても死ぬときは死ぬ。みんなが協力してくれたから何とか生き延びてこれた。死んだら負けだが生きていればいつかは必ず勝つ、そう信じている。
「あの、父さんの手紙を覚えているかい?」
「はい、グラドラムのガルドジン様を頼れという内容の手紙ですね。」
「うん。あのレナードの血が付いた手紙。父さんやレナード、そして大勢の仲間たちが命をかけて送ったあの手紙・・あれが俺を突き動かす思いの全てだよ。」
「はい・・」
「あの手紙にはサナリアの2000人の兵士の思いが、命がこもっているんだ。その兵士たちの魂が俺達をここまで連れて来てくれたんだと思わないかい?」
「はい。」
「だから俺は決めたんだ。死んだ大勢の仲間たちのため、領で消えた民たちの命のために戦ってすべてを勝ち取ると。そして彼らの命を奪ったやつらには必ず報いを与えると。」
「はい。」
「マリア・・本当に最初からマリアには面倒かけ続けだけど、これからもよろしくな。」
「もちろんです。」
「さて、昼めし食いにいこう。」
「はい!あ、あのそういえばラウル様にお見せしたいものがあるんですが、午後のお時間は空いておりますか?」
「空けるよ。」
「そして出して欲しいものもあるんです。」
「ああ、わかった。」
「ありがとうございます。」
なんだろ?出して欲しいもの?みせたいもの?
楽しみにしながら二人で食堂に向かうのだった。