第837話 モエニタ王都の玄関口にて
ドランからの念話でオージェ隊が大都市に潜り込んだと知らされた。しかも入り方がかなり強引で、衛兵全てをセイラの歌で眠らせてとの事。ドランが言うにはここまでも、大体似たような方法で村に入っていたらしい。
セイラとトライトンは、何かがあったとしてもオージェが何とかしてくれると思っている。まあ力で押し切るような場面であれば、オージェでも問題ないだろうが、他の問題は無かったのだろうか?
そして次にスラガから念話が来た。
《ティブロンは、まもなくモエニタ王都の隣接都市が見えてくると言っております》
《了解》
そこはモエニタ王都北の玄関とも言うべき大きな都市で、大きな軍隊もいると言っている。
無線でエミルが繋げて来たので、グレースと三人で情報共有する。
「このまま空から行くのか?」
エミルが言う。
「既にオージェ達が、王都の東都市にいるらしいからな。遅れた分を取り戻して早く合流したい」
それにグレースが言った。
「まあオージェさん達らしいやり方ですけど、危険じゃないですかね?」
「既に潜入して行動を開始したらしいからな、急がないと彼らが前線で孤立してしまう」
「まあ確かにそうですね。ラウルさんは、オージェさんに戦闘を避けるようには言いました?」
「言ったけど、俺が止めたところで止まるような男じゃないよ。オージェは」
「「確かに」」
「だから俺達も多少強引に行くしかない」
「「了解」」
しばらく進むと情報通り前方に都市が見えて来る。俺は魔人全員に念話を繋げて言った。
「都市が見えた! 着陸用意! ヘリ部隊以外は上空待機! 周辺の動向を伺え!」
「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」」
俺達のヘリは大都市から五キロくらい離れた所に着陸した。その周辺はどうやら畑になっていて、農家が俺達を見て一目散に逃げていくところだった。
いや…恐らくは、キチョウカナデの使役しているデカいドラゴンに驚いて逃げたのだろう。
俺はすぐさまキチョウカナデの乗るヘリに向かった。ハッチが開いたので俺はそこからカナデに声をかける。
「威嚇のために出していたドラゴンを透明化してくれ」
「はい」
キチョウカナデがヘリを降りてドラゴンの所に歩いて行く。するとドラゴンは頭をグーンと下ろして来た。キチョウカナデはドラゴンの頭を撫でて何かつぶやく。するとみるみるドラゴンは見えなくなるのだった。
「ある種。透明ドラゴンだけで何とかなるんじゃないか?」
俺がカナデに言うと、カナデは首を振って言う。
「ラウル様のお力には到底及びません。私のドラゴンは通用しませんでした」
まあ、たしかに。あの時は手こずったが、攻略法が見つかるとどうと言う事は無かった。
俺が周辺を見渡していると、シャーミリアが俺の隣りに降りて来て言う。
「魔獣の気配があります。都市の方からこちらに向かっているかと」
「どこかで俺達の機影が発見されたか?」
「それは無いと愚考しますが、先読みされた可能性もあるかと。いかがなさいましょう」
「会いに行く」
「は!」
魔獣が来たところでカナデのドラゴンや、セルマ熊にかなうはずがない。恐らくは北の大陸で魔獣を使役していた奴が、ここにもいるのだろう。とにかく相手の出方を見てどうするかを決めようと思う。
「ルフラ!」
「はい」
「俺に化けろ」
「はい」
ルフラが俺に成りすました。そして俺はグレースにお願いをする。
「グレース、魔導鎧を出してくれ」
「わかりました」
グレースがヴァルキリーを出してくれたので、俺はすぐにそれを装着する。
《我が主、ご無沙汰しておりました》
《出番だ》
《はい》
俺に化けたルフラと俺はティブロンの所に行く。ヘリの中で待機していたティブロンの騎士とナンバーズたちが、俺に化けたルフラを見て頭を下げた。魔人じゃないとルフラの変装は見破れない。人間で見破れるのはカーライルくらいのもんだろう。
ルフラが俺の格好で言う。
「よし! どうやら北の都市からこちらに向けて使者が送られて来た。ティブロンと騎士よ! お前達も来い!」
魂核を書き換えられた騎士達が元気に返事をした。
「「「「「はい!」」」」」
「マコ! いいか?」
「はい、いつでも」
俺はファントムに言う。
《マコを守れ》
《ハイ》
《シャーミリアとカララは俺の護衛だ。アナミスもついてこい》
《は!》
《はい》
《かしこまりました》
そして俺に化けたルフラと、俺とファントム、ホウジョウマコ、ティブロンたち騎士五名、シャーミリア、カララ、アナミスで隊を組んだ。
そして俺は残る隊に指示を出していく。すぐに戦闘に入れるようにするためだ。万が一は、イオナたちの乗るヘリは後方へと下がってもらう。
「行くぞ!」
俺に化けたルフラが言うと、兵士たちが返事をしてついて行く。ホウジョウマコも恐らくはルフラが俺だと思っているだろう。
隊列を離れて、俺達は魔獣の気配がするという方向へ向けて走り出した。走りの遅いホウジョウマコはファントムが肩に乗せている。マコが使役している魂核書き換え騎士達の身体能力は上がっているようだ。
一キロとちょっと進んでいくと、前方に十数体の獣の影が見えた。
《間違いなく馬じゃないな》
《恐らくはボアの類かと》
シャーミリアが答える。
流石はモエニタ王都の大都市、防衛に力を入れてると見える。そして使役している魔獣から考えても、ユークリット王国を襲ったヤツの仕業だと分かる。
ドドドドドド! と魔獣の群れが駆けて来て、その上に数人の騎士達が乗っていた。魔獣が大人しく騎士に従っているのは異常だ。
とはいえ、グリフォンも俺に従っている。と言う事は俺と似たような奴が敵の軍隊にいるのかもしれない。
「止まれ!」
俺に化けたルフラが叫ぶ。敵の騎士は見たことのないデカいボアに乗っていた。北大陸のグレートボアとはまた少し違う。だがそのボアたちは全く減速しない。
シャーミリアが念話で伝えて来る。
《恐らくは止まる気はないでしょう。我々を潰す気では無いかと》
《了解》
俺は目の前に、AMPV装甲兵員輸送車を召喚した。ドズンと出現した装甲兵員輸送車に驚いた敵のボア部隊は足を止める。そして俺に化けたルフラが、AMPV装甲兵員輸送車の上に飛び乗って叫んだ。
「シュラスコに派兵されたモエニタ王都の騎士と共に私はやって来た! ぜひこの都市の領主と話がしたい!」
そう言うとボアに乗っている騎士が答えを返してくる。
「引き返すがいい! ここはお前達のような悪魔が足を踏み入れて良い場所ではない!」
えっ? 俺が悪魔? どゆこと?
俺はルフラに念話を繋げる。
《俺の言うとおりに》
《はい》
そしてルフラが口を開いた。
「私達は悪魔などではない! 王都から送られた騎士達を連れて来た!」
「そんなものが何処にいる!」
そしてAMPV装甲兵員輸送車の上のルフラが、ティブロンに向かって言った。
「お前達を呼んでいる! 姿を現わせ!」
「「「「「は!」」」」」
そしてティブロン以下五人が前に出ていくと、明らかに魔獣に乗った騎士達が動揺している。
「てぃ、ティブロン様!」
「こんにちは。出来れば通してもらっても良いかな?」
やたらと好青年な感じでティブロンが騎士に言う。すると騎士は怪訝そうな顔でティブロンを見る。
「本当にティブロン様か?」
「もちろんだよ。きみぃ! 見たら分かるだろう!」
「そんな話しかた…」
「私はねぇ、心を入れ替えて真人間になったんだよ!」
ティブロンが両手を広げて、相手の騎士達にアピールしていた。明らかにあの薬づけになっていた男とは違う。そもそもがあれはビクトールが仕向けた罠だから、ティブロンの元々の性格を知らないが、あんな術中にはまって悪い事をするのが良いヤツなわけが無い。
するとそれを見た騎士達がひそひそと話をしだした。どうやら本物かどうかの真偽をしているらしい。
《ちょっと面倒だな…。カララ! 敵兵を全て糸で捕えろ》
《はい》
カララのアラクネの糸が走り、あっという間に男達をからめとってがんじがらめにする。
「な、なんだ!」
「からだが!」
「くそ!」
「動かない!」
もちろん南国のボアも絡まっているので身動きは取れない。
「突撃! 突撃!」
敵の騎士がボアに言ったところで、ボアは一歩も動く事は出来なかった。
《アナミス。洗脳しよう》
《はい》
アナミスががんじがらめの男達の真ん中に立ち、赤紫の靄を出し始める。するとあっという間の男達の目がとろんとしはじめた。
アナミスが言う。
「さあ。あなた方は鎧の騎士様の言う事を聞く下僕です。一字一句聞き逃す事の無いように」
「「「「「「「「「「はいー」」」」」」」」」」
俺もオージェ達を見習って大胆に行く事にした。まどろっこしい真似をしていたら、オージェ達に先を行かれていしまう。
《デモン干渉はどうだった?》
《ございません》
《よし》
そして俺は一歩前に出て言う。
「君達はいい仕事をした! 我々を快く迎えるように都市に帰って伝えてくれたまえ」
「「「「「「「「「「はいー」」」」」」」」」」」
そして俺はティブロンの方に向かって言う。
「お前達も同行して、客を迎える準備をするように伝えて来い」
「「「「「は!」」」」」
カララがアラクネの糸を解いた。すると騎士達はボアを操って都市の方へと戻って行く。後に続くようにティブロンたちも都市に向かっていくのだった。
「じゃみんな! 装甲兵員輸送車に乗って」
全員が兵員装甲車に乗り込んでいく。するとカララが申し出て来た。
「私が操縦を」
「あ、よろしく」
だがカララは運転席に行かなかった。それなのにAMPV装甲兵員輸送車が勝手に動き出す。
「えっ? 糸でやってんの?」
「はい」
「すごい! リモコンだ!」
「数台を操作できるかと思います」
「それ使える!」
「それは何よりです」
そして俺達がボア隊について都市の前について車を止める。ボア隊とティブロンたちは先に都市に入って行った。俺達は都市の前で待つことにしたのだった。
しばらく待っていると、門の中から大勢の騎士があふれるように出てくる。市壁の上にも弓兵や魔法使いが現れて、俺達のAMPV装甲兵員輸送車の前にぞろぞろと数人の騎士がやって来た。
「ルフラ。とりあえず話を聞いてくれ」
「はい」
ルフラがハッチから降りて、代表の騎士達の前に立った。そして敵の騎士達に言う。
「これはどう言う事だ?」
すると敵騎士の偉そうなやつが叫ぶ。
「悪魔の手に落ちた者達を返す!」
騎士達の手からポイポイと何かが放り出された。そしてルフラの足物に転がったのは、ティブロン以下五人の騎士と、さっきボアに乗って来た十人の騎士達の首だった。