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第835話 旅芸人の歌 ~ドラン視点~

ラウル様からの念話で新たなデモンの情報を聞いた。何度か近況の報告を頂いているが、やはり敵は主流となる中央方面に罠をはっていたようだった。こちらの部隊は東の山脈の麓を辿って、慎重に進んで来たものの敵の気配は全くなかった。


 四人は焚火を囲って腹ごしらえをしており、自分の目の前でオージェ様が骨付き肉をかじりながら言う。


「念話を阻害するデモンねえ…」


「はい。そのようです。総員で滅したとの事です」


「総員でか…俺達もそっちで戦った方が良かったんじゃないか? 結果、俺達の東回りの隊は不要では?」


「念には念を入れるのがラウル様ですので」


「まあ…確かにラウルらしいか…。いずれにせよ念話が繋がって良かったよ。ラウル達が無事って事は俺達はこのまま進んで良いって事だからな」


 オージェ様はラウル様に忖度などしない。行くと言ったら行く。


「あの、オージェ様。潜入して敵に遭遇した場合むやみに手を出すなとの事です」


 するとオージェ様は自分を見てにやりと笑った。


「いやいや。ドラン君、ここまで何にもしないで来たんだ。敵がいたら何もするな? 無理だね」


 そう言って、手の指をポキポキと鳴らした


「いや、どんな敵がいるのかは不明ですので」


 オージェ様はトライトンと目を合わせて笑う。


「はっはっはっ! トライトン。敵がいたら様子見してろってラウルが言ってるらしい」


「ご冗談を」


 シュッ! トライトンがオージェ様の顔面に突然槍を突き刺した。だがそれをかわす事も無く、オージェ様は顔に刺さる寸前で槍を止めた。三又槍の先の付け根を左腕で握っている。自分から見ても死を予感させるような鋭い突きだったが、オージェ様は槍を握りながらそのまま話を続けた。


「で、新しい神様が居たって?」


「はい。豊穣神とやらがいたそうです。十の神のうちの一人との事」


「俺達に五人、そして分かっているところで敵に一人、そして豊穣神か」


「はい」


「あと三人いるって事だ」


「そうなるかと」


「北に居たのは俺とラウルとエミルとアウロラちゃんの四神。そして虹蛇のグレースは砂漠に居て豊穣神が南の森に住んでいた。大陸中にまんべんなく分布しているのは、恐らく領土ごと分かれてるみたいなもんなんだよな」


「はい」


 オージェ様が腕組みをして考えている。そして尋ねるように口を開いた。


「事の発端は、何処からなんだろうな?」


「確かにそうですね。一番最初に神を受体したのは誰なんでしょうか?」


「ラウルじゃないのか?」


「ラウル様?」


「だって赤ん坊の時に受体させられていたって聞いたぜ」


「なるほど」


 オージェ様が頭を掻きむしる。


「あー、頭がこんがらがって来た」


「はい」


 オージェ様が焚火の側から骨付き肉をとった。すると隣に座っていたセイラが、甲斐甲斐しくオージェ様の肉にミーシャ製の香辛料を振りかける。オージェ様の好みが濃い味だと知っているのだ。


 まるでオージェ様の伴侶だな…


 心の中でそう思って見ていると、セイラがこっちをチラリと見て言った。


「あら、ドラン。何を見てるのかしら?」


「いや。特に何も」


「歌でも歌ってあげましょうか?」


「遠慮しておく」


 セイラがころころと笑った。オージェ様もまんざらではないようで、笑うセイラを好ましい顔で見つめている。


 そしてオージェ様が振り向いて言った。


「ラウルのお母さんである、イオナ様が狙われたのはラウルが七歳ごろだったか」


「そうだったと記憶しております」


「その時には既に敵の神は、引継ぎされていたんだろうな。それも、十年も二十年も早い段階で」


「推察のとおりかと」


 オージェ様がこちらに身を乗り出してくる。


「そこで疑問なんだ」


「何がです」


「敵は何らかの方法で、引き継ぐ次の神の器を知ったと言う事になる。あらかじめ分体を殺して、引継ぎをさせずに自分の勢力を拡大しようとしたんじゃなかろうか?」


「辻褄は合いますが、分体が誰か分かるのは神ご自身のはず。他の神がそれを知ると言う事はあるのでしょうか?」


「さあな。だけどラウルのお母さんである、イオナさんを襲ったのは子を産ませないためだろう。まだ生まれる前の段階で、アウロラちゃんがアトム神の分体だと知っていたと言う事だ」


「確か、アトム神様も知っておられたようです」


「それをあらかじめ知っていたアトム神が、魔神であるラウル様を側に置くように仕向けたんだったか」


「確かそれをほのめかしていたと思います」


「もしかすると、先代の神々は誰がどの人を器とするのかを知っていた?」


「もしかすると…」


「なんだかまるであらかじめ事の顛末を知っていたような感じだな」


 オージェ様の話す内容はかなり辻褄があっているように思う。それが真実かどうかは分からないが、今までの経緯を考えるとその線はある。


 オージェ様が焼けた串を自分に渡してきた。


「いえ。流石に腹がいっぱいです」


「そう?」


 ふと振り向くと、巨大なボアが骨になっていた。セイラと自分で綺麗に斬り落として並べていた肉が、すっかり空になっている。最後のひと串をオージェ様がぺろりと平らげて立ち上がった。


「さてと、あのでっかい都市に行って見るか」


「は!」


「ドランはラウルの配下だ。俺とは気やすくしてくれていいぜ」


「そういう訳には参りません」


「ま、自由だけど」


「はい」


 都市に潜入するとすれば、問題はトライトンだった。上手く布を巻いて魚人的な特徴のある部分を隠してはいるが、顔の色やら何やらを考えるとちょっと目立つかもしれない。


 そしてオージェ様に聞いた。


「ラウル様から下賜された武器はどうします?」


「大型の物は隠して行こう」


「わかりました」


 全員で武器を持ち、森の中へと入って行く。森の奥に入ると、オージェ様がひときわ太い大木に腕を回して引っこ抜いた。根っこがメキメキと音をたててちぎれる。


「穴を掘って固めてくれ」


オージェ様が大木を持っているうちに、三人で根っこがくりぬかれた下を掘る。


「よし、今回使う武器以外は全てここに入れよう」


「は!」

「はい」

「わかりました」


 程よい深さになったところで三人が這い出て、武器を回収して穴に収めていく。そして再び地面に出るとオージェ様がゆっくりと木を降ろした。


「よし、土と葉をかけて目立たないようにしてくれ」


 今度は四人で根の上に土をかけ、枯れ葉や枝を拾ってカモフラージュしていく。そしてオージェ様が木の幹にナイフで傷をつけた。


「よし、デカい武器はここに。みんなの装備を確認する」


 そしてオージェ様が、各人の装備した武器を確認していく。


「よし、ドランは、デザートイーグルにマガジン二つと、手榴弾が二つ。念のためエリクサーを、後は自前の槍を持って行くと良い」


「はい」


 一通り装備を確認すると、次はセイラに移った。


「P320ハンドガンとマガジン二つ。あとはコンバットナイフと、羽衣に隠してウージーを携帯。念のためエリクサーを所持」


「はい」


 そして最後にトライトンをチラリと見るが、何も言う事は無かった。トライトンは近代兵器が不得意で、常に三又の槍を使っている。


「わいは武器はいらんのですかい?」


 不満なのかトライトンがオージェ様に聞いた。


「お前は武器を扱えんだろうが。間違って撃たれでもしたら大変だ」


「まあ、冗談です。わいはこれさえあればいい」


 トライトンが三又の槍を掲げた。

 

「よし。それじゃあ、行くぞ!」


 オージェ様を先頭にセイラ、トライトンそして自分が続いた。見える都市に向かって真っすぐに山肌を降りていく。岩場と岩場を飛び移りながら、トントンと下りて行くとあっという間に山の麓に出た。少し先に進むと街道があったので、そこに出て都市の方へと走る。


 あっという間に市壁が見えて来た。するとそこに数十人の人間が門の前に列を作っていた。自分らがその後ろに並ぶと、前の人がこちらを振り向いた。


「ひっ!」


 青い顔をして後ずさる。そして次にこういった。


「あ、あの! どうぞお先に!」


 オージェ様がぺこりと礼をして言う。


「ああ、すまないね。いいのかい?」


「どうぞどうぞ」


 そして列の一つ前に出ると、その前の人がこちらを振り向いた。


「ひいぃ!」


 真っ青な顔をしてその人が言う。


「あ、あの! 私はゆっくりでも良いので、どうぞお先に!」


 オージェ様がぺこりと礼をして言う。


「悪いね」


 それが次々に繰り返されて、自分らはあっという間に門番の正面まで来てしまった。全く待つことなく進むのはこれが初めての事じゃない。なぜか列に並ぶと人が順番を譲ってくれるのだった。


 門番が近づいて来る。


「な、なんだ! お前達は!」


 オージェ様が冷静に言う。


「旅人です」


「た、旅人だと! ちょっと待て!」


 門番が引っ込んでいき、しばらくすると大勢の騎士を連れて戻って来た。全員が剣を携えており、明らかに敵対視したような目線を投げかけて来る。


「止まれ!」


「止まってます」


「あ…」


「なにか?」


 オージェ様が聞くと、髭を蓄えた騎士が聞いて来た。


「この都市には何用で?」


「観光です」


「か、観光?」


「はい」


「怪しいな」


「何がです?」


 なぜか何もしていないのに、怪しまれてしまう。


「ちょっと、こっちにこい!」


 四人は騎士達に連れられて、屯所の中に入って行くのだった。廊下を渡って奥に行くと広い石畳の部屋に出る。


「中に進め!」


 言われるがままに部屋の中央に進むと、いきなり剣や槍を構えた騎士が部屋に雪崩れ込んで来た。四人は慌てる事無く正面の髭面の騎士を見据えている。


「そんな旅行者がいるか!」


 突然、髭面の騎士が叫び出した。


「旅行者ですよ?」


 オージェ様が淡々と答えている。


「怪しい。盗賊ではなさそうだが、ただ物ではない事は分かるぞ…」


「いやいや、ただ物ですよ」


「ふざけているのか?」


「いたって真面目です」


 すると髭面の騎士のこめかみに血管が浮き出て来た。ぎろりと睨みつけているが、めちゃくちゃ及び腰だった。もちろんオージェ様を前にして逃げたくなる気持ちは分かる。だがオージェ様は全く気を発していないし威嚇もせず殺気も無い。ただ立ち昇るオーラで全員が圧倒されているのだ。


 すると今度は、髭面の男が自分を指さした。


「おまえだ! おまえ!」


 へっ?


「なにか?」


「ぜったいに堅気じゃないだろう! お前が一般市民だというのは無理があるぞ! この街で悪い事をしようって腹だな!」


 …原因は自分だった。オージェ様とトライトンとセイラが俺を見ている。だが何も悪い事はした覚えは無い。


「たぶん」


 オージェ様が言う。


「ドランのいでたち…顔がおっかないからだと思う」


 すると唐突にセイラが話をしだした。


「騎士様方! すみません、実は私達は旅芸人なのででございます。実はこの街で芸を見せてお金を稼ごうと思っておりました。この者は用心棒なのですよ!」


「なんだと?」


 そして髭面はぎろりと自分を見たので言う。


「そうです。旅芸人です! 私は用心棒です!」


 髭面が自分の髭に手を当てて言う。怪しむようなまなざしだが、セイラの姿を見て鼻の下を伸ばしている。


「なら芸をしてみろ。お前達の芸とはどんなものだ?」


 その時、セイラの目がきらりと光り口角が上がった。セイラは騎士達の前に出て、すうっと息を吸った。そして歌い始めたのである。


 セイレーンの歌を。

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