第834話 囚人の書き換え
罰だから仕方ないと思ってはいたけど…マジか。
囚人のティブロンと四人の死刑囚は、どろっどろに汚れていた。卵を投げつけられ、むしった鳥の羽を投げられ、汚泥をかぶせられ、石を投げつけられた。市中引き回しの刑で精神的に来る罰を受けたのだった。
蔑む眼差しでそいつらを見つめるのは、イオナとカトリーヌ、アウロラ、マリア、ミーシャ、ミゼッタ、エドハイラの人間の女性達。まあこいつらがシュラスコ領で、女達にやった事を考えれば無理もない。だがこのままヘリに乗せるわけにはいかなかった。汚いし。
俺がこいつらの洗浄を頼もうとした時、パカパカとでっかいグリフォンが近づいて来た。もちろん俺達と一緒にここに来たイチロー達だ。
「あ、食うなよ。汚いぞ」
「ラウル。このような者は食い殺されて当然だわ」
イオナが怒りに満ちた声で言う。
「いや。それよりも汚いって」
「確かに、汚れたものを食べたらお腹を壊すわね」
すると見送りに来ていたシュリエルが言う。
「洗って食べさせても良いのでは?」
どうやらシュリエルも怒り心頭らしい。それにモアレムが言った。
「いや。ラウル様は、こやつらに道案内をさせようとしているのでございますぞ」
「でも、こんな奴らいたって仕方ない」
俺はその会話を遮る。
「大丈夫です。彼らはすぐに俺の言う事を聞くようになるから」
「そうでしょうか?」
「はい。とにかく汚いまま、ヘリに乗せるわけにはいかない」
するとモアレムが騎士達に言った。
「水桶を樽事もってこい!」
「「「「「は!」」」」」
サーヘルと騎士達が水樽を持って来て、ひしゃくで頭から水をかけ始める。精神的に折れているのか、全く抵抗せずにされるがままになっていた。だがあっという間に水が無くなってしまう。
「もう一度!」
モアレムが言うが俺はそれを止める。
「こっちでやります」
「魔法でございますか?」
「いや」
そして俺はすぐさま、航空自衛隊の破壊機救難消防車A-MB-3を召喚する。突如出て来た大型の赤い車に、モアレム以下騎士達が後退り剣を構えた。
「大丈夫。これは魔人軍の物ですから」
そう、俺が召喚した物は全て魔人軍管轄なのだ。
「これは、なんです?」
「ああ、綺麗にしようと思って」
俺はすぐに破壊機救難消防車A-MB-3に乗り込んだ。そして放水口をティブロンたちに向ける。皆は何が起きるのか分かっていないので、ただ茫然と見ているだけだった。
俺はドアを開けて皆に言った。
「えーっと、王都の騎士達から離れて」
皆が離れたので、俺は一気に放水を開始した。八十メートル先まで飛ぶ物凄い勢いの水が、五人の騎士に直撃して思いっきり流されていく。だが足かせがあるので、それほど遠くへは流れて行かない。それを追うように放水口を動かして、ガンガン水洗いをしてやった。物凄い水流に息が出来ないようで、空気を求めて喘いでいるようだが容赦はしなかった。
しばらく放水し終えると、男達はぐったりして横たわっている。失神しているのか溺死してしまったのか分からないが、俺はギレザムに頼む。
「ギレザム! 電気ショックで起こしてくれ!」
「は!」
ギレザムは腰からデザートイーグルを抜いて、水浸しの男達の方に銃口を向けた。
ぱりぱりぱり! バン!
ギレザムの電気を帯びた弾丸が地面の水を直撃すると、バリッ! と物凄い音をたて、五人はビンッ! と立ち上がってからバタバタと倒れた。
「ラ、ラウル様…申し訳ございません」
「こらこら、ギレザム! 殺しちゃダメだろ」
五人は心肺停止していた。俺は車を降りてファントムの所に行く。
「エリクサー針を五本出してくれ」
《ハイ》
ファントムからポロポロとエリクサー針が出て来たので、俺は今度はナンバーズに指示を出す。
「おーい。こいつらの首の後ろにこれを刺してくれ」
「「「「「は!」」」」」
ナンバーズたちがやってきて、五人の首の後ろにエリクサー針を刺した。すると皆がビクンと体を痙攣させて目覚める。俺が五人の側に行って話しかけた。
「えっと。これから道案内を頼む。王都までの各拠点の位置なども教えてくれるとありがたいな」
だが五人は物凄い恐怖を感じたような目で、俺を見てフルフルと震えるだけだった。
「まだ汚れてるかな? 水をかけてやろうか?」
男達はか弱いヒヨコのようにフルフルと首を振る。
「案内するよね?」
ティブロンが辛うじて頭をコクリと下げた。
「じゃ、ファントム破壊機救難消防車A-MB-3を破壊してくれ」
ファントムがバッと破壊機救難消防車A-MB-3に殴りかかり、あっという間に車を丸めこんでいく。綺麗に球体になった車が転がった。モアレムやサーヘルの目が飛び出しそうなくらい驚いている。
「よし、蹴り飛ばせ」
ガゴン! という音と共に、丸く固められた破壊機救難消防車A-MB-3が遥か彼方に飛んで行った。そして俺はモアレムの方を振り向いた。
「彼らは、道案内してくれるそうです」
なぜかモアレムも言葉を発することなく。うんうんと頷くだけだった。チラリとシュリエルを見るも、彼女もなぜか青い顔をして俺を見るだけだった。
「じゃあ、そのうちウルブスから大勢の魔人軍兵士が来ると思います。近隣に防衛基地の建設をしますが、対価をお支払いしますので食事の炊き出しなどお願いできますよね?」
シュリエルとモアレムがコクリと頷いた。
「ありがとう」
そして俺はアナミスを呼んだ。
「アナミス!」
「はい」
アナミスはすぐに俺の側にやって来た。
「じゃ、やろう」
「はい」
あらかじめナンバーズたちに立てさせていたテントの前に立って、ファントムに指示を出す。
「そいつらを放り込んでくれ」
《ハイ》
ファントムが五人をガシッと掴んで持ち上げる。
「ひっ」
「あぁ」
「あわわわ」
「うううう」
「やめ…」
すでに戦意も何もなくなってしまったティブロンたちは、ポイポイとテントの中に放り込まれた。俺とアナミスがその後ろから中に入って行く。
「な、なんだ…」
ティブロンが怯え切った目で俺とアナミスを見ている。五人は尻餅をつきながら、じりじりとテントの奥へと逃げていく。
「もう大丈夫だよ。楽にしてあげるから」
そう言ってアナミスをチラリと見ると、すぐさま赤紫の煙でテント内を充満させた。五人はバタバタと眠り込んでしまう。
「よし、まずはそいつから」
俺がティブロンを指さすと、アナミスがティブロンの頭のあたりに手をかざした。俺はアナミスの背中に手を触れて魔力を流し込んでいく。するとアナミスの体が発光し、ティブロンの魂へと潜っていくのだった。魂核を見つけたので、それを俺のシモベとして書き替えていく。ティブロンが終わり次の奴に移る。
「じゃ次」
「はい」
そして五人の魂核を書き換えて、全くの別人に生まれ変わらせた。これからは、ほとんど成長する事はないが、道案内の役割は間違いなく果たしてくれるだろう。
「さ。テントから出て」
「「「「「はーい!」」」」」
王都騎士五人はとびっきりの笑顔を見せて立ち上がった。そして重い足かせをものともせずに、テントの外へと飛び出して行く。俺とアナミスも追いかけて外にでる。
「手枷足かせを外そう」
俺が言うと、モアレムが目を丸くしてみている。
「な、なにか、こやつらの雰囲気が変わったように思えるのですが…」
「いや。何も変わってないと思いますよ」
そして俺は五人の王都兵に向かって言った。
「なあ?」
「「「「「はい! おっしゃるとおりでございます!」」」」」
五人はぴったりと声を合わせて返事をしてきた。モアレムが言う。
「な、なにが…一体何が?」
「特には何も」
しばらくはモアレムもシュリエルも、シュラスコの騎士達も固まっていた。だがモアレムが我を取り戻して言う。
「枷を外してやれ!」
「は!」
騎士達が手枷走枷を外した。手足が自由になっても直立不動できをつけをしている。それを見てモアレムとサーヘルたちが首をかしげていた。
「一体何なんだ…」
「まるで別人だ…」
それを尻目に俺はホウジョウマコを呼んだ。
「マコ!」
「はい!」
そして俺は五人を指さしホウジョウマコに言う。
「こいつらはマコの管轄だ。まあまあ腕が立つから使えると思う、面倒見てやってくれ」
「はい。力を行使しても?」
「もちろんだ。素晴らしい騎士に生まれ変わると思うぞ」
「わかりました」
ホウジョウマコの人間使役強騎士能力。人間を使役して強い騎士に変える能力の事だった。ふんだんに使ってこいつらも戦力にしてしまう予定だ。物凄いコンビネーションの攻撃を見せてくれることだろう。
俺はモアレムの方を向いて言った。
「では我々はこれで」
「…はい。何というのでしょうか…」
「なに?」
「我々が…我々が、何かの間違いでラウル様に弓を引かなかった自分達を褒めてやりたいです」
「そうですか?」
するとモアレムはサーヘルの方を向いて言った。
「そうだな? サーヘル」
「はい! これまでに何か非礼を働いていたとしたら、何卒お許しくださいますようお願いします!」
「いやいや。何も無かったと思うよ」
「は!」
そしてシュリエルが引きつった笑いで言って来る。
「あの、これからも末永く友好を結んでくださいますよね? 交換条件の基地設立も承諾しましたしね?」
「もちろんだとも! これからも末永くよろしく頼む」
「は、はい!」
俺はシュラスコの皆を見渡して言った。
「あと何かありますか?」
全員がフルフルと首を振ったので、俺は自軍のみんなに向かって言った。
「よし! 行くぞ! 目的地はモエニタ国の首都! いよいよ大詰めだ! 気を引き締めていくぞ!」
「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」
皆が俺に敬礼をして、次々にチヌークヘリに乗り込んでいく。俺はマリアの操縦するヘリに乗り込み、エミル、スラガ、ティラのヘリには配下とナンバーズ、五人の囚人たちが乗り込んでいった。
四機のチヌークヘリのローターが回り、地上を離れていく。
グレースが俺に声をかけて来た。
「なんか、怒涛の数日でしたね。ラウルさん」
「ああ。少しづつ少しずつやっとここまで進んで来た」
「僕達の旅も終わりに近づいているんでしょうか?」
「どうだろうな? なんかこの世界でも定期的に戦争が起きたりしているらしいし、この戦いで平和を手に入れても、それがいつまで続くのかは分からないよ」
「モデルガンでBB弾を撃ってた頃が懐かしいです」
「だな」
すると操縦席からエミルが話しかけて来た。
「それをやるために、平和な世界を作るんだろ? 早くこんな戦い終わらせちまおうぜ」
「もちろんだ。きっとすぐ終わるさ」
俺達の乗ったヘリは、広大なモエニタ国をひたすら南へと進んでいくのだった。