第826話 ベルゼバブの力
俺達が侵入した先は部屋というには広すぎた。人の手が入っていない洞窟のような形状になっている。天井も高くて、まるで龍神がいた海底神殿の大広間のようだ。
「デモンの気配は?」
俺がシャーミリアに聞く。
「申し訳ございません。感じ取る事が出来ません」
「必ずこのどこかにいるはずだ」
「次の攻撃の時は場所を特定いたします」
「ああ」
俺は警戒したまま、その場所で待機している。だが…敵は全く攻撃をしてくる気配がなかった。
「おい! いるのは分かっているぞ! さっさと姿を見せろ!」
‥‥‥‥‥‥‥
俺が叫ぶが全く反応がない。
おかしい。ここに誘い込んだからには、何らかの罠を仕掛けているはずだ。だが全く何もしてこない、その不気味さに俺はピリピリとし始める。
「なんでしょう? 何かの罠でしょうか?」
カーライルが俺に聞いて来るが、俺にも良く分からない。俺達がじりじりとその奥へと足を進めようとした時だった。遠くから微かな銃声が聞こえた。
ドガガガガガガガガ! ズドドドドドドドド! パララララララララ!
12.7㎜M2重機関銃の音と、M240中機関銃と、H&K MP5A3サブマシンガンの音が入り混じっている。俺にはしっかりと聞き分ける事が出来た。と言う事は、戦闘しているのガザム、ゴーグ、スラガ、アナミスの部隊だ。
音が聞こえる距離にいるならばと、俺はすぐさまガザムに念話を繋げた。
《ガザム!》
‥‥‥‥‥
だがガザムからの回答は無かった。
俺達はここを離れてガザム達の所に行く訳にはいかなかった。俺達の所にも確実に敵がいるはずだからだ。
「ご主人様。恐らく私奴の能力が阻害されているように思います」
「やっぱりそうか。どうやらもう一匹の強いデモンの力っぽいな」
「そのように思います。しかしこの部屋に本当に敵は居るのでしょうか?」
「さっき攻撃されたからいるだろ?」
「それにしてはおかしいのです」
「何が?」
「申し訳ございませんが、うまく言い現わせません。不甲斐の無い私奴を…」
シャーミリアがダメな感じになる前に俺はそれを止める。
「いい。大丈夫だ。それよりも銃声が止まっている」
「はい」
どこかで鳴っていた銃声が止まっていた。まさかとは思うが、ガザム達が全滅したのだろうか?
「動くか?」
「ここを離れるのですか?」
カーライルが剣を構えながらも俺に言う。
「他の隊がどうなっているのか分からないんだ」
「念話が繋がらないのですか?」
「ああ」
すると、また唐突に銃声が聞こえて来る。
ドガガガガガガガガ!
今度の音は12.7㎜M2重機関銃のみだった。
「ギレザム達か、ガザム隊の誰かが倒れたか…」
するとシャーミリアが俺に言う。
「恐れ入りますが、力量的にこれほど早くやられるとは思えません」
「今のがギレザム達の銃声だとしたら、敵は三つに分かれている?」
「それほどの軍勢の気配は感じ取っておりませんでしたが…」
「ならば待ち伏せだ。あらかじめここに潜ませていたんだろう」
「はい」
すぐに銃声は止んだ。
「なんだ? 一体どうなってる?」
だが、次の瞬間シャーミリアが一歩前に出て言った。
「こっちです!」
ガキィ!
飛んで来た円月刀を弾き飛ばした瞬間、シャーミリアが消え奥に出現した。
《逃げられました! ですが、こちらです!》
「カーライル! 行くぞ!」
シャーミリアのいる方向に俺達が走り寄ると、シャーミリアが言った。
「敵は、この壁を抜けました」
シャーミリアが指さす場所を、俺のバレットM82ライフルの銃床でこずいてみた。
ガリ!
「普通の岩だぞ?」
「ですが確かにここに消えたのです」
「なるほど。敵は壁を抜けて俺達と戦っているんだ。恐らくデモンの力だろうが、バティンの力と合わさると厄介だな」
「恐れ入りますがご主人様、このまま下がればそこを突破して敵は逃げるでしょう。敵の狙いは恐らく我々からの離脱だと愚考します」
「抜けられれば、洞窟の入り口で待つナンバーズが危ない」
それに絶対に逃したくない、確実に仕留めるにはどうすればいいんだ…。
「私奴が愚考しますに、もう一人のデモンは壁抜けの能力を持つのではないかと思われます。そのデモンの能力を見極める事を優先させてはいかがでしょうか?」
「だな。わざわざ洞窟の奥まで誘いこんだって事は、力の制限がある可能性もある」
ドガガガガガガガガ! ズドドドドドドドド! パララララララララ! また微かに12.7㎜M2重機関銃の音と、M240中機関銃と、H&K MP5A3サブマシンガンの音がする。ガザム達が交戦しているのだろう。
ということは、壁を抜けてきたタイミングを狙えばあたる?
「よし! 銃声が終わったタイミングで、周囲の壁に向かって攻撃を仕掛ける」
「は!」
《ハイ!》
「すまんがカーライルは剣を収めてくれ。使い慣れていないと思うが、これを撃ったことはあったよな?」
「あります」
「なら頼む」
そして俺はカーライルに、AT4ミサイルランチャーを召喚した。カーライルはミサイルランチャーを肩に担ぎ、スコープを睨むようにして狙いを定める。様になっているので問題なさそうだ。
「銃声が止まった」
1,2,3,4,5と俺が心でカウントする。
そして身構えるが攻撃は無かった。
すると10を数えた時。ドガガガガガガガガガ! と微かに12.7㎜M2重機関銃の銃声が鳴った。恐らくはギレザムたちが交戦中なのだろう。
「間違いない。パターンで攻撃してきているぞ! 構えろ!」
そうこうしていると、12.7㎜M2重機関銃の銃声が止まる。
1,2,3,4,5,6,7,8,9
「撃て!」
俺のバレットM82ライフルと、シャーミリアのM240機関銃と、ファントムのM134ミニガン、そしてカーライルのAT4ロケットランチャーが火を噴く。
ズガーン!
「ぐあ!」
手ごたえあり!
どうやらカーライルが撃ち込んだAT4ロケットランチャーの先で、その気配はあった。空間がびりびりと歪み始め、薄っすらと人影が浮かび上がって来たのだった。そこには膝をついたバティンと見知らぬ色気のある女と、見た事のある人間が居た。そしてその周りに十体程度のハエの顔をした猿がウロウロしている。
すると俺の隣りで思いっきり目を吊り上げたカーライルが叫んだ。
「ビクトォォォル!」
呼ばれた相手はバティンの隣りで、あっけにとられたような顔でカーライルを見ていた。
「カ、カーライル!」
「貴様ぁ!」
「なぜこんなところに?」
カーライルは空になったAT4ロケットランチャーを投げ捨て、チャッっと自分の腰の剣に手をかける。
「まて、カーライル。あの女、あれが要注意だ」
怒りが爆発しているカーライルを抑え、俺はシャーミリアに聞く。
「あれはどうだ?」
「能力は未知数なれど、それほど脅威には思えません」
「よし」
すると色気のある女がいきなりバティンに怒り始める。
「おまえ! 役に立たないねえ! 下等なデモンが!」
「う、うるさい」
四つん這いになっているバティンを、色気のある女が罵っている。そして女はバティンから目を逸らし、こちらを睨んで叫んだ。
「行け!」
するとハエのサルが思いっきりこちらに飛んで来る。
「撃て」
俺達の一斉掃射にハエのデモンは全て地面に転がった。それを見た女が憎悪に燃える顔で叫ぶ。
「くっ! なんだ! あれは?」
すると四つん這いになっているバティンが、女に言う。
「ははは、おばさんは知らないでしょ。あれが俺達を苦しめている元凶だよ」
そう言われて女が俺をギッと睨んだ。
「そうかいそうかい。あれが火神の敵って訳かい…、で誰がおばさんだ!」
いきなりノリ突っ込みをするおばさん。俺が女に向かって言う。
「つーか、おばさん。何で俺達を無視して話なんかしてるんだ? お前達はもう袋の鼠だぞ」
すると女は高笑いをする。
「あーはははははは! 小僧! お前達がわらわをどうするというのだ?」
「消えてもらう」
「おもしろい。わらわを消すと言うのか?」
「そうだ」
「やってみるがよい!」
すると四つん這いになっているバティンがベルゼバブに言った。
「いや、おばさんは逃げなよ。ボクがここで食い止めるからさ、まだ火神の為にやる事あるでしょ」
「ふん! 下等なデモンが、わらわを助けるなどとおこがましい」
「いや、もう無理だって」
「見てるがよい!」
なるほど。ベルゼバブは、どうやら相当自信があるようだ。とにかく俺もこいつらを逃したくない。
「仕留めるぞ!」
「は!」
《ハイ》
俺とシャーミリアとファントムが三方に散開し、一気にベルゼバブに向けて詰め寄る。そして俺達は至近距離から銃を撃ち込んだ。集中砲火がベルゼバブを覆い尽くそうとした時、ベルゼバブの三方に黒い空間が出現する。俺達の弾はその黒い空間へと吸い込まれていくのだった。それを見て撃つのを止めると、その黒い空間は無くなった。
「あはははははは! その程度かい!」
その異様な光景に、俺とシャーミリアとファントムは一気に距離を置いて集まる。
「なんだ? 弾が当たらないぞ」
「そのようです」
どうやらバティンとは違う空間系の能力を使っているようだ。俺達が撃ち込んだ弾が一斉に黒い空間の中に吸い込まれてしまったのだ。俺達が次の動きを考えていると、ベルゼバブが言う。
「いくらでも食らい尽してくれよう!」
俺達の弾を食ったって事か?
「今までのデモンとは違うかもしれん」
「そのようです」
俺とシャーミリアが距離を置いてベルゼバブを監視する。だがそこに唐突に円月刀が飛んで来た。俺はすぐにライオットシールドを召喚し、円月刀に平行に差し出してかがみこむ。円月刀はライオットシールドの上を滑り、一部を切り裂きながらも軌道を変えた。
俺がバティンを見ると既に傷は回復していたようだった。そして見ている事に気が付いたバティンが俺に叫ぶ。
「おまえ! よくもダンタリオンを消してくれたな!」
ダンタリオン? だれだっけ? いっぱいのデモンと戦って来たので忘れてしまった。
俺が誰か分からないような顔をしていると、更にバティンは怒った顔で言う。
「おまえ! まさか、覚えてないのか?」
「ああ、すまんが覚えていない。デモンをいっぱい殺して来たからな」
「くっ!」
すると今度はベルゼバブから闘気のような物が吐き出される。俺は思わず怯んでしまった。
「むっ!」
「気に入らないねえ。わらわの前で堂々とデモンをたくさん殺したなどとほざいて。どうやって料理してやろうかねぇ」
あらら、怒らせちゃった。でも事実は事実だし、敵に忖度してもしょうがないしね。逆に聞き返してやろう。
「お前はいちいち殺した敵の事を覚えてるのか?」
「…覚えていないねぇ」
話をしながら時間を稼いで、敵の情報を引き出そうとするがこれ以上は無理のようだ。
「仕方ない、至近距離からやってみるか」
「は!」
《ハイ》
俺とシャーミリアとファントムが再び散開した。そしてベルゼバブの様子を伺い飛びかかるチャンスを伺うのだった。