第825話 人工的な洞窟
暗く湿っぽい洞窟内には水が流れているようで、ちょろちょろと小川のような音がする。もしかしたら先ほどの豪雨で、どこからか水が入って来たのかも知れない。その洞窟は中に行くほど広がっており、地形が変わった事で俺達は陣形を変える必要があった。
「ツ―マンセルで散開しろ」
俺が魔人達に指示を出すと、各自の判断で別れていく。
俺とシャーミリア、ファントムとカーライル、ギレザムとアナミス、ガザムとラーズ、ゴーグとスラガが組みとなり隊列を広げていく。
そう言えばナブルト洞窟の時にもレインニードルに襲われたっけ。
俺は、ふとそんなことを思い、隊を止めた。
「止まれ」
「どうされました?」
「普通の洞窟じゃない気がする」
配下達にピリピリとした空気が流れた。完全に俺の勘でしかないが、敵にあえてここに誘い込まれたような気がしてきた。デモン達の出現場所に近い事を考えると、むしろ罠である可能性の方が高いかもしれない。
シャーミリアが聞いて来る。
「いかがなさいましょう?」
「ファントム、鏡面薬を出せ」
《ハイ》
俺のアイテムボックス代わりでもあるファントムが、ポロポロと体から鏡面薬を噴き出させた。俺はそれを拾って皆に渡してやる。
「鏡面薬で魔法陣罠を確認しつつ進む」
「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」
俺達はゆっくりと鏡面薬であたりを確認しながら進んでいく。デモン達がいきなり出現したのは、ここに転移魔法陣があるのではないかと推測したからだった。モエニタ国は敵地なのだから、相手は地理を熟知している可能性がある。
するとカーライルが言った。
「我々がここに追い込んだのではなく、誘い込まれたと言う事ですか?」
「わからん。ただ、こんなところで精鋭が転移させられたら、残った母さん達が心配だからな」
「確かにそうですね、それでも進みますか?」
「デモンのバティンは仕留めておきたいんだよ。他のデモンと違って、かなり頭を使うヤツだから」
「わかりました」
俺達は鏡面薬を洞窟のあちこちにふりかけながら進んでいくが、魔法陣の類は未だに確認されていなかった。ファートリア神聖国の深部の時のように、死ぬほどデモンが湧いて来る可能性もある。十分注意して進む必要があった。
シャーミリアが俺に告げた。
「ご主人様。この先に下に行く階段が御座います」
「階段か…」
どうやらここは普通の洞窟じゃなさそうだ。敵は転移魔法陣で逃げた可能性もある。だが確認しなければそれは分からなかった。すると今度はギレザムが言って来る。
「ラウル様、他にも階段があるようです」
「一つじゃないのか」
「そのようです」
「この階層の全ての場所を確認する。ゴーグとスラガはこの階段の入り口で待機しろ。ラーズとガザムはもう一つの階段を見張れ!」
「「「「は!」」」」
そして俺達は、その広い階層の全てを確認した。すると階段の降り口は全部で三つあった。
《全員に告ぐ。下層に降りる階段は三つあった。これから先の判断が難しいが、どうするか?》
ひとつ目はどれか一つに絞り全員で一カ所に降りる事 他の二つは一カ所の確認が終わってから
ふたつ目は二つに絞って隊を二つに分けて二カ所に降りる事 他の一つは二カ所が終わってから
みっつ目は隊を三分割して全ての階段を一斉に降りる事
《どうするか?》
それに対しシャーミリアが答える。
《私奴はご主人様のお側に》
するとギレザムが言った。
《我は一人で一か所を、他を二分して降りてはいかがでしょう?》
シャーミリアの答えは想定通り、総大将の答えは許可できなかった。
《ギレザム一人でというのは危険だ。せめて二人で行動してほしい》
《ですが、他の隊が苦しくなりましょう》
《許可できない。お前に何かあったら俺が嫌だ》
《なあに、敵の力量は分かりました。念のため我が当たりを引いたら、この階層に戻るとしましょう》
《いや、それならばギレザムとラーズが組め》
するとラーズが答えた。
《わかりました。ギレザムめの守りは我が》
《頼んだ》
《は!》
《ならギレザム隊は最初の階段へ》
《《は!》》
と言う事は方向性は決まった。三つの隊に分割して降りる事にしよう。
《ガザム、ゴーグ、スラガ、アナミス、ファントムの五人が一カ所を、残りは俺とシャーミリアとカーライルで行こう》
すると今度はガザムが言う。
《ファントムは是非ともラウル様の護衛に、我らは四人で行きましょう》
《俺の側にはシャーミリアがいる》
《人間をお連れです。足手まといにならないとも限らない、ファントムはそれにお使いください》
どいつもこいつも、随分気を使ってくれちゃって。
《わかった。十分注意しろ!》
《《《《は!》》》》
《ガザム隊は二番目の階段へ》
《《《《は!》》》》
そして俺達は三隊に分かれて、一斉に階段を下りていく事にしたのだった。転移魔法陣やインフェルノ魔法陣の有無を見分けながらも、慎重に進むことにする。ファントムが先を進み、俺とカーライルが真ん中で、後方にシャーミリアが控えている。階段を下りて行くと再び通路に出た。
「すみません」
カーライルが突如謝って来た。
「なんで?」
「最強格の二人をこの隊に入れたのは、私がいるからでしょう?」
まあ隠しても仕方が無いので正直に言う。
「そうだ。俺の直属の配下とカーライルでは力量が違う」
「すみません。ですが私が役に立つことをぜひともお見せしたい」
「無理はしないでくれよ」
「はい」
カーライルは自分の国を奪還してくれた事を、常々俺に感謝してくれていた。これはその恩返しとも言うべき行動なのだと思う。そしてこのためにカーライルは日々鍛錬を積み重ねて来た。その力を試したいという気持ちもあるのだろう。
しかしこの洞窟はどちらかというとダンジョンに近いかもしれない。普通の岩場ではなく人工的に作れらたような場所がいくつも見受けられる。俺達が進んでいくと、再び階段が見えて来た。だがその先にも通路は続いており、奥にも階段が無いという保証は無かった。
「ご主人様。こちらへ待機をなさってくださいませ。私奴がこの階層を全て調べてまいります」
「頼む」
誰も逃げ出さないように俺達三人がそこに留まり、シャーミリアが俺達の目の前から消えた。そしてすぐに帰って来る。
「階段はここともう一カ所ございました。いかがなさいましょう?」
なるほど。更に分散するのは不味いな、ならばここはシャーミリアを斥候に使おう。
「シャーミリア、この階段の下の層を確認して来い」
「は!」
シュッ!
「かなり入り組んでいるようだな」
俺が言うとカーライルが答える。
「人の手が入っているように思います。まるでファートリア神聖国の地下のように、ですが全くの人工物という感じでもなさそうです」
「いったいここが何なのかは分からんが、わざわざこんなところに入って来たって事は、敵はわざとここを選んだ可能性が高い。罠の可能性も十分にあるだろうな」
「はい。このような所、人間ではすぐに殺されてしまいましょう」
「だろうね」
そしてしばらくするとシャーミリアが俺達の前に出現する。
「もぬけの殻でございました。転移魔法陣も確認できません」
「なるほどね。ならもう一つの階段を全員で降りる」
「は!」
「わかりました」
《ハイ》
他の階層に潜った奴らは大丈夫だろうか? ガザムの隊ならばガザムが斥候を務められるし、守りならスラガに任せる事が出来るだろう。ギレザムと潜ったラーズは魔人の中では一番防御力が高く、一人でもデモン相手に持ちこたえる事が出来る。だがギレザム隊は二人しかいない、今のように複数の階段があった場合は、結局一人が守り一人が潜る事になる。
てことは、俺達はとにかく早くこの階段の奥を確認して、皆と合流するか知らせる事が重要だ。
俺達は奥の階段へとたどり着き下に降りる事にする。転移魔法陣で逃げていなければ、敵は必ずこの洞窟内のどこかにいるはずだ。
下の階に降りてすぐにシャーミリアが言う。
「それではこの階も私奴が確認をしてまいります」
「頼む」
再びシャーミリアが斥候に出る。シャーミリアならばすぐに全体を確認して戻ってくるだろう。とにかく入り組んだ洞窟内は隠れるところがたくさんありそうだった。だがシャーミリアの気配感知からは逃れる事は出来ないはずだ。すぐにシャーミリアが戻って来た。
「階段は一カ所でございます」
「わかった。一度全員に念話を繋げる」
「は!」
《ギレザム! そっちはどうだ?》
《今の所以上ございません。敵を確認できておりません》
《了解。ガザムは?》
《こちらも未だ敵はつかめていません》
《十分注意して進め!》
《は!》
皆の状況を念話で確認した後、俺はシャーミリアとカーライルに向かって言う。
「進もう」
俺達は更に下の階に続く階段へと向かった。恐らく他の隊もさらに深部に潜っているだろう。俺達にとって、とても危険な状態にあるのは確かだが、それは相手にとっても同じ。既に逃げ場は無くなっている。あとはどちらが先に仕掛けられるかだ。
さらに下の階層に降りると再び同じような通路が出て来る。するとそこには三つの扉があった。
「一つずつ開けてみるか」
「は!」
そしてシャーミリアが一番左の扉を開ける。そして中を見渡して鏡面薬を床に振りかけて戻る。
「異常ございません」
「じゃあ、真ん中」
「は!」
そしてシャーミリアが真ん中のドアを開ける。同じように中をチェックし鏡面薬をふりかけた。
「異常ございません」
「じゃあ、残りは右か」
「では、探りましょう」
「慎重にな」
俺とファントムとカーライルがシャーミリアの後に続き、ドアを開けるのを待つ。そしてシャーミリアがドアを開けた瞬間だった。
ガキィ! 中から円月刃が飛び出して来た。それをシャーミリアが爪ではじき返す。
「ビンゴ!」
ようやく追い詰めた。どうやらあたりを引いたのは俺達のチームのようだ。俺はすぐさま皆に念話を飛ばしてやる。
《ギレザム! ガザム!》
‥‥‥‥‥‥
でた。
また念話阻害の何かが働いている。どうやらこれは俺達の隊を分ける為の罠だったらしい。仕方なく俺は皆に念話を繋げるのを断念し、この四人で何とかしなければならないと知るのだった。
カーライルが言う。
「どうやら当たりくじを引いたようですね」
「ああ」
「我々は運がいいですね」
ちょっといつもと違う雰囲気のカーライルを見ると、カーライルは口角を上げて笑っていた。
そして…震えている?
「カーライル。大丈夫か?」
「なにがです?」
「震えているように見えるが」
「そうですか? そうですね、どうやら武者震いのようです」
「無理はするな」
「はい」
俺達は目の前の扉をじっと睨む。既に俺とシャーミリアとファントムの武装は整っている。敵を目前にして震えるカーライルを見て、俺の胸にグッとくるものがあった。騎士道精神というものを具現化したような、この男を見ていると俺まで熱くなってくる。
「入るぞ」
「「は!」」
《ハイ》
俺達はその入り口をくぐって中に侵入するのだった。