第822話 魔王子討伐先発隊 ~バティン視点~
なんでボクが。
この世に受肉してからこのかた、ボクは謝罪と失敗を繰り返している。しかもなんであんな訳の分からない、神を受体した男に従っているんだろう。
まあ…それは契約だからだ。ボクがこの世に受肉する代わりに、アイツの命令を聞かなきゃならない。だがそれだけではない。認めたくはないがアイツはとてつもなく強い。ボクらデモンが束になっても敵わない。火の一族ゼクスペルですら規格外だというのに、あれはそれとも比較にならない。
だから従っている?
そんな奴になぜ自分が尽き従っているのか、自分でも良く分からなかった。ボクが従っているヤツの名はブラウンヘッド。元は人間だったらしい。
少し前、指令を受けて魔王子とその仲間とやらを殺しに北大陸へ行った。ボクはそこで、先発隊だったマルヴァズールのやつを出し抜いてやろうと思った。先に入った情報をもとにヘンテコな機械を探し出し、待ち伏せしていたところに該当する人物が来た。それが魔王子だった。魔王子と仲間を消せばボクは自由になれる。そういう契約だから。
だが…
そいつも規格外だった。
そのせいで一緒に受肉したダンタリオンは死んだ。双子のダンタリオンとは喧嘩ばかりで別に仲が良かったわけではないが、腐れ縁のようなもので奈落の底でもいつも一緒にいた。
最初の失敗は油断だった。前情報で聞いていたのにも関わらず、相手の強さを見誤ってしまったのだ。だが、ダンタリオンが死んだのはその時ではない。最初の失敗を元にしてボクは綿密に作戦を練り、ゼクスペルのフーまで連れて行った。それにも関わらずダンタリオンが死んだ。挙句の果てにあの偉そうにしていたフーまでが死んだ。
それもこれも、ボクの傍らにいる人間が無能だからだ。そう思った。
ボクが連れている人間はエフォドス・ビクトール。ファートリア神聖国の聖騎士で、自分の保身のために祖国を裏切った奴だ。こいつの生まれ育った国でならば作戦も上手く行くと踏んだが、その作戦は全く機能しなかったのだ。
「それにしても…」
ボクは目の前にいる、エフォドス・ビクトールを見て思う。こいつは自分の保身のために必死でボクの言う事を聞いている。今もこうして一緒に前線に送り出されて来た。無能ではあるものの、コイツはその器用な嘘で人を騙すのが上手い。それだけが取り柄の男だ。
「は、はい」
怯えた表情でビクトールがボクを見る。そんな表情を見せられるだけで、ボクはこいつを殺したくなる。だが、まだ利用価値があると思って引き連れているのだ。
「…おまえは今回失敗したら終わりだよ」
「もちろん分かっております。既にシュラスコ領にて種まきをしております」
ボクがコイツに終わりだなどと言ったものの、今回失敗したらボクも終わる。ボクはコイツと二人だけで前線に送られるところだったが、頭を床にこすりつけて懇願したのだ。兵隊を失ったボクはプライドをかなぐり捨てて、ブラウンヘッドに懇願した。部隊を増強してくれと。失敗したらその代わりにボクを処分してくれと。
ブラウンヘッドがそれを了承し、奈落の底から引き寄せたのがベルゼバブだった。
これがまた問題だった。ブラウンヘッドが引き寄せたベルゼバブは、あっちの世界では格上の存在でボクは下だった。もちろんベルゼバブはボクの言う事を聞かずに、フライデモンの大群を連れて飛んで行ってしまった。ボクの忠告も聞かずに、何の対策もせずに向かって行ったのだ。
ボクは偶然見つけたある事に、勝機を見出そうとしていた。シュラスコ領の先の森に人間ではない者を見つけたのだ。獣人でもエルフでも魔人でもない何か。すぐに見失ってしまったが、それがボクたちデモンでもないとすると答えは一つだ。
シダーシェン。
十神の一人がこんなところに居たのだ。力を全く感じないが恐らくボクの読みは当たっている。
ボクの作戦では、この先の森のどこかに住むシダーシェンの一人をさらう事だった。ボクの言う事を聞いて仲間になれば良し、仲間にならなければ神の一角を消そうと思っていた。その事を手柄の一つとし、ボクは自分だけでも助けてもらおうと思った。
だが、ボクがベルゼバブにその話をしたとたんに「容易い!」とか言いながら大群を連れて飛んで行ってしまったのだ。そして、そのベルゼバブの大群の気配が消えた。
それでボクはすぐにピンときた。あいつらは既にここまで進軍してきていると。もちろんベルゼバブも契約だから、ボクと同じく逃げる事は出来ない。逃げた段階で消滅させられるからだ。恐らくベルゼバブは敵が飛ぶ事を知らずに、余裕で進軍して行ったのだろう。そして出会ったのだ、あの北大陸の魔王子に。
どうして位の高いデモンは、どいつもこいつも力押ししかしないんだろう? 自分の力を過信して真正面から敵にあたろうとする。もちろんデモンの力をもってすれば余裕と思うのだろうが、敵はその上を行くのだ。本当にバカばっかりだ。
ほとんど詰みの状態に近い。頭を床にこすり付けてまで呼び寄せたデモンの軍団が壊滅した。だがもうボクには引く事はできない。ボクはやるしかなかった。
そしてボクの前に、ノコノコと敗走して来たベルゼバブが現れた。
ビクトールを連れて自分の空間に潜んでいたが、仕方なくそこから出てベルゼバブに相対した。
「バティン! おまえどこに隠れておったのだ!」
「自分の中だけど?」
「な、その口の利きよう、態度がなっておらぬ」
「はあ…、だって失敗したんでしょ。ずいぶん兵隊の数も減ったみたいだよね?」
「貴様、消してやろうか!」
「いいの? 契約無視であんたがブラウンヘッドに消されるよ」
ベルゼバブは憎悪に顔を歪ませてじっとその気配を収める。
「むっ、まあよい」
よくないけどね。とりあえずここから、どうやって立て直ししたらいいものやら。
「森に敵がいたんだ?」
「そうだ。なぜわらわに敵の力を教えておかなかった?」
お前が聞かずに飛んで行ったんだろ! クソが!
「さあ、天下のベルゼバブ様なら問題ないと思ったんだけど?」
「へ、減らず口を!」
「うるさいなあ…とにかく、敵を倒さなきゃボクらは消されるよ。そう言う契約なんだから」
「分かっておる!」
だが、ベルゼバブに残ったフライデモンの数も少ないし、これからどうすべきか…。全くアイデアが浮かばなかった。そんなときボクの隣りにいる、無能のビクトールが進言してくる。
「あの、よろしいですか?」
するとベルゼバブがギロリとビクトールを睨んだ。その瞬間ビクトールは意識を失ってしまった。
「おいおい。人間にあんたみたいなデモンが、魔気を浴びせたらそうなるって。死ななくて良かったけど」
「そんなゴミ、フライデモンに食わせてしまおうではないか」
「ダメだよ。こいつはシュラスコ領に入り込ませているんだ。まだやってもらう事がある」
はずだ…たぶん。
「ふん! 人間風情に出来る事など、たかが知れてるわ!」
まあ、それはベルゼバブのおっしゃる通り。コイツに出来る事などたかが知れている。せめてマルヴァズールに仕えているアヴドゥルくらいの能力があれば良いんだけど。アブドゥルの魔力と転移魔法陣のおかげでかなり優位に事を進められるから。そんな事を言っても始まらないけどね。
「とにかく」
ボクはビクトールを叩き起こす。少しの魔障が残っているが、ふらふらになりながらも立ち上がった。
「は、はい! 申し訳ございません!」
起き上がり次第、急に謝って来た。
「怒ってないよ」
「申し訳ございません!」
「で、なんだっけ?」
「発言してもよろしいですか?」
「はやく言えよ」
「はい!」
ボクはビクトールを促して話させるようにする。まったく何事も順調に進まない。
「私がシュラスコに送り込んだ、王宮の兵士を使ってだまし討ちをする計画を進めてはいかがかと」
はあ…。もう敵がすぐそばまで来てるんだけど。
「やっぱりお前はボクが食ってしまうか…」
「ま、お待ちください! 私が敵と一緒にいて思った事があるのです!」
「なんだよ」
「敵もある程度人間に被害が出る事は想定しているようですが、人間が死ぬことを良しとはしていないのです。マルヴァズール様とアブドゥルがやっていたように、人間を盾にする事で奴らは攻撃を仕掛けてはこないはずです」
「人間を盾にするってやつね」
「そうです。北の大陸でもそのような光景を見かけましたし、間違いなく人を無差別に殺す事は無いかと」
「はあ…」
なんか、いまさら感…
「ダメでしょうか?」
「それでマルヴァズール達は失敗してるんだけどね。それにブラウンヘッドから言われてるだろ、モエニタの民は極力殺しちゃいけないんだよ。殺せばブラウンヘッドの力が削がれるだろ?」
「しかしこの状況では…」
「ふむ…だけど誰がやるんだ?」
「もちろん送り込んだ王宮の兵士達にやらせます。その為に私はシュラスコ領に潜り込んだのですから」
「なるほどね。まあ、どのみちやる事も無いし、それやってみようか」
するとベルゼバブが、馬鹿にするように言って来る。
「そのような浅知恵で何が出来るというものか」
「あんたに言われたくないと思うけどね」
「貴様! またそのような口のききよう!」
「じゃ、結果出してから行ってよ!」
「うぐぐ」
そんな話をしていた時だった。変な音が聞こえて来る。
パラパラパラパラ
「なんだ?」
ボクが反応すると、ベルゼバブも聞こえたようでそれに反応した。
「敵よね?」
マジか…。既にこっちに気づいているとでも言うのだろうか? いずれにせよ今、この状況で見つかるのは不味い。
「逃げるよ」
するとベルゼバブが言う。
「逃げるなどと…」
「あんたも逃げて来たんだろ。とにかく今はどうしようもない、この森の奥に潜んでやり過ごしてみよう」
「ふん。まずはそうしようかねえ」
ベルゼバブがようやくボクの言う事を聞き、森の奥へと進んでいくのだった。
とにかく立て直しをしないと。起死回生の何かを考えないと。
ボクは頭の中でぐるぐると対策を考えていた。あの音はあいつらの乗り物の音だ。あれが来ているとなると、そこそこの人数を連れてきていると思った方が良い。
森を進んでいくと、どうやらあの乗り物は引き返して行ったようだ。もしかしたらこちらに気が付いたのではなく偵察に出ていただけかもしれない。ボクはホッと胸をなでおろした。
「行ったね」
「そのようだねぇ」
「とにかくどうするか決めよう」
「ふん。しかたないねぇ」
ボクとベルゼバブ、そしておまけのビクトールが集まって話を始めるのだった。敵がこちらに気づいていないのなら、不意を突いて起死回生の一発をかますしかない。
魔王子に双子のダンタリオンを消滅させた報いを受けさせるために。