第821話 逃げるデモン
シャーミリアがデモンを認識した後、すぐにギレザム達からも念話が繋がる。シャーミリアの方が距離があるのに、先に気づくのは能力の問題だ。シャーミリアの察知能力は神の領域と言っても良いほど高性能なのだ
《ゾンビが出現しました》
《今どのあたりだ》
《都市から南西に十キロといったところです》
どうやらデモン達は今までとは作戦を変えて来たらしい。今までならば大群で真っすぐに突っ込んでくるのが定石だった。今回の動きはそれとは違うようだ。まあそれはそれで不気味ではある。
《そんなとこに出現したか、今回は都市の中じゃなかったんだな》
《そのようです》
それを聞いて、俺はすぐにマキーナに念話を繋げた。もちろん大切な人を守るために優先順位が高いからである。
《マキーナ》
《は!》
《今どうしてる?》
《シャーミリア様がデモンの気配を感知しましたので、恩師様のデイジーをつれてヘリに戻っているところです》
マキーナはマキーナで判断が早い。しかも俺の思考を邪魔しないように、わざわざ念話で確認を取らずとも最善の動きを取ってくれているようだ。
《いい判断だ。くれぐれも先生に何かないように頼む》
《は!》
そしてヘリで待機中のカララにつなげた。
《カララは話を聞いたな?》
《はい。私達は恩師様の到着を待ちます。合流次第避難させましょう》
するとミノスも話して来た。
《こちらは我が守ります。気にせず戦ってください!》
《頼む》
《は!》
そして次に目の前のアナミスに向かって言う。
「アナミス。この敵兵を全部眠らせてくれ」
「かしこまりました」
そしてアナミスが敵兵の方に歩いて行った。最初に力を使用せず三十人ほど射殺したのは、精神に変化を起こさせてデモンに気づかれたくなかったからなのだが、既にその気遣いは無用となった。
すると俺にアリストが話してくる。もちろんアリストには俺たちの念話が聞こえてない。
「さて、この者たちを領兵が連れ出す場所の問題もありますな」
「えーっと、その前にアリスト辺境伯とモアレムさんとシュラスコ領の兵士たちは、領民を避難させてくれるかな?」
「は? どうされました?」
「ここより南西に十キロ付近に、敵が出現した。俺達が食い止めるから市民を避難させた方がいい」
「デモンが現れたのですか?」
「ああ、シャーミリアと仲間が感知した。間違いなくデモンが出現したようだ」
すると俺とアリストの会話を遮ってモアレムが言う。
「なんですと! 敵が来たとあれば、我々が逃げるわけにはまいりますまい! 早速、領兵を全て出撃させて迎撃をいたします!」
いやいや。普通の人間に、デモンの一体でも退治できるとは思えない。カーライルほどの強さがあるのならいざしらず、瞬間的にやられてしまうのがおちだ。
「すみませんがモアレムさん。俺達でもどうなるか分からない敵です。あの空の戦闘ヘリでも限界があるんです」
「は? あの空飛ぶ要塞でも? 敵は一体何者です?」
「デモンと言うバケモンです。あれ数体でうちの国も隣の国も滅ぼされました」
するとモアレムはナンバーズを見て言う。
「バルギウスの騎士様がおいでなのに?」
「もちろん彼らでも無理です。ですが彼らには秘策がありますので連れて行きます」
「秘策?」
「まあ、国家機密です」
それでもモアレムは引き下がれないようだ。自分の領地を守るのは自分でと思っているのだろう。だがそれは相手が人間だった場合で、今回ばかりは了承してもらうしかない。
「市民を一人でも多く守ってください。領主邸ならばある程度は堅牢だし、後は岩で作られた建物があるのならばそこに市民を誘導してほしいです。シュリエルさんも領主邸に眠っているし、彼女も守らねばならないでしょう? ここにドラゴンとレッドベアーと魔導士三人を置いて行きますので、彼らが皆を守る盾となります」
「ドラゴンに守られる…」
「それほど危険な相手です。話している時間はもうありません。急いでください」
するとアリストが言う。
「ラウル様のおっしゃる通りだ。モアレム、俺達が迎え撃とうとしているのは人間ではなく、この世の者ではない化物らしいのだ。ここはおとなしく引いてくれるか?」
アリストに言われ、アリストが渋々頷いた。そして自分の領兵に向かって言う。
「敵襲だ! 市民を守るために避難を優先させろ! 領兵は全ての市民の命を救うのだ!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」
ようやく納得してくれた。ちょっとタイムロスだが、せっかく生き残っている民をみすみす殺させるわけにはいかない。少しでも安全な所に避難するのとしないのとでは生存率はまるで違って来る。
すると今度はアリストが叫ぶ。
「ラウル様!」
「なんです?」
「モエニタ国兵が皆寝ています!」
ああそれはアナミスが眠らせたからね。
「彼らを守る優先順位は低い。だが彼らを野放しにも出来ないし寝ていてもらう事にした」
「…わかりました。これはこれで、納得せざるを得ないのでしょうね」
「そういうことだ」
「では、私は?」
「モアレムさんと一緒にこの都市の護衛を」
「わかりました」
そして俺はキリヤに向かって叫ぶ。
「キリヤ!」
「は!」
俺のもとへ、イショウキリヤが来た。こいつの土魔法であれば、かなり防御力は高い。ここにデモンが来たとしてもある程度は防いでくれるだろう。
「アリスト辺境伯を護衛しろ」
「はい!」
「セルマもたのむぞ」
「ぐるぅぅぅぅ!」
そして俺達はアリストに別れを告げて、西の門へと向かう。西門の外には異変を感じたエミルが、AH-64Eアパッチガーディアンを着陸させていた。エミルと射手のケイナが立って待っていた。
「無線が入った。デモンが出たのか?」
「そうだ。ここから十キロほど先にな、今回は都市の中に魔法陣を設置してはいなかったらしい」
「行くのか?」
「アパッチはここに置いて行こう。チヌークヘリを召喚するから連れていってくれ」
「了解だ」
そして俺はすぐさま、CH-47チヌークを召喚する。いつもの乗りなれた機体が目の前に現れ、エミルとケイナがすぐに操縦席に向かった。
「シャーミリアは念の為ヘリの護衛を頼む。ファントムとアナミスとカーライル、そしてナンバーズは乗り込め!」
「はい」
《ハイ》
「わかりました」
「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」
そして俺たちがチヌークに乗り込むと後部ハッチが閉まり、空へ舞い上がった。シャーミリアがチヌークと共に空に舞い上がり、ギレザムから示された方角に向かってチヌークは進むのだった。
《ギレザム、どうだ?》
《デモンたちは様子を伺っているのでしょうか? 一向に進軍する様子をみせません》
《そうなのか? 何体いる?》
《強い気配が二つ、後はあの森で見たデモンです。あと…人間もいるようです》
《何人だ?》
《一人です》
《人間が与しているのか》
《そのようです》
《監視を続けろ》
《は!》
念話を切って俺はエミルとカーライルに聞こえるように言う。
「デモンは出現した場所からまだ動いていないそうだ」
エミルが聞いて来る。
「ふーん。狙いは何だと思う?」
「わからない。都市を襲撃しに来たと思ったんだけどね」
するとカーライルが言った。
「モエニタ国の兵を捕らえたからでしょうか? それに怒ってデモンが来たとか?」
「そうかもしれないが、その気配を察する事が出来たとは思えないんだ。敵兵はひとりもデモンに干渉されていなかった。そもそも、あんな風になっていたのは麻薬のせいだからな」
「麻薬のせい…」
「どう思う?」
「あの薬品で感知すると言う事があるでしょうか?」
「…どうだろう?」
するとアナミスが言った。
「あれはデモン由来の物ではございません。恐らく植物から精製された麻薬です」
するとエミルが言う。
「兵士が、麻薬なんて使ってたのか?」
「そうなんだよ。兵士たちが都市の女をラリさせて、ヤッてたらしいんだ」
「胸糞だな」
「ああ。しかし、それがデモンと関係しているのかがわからん」
するとその時ガザムから念話が繋がった。
《ラウル様》
《どうした?》
《敵の強い気配の一体は、あの森で遭遇したベルゼブブとか言うデモンです。そしてもう一体も見覚えがあります》
《そうなの?》
《あれは、北で戦ったバティンという少女のようなデモンです》
《デモンに気とられて無いか?》
《恐らく我らの能力が格段に上がったものと思われます。気配遮断で問題なく観察出来ています》
まあギレザムたちは良いだろうけど、イチローやニローたちはそうもいかないと思うが。
《グリフォンたちは?》
《気づかれるでしょうし危険ですので、東門のヘリに戻るように指示をしました》
なるほど。既にギレザムが指示を出していたって事か。だんだんと魔人たちの判断が的確になっている。それが元始の魔人の系譜の力なのか、彼ら自身の成長なのかはわからないが、俺が動いて欲しいと思うように動いてくれるようになってきているようだ。
《しかし、また厄介なのがくっついたな》
《はい。あと一緒にいる人間にも見覚えがあります》
ガザムは敵の至近距離にいるらしく、事細かく情報を伝えてくれる。ということはガザムも、かなりデモンの能力を凌駕してしまっていると考えて良いだろう。
《誰だ?》
《あれは、ファートリアの騎士ですね》
《ファートリアの騎士?》
俺は念話をしながら、ついカーライルの顔を見てしまった。するとカーライルがこちらを見て伺うような素振りをする。だが俺は念話に集中する素振りを見せた。
《ファートリアで、盗賊に紛れていた騎士ですね》
《えっと、なんつー名前だっけな?》
目の前のカーライルに聞けばすぐに分かるだろうが、俺はカーライルに説明をしなければならない。カーライルはあの騎士に対して怒りを覚えている。もしかすると冷静ではいられなくなるかもしれない。
するとギレザムが何かに気づいたようだ。
《あ、どうやらラウル様たちのヘリの音に気が付いたようですね。皆一斉に森の奥へと逃げて行きました》
《追跡しろ》
《は!》
敵を追跡しているのはギレザム、ガザム、ゴーグ、ラーズ、スラガの五人。どれも簡単にやられるような魔人ではない。うちの最強格とバティンならば問題はないはずだ。
そして俺は念話を切ってエミルに伝える。
「エミル! どうやらここまでだ。デモンはヘリの音に気が付いて逃げてしまったらしい》
「わかった。ならここで降ろすか?」
「そうしてくれ」
そしてチヌークはゆっくりと草原に降りた。そして俺はエミルに言う。
「悪いが東門に戻ってくれ。いざという時は市民をヘリに乗せて逃げてもらわねばならない」
「了解だ。ラウル気をつけろよ」
「わかった」
そして俺とファントムとアナミス、カーライルとナンバーズを降ろしたエミルのチヌークは飛び去っていった。すぐにシャーミリアも傍らに降りて来る。
「シャーミリア、ここからは徒歩だ」
「かしこまりました。どうやらデモンが逃げたようですね」
「ああ。ギレザムたちが追跡している」
「ではご主人様、私達も」
「行こう」
そして俺達は、目の前に見える森に向かって歩いて行くのだった。
やっぱり軍用機や車両は気づかれやすいようだ。音がするから仕方ないがデモン相手には少し使い勝手が悪い。むしろ戦闘においては、カナデのドラゴンの方が輸送手段としては使えるかもしれない。
俺がそんなことを考えながら先頭を走っていると、再びギレザムから念話が入った。
《ラウル様。相手は森に潜み警戒しているようです。ですが恐らく我々に気が付いておりません》
《やっぱりギレザムたちの気配遮断がデモンに勝ってるって事かな》
《わかりませんが、ヘリに気を取られて我々には気がついていないようです》
《なるほどなるほど。前は俺達が不意打ちを受けたが、不意打ちをする側ってのはこんな感じなんだな》
《かなり有利な状況かと》
《それでも、まだ手を出すな。俺が居ないと弾がすぐに無くなるからな》
《万が一は剣で戦います》
《それは最後の手段だ。あくまでも安全圏から敵を仕留める》
《は!》
逃げた敵を追い詰めるにはそれなりの作戦が必要だ。ここから先は俺達には未開の領域だから、隠れた場所によってはなかなか見つけづらくなってしまう。
俺達からギレザムのいる場所まではあと二キロくらいか。俺はそこで立ち止まって振り向いた。
「ナンバーズ!」
「「「「「「「は!」」」」」」
ここからは人間兵をデモン戦に実戦投入する試験だ。上手く行くかは分からないが、彼らを強化してデモンに挑んでみようと思う。
「ファントム!」
《ハイ!》
そして俺はファントムにある錠剤を放出させるのだった。これが成功すればこれからの作戦で、人海戦術が使えるかもしれない。洗脳兵はまだ数千人いるし、俺はあくまでも魔人を消耗するつもりはないのだ。なにせ俺は魔王子なのだから。