第818話 一騎打ち
モエニタ国のティブロンという騎士が上半身裸でわめいているが、このまま戦いになったらどうするつもりなんだろう? 鎧も着ないで。こちらが手を出さないと高を括っているのだろうか? それとも思いっきり腕が立つかどっちかだ。
そしてティブロンが何かの糸口でも掴もうと思ったのか、俺に目線と落として一言。
「本当に辺境伯なら、こんなところにガキなんざぁ連れてくるもんかねぇ?」
ブチッ
あ、イヤーな音がした。
俺はチラリとシャーミリアの顔を見るが、能面のような顔で何の表情も浮かべていない。
あー、これはヤバい奴だ。
そして俺は、その隣にいるアナミスに救いを求めようかと顔を見た。だが優しい表情が見る影も無く、まるでゴミムシを眺めるようなまなざしでティブロンを見ている。
こっちもダメか。
だが先にアリストが言った。
「我の客人に向かってそのような口の利きよう、聞き捨てならないな」
だがティブロンはわざと耳に入らないような素振りで続ける。
「それになんだぁ? めちゃくちゃいろっぺえ女を二人も連れて、辺境伯ってな随分と好きもんだな?」
ブチブチ。
ああ…シャーミリアが…。
いや。その二人は俺の配下であって、アリストとは何の関係も無いんだけど。とにかくやばい。あんまりキレさせたらシャーミリアが皆殺しにしてしまう。まあそれならそれでもいいか。
とりあえず俺が手を上げて発言しようとする。
「あー、ちょっといいですか?」
俺がティブロンに向かって行こうとすると、アリストが慌てて俺の前に立ちはだかった。
「どうされました? ラウル様」
俺はティブロンに聞いているのに、慌ててアリストが俺を止めるように聞いて来る。
「いや。俺はティブロンさんに、ちょっと話を聞きたいんだ」
するとアリストの後でティブロンがキレた。
「は? 俺に? クソガキに発言なんて許さねえよ!」
ブチブチブチ!
はあ…俺知らないよ? 流石に煽りすぎじゃないかな?
だが慌てて声を荒げたのはアリストだった。
「ちょっ! ちょっと待ってください! ラウル様! あの! 穏やかに対話をお願いしたい!」
すると今度はモアレムが不思議そうに言う。
「辺境伯様! 何を慌てておられるのです?」
「わ、私は! 話せば分かると! そう言っているのだ!」
「確かに相手は数が多いですが、なあに! こちらには一騎当千のバルギウスの騎士がいるのですぞ!」
おいおい! お前も状況を見て話せ。
「なにい?」
ティブロンと敵騎士の空気が変わった。更にピリピリムードが高まって来る。
「あの武の誉れ高いバルギウスの騎士だと? そいつがか?」
ティブロンはカーライルを指して言った。勘違いをしているらしい。
「いや。私は違うな。私はファートリア神聖国の聖騎士だ」
「知らねえ国だな」
ティブロンの失礼な物言いにカーライル自身はどこ吹く風。こいつは女子供に酷い事をしない限り、怒らないと思う。だが逆にアリストが怒った。
「失礼であるぞ! ファートリア神聖国は北の中堅国家である。今は我が領に客人として来てもらっているのだ!」
「はっ! 女みてえな顔して! さぞ弱いんだろうよ」
するとアリストが青い顔をしてカーライルを見て言う。
「あの、落ち着いてください。ここはひとつ話し合いで」
「ええ。私はなんとも思っておりませんよ」
と、本当になんとも思っていない様子でカーライルが言った。アリストがかすかに胸をなでおろす。だがティブロンは調子に乗ってきたようで、悠々と傍らにいる騎士に言った。
「おい、俺の剣と盾を持ってこい」
「は!」
騎士はすぐに屯所からティブロンの剣と盾を持ってきた。それを受け取ったティブロンが言う。
「こっちは八百からなるモエニタ王都の騎士だ。四十人やそこらで相手出来るわけがねえぞ」
すると痺れを切らしたシャーミリアがティブロンに啖呵を切った。
「無能な人間がこれ以上、ご主人様を愚弄する事は許さん。八百の命を持って謝罪としよう」
するとそれを聞いたティブロンと騎士達は、一瞬あっけに取られて次の瞬間大爆笑するのだった。
「わぁーあぁはっはっはっ! 聞いたか? このお姉ちゃんが俺達を皆殺しにするとか言ってるぞ! どうするよ? 可愛がってもらおうか? むしろ可愛がっちゃうかもしれないけどなあ!」
俺は脱兎のごとくシャーミリアの前に行って、がっしりと抱き着いて耳元でささやく。
「ストーォープッ。シャーミリア、ちょっとだけあいつらの話を聞きたいんだよ」
「あ、ああ…ご主人様ぁ…。そんな私奴に密着されて、ああ…そんなぁ…」
ヘロヘロヘロ。ペタン。とシャーミリアがそこに座り込んでしまった。もう彼女を止められるのは、俺の抱擁しかないのは分かっている。ここぞという時にはこれしかないのだ。
「なんだなんだぁ? 姉ちゃんが、急に勢いがなくなったぞ?」
俺は振り向いて、ティブロンに言う。
「バルギウスの騎士は、そこに並んでいる二十人だ。やるならまずそいつらとやってくれ」
「へぇ…、やっぱりそうか。確かに佇まいが違うとは思っていたんだ。なら、こうしようじゃないか! バルギウスの騎士さんと俺が手合わせをする。そして俺を打ち負かしたら、好きなだけ調べればいい。だが俺が勝ったら…、そうだな…その女達を置いていけ!」
まあ、死にたいのならそれでもいいけど…どうすっかな?
するとアリストが俺に近寄ってきて耳打ちする。
「モエニタの騎士にもそこそこ強い奴がいますよ?」
「そうなの?」
「はい」
ちょっと不安になって来た。大丈夫かな? こいつらバルギウスの騎士っていっても、大隊長クラスじゃない一般兵なんだよなあ。まあオージェに数年鍛えられ、その後俺達に洗脳されて魔人と一緒に採掘とかをして、ファートリアに連れてこられて魔人達に鍛えられたとか言ってたけど。
俺はすたすたと洗脳兵のリーダーの前に行く。
「お前リーダーだよな」
「は! ファーストと申します!」
「ファースト、副隊長は?」
「ここにいるセカンドです」
「そっかそっか。ファーストとセカンドから見て、あそこに立ってるモエニタの隊長とやったらどちらが勝てると思う?」
すると、ファーストが言う。
「は! ラウル殿下の為に自分が瞬殺してご覧に入れます!」
「えっと、それだけ余裕があるって事?」
「ここで目に入っている騎士を壊滅させてもよろしいでしょうか?」
えっ? お前達そんなに強いの? そんなだったっけ?
「いやいや、一対一をご所望なんだよ。ならさ、この二十人の中であの騎士と戦って丁度いいヤツいる?」
「おりません!」
「いない?」
「はい!」
「えっと一番弱いのは誰?」
「ナンバーズの強さは、その順番通りです!」
「君らナンバーズって言うの?」
「クレ様がそのように名付けてくださいました!」
クレのやつ…オージェの影響をもろに受けてんな…。まいいか。
「そうか。じゃあトゥエンティがこいつらの中じゃ一番弱いって事か?」
「そうなります」
「了解」
そして俺はティブロンに向かって言った。
「ならば、我れらがバルギウスの誉れ高き騎士がお相手しよう!」
「そう来なくっちゃ! まあ殺されても文句なしって事で」
「それで、ティブロンさんは鎧を着ないのかい?」
「必要ねえよ」
おお! よっぽどの自信だけどトゥエンティ大丈夫かな?
「アリスト辺境伯。あれだけ自信があるって事は相当な手練れかな?」
「その可能性は高いと思います」
えー! 本当にトゥエンティ大丈夫かな?
すると俺の所にカーライルが来て言う。
「任せてみればいいかと思われますよ」
「そう?」
「はい」
まあ、カーライルが言うなら、何とかなるかもしれないな。
俺はティブロンに向かってさっきの約束を確認する。
「では、こちらが勝ったらこちらの質問に全て答えてもらう」
「へっ、勝てたらな」
凄い自信だ。俺は恐る恐るトゥエンティに近づいて聞いてみる。
「ああ言ってるけど大丈夫?」
「どう言う事でありますか?」
「勝てる?」
「は! 殿下の為に最善を尽くします!」
「よし! 頼むぞ!」
そしてトゥエンティがすたすたとティブロンの前に出る。そして何を思ったか上半身の鎧を外して脱ぎだした。
俺が慌ててトゥエンティを止めた。
「お、おいおい! お前まで脱ぐのか?」
「オージェ様は常々言っておりました! 戦いは正々堂々であれと!」
あー、そう言う事ね。オージェならそう教えるか…。
それを見ていたティブロンが笑う。
「あーはっはっはっ! 俺も舐められたもんだな!」
するとトゥエンティが何の感情も居れずに言う。
「舐めてはいない。だが配下として、殿下を辱めるわけにはいかないのでな」
「あ、あのガキ? あれが王子?」
「その口。まもなくきけなくなるだろう」
「はっ! やってみろよ! いつでもこい!」
だがトゥエンティはすぐにはいかなかった。俺に向かって何かを言って来る。
「自分が剣を使えば平等ではなくなります」
「へっ?」
「願わくば木剣を!」
えっと。
「申し訳ないが、俺は木剣を召喚出来ない」
「そうですか、わかりました」
トゥエンティはティブロンに向かっていう。
「おい、十人で来い」
「なんだと…」
あまりにもの舐められ具合に、今度はティブロンがキレ気味だ。
「お前と自分が同じ兵装では平等ではない」
「バルギウス帝国がなんぼのもんだよ!!」
「自分はもうバルギウスではない、身も心も魔人国の人間だ」
「は? じゃあ元って事じゃねえかよ!」
「そうだ」
「おまえ…死んでも文句言うなよ」
「わかった」
そしてティブロンとトゥエンティが向かい合って構える。ティブロンが剣と盾を持っているが、トゥエンティが左手に持っていた盾を置いた。剣一本でさらに上半身裸で対峙する。
「舐めやがって…」
するとトゥエンティが言った。
「どこからでも来い。来ぬならこちらから行くが」
「死ね」
そう言ってティブロンの体が消えた。次の瞬間トゥエンティの目の前に立っている。縮地を使って敵との距離を一瞬で詰めたようだ。恐らく目で追えているのは魔人軍の俺達とカーライルだけだろう。
シュッとティブロンから物凄い突きが繰り出される。普通の人間の目には、きっとトゥエンティの顔面に剣が突き刺さったように見えただろう。その証拠にアリストとモアレムがあっ! と声をあげ、敵の騎士がやったぁ! と声をあげた。
だが俺達は見ていた。そのティブロンの剣閃をトゥエンティが何も持っていない左手で、スッと無造作に押したのだ。突きはそのまま顔の横を抜けて、二人の体がぶつかる瞬間にトゥエンティがスッと消えた。
「とっ」
ティブロンは消えたトゥエンティを目で追えていなかった。トゥエンティはほとんどそこから動かずに、ティブロンを見ている。
「なんだ? お前。魔法でも使うのか?」
いや。魔法なんて使っていない。ただ体の裁きだけで避けただけだ。
「自分に魔力は無い」
「なら…なんだってんだよ」
「力量の差だ」
「くそが!」
ひゅっ! と息を吐いて、次の瞬間ティブロンがトゥエンティの後ろに出た。そして思いっきり上段から袈裟懸けに斬りつけた。普通なら間違いなく死んでいる。だがトゥエンティは、バッと後ろに下がりティブロンの体に自分の体を密着させる。ティブロンの剣は何もいない場所に向かい、その腕の付け根をトゥエンティががっちりつかんだ。
「な!」
「なんだ? 貴様は油断しているのか?」
バッとティブロンがトゥエンティが離れる。あまりもの力量の差を受け入れる事が出来ないでいうるようだ。
「な…くそ!」
「本気で来るが良い」
トゥエンティは挑発しているつもりはない。本当にそう思って言っているのだ。だがティブロンは間違いなく頭に血が上っている。
「本当に死んでも良いんだな? お前終わったぞ」
そしてティブロンはトゥエンティに向き直り息を整え始める。間違いなく何かを狙っているような目つきをしている。そして再びティブロンが縮地で間を詰めた。だがトゥエンティは何かを察して下がる。
「はは! 死ね!」
ティブロンは盾を捨てて、左手からファイヤーボールを飛ばした。こいつは魔剣士だったのだ。さも剣だけで戦うと見せかけて、これがコイツの奥の手なのだろう。
だが…トゥエンティは、ファイヤーボールを無造作に斬った。魔法を。
「へっ?」
「えっ?」
間の抜けた声をあげたのはティブロンだけではない。俺もだ。魔人もカーライルも洗脳兵も冷静に見ているのにだ。アリストとモアレムは何が起きたのか分からないらしい。
そして次の瞬間、トゥエンティは剣の柄の部分で思いっきりティブロンを殴りつけた。
ドゴォ! ゴロゴロゴロ! ドガン! とティブロンが屯所の壁まで吹き飛んでめり込んだ。そしてぱたりと足が開いて倒れる。
敵を確認する事も無く、トゥエンティが俺のところに来て跪いて言う。
「いかがでしたでしょうか?」
「よくやった」
「は!」
そしてトゥエンティが鎧を着て剣と盾を持ち、洗脳兵の隊列に加わった。その場がシンと静まり返るが、アリストが前に出て大きい声で言った。
「勝負あり! それではこちらの勝ちだ! 屯所を改めさせてもらおう!」
敵の騎士達が渋々、道を開けようとした時だった。失神していたティブロンが上半身を起こして部下達に言った。なかなかに打たれ強いらしい。
「やめろ! そいつらに好き勝手させるな! 全員で袋にしろ!」
往生際の悪さに呆れる。さて…今の戦いを見て、騎士達はどうするかな?
「魔人と兵士は俺の所に集まれ!」
俺が号令をかけると、シャーミリアとファントムとアナミス、そして洗脳兵が集まった。俺はすぐさま武器を召喚する体制をとって、敵の騎士達を睨みつけるのだった。