第817話 王宮からの騎士達
モアレムはシュリエルが子供の頃から、剣術の指導や礼儀作法などを仕込んで来た男らしい。既に初老という年齢に達してはいるが、その佇まいから只者ではない気配が漂っている。
そして先ほどからちらちらとシュリエルを見ている。
ヤバいな…どうやら洗脳状態の違和感に気が付いたか? 洗脳後に時間をかけて仕込みをしていないから、単調な受けごたえしか出来ないからな…。
すぐに隣に立つアナミスに念話を繋げる。
《アナミス。どうしようね?》
《体調不良という事にして休ませてはどうでしょう?》
《ナイスアイデア。それでいこう》
《はい》
そしてアナミスがシュリエルに声をかけた。
「大丈夫でしょうか? お顔の色がすぐれないようですが、お休みになられた方がよろしいのでは?」
するとモアレムがこっちを見て言った。
「すみませんが異国の方。そちらの女性は?」
俺にアナミスの事を聞いて来る。
「えーっと。彼女は医者です」
咄嗟に嘘をついた。
「なるほど、そうですか。私から見て、シュリエル様の具合が悪そうでは無かったもので」
「きっとアリスト辺境伯がいらっしゃって、痩せ我慢をされているのでしょう」
そしてまたアナミスがシュリエルに向かって言った。
「シュリエル様。お休みになられますよね?」
「はい。お言葉に甘えてお休みさせていただきます」
シュリエルの口からその言葉が出るとモアレムが心配そうにしながらも頷いた。シュリエルはメイドと一緒に部屋を出ていくのだった。
「まあ、確かにいつもの雰囲気ではなかったですかな」
モアレムが何かに疑問を持ちつつも、自分を納得させるようにつぶやく。そしてアリストがモアレムに言った。
「西の砦にいる王都から来た騎士達は、書簡も何も持って来なかったと?」
「そ、そうなのでございます! 通達も何もないのでございますよ!」
そこで俺が口を差しはさむ。
「なら直接、王都からの兵士に聞くのがいいでしょう。それが手っ取り早い。アリスト辺境伯なら、騎士に貴族が居たとしても地位が上ですから答えずにはいられないでしょう?」
俺はアリストが寝返った事を伝えてはいないし、アリストもそのつもりで話をする。こちらの経緯を知らないモアレムが深くうなずいた。
「そうです! アリスト様であれば、問いただせるかと思われます! お願いできますか?」
「もちろん問題ない。早速、西の砦に向かうとしよう」
モアレムがホッとした表情をした。
「ありがとうございます! 実は市民達から良からぬ噂も聞いていたものですから本当にありがたい!」
「良からぬ噂?」
「はい。市場で横暴な買い付けをしたり、居酒屋で飲み代を踏み倒したり、女に暴力をふるったなどとも聞いています。あやつらは全て否定していますがね」
「なおの事、放ってはおけまい」
「はい!」
そりゃ迷惑だ。いっちょ懲らしめてやらないといけない。だけどもし敵と繋がっていたら、こちらの動きがバレてしまうか。まあこの前デモンと戦闘したばかりだしな、バレたところでどうと言う事はないかな。
俺はギレザムに念話を繋げた。
《ギレザム》
《は!》
《都市の内部に入って主要な人物を押さえた。そしてどうやら不穏な動きがあるみたいなんだよ》
《不穏な動き?》
《西の砦にモエニタの首都から送られてきた兵士がたむろってるんだってさ。これから俺達はそこに行って、そいつらを調査しに行くんだけど、グリフォン隊は西側に周ってもらえるか?》
《は!》
《エミルにも無線でつたえといてくれ。スタンバイしていてくれと》
《かしこまりました》
俺はアリストとモアレムが話をしている間に、次々に配下へ指示を出していく。次に念話を繋げたのはヘリで待っているカララだ。
《カララ》
《はい》
《これから俺達は動く。万が一があるから、護衛を強化してくれ。そちらチームの指揮を頼む》
《かしこまりました》
《キリヤたちのトラックは到着した?》
《はい》
《ならば状況を見て、あいつらを都市内に入れるかもしれん。そっちの指揮も頼む》
《お任せください》
《カナデは魔獣を呼び寄せたかな?》
《既に透明化して付近に潜ませているようです》
《よし。あとグレースに伝えてほしい、念のためゴーレムを東砦の周囲に配置してほしいと》
《申し伝えます》
《よろしく》
《はい》
よし。これでネズミが外に逃げ出す事は無いだろう。ひととおり準備が出来たので、俺はアリストにアイコンタクトを取る。するとアリストは軽く頷いてモアレムに告げた。
「それではモアレム殿。西の砦へと向かう事にしよう」
「は!」
「事と次第によっては荒事になるやもしれん」
「致し方ありますまい。サーヘル! 皆に武器を携帯させろ、私の鎧の準備だ!」
「は!」
モアレムを先頭にサーヘル、アリスト辺境伯と続き俺達が廊下に出る。サーヘルはすぐに廊下に待機している騎士達に声をかけ、俺も洗脳兵に号令を出した。
「そろそろお前達の出番だ。全員装備は問題ないな?」
「「「「「「「「「イエッサー!」」」」」」」」」
いや…その返事どうにかなんないかな? ほら、相手の騎士達が変な目でこっちを見てるんだけど。まあ仕込んだのがオージェだから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
そしてそれぞれの騎士達が装備を確認し、俺達は領主邸のエントランスに集まった。モアレムもフルプレートの鎧に身を包み、アリスト辺境伯の元へと歩み寄る。
「アリスト様は鎧をお持ちでは?」
「こういう状況を想定していなかったからな。だが問題はない」
「お貸ししますが?」
「必要ない」
そう言ってアリストが俺を見る。
「モアレムさん。私達がアリスト辺境伯の鎧替わりですよ。アリスト辺境伯には指一本触れさせません」
だがモアレムが心配そうに言った。
「万が一、有事が起きてしまいますと頭数が違いますが?」
「王都から来ている兵士は何人くらいですか?」
「八百人はいるかと」
「ならここにいる人数で問題は無いでしょう」
「は?」
「ですから、問題は無いと」
「しかし」
するとアリストがモアレムを制するように言った。
「モアレム殿。本当の事です。彼らは一騎当千の猛者なのです」
「‥‥‥」
するとモアレムが少し考え込むように顎を触っている。だが何かを閃いたように拳で反対の手のひらを打って、こっちの洗脳兵に向かって言う。
「もしかするとあなた方は武の誉れ高き、かの有名な北の大国バルギウス帝国のお方たちでしょうか?」
あー、確かにこの洗脳兵はそこの出身だな。そしてあのバルギウスの大隊長クラスだとしたら、一騎当千ってのはうなずける。ならそう言う事にしといた方が良さそうだ。俺はモアレムに対して言う。
「さすがモアレムさんは見識が高い。そうです、この騎士達はかの有名なバルギウス帝国の者たちですよ」
するとモアレムとサーヘルたちが目の色を変えた。
「アリスト様が! 素晴らしき助っ人を連れてきてくれた! 流石はアリスト辺境伯様!」
うちの洗脳兵は…せっかく褒められているのにニコリともしない。だが魔人達に鍛えられて来たんだし、そこそこ使えるとは思うので良しとしておこう。
「では行こうか」
アリストが言うと集まった兵士たちは、領主邸の玄関を出て門を潜っていくのだった。俺達もその後ろを歩きながら、俺がモーリス先生にこっそり話す。
「俺達が行きますので、先生とデイジーさんは都市内の魔法陣調査に出ていただけますか?」
「うむ。その方がええじゃろ」
「あたしの出番がようやく来たね」
「はい」
そして俺はマキーナ達を見て言った。
「マキーナとルピアとルフラは先生たちの護衛をしろ。もし危険が押し迫った場合は、都市の外に離脱して東門へ出るんだ」
「「「は!」」」
俺が街角を曲がった時、その五人は音も無く消えた。そして俺はカーライルに言う。
「カーライル。いざという時はアリストを連れて逃げてくれ」
「承知」
頼もしい男だ。人間だというのにこの安心感は異常だ。てかこいつを人間という部類に入れていいのかどうか迷う。
俺達が都市内を歩いて行くと、その物々しい雰囲気に民がぱたんと木戸を閉める。恐らく民も気づいているのだろう。騎士達がぞろぞろ西に向かっている事で、王都から来たロクでもない兵士達と話をつけに行くのだと言う事を。もしかしたら荒事になるかもしれないと思い、民は慌てて家に入っていくようだ。
西の砦は意外に遠く領主邸から歩いて四十分ほどかかった。砦の側には屯所があり、ちらほら兵士の姿が見える。だが仕事をしているというより、何もせずにぶらぶらしているといった感じだ。数人が俺達の行列をみて慌てて屯所の中に入っていく。
モアレムが声を張って言う。
「話をしに来た! 今日はアリスト辺境伯様も一緒におられる! 隊長はいるか!」
その怒鳴り声にも近い訪問の合図で、兵士たちが一気に外に出て来た。
なるほど、ガラが悪い。王都から送られて来た兵士って言うから、もう少し違うのを想像していた。身なりはそれなりだが、態度が悪いのは見て取れる。
すると一人の騎士が前に出て来て言った。
「そのような通達は聞いていない! 突然の訪問では失礼ではないだろうか!」
馬鹿だ。
「何を言う! アリスト辺境伯様が直々に来ておられるのだ! 前触れなど必要ない!」
すると向こうがざわざわとし始めた。すると奥の方から、ひときわ気の鋭どそうな男が出て来る。そいつはなんと上半身裸でズボンのベルトを締めながら出て来た。長い髪を垂らして、たれ目ではあるがイケメンだ。そいつがへらへらしながら出て来たのだ。
舐めてる。
「これはこれは。代官のモアレム殿ではないですか、何とも物々しい雰囲気ですがどういったご用件ですかな?」
するとモアレムが怒って言った。
「ティブロンよ! その態度はなんのつもりだ!」
「なんですか? 田舎の代官がそのような口利き」
「それはこっちの台詞だ! こちらにおられる方はアリスト辺境伯様だぞ!」
するとティブロンと呼ばれた男は、じろりとアリスト辺境伯を睨んだ。そしてしばらく黙っていたが信じられない事を口走った。
「俺は見た事無いから知らん。本物かどうかも分からねえし」
おいおい。王都の騎士たる者が辺境伯にそんな態度でいいのか?
だがアリストは怒りもせずに、そいつを真顔で見つめている。そしてアリストは言った。
「嘆かわしい。王都の騎士はこれほどまでに質が下がったのか」
「なに…」
ティブロンの顔色が変わった。品定めでもするかのようにアリストの顔をじろじろ見ている。だがアリストはそんな事はお構いなしで、ティブロンに言い放つ。
「お前の言い分など聞かずとも、屯所をあらためさせてもらう」
「はあ? こっちは王宮からの命令で来てるんだ。辺境伯といえど勝手にそんな真似は出来ないはずだ」
「事後報告という形を取らせてもらう」
ピリピリムードが高まってきて、どちらの騎士も臨戦態勢になり腰の剣を意識し始めるのだった。