第815話 正面から堂々と
俺達が乗るチヌークヘリは、正門砦の前に何事も無かったように着陸する。ヘリが来たにも関わらず城壁の上に兵士は出て来ず、門が開いて兵士が飛び出してくる事も無かった。そして俺は乗っている皆を見渡して言う。
「都市交渉のメンバーはさっきの通りで、他のみんなはヘリで待機しててくれ」
「「「「「は!」」」」」
そしてイオナとアウロラが言った。
「気を付けてね」
「何があるかわかんないし」
だが俺は一緒に都市に入る面子を見回してイオナたちに答えた。
「何かあったとしても問題ないと思う」
「それはそうだけど」
「大丈夫。安全を確認してくるだけだよ」
「わかったわ」
「じゃ、行こう!」
俺、ファントム、カーライル、モーリス先生、デイジー、シャーミリア、マキーナ、アナミス、ルピア、ルフラ、アリスト辺境伯、それと洗脳兵二十名がヘリを降りていく。洗脳兵二十名は言ってみればお飾りのようなもので、アリストが来たというのに少人数では不自然だから連れていくと言った程度。異国のではあるが騎士の格好をしているので都合がいい。
俺達がヘリを降りて正門に向かっていくとアリストが聞いて来る。
「本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、すぐに門が開くよ」
「そうですか?」
そして俺達が門の前に立つと、すぐに門が音を立てて開きだした。門は全開となり、俺達は悠々とそこを通って都市に入っていくのだった。
「本当だ…」
アリストが驚いている。そして俺達が歩く両脇を、この都市の兵士達が並んで出迎えてくれた。歩く先には都市の領主であるシュリエル伯爵が立っていた。何事も無かったように無造作にそこにいる。シルバーの髪の毛を自然に垂らし、きつめの目つきとふっくらした唇の女だった。騎士の格好をしており、腰にはきっちりと剣を帯刀してる。
アリストが慌てて前に進みシュリエルに声をかけた。
「久しいね。元気にしていたかな?」
するとシュリエルは少し虚ろな目で答えた。
「はい。とても元気です。アリスト辺境伯もお元気そうで」
「えっ、あ、ああ。そうだね、元気にしていたよ」
アリストはなかなか鋭い。周りに何か気が付かれる前に俺が口を開いた。
「恐れ入りますが領主様! 私たちはここに滞在してもよろしいでしょうか!」
周りにも聞こえるようにやたらバカでかい声で言う。
「もちろんですとも! ラウル様なら…コホン! アリスト辺境伯様ならば大歓迎です」
するとアリストが、俺とシュリエルを交互に見て言う。
「え、あっと、あの。今、ラウル様って言いませんでした? …知ってるのですか?」
するとシュリエルが慌てて答える。
「いえ。知りません」
「ですが」
「知りません」
うん。ルフラ、こういう潜入の訓練をしといたほうが良さそうだ。とにかくここの都市の兵士が見ているから、ルフラには他の事を言わせるようこっそり念話で指示を出す。
《とにかく兵士たちは疑心暗鬼だ。その女の口で皆に申し伝えろ》
《はい》
そしてシュリエルは大きな声で言った。
「兵士諸君! アリスト辺境伯がわざわざ来訪された! 歓迎の準備を! ここにおいでになった三十名の方達を丁重におもてなしするのです!」
その言葉に兵士たちが一斉に返事をした。そして各自が自分のなすべきことをするために、バラバラに散らばっていく。そのなかの十名の兵士が俺達のところに来て話しかけてくる。
話しかけてきた奴は、最初に俺達に接触して来たサーヘルとか言う騎士だった。
「アリスト様! 先ほどは大変失礼をいたしました! シュリエル様にお伝えしたところ心変わりをしたようで、すぐに迎え入れるようにと」
「あ、ああ。いいんだよ、分かってくれたみたいで何よりだ」
「はい!」
そしてシュリエルが近づいて来てサーヘルに言う。
「さあ。彼らは長旅でお疲れです。応接の間に参りましょう」
「わかりました!」
そして俺達はシュリエルと騎士団と共に、領主邸へと向かうのだった。
「先生…上手くいきましたね」
「そうじゃの。さっきはボロが出そうじゃったけどの」
するとそれを耳にしたアリストがモーリス先生に聞く。
「ボロ? 何か粗相がありましたか?」
「なんの、こっちの事ですじゃ」
「そうですか」
俺達はそのまま黙ってシュリエルに着いて行くのだった。砦から領主邸まではかなり距離があり、行列をなす俺達を、この都市の民が物珍しそうに見てくる。この都市は北大陸とはだいぶ雰囲気が違っており、アジアとヨーロッパの中間ような気配を漂わせていた。領主邸はグラドラムのポール邸よりもはるかに大きく、ここの領の財力が高い事を示している。領主邸の周りにはお堀が掘られており、そこになみなみと水が張られていたのだった。俺達が門の前に着くと、門から降りて来たつり橋がお堀にかかった。
「どうぞ」
シュリエルが言って、俺達がそれに従い中に入っていく。そしてそのまま建物の中に入り応接室へと通された。北大陸とは違う建物の佇まいで、内部もなんとなく東洋と西洋がかけ合わさったような雰囲気を醸し出している。絨毯がとにかく豪華でフッカフカだった。物凄くでっかいテーブルが中心にドーンと置いてあり、その周りにたくさんの椅子が並べられている。
「先生。結構金持ちですね」
「そのようじゃ」
そしてぞろぞろとメイド達が入ってきて、俺達に椅子を勧めてくるのでそのまま座る。一緒に入って来た騎士達がシュリエルの後ろに立って、俺が連れて来た洗脳兵がこっち側の後ろに立った。向かい合うように大勢の騎士が並び、その前に俺達が座っている様は少し異様だった。
俺はルフラに念話を繋げる。
《ルフラ。人払いしようか、こっちも騎士を外に出すよ》
《かしこまりました》
そしてシュリエルが声を出す。
「ちょっと人が多いようですね」
シュリエルの口からその言葉が出たので、俺がそれに合わせて言う。
「あ、すみません。ではこちらは騎士を全て下がらせ側近を置きます」
「それではこちらも。サーヘル! 騎士を連れて出なさい」
だがサーヘルは素直に従わなかった。
「ですが!」
「私は大丈夫。そしてお相手はアリスト辺境伯ですよ。失礼ではないですか?」
「わかりました」
そしてしぶしぶサーヘルが騎士を連れ出していく。するとこちらではカーライルが気を利かせて言ってくれた。
「それでは私と騎士も外へ」
「彼らを頼む」
「はい」
「先生とデイジーさんとアナミスは残りましょう。シャーミリアは他の魔人を連れて廊下で待機」
「は!」
俺とモーリス先生とデイジー、アナミスが室内に残り、シュリエルとアリストも残った。
「ふうっ」
俺はため息をついた。人目が無くなったので肩の力を抜く。すると突如アリストが立ち上がって、俺にシュリエルを紹介してくるのだった。
「あ、それではラウル様! ご紹介いたしましょう! こちらはこの領の領主、シュリエル・エルム・エルドロス伯爵です。私とは知己でございますが、最近は疎遠になっておりました」
「あー、アリスト辺境伯。目の前にいるのはシュリエルじゃなくて俺の部下だよ」
「へっ?」
「ルフラだ」
するとシュリエルからシュワシュワとスライムが流れて、次の瞬間その隣にルフラが立っていた。それを見てアリストが少し青くなりながら、二人を交互に見渡している。そろそろシュリエルの意識がはっきりしてくるだろう。
案の定、シュリエルが驚いたような顔をして騒ぎ出した。
「…はっ! なに! なんでアリスト辺境伯が! そして…」
シュリエルが俺達をぐるりと見渡して少し沈黙をする。そして一旦落ち着いてじっくりと考えているようだった。いきなり目の前に俺達が現れて驚いている様子だが…
「であえ! 皆の者!」
シュリエルは、すぐに叫び立ち上がった!
「アナミス」
「はい」
アナミスから赤紫の靄が出てシュリエルを包み込み、一瞬ですとんと椅子に掛けさせる
バタン! とドアが開き、サーヘルと騎士達が飛び込んで来た!
「シュリエル様! どうされました!」
「‥‥‥」
シュリエルは一瞬でアナミスの催眠にかかっているので、返答が遅れてしまう。だがすぐにアナミスがシュリエルに尋ねる。
「シュリエル様。騎士が参りましたわ、何か御用向きがございましたか? 特に無かったように思えるのですが」
「あ、問題ない。メイドに早くお茶を用意させるように」
「は、はい! かしこまりました! 急がせます!」
そう言って騎士達は再び部屋を出ていくのだった。一連の流れを見ていたアリストは、状況が理解できていないようで、何が起きているのかを俺に聞いて来た。
「あのー。どうなってます?」
「都市に入るのにシュリエルの許可はもらってないんだ。俺が強制的にシュリエルを動かしただけなんだよ」
「…それは…どういう」
「まっ、俺達に、そう言う力があるって事で了承してほしい。とにかく彼女に危害は加えていないし、もちろん彼女の精神に対してもね」
‥‥‥‥
「わかりました。それでどうするのです?」
どうやらアリストが理解してくれたらしい。のみ込みが早くて助かる。まあここからやる事は至極簡単で、俺達はこれからこの都市内で動きやすいように、シュリエルを使って騎士に指示を出す。だがその前に確認する事があった。
「アナミス。彼女はデモン干渉を受けているかな?」
「いえ。幸運にもそれは無いようです」
「そいつは良かった。あとは都市内の魔法陣の探索と、魅了を受けている人間の炙り出しだ。シュリエルが魅了を受けていないと言う事は、誰かにそそのかされているんだろうと思う。デモンが都市内にいないとなれば、敵側の人間が紛れて入ってる可能性もあるからな」
俺とアナミスのやり取りを見ていたアリストが身震いをする。
「あの…私は催眠がかけられてないでしょうか?」
「安心してほしい。アリスト辺境伯には一度もこういうことはしていない。まあ武力で脅しはかけたけど、精神干渉の類はないよ。だがウルブスの一部教会の人間には…申し訳ないけど」
「敵側の人間がいたと?」
「そうだね、だからそいつらには、これと同じことをさせてもらった」
実は同じじゃなくて、もっと先に進んだ魂核の書き換えだけど。
「わかりました。正常には戻るのですか?」
「それにはこれから彼女を尋問しなきゃいけない、事情聴取しなくちゃね」
時と場合によってはそのまま、悪ければ魂核の書き換えだな。アリストには悪いが作戦遂行上、手心を加えている暇は無さそうだから。
「そうなのですね」
「そういうこと」
そしてアリストは少し悲しい顔をした。シュリエルを見て何かを言いたげにしているが、黙って見つめるだけだった。
「なにか?」
「彼女は幼少の頃から知っているんですよ。小さい頃はこんなんじゃなかった。でも両親を亡くしてからどんどん性格が変わって、そして王からの寵愛を受けるようになりこんな風になってしまって」
「まあ、その辺も聞くよ。そして俺達の尋問は拷問とかしないから安心して。体には全く触れずに、聞きたい事は全部答えてくれるようになると思う。ただ俺達もそんな悪い奴じゃないからね、彼女の性癖とかは聞いちゃいけないよ」
「なっ! 性癖など聞きません! 彼女を幼少の頃から知っているのですよ!」
「冗談だ。ごめん」
「じょ…」
アリストが顔を赤らめながら、おでこの汗を拭いている。どうやらマジで焦ったらしい。
「何か聞きたいことは?」
「それなら、最初に聞きたいことが御座います!」
アリストがテーブルの上に身を乗り出してくる。
「なに?」
「モアレム殿が何処に監禁されているのかです!」
「あ、そういえばそんなこと言ってたね。じゃあまずはそれからいこうか」
そして俺たちはシュリエルを囲んで、尋問を始めるのだった。