第814話 簡易潜入作戦
再び都市の方から伝令が来たが、どうやらすんなり都市に入れる気配がしない。騎士達が何やらごちゃごちゃ言い出したので聞いてやる事にする。
「領主様の意向をお伝えします! 辺境伯様に失礼を承知で申し上げます!」
騎士が叫ぶように言って来るので、一応アリストが対応する。
「言ってみよ!」
「は! アリスト辺境伯は本物か? と申しております」
「はぁ?」
「私はあなた様にお目にかかった事が御座いますので本物とお伝えしたのですが、似ている人かアリスト辺境伯の名を語る不届き者ではないかと申しております。あ、あくまでも、シュリエル様の言っている事でございます」
なるほど。アリストの言うようにシュリエルとやらは、ちょっとした困ったちゃんのようだ。こんな草原に自分の国の辺境伯を待たせるなど普通ならあり得ないが、自分が王室に気に入られているのを良い事に好き勝手言っているのだろうか?
「はぁ…」
アリストが大きなため息をついた。
「申し訳ございません。ですが…」
「知ってるよ。シュリエルなら、そんなことを言い出すことぐらい。だが本当に重要な話なんだ。まずは一旦、自分で見に来てくれると良いのに」
「どこの馬の骨か分からん奴には会わんと。申しております」
「というか、あそこでじっと見てるの、あれシュリエルだよね?」
アリストは若干キレ気味だ。頭のおかしな女の相手をするのが嫌っぽい。とりあえず俺が横から妥協案を提案する。
「それじゃあ、アリスト辺境伯がこの領で他に知っている人はいないの?」
するとアリストは何かに気が付いたように顔をあげた。
「はっ! そうですね」
そしてアリストが再び騎士に向かって言う。
「カース公はどうか? モアレム・カース公ならば面識がある! あの御方であれば!」
すると騎士が少し暗い顔をしてうつむき口ごもる。
「あの、それが…えー」
「はっきり言え!」
「は! 逮捕され監禁されております!」
「なっ? お目付け役のカース公がなぜ逮捕される? 何をした?」
「あーっと、分かりやすく言えばシュリエル様にたてつきました」
「はぁ…」
何かを悟ったようにアリストがため息を吐いた。どうやら打つ手が無くなってしまったらしい。しかし、お目付け役がたてついたってだけで監禁とかヤバい女だ。もう一回双眼鏡で見てやろう。腰に手を当てて銀髪をなびかせ、物凄く威圧的にこちらを見下ろしている気がする。
そして騎士が続ける。
「恐れ入りますが! 今日の所はお引き取りを!」
「モアレム殿が逮捕されていると聞いて、おめおめと帰るわけにはいかない! あのような人格者を逮捕するなんてシュリエルは気がふれたのか?」
「恐れ入りますがアリスト辺境伯。曲がりなりにも我が領主、愚弄されては黙っていられませんぞ」
うわ! こいつもこいつでややっこしい。何か困ってる風だったのに、自分の主人に文句を言われたらちゃんと仕事しようとしてくる。まあ馬鹿真面目ってやつなんだろうがめんどい。
「失礼ながら君の名は?」
「騎士団副長のサーヘルと申します!」
「うむ。サーヘル君、君はモアレム殿が意味も無くシュリエル卿にたてつくと思っているのか?」
「いえ! 思っておりません!」
「それは不当ではないのか?」
「それは分かりかねます! ですがシュリエル様が逮捕といったら逮捕なのです!」
「ふぅ」
お手上げといった感じでアリストが俺を見て来る。そんな目で見られても俺にやれることは限られてくるけどな。デモンも居ないというのにどうしたもんかね。
「アリスト辺境伯ちょっとお話ししましょう」
「そうですね。ではサーヘル君、ちょっとそこで待っていてくれたまえ!」
「はい」
俺達は少し離れた所でモーリス先生、デイジー、カーライルを交えて話を始めた。とにかくじゃじゃ馬の相手をした事が無いので、相談するしか方法がない。
「聞いてました?」
「うむ」
「なんか厄介なじゃじゃ馬のようだねぇ」
「面倒ですな」
「どうしたらいいと思います? 俺としては武力行使かなと思うんですが、いきなり血を見るのはどうかと思います」
「そうじゃな。じゃがオージェ達、先行部隊の状況も気になるでな、モタモタもしておられんじゃろうて」
「そうなんですよ。さっさと決着つけて先に進みたいんです」
「あたしが思うに、その立てついたって人の理由を知りたいねえ。何でたてついたのかねぇ?」
デイジーの疑問にアリストが答える。
「そうですね、ですがまともに話しが進むかどうか」
するとモーリス先生が目をつぶって考えながら言う。
「領主様は女じゃったな? 昔からあんなじゃったのか?」
するとアリストが答える。
「幼少の頃はそうでもなかったのですがね、ある事がきっかけでああなったのです」
「あること?」
「前領主であるお父上と母君が亡くなったのですよ。それを機にあんな風になってしまって」
まあ…よくある事だね。でもこんなとこでモタモタも出来ないし、あそこの都市に魔法陣が設置されていないかを確認させてもらうだけでもいいんだけど。あとは敵と繋がっていそうな情報があれば、そこからなにか糸口がつかめると思うんだが…
俺がそんなことを考えていると、ブーンとテントウ虫が飛んできてアリストの肩に止まった。少し止まっていたが、アリストが身動きをしたらまたどこかへ飛んで行ってしまった。何気ない事だったが俺は一つ良い事を思いついた。
「先生! いい事を思いついたので実行します。アリスト辺境伯、先方の騎士に一旦帰ると伝えてください。ただ少しだけ時間をかけて話をお願いします」
「わかりました」
アリストが騎士の方へ向かい、俺はデイジーの耳元でごにょごにょと話をする。するとまとわりついているルフラがデイジーの声で返事をしてきた。
「かしこまりました」
ズッズッズズズ
「おう!」
デイジーが変な声を上げている。彼女は例のあの感覚を感じているのだ…
「よし。じゃあ頼んだぞルフラ! 危ないと思ったら引き上げて来い」
「はい」
ルフラが地面を這って行き、サーヘルの乗って来た馬の足元から這い上がっていく。馬が暴れそうになったので、一気に馬を包んでその動きを乗っ取った。馬は何事も無かったようにそこに佇み、サーヘルの様子をうかがっている。
俺はそのままアリストの所に行って話しかけた。
「アリスト辺境伯。それでは今日の所は下がりましょう」
「はい、わかりました。それではサーヘル君、シュリエルによろしく伝えてくれたまえ」
「分かりました。ですが色よい返事が貰えるかは分かりませんよ」
そしてサーヘルと騎馬隊は再び都市へと戻って行くのだった。俺達もそのまま回れ右して、ヘリを着陸させた草原の奥へと向かう。アリストが俺に並んで聞いて来た。
「急ぐのではなかったのですか?」
「急ぐさ。だから次の手段を使う」
「次の手段?」
「恐らくシュリエルさんとやらは、すぐに了承してくれると思うよ」
「じゃじゃ馬ですよ?」
「問題ない」
そして俺達はヘリに戻り皆に、今しがた起きた事を伝えた。すると皆は納得して、ゆっくり待機モードになる。あとはルフラからの連絡待ちとなったからだ。すぐにルフラから念話が入った。
《ラウル様。都市内に侵入しました》
《どんな状況だ?》
《平和そのものです。特に人間がおかしなことになっている気配はありません》
《まあ、敵の魔法陣の確認が出来ていないから油断するな。とりあえず次の行動に移れ》
《かしこまりました》
ルフラが馬になって都市に潜入し、すぐさま内情を俺に伝えて来てくれた。あとは指示通りに動いてくれるのを待つだけだ。
《騎士のサーヘルが城壁から降りて来た騎士の女の前に跪きました》
《周りに誰かいるか?》
《いえ、馬は括り付けられており、周りには誰も居ません》
《人に見つからないようにそこを離れろ》
《はい》
潜入成功だ。これだから魔人って凄い、みんなの特殊能力を使えば何でも簡単に出来てしまう。まあ敵にデモンやゼクスペルとか神とかいたら、それはそれで使えない作戦だが、相手は人間のみだと分かっているので余裕だ。
《シュリエルとやらはどうしてる?》
《サーヘルの報告を聞いて満足そうな顔をしています》
《なるほど。単純に信じたかね?》
《どうでしょう? ですが疑っているようには見えません》
《ならば、シュリエルが見える位置に居て潜伏し続けろ》
《はい》
そして俺はシュリエルが一人になるのを待った。周りに護衛が居るので、不用意に近づくとバレてしまうかもしれない。その時が来るのを慎重に待つ。
「さて、とりあえず休憩にしますか! みんなも腹減っただろうし」
するとアリストが不思議な顔で言う。
「えっ? 何もしなくていいのですか?」
「大丈夫やってるから」
「…はぁ?」
そして俺は皆の為に戦闘糧食を配って、それぞれ腹ごしらえをしてもらう事にする。配り終えて、ヘリの前方で狙撃用意をしていたマリアの所にいった。
「マリア、ご苦労さん」
「お疲れ様です」
「マリアも食べて」
「はい」
「ティラもおいで!」
「はーい」
そしてそれぞれに戦闘糧食を渡して、俺はマリアとティラと共にそれを食べ始めるのだった。結構な頻度で食べているので、飽きるかと言えばそうでもない。各国の戦闘糧食を召喚できるので、俺が気を使っていつも違うのをローテーションで出しているからだ。
「どうなりました?」
マリアが聞いて来る。
「順調だね。少し手間がかかったかな」
「さすがでございます」
「みんながいるから出来る事さ。俺一人なら何も成しえなかったと本気で思っている」
「ラウル様らしいです」
「そう?」
マリアは嬉しそうに言った。既にマリアは人間の域を超えてしまった。普通にしていれば普通に可愛らしい女性なのだが、その戦闘力はある意味、魔人に迫るものを持っている。幼少の頃から一番一緒に居たので、俺が考えていることはほぼツーカーで理解してくれるのだった。
「ティラは操縦上手くなったね」
「えへへ。そうですかぁ?」
「さすがは俺の初めての師匠だよ。俺はティラのおかげでいろんなことが出来るようになったからね」
「ラウル様は元々凄かったですよ!」
「そんな事はないさ」
「いえ。そんな事あります!」
そう言ってティラはニッコリと笑った。最初はゴブリンの見た目だったティラは、今ではすっかり南国の可憐な少女のように見える。思えばあのティラとの戦闘訓練から、シャーミリアとの手合わせに付き合えるようになるまでかなりの修練をした。もちろん俺相手にシャーミリアは十分の一の力も出していないが、それでも死ぬことなく手合わせが出来るようになった。俺は魔人達によって生かされてきたのだと改めて痛感する。
《ラウル様》
ルフラから念話が来た。
《どうなった?》
《女騎士を掌握しました》
《早!》
《ラウル様がお急ぎですからね》
《了解だ》
そして俺はティラとマリアに話す。
「食べたら持ち場についてくれ」
「はい」
「はーい」
そして俺はすぐにアリストの所に戻って話をする。
「アリスト辺境伯。どうやらあそこの領主が会ってくれるらしい」
「へっ? いや、会わないって言われて来たばかりですけど、そんな早く気変わりはしないかと」
「もう大丈夫だ。今度は直接都市に向かうとしよう」
「わかりました」
アリストが外に出ようとするので、俺はそれを手で制する。
「このままヘリで行く」
「えっ?」
アリストが驚いた顔で俺を見上げる。
「もしかしたら武力行使をされるのですか!?」
「違うよ。きちんと会う約束をして中に入るさ」
「本当に? …わかりました」
そして俺はトラックで待機しているキリヤに無線を繋げた。
「キリヤ! 俺達は一足先に都市へ向かう。俺が門を開けて出迎えるから、お前達は正門から堂々と入ってこい」
「わかりました!」
そして俺はティラの所に行って指示を出す。
「ティラ! ヘリを都市の正門前に着陸させろ!」
「はーい」
俺達が乗るチヌークヘリが空を舞い、都市へと一直線に進みだすのだった。