第811話 豊穣神
俺が本隊に合流すると皆が両脇に分かれて迎え入れてくれた。ヴァルキリーを着たままの俺は、早速グレースの元へ行って声をかける。
「グレース。ヴァルキリーを受け取ってくれるかい?」
「了解です」
するとミーシャが声をかけて来た。
「破損はありましたか?」
「無かったよ」
「それは良かったです」
そして俺はヴァルキリーを脱いだ。すると横で見ていたエミルが進化したヴァルキリーを見て言う。
「これ随分と…カッコよくなったな」
するとグレースも言った。
「本当ですよね。いつの間にこんなに兵装を装備できるようになってたんだか」
「飛ぶのもすっごく自由になったんだよ」
「もう…SFの世界だよな」
「まったくです」
「で、あの二人は…」
俺はいったんエミル達との話を切り上げ、モーリス先生の所に行く。するとそこに助けた二人がいて、モーリス先生とイオナがその二人と話をしていたのだった。
「おお、ラウル戻ったようじゃな」
「すみません。置き去りにして」
「凄い爆音がしたが、派手にやったようじゃのう」
「ははは。久しぶりに制約のない戦闘でしたからつい」
「ずっと人質を取られた戦いばかりじゃったからの」
「はい。汚い連中ですよ」
「ふむ」
そして俺は助けた二人を見る。一人は可愛らしいパーマがかかったような癖っ毛の少女で、ツンと尖った鼻にそばかすが印象的な感じだった。
「あ、どうも」
「お前達はいったいなんだ!」
いきなりキツイ口調で言い寄って来た。俺は一瞬たじろいでウっと後ろに引く。
「これ、アンジュ。助けていただいた方に失礼じゃないかい?」
怒った様子も無く、小さい老人? そもそも人間ではない者が言った。
「デメール様、こんなところは嫌です。もう行きましょう!」
「行くったって、どこに行くというんだい? 森の住み家はあいつらにバレてしまったろう」
「…そうですが」
「まあとにかく話を聞こうじゃないかい」
するとくせ毛のアンジュと呼ばれた少女が黙った。
「こんな子ですが許して下さるかの?」
とこか遠い銀河の騎士グループのマスターのような小さい老人がいった。
「それはもちろんですじゃ」
モーリス先生が答える。
「それであなた方の主にあたる方はどなたです?」
すると皆が俺を見た。
「俺ですね」
「そうでしたか、助けていただいてありがとうございます」
「配下がデモンの動きを嗅ぎつけて二人を救出したようです。俺の指示はその後でした」
俺がギレザムにおいでおいですると、素早くこちらに来た。
「は!」
「彼の独自の判断で助けたんです」
「あなたの判断でですか、それはありがとうございました」
皺くちゃの小さい老人がぺこりとお辞儀をした。
「いえ! ラウル様であればこうするだろうと思い、その様に行動したまでです!」
「なんと。主の意志を受け継いでの行動でしたか! それは素晴らしい」
「ありがとうございます」
ギレザムが挨拶をすると一歩後ろに下がった。
「私はラウルと言います。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
すると、そばかす娘が前に出て来て言った。
「デメール様! なにも言う必要はございません!」
「もう言ってしまってるではないかい!」
「あ」
どうやらアンジュは天然娘らしい。さっきから自分の主の名を連呼しているのに気付いていないようだ。
「デメールさんにお尋ねしたいのですがよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
「デモンに襲われるにあたっての心当たりはありますか?」
「それが無いのですよ。あんなバケモノ集団がウチに何の用があるのか」
「今日が初めてですか?」
するとデメールが過去を思い出すような仕草をし、アンジュは面白くなさそうな顔をしていた。
「かれこれ半月ほど前じゃなかろうか。突如奴らが森に現れて徘徊するようになって、アンジュが食べ物を取りに行ってるうちに見つかってしまって、次第に増えていってあんなことに」
「今まで見たことが無いと言う事ですか?」
「デモンなど遠い昔に見た事があったかと、思い出せないくらい昔かな」
どうやらデモンを見たことがある人らしい。と言う事は、何らかの秘密を持っていそうな気がする。
「俺達は最北端からやって来た魔人国の軍隊です。半分は人間が混ざっていますが」
「魔人…なるほど。であれば、あちらの国に魔神がおりませんでしたか?」
ビンゴ! デメールの方から確信めいた事を聞いて来た。どうやら何らかの秘密を知っているらしい。だがどうやって説明したら良いか迷う。まだ敵か味方か分からない状態の相手に打ち明けて良いものか?
「魔神を知っているのですか?」
「そうさのう、遠い昔に会ったきりだが知り合いと言ってもいいねぇ」
「知り合いですか?」
「そう、だけど北の大陸では人間と他の種族とで揉めたようだから、それからは会った事は無いね」
えっ! てことは二千年以上生きてるって事だ! 見た目からしてそうだと思ったが、やはりこの人は何らかの秘密を知っている!
するとモーリス先生がたまらず聞いた。
「あ、あの! すみませんですじゃ! あなたはどういった方か聞いてもよろしいですかな?」
するとアンジュがまた出しゃばって来る。
「おい! 人間風情が気軽に聞いて来るな!」
「あ、すまんのじゃ」
モーリス先生がすぐ謝るが、デメールがアンジュを諫める。
「お前は、偉いもんだねえ。人様に何を言っているのか」
「そんな! デメール様も昨日今日生まれたような者に!」
モーリス先生はどこからどう見ても、昨日今日生まれたような者では無いように思う。だが彼女からすれば、そんな感じに見えるらしい。
「ウチから見れば、お前だって昨日今日生まれたようなもんじゃないか」
「それは…」
俺は二人の関係性がおぼろげに見えて来た。二人の仲は決して悪いわけではないが、デメールがアンジュの教育に手を焼いていると言った感じだ。するとデメールが静かにこちらを向いて言った。
「人間に言って信じてもらえるかは分からんですが、ウチは神様ですかな」
やっぱり。
「そうですか! やはりそうではないかと思っておりました!」
そしてモーリス先生が頭を深く下げた。するとアンジュがドヤ顔で言う。
「そうそう! 人間がとる態度はそうだよね!」
「こりゃ! アンジュ! 恐らく彼が信仰しているのは他の神だよ! ウチとは違う神をね。よそ様の信徒に対して、どうこう言っちゃいけないよ!」
二人のやり取りはさておき、俺はデメールに言った。
「ということはアンジュさんが守護者ですかね?」
「よう分かったですね。そう、ウチの守護の家系の者ですな」
「実はお二人に、ちょっとお話したいことがありまして…」
「はいはい」
俺はスッと立って、魔人達を呼び召喚したテントを張ってもらう事にした。どこで誰が見ているか分からないので、外で話し続けるのは得策じゃないと思ったからだ。
「みんな! 頼む」
「「「「「「「は!」」」」」」」
魔人達が急いで大型のテントを張り、デメールとアンジュに中に入るように勧める。二人がテントに入ったのを見て、俺はエミルとケイナとグレースとオンジを呼んだ。
「どうした?」
「どうやらもう一人の神様が見つかったんだ」
「そうなの?」
「それは凄い」
「マジっすか?」
「マジ」
そして俺はイオナに目配せをしてアウロラも呼んでもらう。アウロラはすぐに連れて来られ、俺はアウロラにも同じ説明をした。するとアウロラは目をまん丸くして言う。
「え? そうなの?」
「恐らくはそうだ」
「わかった。だとお話には、お母さんも一緒に居てくれる?」
「わかりました」
「それじゃエミルとグレースもいいね?」
「わかった」
「はい」
そして俺達五人とモーリス先生、イオナとアウロラがテントの中に入って改めてデメール達に挨拶をする。
「改めてすみません。皆にもう一度お話いただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。実はウチは神様でね…と言うか…あなた方…」
突然デメールの目の色が変わる。
「分かりましたか」
どうやら俺達が自己紹介をするより先に気が付いたようだ。そしてデメールは一人一人の顔を見て腕組みをし、うんうん唸り出す。
「どうしました?」
「ずーいぶんと可愛らしくなったじゃないかい! ウチはまだ皺くちゃだよ!」
いっきなり打ち解けて来た。てか怒ってる! 俺達の正体がはっきりと分かったらしい。
「って事は俺達の正体が分かったって事ですね?」
「あんたは魔神」
「そうです。新しく受体した魔神です」
「それで、あんたが精霊神」
「はい。そのとおりです」
「で、虹蛇かい? あんたには少し前に会ったねぇ。ていうかなんでそんな可愛らしい女の子みたいになってんだい!」
「すみません。前の虹蛇様はもっとお祭り好きのおじさんの様でしたが、何故かこんな姿になってしまってます」
「そして…あんたは、もともと可愛らしかったけど、それに拍車がかかったようだね。わがままなアトム神がしおらしくなっちゃって」
「すみません。でも今もわがままかもしれません」
「そうでなくちゃアトム神じゃないからねぇ」
そしてデメールが眉に皺を寄せて俺達をじっと睨む。しばらく睨み続けて目をつぶり俯いてしまった。
「ど、どうしました?」
俺が聞くとポツリと一言だけ言った。
「ずるい」
「「「「えっ?」」」」
「ウチだけこんなちんちくりんで、皺くちゃで全く可愛くない! それなのにあんたらと来たら、可愛らしい世代になったようじゃないか!」
「と言う事はデメール様は、まだ受体していないと言う事ですか?」
「まだだね。ウチは引きこもっていたからねぇ、信者もいないし力も無くなってしまったから」
なんと、信者が居ないと来たもんだ。
「いつから森の中に?」
「もう何千年だろ? 虹蛇が尋ねてきた時は既に森に住んでいたね」
「信者を増やそうとは思わなかったのですか?」
「だって、面倒じゃないかい?」
なるほどなるほど。これはアトム神とは正反対の感じがする。アトム神は自信過剰で全てが自分の信者だと勘違いしていたが、こっちは全くその感じが無い。むしろ自身が全くないように見える。
「まあそれは自由だと思うんですが、それでいいのですか?」
「別にひっそりと暮らすだけなら問題なかったじゃないかい? だけどあんなデモンとか大量に来るなんて思ってなかったし、力が無いおかげであの結界もあっさり破られちゃったし」
「力が薄れていると?」
「だって信者が居ないんだもの。だからこんなちんちくりんになっちゃったし、皺くちゃで力もなくなっちゃったし」
そう言う事か。信者がいないから力も無く、デモンが来てもなすすべが無かった。かろうじて結界で自分を守っていたけど限界が来て、そこにギレザムが助けに入ったって事か。
するとアンジュが言った。
「いえ! デメール様は素晴らしい神様です! 我が家は代々信仰してまいりました!」
「ドルイド族だけはウチの事を慕ってくれているけど、まあそれで良かったんだけどね。今までは」
いまドルイドって言った? それってどういう種族なんだ?
「えっと、アンジュさんはドルイドなんですね?」
「そうだ。悪いか?」
「いえいえいえ、悪くなんて無いです。でも見た感じ普通の人間の女の子っぽかったので」
するとアンジュが突然唸り始めた。
「ウウウウ…ウウウウウ」
何が…
「ウガァァ!」
小さな少女アンジュは突然巨大な、コアラとパンダの中間みたいな生き物に変化した。そのおかげでテントが壊れ、俺達はバッサリと落ちたテントの下敷きになった。
「アンジュ!」
今までは穏やかだったデメールが、いきなり怒鳴った。するとアンジュはシュシュシュシュと縮んでシュンとしてしまう。どうやら本気で怒ったデメールは怖いらしい。
「すまんかった。この建物を壊してしまった」
俺達はテントを手で持ち上げながら答える。
「いえいえ。良いんです。ちょっと聞き方が悪かったかなって、すみませんでした」
そしてデメールが改めて俺達に向き直って言った。
「ウチは豊穣神だよ。自然の恵みをつかさどる神さね」
それはぜんっぜん想像してなかった。豊穣の神とかって言ったら、ボンキュッボンのおっぱいのデカい女の姿を想像していたから。信仰者が居ない事がこんな事になると言う事を、俺達は改めて知る事になるのだった。